幸せになる義務

15

 自分にだけできること

 

『なにもできないように思っていても、その時、

その人だけに出来ることがかならずあります。

どうしようもないと思っていても、

そうしたことはかならずあります。

そのことをやってみましょう。

そのあなたの生き方を神さまは見ておられます。

大丈夫ですよ。』

 

 


 「苦しい状況が続いていたO教会の信徒の一人に」という 小文字での説明書きが この文には ついています。

 

 なにもできない、と 思う時って ありますよね。

 何も出来ない、なんの手立ても無い、自分には どうすることもできない、そういうこと、ありますよね。

 そういう時って、すごく悔しいし 情けない、悲しいし、ほんとに 苦しい。辛いですよね。

 そんなときでも、伊藤師は 言うのです。

 あなたでなくては 出来ないことがあるはずだから、それを やればいい、と。

 何もできない自分は、役立たず。無価値な存在で、居てもいなくてもおんなじ、なんて 思ってしまいます。

 遠藤にも そういうこと 何度もありましたし、今も 娘の一人については、心底 そう思っています。 どうしようもないのですよ、母親だからと言って、彼女のために なにをすることも出来ないでいます。

 だから ただただ 祈り続けています。それしか 出来ないので。それしか出来ない。

 子供たちが通った 幼稚園には スペイン系の修道院があって、ある時、顔見知りのスペイン人のシスターが 三人で東京に行ったとき、一人の若者の運転する車が突っ込んできて、三人のシスターのうちの一人に 激突したことがありました。

 まだ 働き盛りのそのシスターは、大腿骨を複雑骨折し、かなりの重傷で、長いこと病院で寝たきりの状態になってしまいました。

 絶え間ない痛みも さることながら、彼女にとっては、他のシスターたちと一緒に、宣教のために 希望を抱いてやってきた異国で、さあ これから と言うときに出会ってしまったその事故は、自ら動くことさえ出来なくなってしまったことへの怒りや焦燥とともに、他の修道者たちの迷惑になる、お荷物になる という 申し訳ない気持ちをもたらして、ずいぶんと苦しんだ と 聞きました。

 その時、当時の院長をしていたシスターは、「貴女には、ちゃんと 役目があります。それは 私達が、神様の御旨を果たせるように、毎日 私たちのために 祈ることです。貴女の祈りで 私たちは 無事に御旨を果たせるようになるのですよ。」と 言われ、それならば・・と それからは 皆のために 毎日、一生懸命 祈っていたそうです。

 先の言葉を残してくださった伊藤師自身、最後のころにお目にかかったときには、酸素吸入器を手放せず、苦しい息の中から、「もうね、祈ることしか出来なくなってしまった。でもね、祈ることだけは できるの、ありがたいね。」と おっしゃっておられました。

 祈りの力は絶大だ と かつておっしゃっていたように、祈ることで 何かに作用を促すことも可能かともおもえますが、なによりも 祈ること そのことそのものが、すでに 祈る人自身に 大きく作用しているのだと 思えてなりません。

 

 その時、その人にしか出来ないことが かならずある、それをすればいい、という 伊藤師の言葉は、どんなときでも どんな状況にあっても、どんな人も 役に立たないということはないんだ ということへの 気づきの言葉でもあるように 思えるのです。

 

 

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