いつもの 川沿いの道を、私は あるいておりました。
天気は よくもなく 悪くもなく、いつものように 右手に川、左手に 家々の、それほど広くない道を、私は 一人であるいておりました。
暑くもなく、寒くもなく、ただ うすぼんやりと 明るいような、少し 光の感じられるような その日でした。
静かで、自分のほかは だれも 歩いておりません。
川には 鴨たちが、少し大きくなった 雛たちを連れて、えさをつついておりましたし、白鷺や五位鷺、瑠璃のきれいなかわせみも いつものように 餌を求めたり 飛び回ったりしておりました。
私が そのまま 川岸の道を 歩いていきますと、目の前を 小さな 一匹のかにが つつーっと 横切っていきました。
それほど しょっちゅう みかけるものでもありませんので、私は 興味を引かれて、かにから 少しはなれたところで立ち止まり、じっと かにを 見ていました。
かには さかんに、両の爪を振りたてて、なにやら 踊りを踊っているようにもおもえ、私は ますます 気持ちをひきつけられて、そっとしゃがんで、かにを よく見ようといたしました。
あたりは、人の気配もなく、風もわたらず、それは 静かなものでした。
そのとき、私は かにに 呼ばれました。
「おまえさん、いいもの みせようか?」
「いいもの?いいものって なんだい?」
「見たいかい?それなら、もうちょっと 小さく かがみなよ。」
私は、なるべく身体を小さくしようと、力を入れて かがみました。
「そこまでかい? まぁ いいや。それじゃ・・」
かには、それから また 踊るように 両の爪を振りたてて、右に左に よろよろちょこちょこ、なにやってるんだろう?と おもわないでいられないほど、意味のなさそうな動きを繰り返しておりましたが・・
「あ・・?」
そのうち かには ぶくぶくと 泡を出し始め、その泡を 両の爪の間にためはじめました。
そして・・、私にむかって、ほら みろ、というように 両の爪を 広げて見せたのです。
あれぇ? かにの両の爪の間に いつのまにやら、きれいな虹がかかっています。
「おお、虹だ。虹があるぞ。きれいな虹が・・。」
「もっと 良く見ろ。」
私は かにに言われるままに もっと 身体をかがめて、泡の中の虹をみようとしました。
「やぁ 綺麗な虹だな、ずいぶん 色がハッキリしてるし、キラキラしているぞ。」
すると かには 息切れしたかのように、ふっと 泡を向こうへ飛ばし、それと同時に 虹も いっしょにきえてしまいました。
「ああ、残念。もっと 見ていたかったのに。」
「ほう、そんなにきにいったかい? それじゃあ ひとつ。。」
かには そういうと、また 両の爪を振りたてて、その間に ぶぐぶくと 泡をため始めました。
少したつと、また 虹が見えてきました。
「やぁ なんって きれいな虹だろう。ほんとに きれいだなぁ・・」
そこで かには 言いました。
「今度は もっと いいものがみえるから、よく見ろよ。」
私は じっと かにの作る泡の虹を見ていましたが、そうすると 今度は 白い鳥が 羽を広げて 虹をわたっていくのが見えました。
「おお、鳥だ、白い鳥が 虹をわたっていくぞ。」
私は うれしくなって すこし 大きな声で言いました。
「もっと よく見ろよ、今度は すごいぞ。」
かには そういうと ますます 泡をぶくぶくさせました。
「おやぁ? 白い鳥が たくさん 飛んでるぞ、一羽、二羽、三羽・・」
数えていくと 7羽の白い鳥が 翼を一杯に広げて、かにのつくった虹をわたって むこうへ 飛んでいこうとしていたのでした。
「やあ、すてきだな。本当に とても きれいだ。」
そして、かには また そこで 力尽きたように、むこうへ 泡を飛ばすと、虹も白い鳥たちも 跡形もなく 消えてしまったのでした。
「ああ、もったいない。残念だなぁ。」
でも かには もう なにもいいませんでした。
そして 両の爪をふりたてもせずに、黙って 横歩きをしながら、私の前を ついついと 通り過ぎたかと思うと、川に向かって ぽちゃんと 落ちたのでした。
私は、柵のこちら側から、川の中を のぞいてみましたが、かにの姿は 見えませんでした。
ふと 気がつくと、川の向こう側の道では 子供達が 声を上げながら遊んでいて、こちら側の道の向こうからは 小さい子供を連れた母親が 買い物の袋を片手に、こちらに向かって 歩いてくるところでした。
ほかにも いつもの川沿いのその道のまま、いくたりかの人が 行きかっていました。
そして、私は また いつものように その道を歩いていったのでした。
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