6月のお話  かじか屏風


 昔、あるところに 菊三郎という 男がいました。

 菊三郎の生まれた家は、大変 お金持ちで、代々のご先祖様の御蔭で なんの苦労もしないで、これから先も 安心して暮らせるほど、畑や山なども 幾つも持っていました。

 ところが、もともと 菊三郎は 働くことが嫌いで、かなりの怠け者だったこともあり、働かないで 贅沢ばかりするうちに、どんどん お金が減って、とうとう、それまで もっていた たくさんのめずらしいもの、高価な物などはもちろん、そのうち 畑や山なども売って、そのお金で 好き勝手なことを するようになってしまいました。

 そうして、もう その山を売ったら、あとは 家と中に残っている 掛け軸やら壷やらだけになる と言う所まで来てしまいました。

 あるとき、菊三郎は 最後に残った山の どの辺りを売ったらよいかを決めようと、自分の山に 入っていきました。

 余りにたくさんの物をもっていたため、自分のものとはいえ、深い山などにいちいち行っていたことがなかった菊三郎は、最後の持ち物であるその山に、はじめて 入ってみたのでした。

 色々な木が 緑一杯に茂る林を抜けると、目の前に どこまでも澄んだ 綺麗な流れの川があり、玉砂利を敷き詰めたような 美しい川原がありました。

 川を挟んだ両側には ずいぶんと長い年月を経たであろう 立派な杉の木が 無数に茂っています。 
  菊三郎は 川上の方へ どんどん 歩いていきました。

 川のさらさらと言う 心地良い流れの音とともに、あちこちから 菊三郎の足音にも動ぜず、良い声のかじかが 群れ成して 鳴き歌っています。

 そうか、それで このあたりを かじか沢というのか。
菊三郎は なるほど と 思いながら、なおも 歩き続けました。

 その日は よく晴れた気持ちよく、川面を渡る風も涼しく、かじかの声が 杉の木立に響いて いくらでも歩けそうな気がしていましたが、朝から 歩き続けていた菊三郎は すっかりくたびれてしまいました。

 どこか 休めそうなところは無いか と 見回しながら 歩いていると、運よく 目の前に 大きな一枚岩が 見えたので、菊三郎は そこまでいって 岩の上に上り、ごろんと 大の字になって ねころびました。

 だいぶ 疲れていたのでしょう、菊三郎は なにかを思うまもなく、すーすーと 気持ちよさ気な寝息を立てて 眠ってしまいました。

 「もし、だんな様。ご主人様。」
だれかが 菊三郎に声をかけているようです。

 うーん と伸びをしながら 薄目を開けた菊三郎は いままで 見たことも無いような 奇妙な顔立ちの年寄りが 自分のそばに ちょこんと 坐っているのを見ました。

 いぶかしげに思いながら、起き上がって だれだ?と 尋ねる菊三郎に、おじいさんは 言いました。

 「だんな様、菊三郎様ですな?」
「そうだが、おまえさんは?」

 そのとき 菊三郎は おじいさんの着物の袖が ぐっしょりぬれて、ぽたぽたと しずくが垂れているのに気付きました。

 なにごとかと驚く菊三郎のまえで、おじいさんは 深々と頭を下げて言いました。

 「菊三郎様、お頼もうします。わしは、このあたり一帯に住む かじかの頭領で御座いますが、この間、近いうちにだんな様が この山をお売りなさると 聞きました。そこで、皆と相談して、お目にかかりに伺ったのです。  

 わしらは、この沢に ずいぶん昔から 何不自由なく 平和に暮らしてきました。今 ここを追い払われますと、わしらは皆 行き場もなく、死に絶えてしまいましょう。

 どうか、だんな様、このかじかの沢だけは お売りくださいませんよう、心から お願い申します。」

 頭領は 目に涙を浮かべ、一生懸命 なんども頭を下げて 言いました。
そして、菊三郎の手をとって どうか どうか と言いながら・・

 そこで、菊三郎は 目が覚めました。

 「なんだ・・、夢か。」

 そして、ふと 自分の手が 水でぬれているのに気付きました。
「なんだか あの頭領の手も ずいぶんと ひんやりしていたようだったけど、俺は寝ぼけて 川の水にでも 手をひたしたのだろうか・・。それにしても???」

 辺りを見回しても 特に何が変わったでもありません。
あいかわらず 心地良い川風が優しく吹き、しんと深い杉木立には かじかの声がこだましています。

 なんだか よくわからないまま、菊三郎は 家に戻りました。

 家に戻った菊三郎は、しばらく 腕組みをして考えていましたが、ふと 思い立って、家中をひっくり返し、まだ のここっているものを 並べて眺めながら、なんとかして かじかの沢のある あの山をうらなくてすむように、算段しました。

 そして どうにか あの山を売らなくても良くはしたのですが、そのため 菊三郎の手元に残ったのは、まだ 何の絵も描かれていない 真っ白な屏風が一枚だけになってしまいました。

 夜になって、家の中と その白い屏風を眺めていた菊三郎は まぁ しょうがない、これで 本当に なにもかも なくなって、かえって さっぱりしたわい、などと 強がりを言いながら、あとは寝るだけ と 蒲団に入って寝てしまいました。

 夢の中で 菊三郎は あの かじかの沢にいました。
そして、前よりも もっと たのしそうな かじかたちの声を聞いて、楽しく過ごしていたように思いました。

 そして、ふと 気付くと もう お日様は昇っていました。
菊三郎が うーんと 蒲団の中で 伸びをすると、どうも 蒲団が湿っています。

 驚いて 見てみると、蒲団は 縁側からの たくさんの小さな濡れた足跡で びっしょりと濡れいることがわかりました。

 そして 部屋の向こうに 立てた屏風に目をやった菊三郎は、あっと 声を上げて 驚いてしまいました。

 なんと そこには、あのかじかの沢とそこを流れる綺麗な川、そして たくさんのカジカたちが 色々な格好で 楽しげに 今にも歌いだしそうにして 描かれていたのです。 

 菊三郎のかじかの屏風は あっというまに 人々のうわさになり、遠い国や町からも たくさんの人が 見に来たり、なかには ぜひ 売って欲しいと、千両箱をおいて 拝むような人まで やってきました。

 どんなに お金を積まれても、菊三郎は その屏風を売る気にはなれません。

 そして、それまでは 怠け者で 働いたこともなかったような菊三郎が、それからは まるで 人が変わったように 一生懸命 働き出したのです。

 そのおかげで、売った田畑や山を買い戻し、また それらを増やして、前にもまして、大金持ちで立派な暮らしをすることができるようになりました。

 そればかりではなく、菊三郎は 困っている人や 貧しい人、病気の人を見ると、すすんで お米やお金を持たせ、自分のことのようにおもって、力を貸すようになったのでした。   

 

 やがて 時が過ぎ、菊三郎は、今は もう 80をこえた老人になりました。
そして 少しずつ、自分で動くことも難しくなり、近頃は 寝たきりの日々でした。

 菊三郎は 毎日 枕もとの かじか屏風を眺めながら、とおく カジカの声を耳に思い出し、やさしく流れる柔らかな風をどこかに感じながら、お迎えを待っていました。

 そんなある日、殿様のお使いと言う 家老が 菊三郎のところにやってきて 言いました。

 「お殿様が お前のかじか屏風を お求めだ。これで 売ってくれ。」
と いくいつもの千両箱を積んで いうのです。

 もちろん、菊三郎は、あれは とても大事な屏風だから、たとえ お殿様にでも 売ることはできません と 言いました。

 すると いきなり 家老は 無礼者め!と 怒鳴り、こともあろうに 寝ている菊三郎をまたいで 屏風に手をかけ お供の物と一緒に 運び出そうとしたのです。

 菊三郎は 自分の身体を 思うように動かすことができないので、悔しくて溜まりません。
 一生懸命、どうか 止めてください、もっていかないでくださいと たのみましたが、家老は 聞く耳持ちません。

 そのとき、突然、お供の者が 大きな悲鳴を上げて 腰を抜かしました。

 菊三郎と家老が 何事かと屏風を見ると、なんとなんと!
屏風のかじかたちが ざわざわぞろぞろ・・、つぎつぎに 屏風を抜け出して、家老と家来たちの足元をはっていくではありませんか!

 皆が あっけに取られて 見ている間に、かじかの屏風には 一匹のかじかもいなくなり、沢も川もきえて、もとの真っ白な屏風に戻ってしまいました。

 驚いた家老たちが逃げ去ったあと、菊三郎は カジカたちが 出て行ったほうを見ながら
 「そうじゃ、そうじゃ。これでよい。みんな 長いこと、ありがとうよ、元気で、かじかの沢で 仲良く暮らしておくれ。」 
というと、にっこり笑って 死んでしまったということです。

 

 


 このお話は ご存知でしたか?

 どこか地方のお話のようですが よくわかりません。なんとなく 聞き覚えていた物を 適当に例によって 遠藤が脚色しました。

 なんだか もうすこし いろいろ事が有ったようにも思いますが、ちょっと わかりません。

 立てかけた屏風から かじかがぞろぞろと這い出したかどうかはわかりませんが、言い表しを変えれば、なんとなくですが、こういう系のお話って、かなり現実に有りそうな気がしてしまいます。

 こんな風に お話になるような、なにか 近い出来事があったんだろうな・・と 思ったりもしているのですが、それにしても、菊三郎さん、お殿様の存在する時代に 80歳過ぎまで生きたというのも 大変なことでしょう。

 長生きを夢見ていた時代の人々が、菊三郎さんのあれこれを 聞いたりうわさしたりしているうちに、あやかりたい思いや やっぱり そのくらいまで生きる人には こんなこともあろう、みたいな・・ そんな話しが 着いて回って・・、で いつか 語り継がれるようになったのかもしれませんね。

 当方も ずっと昔、子供達が まだ小さい頃、ほんの数年の間でしたが、夏になると 丹沢の中川をさかのぼって 半日、川遊びをした事が有りましたが、このお話を書きながら、そのときの 山や川の様子、かじかがいたかどうかは もう わかりませんが、鳥たちの声が 山に響いて 静かで さわやかで・・ 疲れを知らずに 薄暗くなるまで 遊んだことを 思い出しました。

 放蕩三昧の菊三郎さんが 性根を入れ替えて 立派に生きるきっかけになったかじかの沢。
自然には そんな力も 有るのでしょう。

 あなたは どうおもいますか?

 

 

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