Aurea Ovis

きょうは『金羊日』

3月

 

1 冬眠明けて

2 エンディングノート考

3 簡単 アンチエイジング??

 

1 冬眠明けて

  先月は、何も考えず 何を思うでもなく、気がついたら、・・ 過ぎてしまっていた。

 二月は逃げるというが、逃げるどころか そこにいたのも 忘れてしまっていたような、そんな感じだ。

 でも、結局は、ただただ 寒かった というだけのことのようにも思えている。
寒いのは・・ ほんっとに だめだ・・

 嫌いとか なんとかというよりも、もう 寒さを受け付けるというとが 自分にとっては ただただ 苦痛でしかない。 

 長女などは、たとえ 霙が横殴り降っていたところで、なぜか 平気で 首元のあいたものを、着たりしているのだが、自分は、手首、首筋から 冷たい空気が 入り込んむことなどが、やたらに腹が立って いらだたしくて、どうにも仕方が無いのだ。

 だからといって、屋内の暖房、これが また どうしても 受け入れがたく・・、特に 公共の乗り物や 施設などの暖房には、実のところ 多少の敵意を感じるくらい たまらなく 不快で、これまた どうしようもなく疎ましい。

 では・・ どうしたら?  そうなのだ、寒いのだけれど、ものすごく寒くて、ほんとに あと少しで 気がついたら寝てしまっていた・・というくらいに 寒いのだけれど・・

 なのに、エアコンやストーブなどで暖まった部屋に入ることが、どうにも 辛くてできないものだから、タコ氏には、ほんとに 気の毒だと思うけれど、ほんとに もうしわけないと 思うけれど、自分のいるところは、エアコンはなしで ストーブなどももちろんなく、ホットカーペット一枚で、この寒い中を もこもこに着こんで すごすし続けている。

 人間というのは、(・・たぶん 人間一般といっていいとおもうのだが)寒さには なんとか 慣れるらしい・・、暑さよりは。と 思っている。

 暑さに対する自分の許容範囲は かなり狭い。もう ほとんど無いくらいだと思う。

 暑いのは、ほんとに どうしようもなくて、手の施しようがない というか、息している自分が ふしぎでならないくらいに、自分にとっては「ありえない」ことなのだ。

 どうして こういうことになってしまったのか、と思うけれど、年経るごとに、それは 顕著になるらしく、どんどん 暑い寒いのはっきりする季節に どうにも添いきれない自分になってしまっている。

 まるで、しおれ捨て置かれた野草のように、暑さの中では ただ 横たわって 涼しさを切望するのみ、そして、冬には ただただ、丸くまとまって じーっと 寒さ過ぎ行くのをこらえにこらえているばかり、というのが、この10年ほどの自分ではある。

 人は、生まれた月、生まれた季節を もっともすごしやすいと感じるそうだが、自分においては、その節は正しいようで、花粉に悩まされ、春眠暁を覚えずとも、やはり、春が自分にとっては 一番 気分良くすごせるように感じている。

 そして、ようやく 冬眠から目覚め、穴から這い出した 寝ぼけた熊は、おお そうだ・・と 2月発売のアルゴテルムの新ブライトニングラインのお知らせとか、一向 思い出しもしなかった 先月のお話などを、のそのそと 書き始めたのでした。

 

 

2 エンディングノート考

 エンディングノートなるものを知ったのは、数年前で、そのときは いいものができたな、と 思った程度だった。

 エンディングノートとは、文字通り、最期の時のための控えノートだから、どちらかというと、自分以外の者に見せるための、自分にかかわる あれこれの手はずを書き残したノート、と いえるだろう。

 去年、とても親しいというほどではなかったけれど、よくお会いして、にこやかに挨拶されたり、気遣ってくださった 少しだけお年が上の奥様が、さっと 亡くなってしまわれた。。

 すでに ご主人様は 大分以前になくなられていたので、末のお嬢さんが30代という 残されたご家族は さぞ 大変だったころだろう、と 思いきや、それが・・ なくなられた奥様は、何もかもを すっかり準備なさっていらしたとのことで、ご葬儀等は、それに則って 滞りなく、きちんと執り行われたそうだ。

 その話を聞いたは、なるほどなぁ・・ あの方なら そうなさって当然だろう。。と 思っただけで、それを 自分がしようなどとは これっぽっちも考えなかったのだが、年が明けて、ばたばたを あれこれに忙殺される日々をすごしながらの後、ふと、そうだ、自分も ちゃんと 用意しておいてやらなくては、と なぜか 思ってしまったのだ。

 最初は、そんなノートなどは 特には必要ないと おもっていたので、ためしに メモ程度に 書き出してみようとしたところ・・、まぁ 先の奥様のような 良くできた方なら、特にどうということもないようなことなのだろうけれど、この自分では、白紙をまえに、えーっと、あーっと ばかりで、すこしも 役に立ちそうなことが 書き出せない。

 そのノートについて調べてみれば、手引きのまま 書いていけるようにできているようなので、書けるところから書いておけそうなのが、手軽そうに感じた。

 それならば さっさと買い求めればよいものを、そのうち そのうちと思いつつ、今にいたっているのだが、なにか きっかけというか、理由付けが いるというのなら、そうだ、生まれた日に 死ぬ日のためのものがあっても ちょいと 粋でいいじゃないか、なんてことを思いつき、年に二度ほど、タコ氏が悩む そのひとつめの わが誕生日もちかいことだし、今年は 悩まずにすむように、これがほしいと 言ってみた。

 自分では、たいして書くほどのものも無いとは思うし、さほど 処分に困るようなたいそうなものも 所有しているわけではないとはおもっていても、意外なものがでてきて、周りが困るようなこともあるというのを、たまに 聞くに及んで、死んでしまえば 死んだ者は 何もできない代わりに、残ったものが、おいておかれた一切を 引き受けざるを得ないとなれば・・、そんなものを 考え考え書いて残すよりも、片付ける意欲のある 今のうちに、さっさと 処分するに限るだろうと、今、これを書きながら おもったりもしている・・ 

 まぁ、どっちにしても やってみて、何かに役立つようなら 使ってみて、のつもりで、用意だけはしておこうか と思った エンディングノートではある。

 

 

3 簡単 アンチエイジング??

  しみじみと 鏡の中を見てみれば、なんとまぁ、しみや小じわの増えたことか・・。

  鏡よ 鏡、鏡さん、最近 一番 老けてきたのは ・・  はいはい、私ね、わかってるわよー

 と、毎朝 やってしまうこのごろ。

 世間じゃ 微魔女?? いやいや 美魔女などと言われる方々もおいででね、とても 同じ年とは 思えないほど、つややか ぴんと張ったお肌の人たちもいらっしゃる というのに・・

 こんな仕事をしていて、なんたることか といわれるのなら、まぁ・・ たしかに、なので いいわけ一つすることもなく、他人事のように 肩をすくめるしかない。

 それにしても、しみや小じわだけでなく、筋肉の衰えと いつまでもたっぷりあってほしいコラーゲンやら元気な繊維芽細胞やらの生成不足などによる、皮膚のたるみと それに伴って広がるばかりの毛穴・・も、これまた なんと 顕著になってきていることか!

 だからこそ、それらの改善あるいは、すこしでも 願うようなお肌にしたくて、日々のスキンケアに励んでいる・・というのに、少しも うれしい状態にならないのは、

 確かに かなりの不規則な生活や寝不足、いらいらに 始終振り回されているからということは、考える前に わかっている。

 でも・・、でも なのだ。
 それは 原因といえば言えるけれども という程度のことであって、(と あえてこの仕事をしている者として言う)やはり 一番の原因は、加齢、年を経たから、というのが、ごくごく まともな判断ではある。

 先の 美魔女にしたところで、ほかの人より 老化の進み具合を 多少遅らせるような、そのための涙ぐましい絶え間ない努力を 日々継続しているからこその現状であって、彼女らの皮膚構造が、ほかの人たちと違うのか といえば、それは まったくない と 言い切れるのだ。

 つまり、きれいは ほんとに 個人的で期間限定でしかない のだ。

 母は とんでもない美人だった。色が白くて 少し髪の色も赤みがかっていて、戦争中は ロシア人、毛唐といわれて、石を投げられたほど、およそ日本人離れした顔立ちの、当時にしては 手足の長い 背の高い女性だった。

 そして、そういう人を母に持った子供は、始終 お母さん、きれいねぇ!を 聞かされて育ったのだが、毎日みていると そんなもんだ としか思えなくて、へらへら笑いながら 黙ってうなずくしかなく・・、それでも、たくさんの中から 母を探すのは 至極簡単で、大して化粧らしい化粧もしていないというのに、どこででも 母はすぐに見つかった。

 そういう母だったのは、でも あるときまでのようにおもえる。

 それが いつだったか というのは、定かではないが、あるときから 母は老人になった。それは、ごく 普通の現象で、そういう母を 私たちは 当たり前に受け入れた。

 おばあちゃん と 呼ばれ始めたころから 十数年は、それでも きれいなおばあちゃまねー と 言われていたけれど、孫たちが 一人、また一人と出て行くころには、すでに 今の母に近い様相だったように思う。

 あれほど、美しく、際立っていた人も、あたりまえに 年を取り、年をとったことが わかるようになるのだ。それは 化粧をしても していなくても、そうであることが事実なのである。

 先日、その辺のモデルや女優など、足元にも及ばないほど 綺麗な母の花嫁姿の写真を見て、しみじみと そんなことを 思っていたのだ。

 。。で、個人的には、納得してしまったのだ。
 人って そういうものなんだわ、と、まったく そのままに 納得してしまった。

 しみが増えようが、小じわが大じわになろうが、頬がたるんで かつての宍戸錠になろうが、そんなのは 別段 珍しくもない、ごく自然なことであって、それを いちいち 嘆いたり 騒いだりしたところで、時は 何事もなかったように、だれにでも 平等に過ぎるばかりなのだ。

 なんだか そんなことを 考えていたら、見た目 若くあろうとするなら、ほんとに 整形手術を受けるしかないじゃないか、というところに きてしまったのだが、それにも 抵抗を感じる自分のようなものには、そうなると、なるようにしかならないこの先が待っていることになる。

 ・・ だけどそれは やっぱり あんまり うれしくはないので・・ 

 なにか それなりのいくらかでも ましな方法がないだろうか、と 考えたとき、たまに 自分ってすごいな と 思うことのように、思いついたのが、口角を上げる、という、ただそれだけのこと。

 ためしに 鏡に向かって 笑うとか 笑顔を作るとかって言うことは おいといて、とにかく 口角を上げてみてほしい。

 ほんのちょっとのことだとしても、口角が上がると 頬全体が引きあがる。。
 これは だれでも そうなる。例外なしに。

 これを 使わない手はない。口角が上がった状態をなんというか といえば、それは 笑顔というしかなく、つまりは 微笑程度の口角の上げ方で、たるみや小じわが わかりにくくなる、というのが お分かりかと思う。

 これは、逆説的な言い方になるが、年をとって、たるみが目立ってくると、多少、口角が上がったところで、妙に笑顔を作っている とは だれにも悟られないというのがあって・・

 つまり、日常 どこにいても 思い出したら、誰の前でも だれもいなくても、ちょいと 口角を上げてみたところで、おかしな人 とは 思わないでいてくれる、という
ありがたいのか なんなのか 良くわからないけれど、ちょっとうれしいことにもなるのだ。

 人は だれでも 笑うと 頬の皮膚が張るし、血色が良くなる。それを 繰り返していると 肌につやも出てくるし、笑うことで 血流がスムースになり、肌に潤いも出てくる・・!

 本当は、だから 一日に 何度も 大笑いすると良いのだけれど、まぁ それも なかなか という場合は、ちょいと わらってみる=微笑、作り笑顔、というのを やってみることは、とても お手軽な アンチエイジングになる、と おもうのだ。

 どの道、人は 男女にかかわりなく、長く生きれば 生きるだけ、「枯渇」が進み、その状態を生きなくてはならないのだ。

 健康にいいから、免疫力を高めるから、というのもあるけれど、なにより、毎朝 鏡の中の自分に ため息をつくよりは、ちょっとの作り笑顔で いくらかでも 気持ちよくなって、時に 必死の抵抗をするよりは、笑顔の自分で、自分も 周りの者たちの気持ちも 明るくすることにもなれば、皮膚の内側にも 外側にも効果的な、 大分 気楽で お手軽、なにより 簡単な、これも お手入れのような気がしている。

 

 

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