昔 ある寒い冬の日に、マルチノという青年騎士が 急な用事のために、馬を走らせていた時、ふと 道端に ぼろの塊のようなものを見つけました。
近寄ってみると それは 生活の厳しさが年をとらせたであろう 一人の男で、積もる雪を さらに冷たく固めるかのような霙の降る中、寒さをよけて 道の端に体を丸めて じっと縮こまっていました。
男は 近づいてくる ひづめの音に、そろそろと目を上げて 無表情に、マルチノを 見上げました。
青年騎士のマルチノは 信仰深い、優しい心を持っていたので そのまま 立ち去ることが出来ずに、なにか 与えられるものはないかと 持ち物を確かめましたが、とても 急いで飛び出してきていたので とくに 何も持っていませんでした。
目の前の男は 暖かそうなマントに身を包んだ りりしい青年が 馬上で霙交じりの雪にまみれて 自分を見下ろしているのを見ても、なにを思うこともできないほど、疲れ果て、そして 人生に絶望していました。
ふと マルチノは思い立ち、馬を下りて すらりと剣を抜きました。
目の前の青年騎士が 今にも 自分にきりつけてくるのかもしれないと、寒さにしびれる頭に ようやく 思い浮かべた男は、そのとき 初めて 人間らしい恐怖の表情を、その なにもかも凍りついたような顔にうかべ、おびえました。
マルチノは 剣を抜いたまま 男に近寄ると、声をあげることも忘れて 激しく 震え慄いている男の前で マントを脱ぐと 剣を振り上げ、ばさぁっと 一気に 勢い良く それを 二つに裂いてしまいました。
剣をさやに収め、マルチノは 身をかがめて、男の体を半分になったマントで包むと、「少しでも 暖かいように・・!ほかに何もないのだ。」と すまなそうに言い、思いがけない出来事に 驚いて声も出ない男の手に 持っていた少々の小銭を握らせると、さっと 馬にまたがり、先を急いで 立ち去りました。

マルチノは 馬を走らせながら、心の中で ああもすればよかった、こうもできたろうに・・、と あれこれ あの男のために考えては、ああしてよかったのかどうか、なんども 思い返していました。
出向いた先では、軍人の自分が、半分のマントなどを身に付けていると きっと なにやかにやと 人が聞いてくるだろうと思い、馬を下りると さっさとマントを丸めてしまいましたので、だれも マルチノが半分しかないマントを身にまとってきたとは 気付きませんでした。
用事を済ませたマルチノは、馬上でマントを羽織り、ますます激しくなってきた雪の中を 急いで もと来た道を引き返し、あの男がいたところまでやってきました。
果たして 男は 寒さの中を あの道端に マルチノからもらったマントに身を包んで、マルチノの通るのを待っていました。そして マルチノの姿を見つけると走りより、男の姿を認めて 驚いているマルチノに いいました。
「あなたのご親切のおかげで、ご覧ください、私は 暖かい食べ物と飲み物で 生き返り、さらに暖かなあのマントを もう一度裂いて、もっと 寒さに震えている私の友人にも 分け与えることが出来ました。本当に ありがとうございました。
神様は あなたに よりたくさんの祝福をおかれることでしょう・・・!」
その晩、マルチノは 夢を見ました。
夢の中では あの男が マルチノの与えたマントを羽織って、じっと こちらを見つめていました。
その姿は あのマントの中で 急に光を帯びて輝きだし、そして 静かに マルチノに 近づいてきました。マルチノには それが キリストであることが すぐに分かりましたが、身動き一つできずにいました。キリストは マルチノの肩に手をかけて、優しく微笑まれました。
優秀な軍人でもあったマルチノ(マルティヌス)は 後に 貴族にして 生涯裕福にくらせるその立場を離れ、貧しい農村を中心にした 希望と喜びのキリストの教えを説いて回る修道者として、その一生を キリストにささげたということです.。
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