ひつじ小屋便り  72


ひつじ小屋の風景62

四季の廻りに

『エレの引き出し』

ひみつのいえ 9

キレイへの工夫 

10月


愛すること S

養生訓より

キレイをおいしく!

なまり節のバターソテー

ひつじ小屋の日々

困った事情

編集後記

発行日 2006/10/05  発行人 遠藤由美子

ひつじ小屋の風景62  四季の廻りに

 


はっぱが赤いよ

  金木犀の香りを含んだ柔らかな風は、遠くで練習を繰り返す幼いピアノの音色を乗せて、のんびりと日を浴びる畑の緑の上を渡りながら、数匹の赤とんぼをそちこちに遊ばせています。
  あたりの庭や畑の柿の実も、いよいよそれらしく色づきながら重みを増して、地面に届くほどに枝をしならせています。 
  もう、すっかり蝉の声も聞こえなくなりました・・。

 薄く覆う雲が少しずつ晴れては見えてくる、これまでよりも高い空。 気が付くと その縁に色変わりの認められる落葉樹の乾き始めた葉。ひいやりした夜風に満ちる 葉陰の涼やかな虫たちの歌・・。
  時は、確実にその歩みを進めています。


 四季に よくたとえられる人の一生。
 ものがみな勢いに溢れ、次々に世界は美しく彩られ、命あるものが新しい命を産み、育む時―春。力強くも楽しげで、何にでも興味津々で何にでも挑戦してみたい行動の夏。
 そして、それらが過ぎて行けば、そこに佇むのは経験から知恵を得、学んだことを如何に役立てるべきかを考えて行う成熟の時、秋があります。
 私たちは、そのようにして日々を積み重ねながら、都度の喜びや悲しみをひとり孤独のうちに、あるいは心通わせる人々とともに、幾度も味わい過ごしながら今に至っています。
 様々な時を経て、誰にでもやってくる最期の冬。
 そのとき、人は 一体何をどのように感じて迎えるものなのでしょうか?

 私はかつてちょっと死にかけたようなことがあり、その時の状況を思い起こす限りでは、それは深く心地よい眠りに落ちていくようでした。そして、そのうつらうつらの最中に思ったのは、夫や子供たちのことでもなく、さっき生まれたばかりの赤ん坊のことでもない、まったく別のこと。自分のそれまでの中で一番不思議だなぁ・・と思ったことを思い出していました。そして、なぜという理由なしに、その謎のような疑問が、これから解き明かされるのだ・・と思ったのを憶えています。 
  つまり、ちょっとわくわくしていたようなのですね。  
 意識は、どんどん遠のき、ふうわりしたものにくるまれて心地よく、暗くなっていくその様子さえ、なぜだかとても懐かしくて、とても穏やかな気持ちだったのを憶えています。 →

 たかだか26ではありましたが、それまでどこの誰とも同じように、特に劇的なこともなくすごした中には沢山の笑いや涙がありましたが、それら全てを、「よかったな・・。」と感じられていました。ここで命が尽きたとしても、それを悔やむことは全く何もないんだ、戻るべきところへ戻ることができるという、確信にも似たものが自分にもあったということが、とてもうれしく思えたのも記憶しています。

 名もない一市井の者の取り立てて話すようなこともない人生にも、この世の初めから繰り返されてきた四季のごとき年々があり、そしてまた、その日々には枯れものが積まれて沃土にもなるように喜怒哀楽が満ちている。そのすべてが、"ただそうある"ことが、人の幸せなのかもしれない・・と、そんな風に考えることもできるようになりました。

 人の幸せには"自分だけが幸せなこと"と"自分と回りの人も幸せであること"の二種類があり、独りよがりの幸せは、時に回りを不幸にもしかねません。自分だけが始終幸せで、いつも回りの誰かしらに何かの悩みや苦しみがあったなら、果たしてその自分の幸いを素直に喜べるものかな・・とも思うのですが、案外、人というのは自分勝手な生き物なので、そんなことに気付かないこともたびたびあるのはご承知の通り。
 当たり前に生きていれば、時には人の幸せの影で自分が苦しいこともあるでしょうが、この世の中に生きる限り、誰一人もれなく幸いであるという真実の幸いは、なかなか人の手で実現するには厳しいものがありそうなのも、よくご存知のことでしょう。

 だからこそ、せめて私たちの一人一人がそれぞれの喜怒哀楽の四季の廻りのその日々や年々に、少しの幸せであってもちょっとずつ回りにおすそ分けするように心を傾けて過ごしていくことは、時に秋の実りの如き幸いをその人やその回りの人にもたらして、"人生"を豊かにしていくのではないかな・・などと考えた 静かな秋の始めのころではありました。

『えれの引き出し』 

ひみつのいえ 9

 「つまり・・、あのおんなの人のひみつがしまってあるということなんですか?」
と きいろいひつじがききました。

 「そう。これからはなすことは、ほんとうは 人にしらせてはならないことなのだが、もしも きみたちが ここにきて、そのことをたずねたら、ぜひ、わたしから そのひみつについて、はなしてやってほしい、と しらゆりのせいからたのまれたので、とくべつに きみたちに ひとつのたいせつなひみつを はなしてあげよう。」

 「しらゆりのせいは ある園にさく たいへん 大きくてうつくしいゆりの花だった。
そのかおりはあたりをみたし、においをかいだ人の心をなぐめては、なみださえながさせたくらいだった。

 人びとは そのゆりの花をあいし、たくさんのその花をたたえるうたを ささげたものだった。かのじょは じぶんのそんざいをよろこんでいたし、かんしゃもしていたが、この世のものは どんなものにもおわりがある。

 それは そのゆりの花にしてもおなじだった。」

つづく・・

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"きれい"への工夫 10月

 (き)10

 顔の皮一枚にあれこれ施したところで、できることは決まっています。そうではなくて、その人だからできること というものを見つけていかなくては、誰でもが結局同じ顔になりかねません。事実、「この秋、▽△の顔になる」などといううたい文句の元にメイクされた女性たちや、そのようなメイクをした人たちを見ると、どの人も似通っていて、同じように素敵で同じようにかわいいと感じます。

 みんなと同じだと安心するという日本的趣向に追従するというならともかく、幾らかでも自分というものを表現することにこだわるのなら、それではなんの進歩発展もなく、その人であるためのその人のキレイさを見失ってしまいかねません。

 まずは、自分のグッドポイント、チャームポイントを見つけましょう。誰にだって、ちゃんと素敵なところがあるものです。実際、メイクしながら思いがけないその人の素敵な部分を発見する事だって何回もありますよ。自分のよいところを認め、それを際立たせるメイクは、より貴女を貴女らしくするでしょう。  11月へ

 (れ)10

 しみについてのでき方、状態の説明、トラブル解消などは 今はどこででも聞くことができますが、その解消方法について、あれを使ったからこれを使ったからという割には、いつまでたっても同じ悩みから解放されないのは、それはもう、根本的な部分でのお手入れの方法が違っているのだろうと思われます。

 さらに、しわ、たるみ、くすみなどについて、そのでき方や原因は夫々に詳しく説明することができますが、やはり 実際行えて、手っ取り早く、そして恐らく確かだろうと思われるのは、あふれるばかりの水分の補給と代謝の促進が最も効果的だということは、この仕事をしていて 番度 実感することです。

 ただ、しみ、しわ、くすみにつきましては 以上の方法でよいと思いますが、たるみは筋肉の衰えですので、それにさらに筋肉を意識的に動かすという方法が必要になります。  11月へ

 (い)10

 リラックスする方法のひとつに 深呼吸があります。小難しいことはさておいて、まずは あまりに汚れた空気ではないところへ移動するなりして、深い呼吸を4〜5回繰り返してください。深〜く、ゆっくりです。決して急がない。鼻から入った空気が、体の隅々にまで、細胞の一つ一つに触れていくのをイメージしながら、深く ゆっくり しっかり呼吸してください。それだけでも、ずいぶんなリラックスになるはずです。

 それから、自分の体のあちこちの筋肉を意識しながら、伸ばしたり曲げたりと動かしてみましょう。関節がいろいろな方向へ動くことも実感できるでしょう。痛かったり、つれたり、動きにくい部分について、ゆっくり曲げ伸ばしをしてみます。そして 再び深呼吸。終わるとすっきりした気分になりますよ。

▽ 勿論、これは自分でできる簡単なリラックス方法ですので、何かの区切りなどのときにできた時間にマッサージやエステティックなどを受けることは、心身の疲労を和らげ、細胞の生まれ変わりは勿論、体の回復も見込めることは、言うまでもないことです。  11月へ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


愛すること S

 たまに『養生訓』(貝原 益軒)などに目を通すと、面白いことを見つけたりする。例えば第2巻の某所には、元気を保つ法として「元気でいるには、体に良くないことをなくして体を強くするように心がければよい。」旨のことがあり、たとえて、”良い水田を持つには、雑草を取り除き肥やしをやって世話をすればうまい具合になる。元気でいるのも、水田を耕すのも同じだ。”とある。

 言っていることは至極単純。体に良くないことをやめ、良いものを摂って体を養えというもので、体に悪影響を及ぼすものやことを退ける心を持てとまず説いている。

 何から何までに同感はできないが、ただ、人の本来あるべきあり方を丁寧に生きてみようじゃないかという姿勢を感じることがあり、読んでいて面白いと思うのだ。

 長生きすることを良とは直には思わないが、益軒さんは、自分の体に責任を持って気をつけて生きる知恵と、元気でいる自分があれば周りに心配をかけず、また必要に応じて働ける自分でいられると言い、自他を心にかける優しさに、人の生きること、命への慈しみを感じたりもする。

きれいをおいしく!
なまり節のバターソテー

材料;かつおのなまり節 ふた切れ;しめじ、ナスなど適宜;大根;バター 大匙3

作り方: 1 しめじは石突を取ってざっと洗い、水を切っておく。ナスはたて半分に切り、水に放ってあくを抜く。大根はすり下ろす。

 フライパンにバターを入れて熱し、なまり節を入れて片面ずつ焦げ目がつくまで焼く。野菜もついでに入れて、やわらかくなるまで焼く。

 お皿になまり節と野菜を盛り付け、大根おろしをたっぷり乗せて、貝割れ大根などをのせ、醤油をたらしていただく。

 なまり節は鉄分やカルシウムが豊富に含まれているそうです。煮物にばかりなりがちですが、こんな風に焼いて大根おろしで戴くと、さっぱりしていて食が進みます。
  鉄分は、キレイな肌色のためにも必要な成分ですから、意識して摂るよう心がけましょう。

 たっぷりの季節の野菜と一緒に・・ね!

ひつじ小屋の日々

◇ 本日、生ゴミの日にあたり、早朝よりカラスの鳴き声のみならず、屋根を飛び歩く足音激しく、いやおうなしに目が覚める。通りに面した方からなにやら喚くような声が聞こえ、窓を開けると群なすからすと戦っている人あり。わーわーといいながら、カラスの群をどかし、おもむろにネットのふたを開けると中へ持ってきたゴミをねじ込み、駆け去る。

◇ 当方目の前、道路を挟んだ向かい側には数件の飲食店などもあり、朝早いごみ収集に間に合わないのか、前日からゴミを出す時もあったようで、便乗した住人が夜中に出しているような気配もたまに感じられる。

◇ からすにはそれがわかっての食料漁りなのだろうが、あれほどの群れようはかなり不気味で、まさにヒッチコックの『鳥』。

◇ 葉山はのんびりしていて、日当り、緑や花の多さなどとても良いのに、ある部分で公共心にかける向きがあり、「自分さえ良ければ」的犬の落し物もやたら多く辟易。
  ゴミと犬の落し物には、せっかく越してきたのに・・とため息が出る。

編集後記

〇 ベビーシューズを作り終え、届け先に発送してから思ったのは、やっぱり自分には無謀だった、ということ。お届けしたものは最初の形ではないものに・・。 〇 小さいものは難しく、なかなか思うようにならない。左右対称というのも大変。出来上がりを眺めては、靴屋さんってすごい!とやたら靴屋さんを尊敬。 〇 それでも届いた先から、ほっとするようなお便りを戴くと、次回作へ気持ちが飛んだりして・・。ただ、やっぱり、ああいうことは、作る者の楽しみなんだな と、つくづく。  楽しい時間を、ありがとう☆

Aurea Ovis

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平日:午前10時〜午後7時
日曜祝祭日:午前10時〜午後6時

連絡先  
 240-0111三浦郡葉山町一色857-1椿コーポ5号室  Ph.& fax.046-876-2538

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小さな彼と彼女のための ハンカチで作るファーストシューズ  


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