2月のお話  鶴の恩返し

 

 むかし、ある小さな村に 一人の男がいました。

 男は ほとんど傾きかけたような古い小さな家に ひとりですんでおりました。

 毎日、決まって 畑に出向いて働くほかに、月に数回町へ出て 買い物をしたりする以外、とくに 親しく付き合うものも無く、だからといって 人付き合いが悪いでもなし、なんとなく たんたんと暮らしておりました。

 そんなある日、男が たまさか町へ出かける用ができて、道を歩いて池の端に歩きついたころ、村の若い者が なにをしたのか、一羽の鶴を締め上げて、散々に痛めつけているところに出会いました。

 鶴は 何度もけられたり、ぶたれたりしたようで、もうぐったりしている様子です。男は 若者のそばに行き、そんなことをするでない と言ってみましたが、若者の田んぼで 鶴が気に入らないことをしたとかで、なおも けろうとしますので、男が まぁまぁ と、手持ちの金を出しますと、しょうがないなぁ と言うような顔をしながらも 嬉しそうにして、鶴を結わえていた縄を 男に手渡していってしまいました。

 若者の姿が見えなくなったのを見届けて、男は 鶴の縄を解き、すこしさすってやりながら、さぁ もう大丈夫だ。どこぞ 人目につかぬところへいきゃれや。と 後ずさりながらいいました。

 鶴は 少しの間、じっとしていましたが、ゆっくり翼を広げながらたちあがると、思い切ったように ばさっばさっと羽ばたいて、空に舞い上がりました。

 痛めつけられていたことから放たれて 嬉しかったのでしょう。鶴は 数回、男の頭の上で大きく叫ぶと、山の向こう目指して 無事に 飛んでいきました。

 鶴を見送った男は、良いことができてありがたいと、気持ちよく道を急ぎました。

 その晩遅く、男の家の戸が トントンと たたかれたのは、町での用を済ませてた男が、火に当たりながら 粗末な飯をささっと済ませたばかりの時でした。

 こんなところへ 一体誰が?とおもいながら 戸をあけると、なんともきれいな娘が ひとり おもてに立っておりました。

 遅くに突然 申し訳ございません。たずねる家を探し当てられぬうちに暗くなり、困っております。あつかましいお願いでございますが、今晩 一晩、とめていただけませんか? 

 そういう娘の言葉をきいて 男は こまったな・・と思いながらも、真っ暗な夜の不案内な道を 若い娘をひとりで歩かせるわけにはいかない と考え、

 とにかく なかにはいりゃええ。何も無い家だが、表よりはましだろうて。一晩くらいなら つかってくだされ。 

 と娘を家の中へ入れました。

 

 翌朝、男が目を覚ますと なんともよい匂いがしています。なんだろう?と起き上がってみると、昨日の娘が たすきをかけて、せっせと立ち働いているではありませんか。
 火は あたたかく燃え、そばには 湯気の立ったおいしそうないもがゆができています。あまり掃除することも無かった家の中が さっぱりと整えられて、気持ちよい様子になっていました。

 やぁ、やぁ、これは すまなんだ。こんなにしてもらうことなど 思いも寄らなかったが・・、しかし、こんなぼろやでも こうしてみると まだまだ 人の家らしゅう見えるもんじゃのう。
 それに・・、いいにおいだ。おまえさんがこしらえてくれたんかね?すまなんだなぁ。いやいや、しかし ・・ おお うまい。これは 朝から なんともありがたいことじゃ。

 娘は 男が おいしそうにおかゆをすするのを 嬉しそうにニコニコしながら眺めていました。一息つくと男は 畑に出なくてはなりませんので、そういいますと、娘は 思いきった様子でいいました。

 夕べの話は、申し訳ありません、作り話でございます。実は、貴方様にお願いがございまして・・。はい、あの・・、私をこちらにおいていただきたいのです。いえいえ、お金などは要りません。ただ 身の回りのお世話をさせていただきたいのです。

 男には 何がなんだか訳が分かりません。こんなあばら家に お前さんのようなきれいな娘さんがいてくれても してもらうこともないし、もっと よい家で きっと お前さんを大事にしてくれるところがあるから・・ と なんどもいうのですが、娘は 自分がお世話したいのはお前様です、どうしても、と 男に強く頼むのです。

 とうとう 根負けした男は、それならば と 娘を置くことにしましたが、それは 勿論 思いがけないほどの幸いで、嬉しいことには違いありませんでした。
  それでも 男は、きっと あまりの貧しさに、娘も そのうち 出て行くだろうとも 思っていました。

 娘は 男が承知してくれたことを とても喜んで、男が畑に出かけていくと すぐに 掃除に洗濯に と働き始めました。

 その日、男が帰ってくると 家の中から とんとんからりと音がします。

 帰ったよ。と声を掛けると 音は止み、障子の向こうから 娘が顔を出しました。

 おかえりなさいまし。

 なにをしていたんだね?

 掃除しようと かぶせてあった布を取りましたら、織り機だったものですから・・。

 そうそう、おっかぁが元気なころ やっていたんだ。まだ 使えたかい?

 はい、十分に。 少しですが 見てくださいまし。

 男は 言われるままに 機にかかったままの布を見ましたが、それはそれは 大変に美しい 実に 身につければ いかにも心地よさげな様子のものでした。

 それから 娘は 毎日 機を織り、男は 日に日に出来上がっていく布を見ては 大したものよ と 感心しながら 仕上がりを楽しみにしていました。

 そして ようやく七日目に、一反の布が織りあがり、娘はそれを丁寧にたたんで 男の前に置き、言いました。

 どうか これを 町でお売りくださいまし。きっと よい値で売れましょう。

 男が 町に出て布を広げておりますと、ちょうど通りかかった お殿様のお使いが、あまりの出来の良い品に感心して、驚くような高値で買い上げてくれました。

 男は 驚くやら、うれしいやらで 急いで家に戻って、娘に お金を見せました。

 なんぞ ほしいものは無いのか?お前のおかげじゃに、なんでも お前のほしいものをいうたらいい。

 ありがとうございます。それでは これこれの糸を これくらい お願いいたします。

 あい わかった! で ほかには?

 ほかには 何も・・。おまえさまこそ なにか お好きなものをお買いなさいまし。

 娘の織った布は すぐに町で評判になり、男の姿が町で見られると あっという間に人だかりがして、皆 あらそうようにして 娘の布を買い求めるようになりました。

 これまで それほどの大金を手にしたことのない男。 畑で 一日 面倒な仕事をしなくても、布一枚で 十分 ひと月は暮らしていけそうなのを知って、だんだん畑仕事を怠けるようになりました。

 暮らしには まったく不自由しなくなった男は、いまでは土にまみれて働くことをしなくなってしまいました。どれほど一生懸命働いたからといって、娘の織る布ほど多くのお金になるくらいに 作物はすぐには実らないし、作っただけ 必ず売れるとも限らないからです。

 そんなちまちました暮らしより、娘の布を売っていたほうが、どれほど 心配なく 楽に暮らせることか、と そう考えるようになったのです。

 おまえさま、今日は 畑に行かれないのですか?よいお天気ですがね。

 娘がそういっても 男は ごろりと日当りの良い縁側に寝転んで、娘の機織の音を聞かせてくれと せがむばかりです。

 初めのうちこそ しかたないと思っていた娘でしたが、そのうち どうも 男にほんとうの怠け癖がついてしまったと知り、それもこれも 自分が 法外な値段で売れる布を織るから、その売り上げを当てにして 働くことをしなくなってしまったためと悟って、悩み悲しみました。

 それからしばらくして、男が いつものように 娘の布を売って 町から いろいろなものを買って戻ってきたその夜、娘は 改まった様子で 男に 言いました。

 おまえさま。私は お願いがございます。

 なんだ? なんでもすきにいえや。おまえの布は ほんに大した布じゃあ。

 それでは 申します。私は これから 今まで織ったことのない布を織り上げようと思います。おまえさまには 私が機織をしている間の七日の間、どうか けっして そこの障子を開けて中を見ない と 約束していただきとうございます。

 なんと。そんなこと たやすいことよ。まぁ 七日の間 お前の顔を見ること叶わぬのは 寂しいが、しかし 障子を隔てて そこにお前がいるのだし・・。今まで織ったことのない布というものが織りあがれば それはまたきっと 天下一品。今まで以上に 高い値で売れることじゃろう! これは 楽しみじゃ。
  よしよし、約束したぞ。

それから娘は、夜も昼もなく、食べも眠りもせず、一日中機を織り続けました。

 

 明日が 約束の七日目 というその日の晩、男は しかし、一体 飲みも喰いもせずに 娘はだいじょうぶなんだろうか、一体 それほどまでして織り上げるような布とは どんなものなんだろうか と・・、それまで あれこれ思っていたことが いきなり 津波のようにうねってきました。
 後もうしばらくの辛抱だから と思ったり、でも ほんのちょっとのぞくくらいなら・・ という思いになったりする自分に 落ち着かない男でしたが、とうとう、娘と自分を隔てている障子を 本当に ほんの指一本分だけ開けて、部屋の中をのぞいてしまったのです。

 はてさて・・!男が見たものは・・!

 障子の隙間から見た部屋の中には 機織の前にいる 羽のまばらなみすぼらしい一羽の鶴の姿でした。

 なんで・・!なんなんだ?一体 あれは なんだ? どうしたんだ? 
え・・、もしや?! それでは、それでは あの娘は・・?

 その時、機織の音が ぱったりと途絶え、あたりは いきなり 恐ろしいくらいに静かになりました。

 そして、驚いた男が腰を抜かしたままでいる目の前の障子が 音も無く開き、ずいぶんと顔色悪く、かなりやせ衰えた様子の娘が、柔らかな光輝くような美しい布を手にして 陽炎のように現れ 男の前にしずかに座りました。

 これを。 これが 最後の布でございます。

 さいごの・・? 

 おまえさま。なぜ、私との約束を守ってくださらなかったのです? 必ずとお願いいたしましたのに。私は ずっと おまえさまと一緒に暮らしたかったのに・・。

 娘は 青白くやつれた頬に 透き通った涙を流しながら そう言いました。

 おまえ・・! おまえは 一体・・?

 私は、鶴でございます。おぼえておいででしょうか。しばらく前に 私が 村の若い者につかまって いたぶられていましたところを、お前様がお助けくださいました。私は、本当にとても とても うれしくて、どうしても お礼がしたかったのでございます。 そこで、あの晩、この家に訪ねてまいったのでございます。

 お前様の暮らしのお役に立ちたいと、それだけで 布を織ってまいりましたが、おまえさまは 布を売ったお金のほうが嬉しくて、ちっとも働かなくなってしまわれた・・。それが 私の布のせい、私のせいだと思うと、もう 切なくて、つらくてどうにもなりません。

 荒れていく畑を見ながら、もう これ以上は いっしょに居てはならないと悟りました。
 短い間ではありましたが、お前様との毎日は 本当に たのしく うれしゅうございました。 大事にしていただきました御礼に と おいとまする前に、私の全てをかけた布を織り上げていこう と決めました。

 それが、我が羽を抜き取り、それをすいて布に織り込んだ この布でございます。どうか おおさめくださいまし。

 

 
その布は、

いかにも軽く 美しく、

絹のようで 絹以上、

まるで 天の羽衣のようでした。


 おまえ、しかし・・。

 男は言いかけて 口ごもりました。

 確かにそうでした。それまで 働くことを厭うたことは無かったのに、布一枚で得られるお金は、まじめに働くということを、つまらないことにしてしまっていたのです。
  それでも 畑に行っていればよかったのです。そうすれば 娘も 命を削るような布など 織らなくても良かったのです。
 それに 絶対に見ないと約束をしたのにそれを破ったのも、思えば ただただどんなものを織っているのか、自分が知って当たり前だという、思いあがった気持ちがあったからでした。

 男は、そんなことをおもいながら、娘に 謝るのでしたが、それを いちいちうなずいて聞きながらも 娘は言うのでした。 

 おまえさま。短い間でございましたが、本当に お世話になりました。

 娘が行ってしまうと思った男は、いきなり 娘の袖をつかんで なおも詫びの言葉をならべ、一生懸命に 行ってくれるな。お前が人でなくても かまうものか。俺はおまえと居たいのだ。もうけっして 二度とはしないから、どうか いっしょに居ておくれ、となんどもなんども 心から頼みました。

 しかし 娘は はらはらと涙を流すばかり。静かに立ち上がって 言いました。

 正直で 良く働くお前様が好きでした。それなのに、そんなお前さまを お金のとりこにしてしまうような 人にあらずの愚かな私を どうか お許しくださいまし。

 男が娘を呼び、手を伸ばしたと同時に、娘の姿は 煙のように消えてしまいました。

 男が 呆然としていると、表で あまりに軽い羽音が聞こえました。
はっとして 転がるように 縁側から飛び出してみると、茜色の空に 羽もまばらな哀れな鶴が 辛そうにゆっくりと 輪を描いて飛んでいました。

 娘の名を呼ぶ男の声は 果たして 鶴に聞こえたのかどうか・・、鶴は 数回、縄から放たれたあのときのように、でも あの時とは違って とても 苦しく哀しげに、細く鳴き叫ぶと 数枚の羽をこぼしながら 山の向こうに落ちていく夕陽の中に溶け込んで行ってしまいました。

 薄暗くなって 冷え冷えとした風の吹く庭に 立ち尽くすばかりの男は 日の名残りの輝きが衰えていくのを いつまでもいつまでも じっと 立ち尽くして 見つめるばかりでした。

 

   このお話は もう どなたもご存知のことと思います。

 しかしながら、細かいところが ところどころ 違っていると思われる方も多くおいでのことでしょう。

 この「鶴の恩返し」というお話には いくつかのバージョンがあり、良く知られているのは、子供のいない年取った貧しい夫婦のところに、おじいさんに助けられた鶴が娘になって・・というものではないか と思います。

 今月 このお話を書こうと思ったとき、ふと 自分の学校時代のことを思い出しました。私の通っていた学校は、当時、何度も県の演劇コンクール(といったのかどうか・・?)で優勝していたほど レベルの高いものだったのですが、その演劇部で得意としていたのが、確か「夕鶴」だったと思いました。

 一度 講堂で演劇部の「夕鶴」をみましたが、それはそれは 高校生とは思えない(しかも全員女性)大変内容も演技も、美術や証明、効果音や音楽など、それぞれかなりハイレベルだったことを 記憶しています。

  その時の「夕鶴」では、若者は 物事や世間に疎い朴訥とした与ひょう、娘は”つう”という名で演じられていました。ほかに 庄屋のわがまま息子とその太鼓持ちなども出てきて、人のかかわりなども 大分細かく描かれていたように思います。

 最後に、つうが行ってしまったあと、与ひょうが 舞台の真ん中に立ち尽くして、「つうよぉ〜。つうよぉ〜。」と 切なげに呼ぶ様子に ちょっとのどの奧が詰まる思いでした。

 そんなことを思い出して、今回のお話は 若者と娘の話に仕立てました。

 

 先月に引き続き お金にまつわるはなしになってしまいましたが、しかしながら、お金というものの なんともいえない業のようなものを感じてしまいます。

 お金は 本当に使い方次第。使ってこそのものでしょうが、それが生きたものになるのか あるいは死に金となるのかは、ソレを使おうという その人によるばかりですね。

 お金は 人を変えます。少なすぎても 多すぎても 人って変ります。たかが金、されど金 ではあります。

 無ければ困るけれど、だからといって 必要以上にあっても、それを持つに値する人物でなければ、なんのためにも、誰のためにも役に立てることなく、まかり間違えば 人を陥れたり 傷つけたり、挙句 争いの元を作ったり・・、そんな 愚かにしてくだらない使い方をするばかりでしょう。

 お金に踊らされないように、使われないように、と おもいますが、まぁ 私に限って言えば、まったくそういう心配はありません。ありすぎで困ることは 一度もありませんでしたし、不足を感じることはたびたびあったとしても、無事 ここまで生きています。自分を思えば、それなり分相応なんだろうな と思えてしまいます・・。

 さて、あなたは いかがでしょうね?

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