Aurea Ovis

きょうは『金羊日』

7月

 

1 沈殿する赤黒い教室

2 気になる犬たちのこと

 

 

沈殿する赤黒い教室

 今回、ここに書くことは、私が ずっと 誰にも言わずに、言おうとも思わずにきたことです。  それを 初めて 自分以外の人に話すことにしました。

 


 実は 私は 小学校のとき、担任の体育会系の男性教師に、ずっと いじめを受けていました。
  四六時中 いやみを言われたり、笑われたり、馬鹿にされたり、それでもたりなかったのでしょうね、あげく 昼休みの教室、みんなの前で、鉢巻で首を絞められました。

 もう こうなると 単なる変質者、変態ですわ。。 今さらいいますけれど。

 

 親には いえませんでした。 

 どこかに 恥を感じていた のだとおもいます・・ いまおもうと。

 毎日のことを、何回か 言おうとして、途中まで 言ったことも あったのですが、親は それを 泣き言とか、思い違いをしているみたいにいうばかりで、まともに 取り合わなかった。
 理由は わかりません。

 そういうこともあって 言ったところで・・と 思ったのかもしれません。。

 

 首を絞められていたとき、周りのみんなは、ただ だまって 目をそらしていました。 見ていたのに 見ていないふりをしていました。

 誰ひとり、制止のための言動にでなかった ということが、いまだに 人を いまひとつ 信用しきれない という、その因みになっている。。というのは 思います。

 

 どうにも にげられないまま、次第に 息ができなくなり、苦しくて 声も出せず、顔が熱っぽく 赤くなって行くのが、耳の奥で 血がどくん どくんと 激しい音を立てて 流れるのがわかりました。

 目がくらんできて、目の前にいる 教室のみんなが、スローモーションのように、こっちを見ないようにして 自分の席に着き、ことさら静かな様子で、なにかが 沈殿していくような、赤黒い世界になって行きました。

 

 耳元で 木村というその先生の笑い声、しゃがれた ひーひーという音を含む声がしました。
 あれは、喘息だったので、どこか 変な音のする笑い声を していました。

 なぜ、自分にだけ そういうことをするのかがわかりませんでしたし、何十年もたった今も わかりません。


 自分は、その後、無理やり 学校に行きました。いやだったけれど、そういうことをされたからといって、休んだり、行かなくなるというのは なんだか 違うと どこかで思っていたようで、どうしてものとき以外は できるだけ、その先生とは口をきかずにいました。

 どういうわけか、その後は 直接の手出しはなく、言葉や態度でのいじめだけになりました・・・

 

 あの日、チャイムが鳴って、みんなが 席についても だれも 何も言わないし、もう すでに さっき 今日室内で起こったことなんて なかったこと になっていました。
 ものすごく 気持ちの悪いもののなかにいる という嫌悪感で いっぱいでした。

 一人だけ、斜め前の席に居たせっちゃんが、小さな声で だいじょうぶ?と 背中をさすりながら 心配そうに声をかけてきてくれたのが、自分のためにとられた 唯一の気遣いでした。

 すぐに ふつうに 国語の授業になり・・ 自分も 普通に 本を読んだり、意味をいったりしていましたが、自分の中でも さっきのことは もう なかったことにしたいと 思っていたのに気づいたのは、ずっと あとになってからのことでした。

 ひどいいじめにあっているときというのは、なかなか 人にいえないということ、あるとおもいます。

 それが おとな、自分たちのうえに居る大人だったら、弱者である 生徒なんて、なにもいえないことも あるのですね。

 また 自分をターゲットにして 日々 付きまとって 繰り返し 執拗に、手を出してくる相手が 自分よりも 腕力があって、その仲間連中もいて・・ となると、これも どうにも しようがなくなってくるのではないかと 思います。

 

 滋賀県大津市の中2の男子生徒は、絶望していたんだろうな と おもいます。

 毎日、なんで学校なんかに行くんだ、そういうことをされても、というのは 簡単です。

 いかなければいい とか、やめちまえ とか、誰かに相談しろ とか、いうのは 本当に簡単です。

 だけど そういうもんじゃない。 だれも 自分を助けようとしない、だれからも 助けの手が差し伸べられない、  そういうところに なぜ居るのか。

 家族がいて、その人たちに 自分を 情けないと おもってほしくない という、子供ながらのプライドも もしかしたら あるのかもしれない。

 いじめられている なんて 格好悪いし、やっぱり はずかしいとか 情けない とか言う気持ち、どこかに あるんじゃないかと思ったりしています。

 自分が そうだったから、同じだとはいえないけど、少しは そういうの、あったかも と おもいます。

 そして、大津の中2の彼は、もう ほとんど そういうことに対処することを考えるということが、できない状態だったのかもしれない と 思うのです。

 

 いじめられ続けると、おそらく 防御のひとつだろうと 自分には思われるのですが、そうである日常というものに 何とかしたいと 思いつつも、手も足も出ないで、そこにいる、あるいは それはそれで なんとか やりすごそう とすること、あるようだな、、 と おもうことがあります。

 また来た。。 次に起こることはわかるんです、でも なし崩し的に そうなっていく・・

 いやですよ、 実際 ほんとに。

 だけど どうしようもない。そして そういう自分をみても 誰も何もしないのは わかりきっている。 

 そして ・・ そうなっていく・・

 否定と絶望、 あきらめ・・

 あの日、学校からの帰り道、せっちゃんが気遣ってくれて、一緒に帰ったのですが、彼女は すごく 慎重に言葉をえらんでいました。
 でも どうにも耐えられなくなって、一言 いいましたよ 私は。

 絶対 殺してやる。

 普通におもいました。とくべつな思いなんか なかったですね。
 彼女は 黙って、うつむいていました。 肯定も 否定も できないでしょうね・・

 憎むということを、憎むゆえに その相手を排除するという考えを、はからずも 当時10歳の自分は 担任の教師から 教わったわけです。

 おそろしいですねー ほんとに 恐いことだと思います。

 

 木村が喘息の発作で死んだという知らせが来たのは、自分たちが 中一の冬、そろそろ 次の学年にあがる というころでした。

 元のクラスの連中は 弔問に行く といい、こちらにも 声がかかりましたが、もちろん 自分は 断りました。

 それを どうして?と いう人がいたのは、ショックでした・・が、その場でも その後も なかったこと、にした連中ですから、こっちのことなど 思うこともないのは、そうなんだろうな と。

 おおきくなって 力がついたら、なにかのときに でかけて、なぜ あの時 ああいうことをしたのか、聞いてみたいと思っていたのですが、相手は うまく逃げおおせて(死んじまって)、自分の中には どうにも 不可解なものが、わけのわからない どろりとした赤黒い渦が ゆっくりと 渦巻いているような・・ そんな気になることが、
  大津の中2の生徒の事件のような報道に接すると、いまだに あります。

 とっても シンプルに、自分は 学校が嫌いです。

 そこで 働く人たちのことは、そういう人たち と 思うことにしていますが、いつも どこかに距離をおいて、対応するようになりました。
 子供たちが学校に通っているときなどは とくに、気をつけて、相手を観察しつつ、話したりするようにしていました。

 でも だからって 否定するわけではありません。向こうから見れば こちらこそ、得体の知れない者 かもしれず・・ 対応に 戸惑っているのかもしれない・・。

 何かのたびに思うのですが、学校の先生って、話をしていると ほんとに その世界しか知らない人がおおいから、一般的なことへの対応が ??? とおもうことが たびたびあるのですね。

 しかしながら、だれでも その可能性はあるわけで、その世界に居れば その世界のこと以外には 興味もなければ、関心もないみたいなのは、自分も含め、よくあることのように思います。
 そういうものなんだろうな とはおもいますが、それにしても 学校、とくに 小中の学校の先生などは、あまりにも わかってない人が 多いようにおもえていて、よく、本気で そうおもってるの? だいじょうぶかな この人、と 思うことがありました。

 でも 先生なのでね、だれも 教えてくれない、
そうなると どこまでも その世界の常識が 一般常識になってしまうのでしょうね。

 まぁ 仕方がないのかとも思いますが、それは どうかな、とこちらから 水を向けても、一向 通じないこともよくあって・・、もう なんだか まともに話をする気にも ならなくなることなど、わりにあったりします。

 自分は 子供たちには 物心ついたときから、なにか ことあるごとに、世界は 二つ以上持っていなさい と いいつづけてきました。

 そこしかしらない、というのは、ある意味 危険なことだと思うのと同時に、そこで なにかあっても、そこから逃れる場がある、そこに居ないでもよい場所がある ということの 大切さを 身をもって知っていたからです。

 自分の子供たちの中には、学校が というよりは 学校に来る友達といるのが楽しかったり、部活が楽しかったりした子もいましたが、やはり どうにもなじみにくい、行かれないという子も いました。

 その子らには 行かなくてもよいとはしましたし、それで やっぱり 親も子も さて では 自分らで 何ができるか になってくると、ほんとに大変で・・ そういうときには これまでのように 学校という中にいることの 楽さを 思いはしましたし、自分じゃ どうにもならないというようなことを 何度も経験しましたけれど、それでも、行きたくないと いって学校をやめた子供たちについては、それでよかった と、つくづく思っています。

 亡くなった大津市の中学生、その家族の方たちは、どうしておいででしょう・・

 同級生だった子供たち、担任、学年主任、さらには 学校教職員一同、市教委の連中・・
 みんな どうしているのだろう と 思います。

 見てみぬふり、しっていて 知らないふりというのは、一緒なんだってこと わかってるのかな。。

 彼らは、飛び降り自殺をした生徒を、日々いじめて、ついには殺した生徒たちと、自分たちが 同じことをしていたのだということ、わかってるんでしょうかね。

 それを 教えるのこそ、親であり 教師だろうと 思うのですが?
そして どうやって 償おうというのか、自分たちのしたことを はっきりさせつつ、失った命に対して どう向き合って 今後を生きるのか、

 それを 教えるのは、親であり 教師だとおもいますけど、
 でも まぁ 期待はできませんね・・、ほんとに 哀しいけれど。 ほんとに情けないけれど・・。

 ネットでは 加害者である子供たちだけでなく その親、そして 担任の顔写真や 勤め先なども アップされたと ききましたが・・

 心情的には、イギリスのように、何歳だろうが、人を殺した者は、公にされて然り・・と感じてもいます。 
 ・・が、そういうものでもない、かもしれず・・ 毎度 思い悩むところではあります。

 人の命をうばって、それも おもしろがって殺して、そんなやつに 何の人権か、と 思いもしますが・・。(しかしながら、なぜ、いつも 殺された側の人権については だれも 考えないんだ・・・??) 

 殺人を犯した者の年齢によっては、将来をかんがみて・・などという 更正の可能性を言う向きもありますが、それをいうなら、どうして 亡くなってしまった人の、生きていたらあったであろうはずの「先」については、とくに これといって 何も言われることがないのか、、と いつも 不思議で仕方がありません。

 以下 産婦人科医 河野美代子さんのブログ より 一部抜粋

 さて、今回の大津市の生徒の自殺、胸がつぶれる思いで報道を見ています。あの、学校や教育委員会の態度、このような生徒の自殺があったときには、毎回毎回、同じようなことが繰り返されています。それは、文科省を頂点とする、教育委員会、学校。教育界がいかに腐敗しているか、その現れでもありましょう。隠ぺい、嘘、保身・・・。それらの塊の閉鎖的な社会なのですね。

 毎日子どもが通う学校というところは、子どもにとって、もっとも安全で最も楽しいところでなければなりません。ところが、現状は、もっとも危険で悲しいところとなっています。少なくとも、自殺した生徒にとってはそういうところでした。

 すでにこのブログでもお話ししたことがある、小学校の教師による生徒へのレイプ、強制わいせつの事件。一人の教師が19年間にわたって27人の生徒を強姦、95件のわいせつをしていたという、この事件。外国のことではなく、この広島県でのことなのですが。ここに私が書いています。この教師のことについても、何回も発覚する機会があったというのに、ずっと放置されていました。

 保護者が学校に訴えたときの対応についても書いています。

 私は、数々の生徒の状況に触れ、学校というのは、そういうところだと思っています。そういうところに子どもを行かせているのだという認識をしなければなりません。保護者のみなさんは、そんな場所から子どもを守るという意識を持って、子育てをしなければ。そう思います。

 本当に 子供たちを思うなら、中学生にもなれば よく考えれば わかることでもありますが、まず 自分がなにをしたのか をはっきり認識するべきだと考えます。、
 そして しっかり悔いて、人として 正しくあろうと意識して 生きていくことを 説き、かつ そのように 言った本人自らが生きることでしょうね。
 とくに 教育者 という立場を選んだものたちならば、是非に。

 二度と おなじことをしない、させない、そのために そこで働く、
そのくらい、当然だとおもいますよ、自ら教職をえらんだ というのなら。

 そして 親であるならば、親自らがまず悔いて、どういうところで自分たちが悪かったのかを 子供たちと話し合い、今後をどう生きていくかを、身をもって示しながら 暮らすしかないでしょうね。

 それでも どんなことをしても あの中学生は、戻ることはないのですよね。

 それなのに、自分らだけが 何事もなかったように、無事安泰にすごすことを なんとも思わないで、事件からの日々を 送るとしたら、それは もう 人ではないので、「人でなし」ということになりましょう。

 まぁ 当方個人のいうことなので、なんということもないのは重々承知ですが、なんにしても、しんどいこと、たまらなく くさい、反吐が出るほど 気色悪い 今回の事件関係者すべて、と 学校およびそれに従属する者たちにして 事件ではあります。。

 

 あの 子供のころの 自分の経験した スローモーションで沈殿していく 赤黒い教室と その中の 自分を見ないで 着席する生徒たちが、奇妙な音を含んだ 勝ち誇ったような笑い声とともに、また 目の前に 見えています。

 

 

2 気になる犬たちのこと

  いつも 実家からの帰りは、二つ先のバス停まであるいて そこから バスに乗ります。 たびたびのことなので、ほんのすこしでも 交通費を浮かそうとおもって・・(^^;

 道路に出たところで、横断歩道をわたった先に、昔っからの理髪店があります。

 もう すでに 代替わりをして、息子さんが仕切っているのですが、自分が帰る時間は、店じまいになるころのようで、きっと 仕事が終わったら、そのまま さんぽにいくのでしょう、ベージュの犬が 二匹、入り口のガラス戸から 表を眺めながら、主人の仕事が終わるのを おとなしく 待っているのに 出会うことがあります。

 信号が変わるまでの 短い時間しか 知りませんが、いつだったかは ちょうど そこについたときに、散歩にいくところだったようで、二匹は もう 大はしゃぎ。

  大きなラブラドルリトリバーのほうは ぐいぐい リードを引っ張るし、小型のダックスフンドのほうは、主人の足に絡みつくし・・で、なんだか みていて かわいいなと 思いつつも、はらはらしてしまいました。

 そして 昨日も、実家から 戻るとき、その理髪店の前を通ったのですが、ガラス戸の向こうに居たのは ダックスフンド一匹だけでした。

 そういえば、このあいだも その前も この子だけだったな・・と 思い出し、大きな子は どうしたんだろう? 病気だろうか、元気で居ればいいけれど、と どことなく さびしげに、頼りなげに目を伏せている ダックス君をみながら 思っていました。

 そんな話をしながら、ふと 思いだしたのが、別の散歩中の犬さんたちのこと。

 少し前のこと、こちらが 両手に 重い荷物をもって 戻ってくるとき、我が家の向かい側の お店の前で、中年のご婦人が 二匹の犬を散歩させているのに 出会いました。

 道の向こう側でしたし、なんとなく 近づく間 見ていたのですが、二匹のうちの片方は、見たところ シェパードかとおもったのですが、それにしては ちょっと ちいさい。まだ 子供なのか、あるいは そういう犬種なのか、あまり 詳しくない自分には わかりません。

 もう一匹は ちっちゃな ふわふわのポメラニアン。この子が先頭で、次が シェパード風くん、そのあとに 飼い主さん という 順番で 歩いていました。

 遠藤が近づいたころ、ふと ポメラニアンが立ち止まって、じっとしたので、必然的に?うしろの一匹と一人も 立ち止まりました。

 そして すこし ポメがあるくと あとの一人と一匹も 少し歩く・・

 そのうち、先のポメが うごかなくなって、人なら さしずめ ため息をつく ような、そんなようすをしたのですが、そうしたら、後ろの大きい犬のほうが すぐよってきて 鼻先で ちょっと ポメをつつくのですね。

 そうすると ポメちゃん、ちょっと あるくのですが、すぐに 立ち止まる。
 そこで 飼い主さんが、もう だめかなー? というのですよね。

 自分は あ つかれちゃったのね、と 思い、飼い主さんが 抱っこするんだな と おもったのですが、そうではなくて・・

 飼い主さん、ひょいと ポメちゃんを抱き上げると、そばにいた シェパードもどき?ちゃんの背中に ぽめちゃんを 乗っけたのですねー *^^*

 あらまぁ と おもいつつ、眺めていると、あちらも こちらに気づかれて、この子(ポメちゃん) もう おばあちゃんなんで、すぐ 疲れちゃうんですよー、そうすると この子(シェパードもどきちゃん)に おぶってもらうの。 と。

 たまたま 間を通る車もなく、止まっている車も 2台くらいで、その場を通る人もなかったので、いつもなら 近づいて、お話したり、なでなでくらい するのですが、なにしろ 大荷物で すぐそこのドアを開けて はやく 荷物を降ろしたい。

 ・・ので、たったまま、そばにもよらず、えらいねー、きをつけてねー と 声をかけて、軽く会釈をし そろそろと 歩き出した ご一行を お見送りしました。

 次に合ったら、今度は ちゃんと なでなでしようと 思っていたのに、そういえば、あれから 一度も出会わないでいます。

 元気で居ればいいけど。。と さきの理髪屋さんの犬さんとともに、思い出すたびに 気にしています。

 

 

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