Aurea Ovis

きょうは『金羊日』

2010年 11月

 

1 落ち込み @

2 落ち込み A

 

 

 

1 落ち込み 1

 なんだか もう・・・ いろいろあって、11月も末だってのに。 身体は ともかく 気分的に 落ち込みが入っているような・・

 先月、ひどい風邪を引き込んだ後、ようやくもどったかな と言うときに、娘の小学生の息子が 盲腸で入院した と言う連絡を受け、しばらく会ってなかったこともあって、それでは と 土砂降りの冷たい雨の中を 出かけていったり、11月はじめの その下の女の子の誕生日に出かけたりして、ちょっと 通常のモードが 小さい子の入ったものになっていて、なんとなし、自分の立場なんかを 改めて意識していたのに、あろうことか、ある日突然 パソコン画面が真っ黒になって・・、それを生業としていて たいがいのトラブルは、結構 大変なことでも 翌日には 良好な状態にしてくれるタコ氏が、修理に出そう というほどのトラブルレベル・・

 それから パソコンを修理に出したは良いけれど、結局 ほんの一時の回復を見せただけで、とうとう 慣れ親しんだ我が相棒は 先日、とうとう 永の眠りについてしまった・・

 そんなこんなの間に、諸所諸々のあれやらこれやらがあり、ついでに 結局 手術をせずに、退院したと孫息子の事を聞いて、ちょっと 拍子抜けしたり・・(でも、結局 また入院して 手術したのだが。。) 

 しかし、まぁ、日常は変わらずで、実家にも行くし、あっちでもこっちでも 食事を作り、掃除をし・・という、なんとも 仕事なんか どこにいっちゃったんだかという日々が あっというまに流れ去って・・、そして やっと 今 こんなことをし始めている。

 くたびれてはいるし、面白くもなんとも無いのだけれど、なぜだか 普通に食欲はあるし、別に 何処といって 具合の悪いところも 見当たらず、うーん どうやら こういう ばたばたに 慣れてきてしまったんじゃないかな・・ なんて、そんな気がしてきている・・

 しかし、そういう慣れは あんまり 嬉しくないのが 正直なところだ。

 私は のんびり ゆったり、静かに暮らしたいのだ。

 とにかく、のんびり ゆったり 静かな人生を送ることが、希望なのに・・、なんで こう しょっちゅう どかどかと動き回っているような毎日なんだろう と ため息が出る。

 この、「どかどかと動き回っている」を さっと読み過ごさないように。

 「忙しさに走り回っている」でも「始終することに追われている」でもなくて、「どかどかと動き回っている」のだ。
 それは 身の重さもさることながら、つまりは 気持ちが嬉しくないので、面倒くさかったり、いやだなー と 思いながら動くので、結果、どかどかと 美しくない動き回り方になってしまうのだ。

 そう、人は 容姿端麗だけが美しいのでは ああそう、で おわってしまう 単なる「三日見れば飽きる」美人なのであって、本当に「美しい人」というのは、日々の言動からして 美しいものなのだ。

 ・・・つまり、自分は まぁ ほんとに 今の所、容姿端麗はおいといて、せめてもの 日々の言動の美しさすら 目指す余裕も無く、ただただ どかどかと よいしょ とか あぁあ とかいいながらの日常を、あたかも肯定しているかのように 過ごしているのだ。

 あたかも肯定・・ いや ほんとに 肯定しちゃってるのかもしれないなぁ・・

 これは・・ まずいです。肯定は いけない・・!

 まずい というのは わかってるんだけど、うーん なかなか かえられないんだなぁ・・ これが。

 ちょっと そんなことに 気づいてしまった自分なんだけど、だからといって 何が変わるでもなく・・ また 明日も うー めんどくさー とか、やだなー とかいいながら、あれこれやっているんだろうと思う・・。

 美しく、のんびり ゆっくり 静かに暮らす人生って・・ すんごーく 遠いことなのかもしれない・・と おもうけど、理想って 追いかけるほど遠くにあるから理想なんで、

 ま・・ね、そうおもえば そのうち なんかの拍子に 理想の暮らしになるかもしれず・・ かな、、と また 愚かしいことを 本気になりそうに思ったりもしている。

 

 

2 落ち込み A

 秋らしく 風もない穏やかな夕暮れ。

 目の前の小山の木々も 緑の物も だいぶくすみガ入り、水気を失ったものたちは、日ごとに赤みを帯びた茶色に移ろっていく。

 夕べは ちょっとしたことがあって、自棄酒と言うのをやってみた。・・のだが、

 だからといって 何がどうもなるわけでもなく、おそらく 自棄酒すると発散できて ちょっとは 状態良くなるかも なんて そんな錯覚?があったのだが、ぜーんぜん そんなのなくて・・

 やっぱり 鬱々とした 相変わらずの自分がいる。

 思い当たることは 山ほどあって・・、だけど そのどれひとつとっても 自分ひとりでは どうしようもないことばかりで、だけど 結構 自分って 誰にも言えないんだなーと、つまり そんなことに気づいてしまった というのが、夕べの発端のような気がしている。

 まぁ 確かなことではないのだけれど、多分、今までだったら こういうときは 恩師のところへ行ったな・・と 思うけれど、すでに 帰天された方に会うすべを知らず・・、で こうして 鬱々としまくるしかないというのは、もう 重々承知の上。

 ひとつ、思い当たったことの最たるものに、どうも 自分がいい人をやり続けていることに くたびれてきている というのが有るように思ったのだが、こういうと どれほど良い人なのかと 思われてしまうので、誤解のないよう説明すると・・

 ノー と 言えない人、ではあるのだな・・ 自分は、と いまさらにして思うのだ。

 いや、言えることは言える、言おうと思えば、穏やかに 申し訳ないけれど・・と 言うことは出来るのだけれど、それは たとえば 技術的に無理とか、それをすることで相手を不具合な状態にしてしまうとか、OKすることで はっきり 他に迷惑や混乱の波及が行くというような、ごく当たり前に それとこれのかかわりがはっきりしていて、だから ここで断らないと 大変なことになる というような、そういうことに対しては、自分でも恐ろしいくらいにはっきりと 出来ません と言い切ってしまえるのだが・・

 そうでないこと、どっちでもいいような、まぁ やれるからやるかな とか、できないことはないし・・とか、つまり 相手の要求度の方が こっちの気持ちを超えているような場合、つまり「気分的に載らない」という じつに簡単な理由では 断れないのだ・・ ということに気づいてしまった・・のだ。

 そして それを 今、困ったなーというくらいに 抱えてしまっていて、でも ノーと言えないので、本気で やだやだ と 言っているのに、長いこと その調子でやってきてしまったから、回りは そのやだやだといいながらもやってしまっている自分を いつものこと、としてしか見ないので、たいして やだやだとおもっていないと思ってくれている・・のだと思う。

 そうは言うけれど でも結局やってくれる人 と 思われてるなー ということだ。

 ほんとに すんげー やなのに・・ と ぶちぶち言ったところで、だけど やっぱり 結局 自分は やってしまうのだ・・! ここが なぞ。

 いい人で いたいんだろうなー と 自分のことを 思ってみているが・・、いいのか?

 いまさら いい人やっても と おもうんだけど、この調子で 自意識がなくなるまで生きていくのかなー と 思ったら、なんか もんのすごーく むなしくなって・・しまったのだ。

 そうおもったら、目の前で せんべいを 盛大な音を立てて かじっているタコ氏とせんべいのにおいに、やたらむかついてしょうがない。
 (こういうのを とばっちり っていうんだろうな)

  「いまさら」 と 「そうおもったら」の間に 何の関係が有るんだろうか・・?自問。

 こういうときに 相談と言うほどでもないけれど、ちょっと話に行ける人が居るというのは、本当に すごくラッキーなことなんだ と 心底感じている。

 自分は そういう人を失っても、しばらくこれということもなく 過ごせていたのに、今になって・・ 恩師が逝って 3年以上も経って、ようやく ああ、こまったなぁ・・ と 本気でおもったりするのだ。。 

 でもね、大人だし・・ そ、大人だし・・ ね

 だから 何とかしなくちゃいけないのだ、一人で。だって それが 大人だから。

 ・・と 今 ようやく思えるようになりました。

 祈らなくては、と 思っている。 自分を 拾い上げてやらなければ、だれも やってくれないんだから。 ちゃんと 大人になろう と 半世紀以上もすぎて ようやく 思う自分が、なんとも 哀しい・・ 秋ではあります・・

 

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