ひつじ小屋の風景 84
タローの災難
その日の夜中少し前から しばらく聞こえていた妙な鳴き声がどうにも気がかりで仕方なかった私は、懐中電灯を持ち出して先に玄関を出た連れ合いのあとからついていきました。鳴き声の主は、少し先、新築現場の道沿いの段差に、両の後ろ足の腰から下を落とし込んで、なんとか這い上がろうと力なくもがいている一匹の中型犬でした。
最初は その段差の内側に足を挟まれて動けないのだと思ったのですが、私達が出て行ったと同時に様子を見に来た向かいの家の息子さんが、段差を降りて確認後、抱き上げて道に上げたので、足には何ごともありませんでした。
犬はかなり疲労しているようで吐く息も荒く、自分の身体もようよう支えているのでしょう、四肢がぶるぶる震えていました。
連れ合いはさっさと警察に電話。私は、一旦家に鍵をかけに行き、戻ってみると犬を囲んでいるメンバーが一人増えていて、ヘルメットを持ったサンダル履きのお兄さんがしゃがみこんで心配そうに犬をなでていました。
警察から人が来る間、お向かいの奥様が器に水をなみなみついで犬にやったところ、よほど喉が渇いていたのですね、あっというまに飲み干しました。
2杯目を置いたところ、これもまたあっという間に・・。よっぽどだったんだねーと皆でうなづきあったのですが、いきなり一気飲みをしたので、すぐに吐き出してしまいました。
それでも喉が潤ったからでしょうか、少しはしゃんとした様子でした。
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よしっ!・・やたっ
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お向かいの息子さんは、かなり年を取った犬だと言い、だからこんな段差もあがれなかったんだろうといっていましたが、たしかに大した段差ではありませんでした。 |
警察署の人と話しているとき、犬の首輪のラベルに当てた灯かりで予防注射の登録番号がわかり、そこから連絡できるだろうということに。
車の後ろにお向かいの息子さんがよいしょっと犬を抱き上げて中に入れ、お互い、口々にお礼と'よろしくお願いします'を繰り返して車を見送り、その後、またそれぞれに「おやすみなさい」「お疲れ様」「気をつけて」を言い合って、分かれました。
翌朝、届出のある犬だったので すぐに飼い主に連絡できたと警察から知らせがありました。
犬暦18年、もう耳も目も殆ど効いていないタローというその犬は、二日前に散歩の途中で行方不明になり捜索願を出されていたとのこと。丸二日間、飲まず喰わずだったのでしょう。この炎天下、よくも車にも轢かれずに頑張ったものだと思います。
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後日飼い主さんの話だと、戻ってきてすぐに入院させ時、もう一日遅かったらだめだったかも・・とお医者さんに言われたとか。
4日間の入院後は、食欲も戻って元気になったそうです。
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わざわざお礼に見えたのですが、とても喜んでいらして犬さんを大事に思っておいでなのがよくわかりました。その飼い主さん親子を、先の夜に一緒だった方のお宅にお連れして、その後をお話いただきましたが、其方もとても安心なさった様子でした。
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どう?キュート!
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それにしても、あの鳴き声をおかしい、妙だと思う人がほかにいなかったのでしょうか?いえいえ、気付いても関わりたくないという気持ちのほうが強かったのかもしれません。数日暑い日が続いて誰でもが寝苦しい夜を、ようやく寝られるかというくらいの時間ではありました。私たちのいるところとあの犬さんの落ち込んでいた場所は4〜5軒先、向側の家やその周囲を考えれば、幾ら冷房をかけるために窓を閉め切っていたとしても、殆どのその辺りの人たちには聞こえていたはずです。
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確かに難しい世の中です。変に仏心を出して酷い目に合わないとも限らないし、うっかりすると余計なお世話になったり、かえって問題がこじれたりする可能性も無きにしも非ず。
そんなことを考えたら、口出し無用と思うのも当然かもしれません・・が、皆がそう思って 何かあったかなと思うようなちょっとしたことなどを放っておいたら・・、どんなことも最悪の結果にならないとは限りません。 |
人には迷惑をかけないようにと言われますし、確かにそうだとはおもいますが、それが誰かの迷惑になったとしても「しないよりしたほうがより良い」ということは、いくらもあると思うのです。
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