5月のお話  ーメルン


  むかし・・ 中世ドイツの北の町 ハーメルンで 大変な数のねずみが発生し、そのねずみ達に食べ物や衣類、家具や仕事の道具 はては 小さな子供や病人まで かじられるというようになり、あろうことか 食事時でさえも 恐れ気もなくテーブルに上がってくるねずみたちに みな 手を焼き 腹を立て、必死になって追い回し あれやこれやと策を講じるも そんなものでは 到底追いつかないほど、そして もうこれ以上は できることはない というほど 皆が疲れ果て こまりはててしまう という事件がありました。

 そんなある日の事、町に 奇妙なまだら服を着た一人の男がやってきて 町長さんに面会を申し込み、こんなことをいいました。
 「私は 皆さんがお困りのねずみ退治を すぐにもやってのけることが出来ます。
どうですか?金貨一袋で お引き受けしましょう。私に任せてみませんか?」

 いや 金貨一袋はたいそうな金額。ちょっと高すぎないか・・と 町長は思いましたし、普通のときだったら そんなおかしな格好をした男の言うことなど 耳も貸さなければ 会いもしなかったのでしょうけれど ことは急を要していました。 もう できることは何にもない、こうなったら 何でも、誰でもいい ねずみを何とかしてくれるというのならやってしまってくれ という思いで 町長はその男に ねずみを退治してくれるよう頼みました。

  「わかった。それでは 金貨一袋で やってもらおう。だが 一匹残らず だぞ。一匹でも残っていたら びた一文 はらわんからな!」

 

 男は表に出ると 広場に行って 懐から笛を取り出し 面白おかしい曲を吹き始めました。

 笛の音は 町中に広がり つかれきっていた人々の心も 楽しくさせるようでしたので、人々は 久し振りに うきうきした気分で 表に出てきたのですが・・・ なんと!
  道という道 大通りもわき道も 小さな路地にまでも ねずみが溢れ、それが全部 広場目指して走っていくではありませんか。
 人々は あっけに取られてみていましたが ねずみの後を追ってみてみようということになり、皆で 様子を見に行きました。

 すると 奇妙なまだら服を着たやせた男が 楽しげに笛を吹きながら 集まってきたたくさんのねずみ達を連れて 川のほうに歩いていくのが見えました。
 人々は いったい ねずみをどこへ連れて行くのだろうと 言い合いながら その後に続きました。

 川につくと 男は道の端により、相変わらず笛を吹き続けます。すると ねずみは あとからあとからやってきて 次々に 川に飛び込んでしまいました。
 川の流れは速く たくさんのねずみ達を あっという間に 海に流し去ってしまいました。

 人々は 歓声を上げて大喜びしました。長い事 毎日悩んでいたねずみの害から やっと 逃れることが出来たのです。町中の人々が お祭りの時のように はしゃぎまわり 大変な騒ぎになりました。

 皆 本当に ほっとして その夜は 久方ぶりに ぐっすりと 何の心配もせずに眠ることが出来ました。

 

 さて 翌朝、町長の所に あのまだら服の男が来て 報酬を要求しました。
しかし 町長は ねずみごときに 金貨一袋をすんなり男に渡すなんてもったいない と 思ってしまったので、もしかしたら まだ 何匹かいるかもしれない、それが分からないうちは 支払うことは出来ない などと あれこれ言い訳やら文句やらをつけて なかなか支払おうとはしません。

 また 町の人たちも 喉もと過ぎればなんとやら で あんなおかしな格好をしたヤツに 大金をせしめられるのは なんとも 口惜しい、用がすんだらさっさと町を離れろとばかりに 冷たい態度を示したので まだら服の男は それならば と ぶいっと 町の外に出て行ってしまいました。

 

 その晩、町に どこからか 笛の音が聞こえてきました。

 人々は あの男だ と すぐわかりましたので ぎくりとしましたが、でも もう ねずみはいません。お金をもらえなかった男が 笛を吹いて お金を得ようとしているのだと思い、それほど 気にもとめませんでした。

 ところが 暫くすると あちこちの家から 悲鳴が聞こえてきたのです。
「ぼうや!どこへいくの?」「娘や なにをしているんだ!」「待ちなさい。」「まって。まって!」

 町長や人々が表に出ると たくさんの子供達が 広場に集まっています。
子供達は みな 楽しそうに 踊ったり歌ったりしています。そして 列をなして まちのはずれをめざしてあるきはじめました。

 人々は その先頭を見て ギョッとしました。あの まだら服の男が笛を吹いていたのです。

「町長さん!こどもたちがさらわれちまう!」「あの男に金を払ってくれ!」「うちの子もいるのよ。助けてよ!」
皆 必死でしたが もう 騒ぐことすら遅いほど たくさんの子供達は 行ってしまっていました。

 すぐに 町の人たちは 捜索を始め 何日も 何日も 長い事かかって捜したのですが、でも 子供達の足取りは 一向つかめないまま 今日にいたっているのです。

 

 いまでは もう 子供達の行方を知ることもなく あの男の事も 夢の中の出来事のように 遠い昔の話になってしまっていますが、時折 風のむきによっては 山のほうから 楽しそうな子供達の笑い声や歌声が聞こえる時がある と 町の人たちは いっているそうです。

 

 

 このお話は どなたもご存知でしょう。私などは ご丁寧に 中学の英語の長文読解の授業で、未だに忘れられない苦労を強いられた話として 記憶しています。

 実は これ どうやら本当の話しに 近いらしいのですね。
ちょっと 興味がありましたので 調べてみたんですけれど、1284年6月26日に事件は起こっているようです。

 町の130人もの子供達が いっせいに 姿を消した という記録が 実は あるようなんです。
  それが何のためかは 未だに謎なのですが・・ 憶測としては その頃はやった ねずみの害による舞踏病 (一種のリウマチ熱やこどもに多いといわれていた 神経系の病気の類)だとか 十字軍によるもの、東ドイツによる植民地説 とか いろいろに言われているようです。

 事件はなぞのまま 時折思い出されたように 人々の話題になり、16世紀になって 初めてこの話しの元になった事件とネズミ捕りの男の復習という話しが一緒になって 伝説になった ということのようです。 
 それは のちのち グリム兄弟によって「ハーメルンの笛吹き男」というお話になり また イギリスのR.ブラウニングの詩などで 世界中に広まっていった ということです。

 いなくなった子供達は すべて4歳以下だった とか 女の子が多かった とか 記述があるにしても バラバラで 信憑性のある物は 確定できないらしいのですが、6月のある日 130人の子供達が 忽然と姿を消してしまった というのは かなり信じられる事実のようです。

 かつてのヨーロッパは 衛生状態も悪く ねずみの繁殖は 即 死に至る伝染病と関連付けて考えられましたから、どうにも手の施しようのないほどの 病気がはやって 似たような結果をみた というのも 考えられることでしょう。

 でも おかしな話しですよね。

 私も いえば 結構 けちなところのある小さい人間なんで 町長のものいいは なんとなし 分かるんですけど、まぁ 命にかかわることで けちるのは 結局 ろくなことはないうえに しっぺ返しも受けるよ という諭しなのでしょうね。

  みなさんは どうおもわれますか?

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