いつからか 森の入り口の 大きな木の下で、男が イスに腰掛けて 静かに本を読んでいる姿を 見かけるようになりました。
そばの木の枝には 「なんでも つくろいます」 と書いた小さな看板が かかっていました。
ためしに あるとき 村人の一人が 破れた傘を修理に出したところ、たしかに 敗れたところを指差して その男に頼んだのに、出来上がった傘は つくろった跡など 少しもみあたらず、まるで 新しいもののようになってもどってきました。
村人が「これは 大変なお金を取られるだろう。」とおもって、恐る恐る代金を聞いたところ、男の言う代金は 驚くほど安く、村人はびっくりしてしまいました。
その村の人たちは たいそう貧しくて 新しいものを買うことなど なかなか できなかったので、そのうわさは 村中に、そして 近くの村にも広がっていきました。
それからは 毎日、森の入り口の 大きな木の下で本を読んでいるその男のそばには、気がつくと たくさんのやぶれて履けなくなった靴や山や畑での仕事の時に裂けてしまった上着、もう擦り切れて布地も薄くなった着物やぼろぼろになった背負子などが 山のように積まれていました。

いつも男は 昼をすぎる頃になると そのたくさんの繕い物を持って 森の奥へ入っていきました。
森の中は 何本もの大木が重なり合って 真昼だというのに薄暗く、場所によっては 殆ど 夜のようなところさえありました。ただ、そのところどころに、木々の枝のすきまを通って、暗い天から真っ黒な地面に向かって 金色のまぶしい細い光りがまっすぐに、しずかに さしこんでいました。
男は そのうちの一番細い光のそばにイスを置くと、胸のポケットから 小さな虹色の針を取り出し、目を細めて そっと光りのすじをすくいとりました。
たちまち その針には、キラキラと輝く とてもきれいな糸が通っていました。
それから 男は 黙って 村人達から預かったたくさんの繕い物を せっせと その針と糸を使って 修理し始めました。

次の日になると 男は すっかり修理された預かりものを全部もって、森の入り口にやってきました。
村人達は 前よりももっとたくさんの繕い物を持って 待っていました。
たしかに 男の言う代金はとても安かったのですが、それでも 本当に貧しい村人には それも払いきれない時もありました。
そういう時男は 「お代は これで結構です。心配しないで下さい。」と もってきたお金だけを 受け取りました。
何人かの 村人達は お金は払えないけれど、といって 自分のところで取れたものなども 持ってきたりするようになりました。
そのうち 村の人々の間では あの男に直してもらったものを 身につけると、なんだか 心が軽くなって楽しくなる、といううわさが立ち始めました。
確かに 言われてみると つくろってもらったものを 持ったり、使ったり、着たりすると その日一日が なんとなく うきうきと過ごせることが 誰にも分かってきました。
男のもとには 今まで以上に たくさんの繕い物が 持ってこられるようになりました。

その日も 男はいっぱいの繕い物を持って 森の入り口にやってきましたが、みんなにそれを渡しながら「きょうは お返しに来ただけです。」といい、全部を返し終わると 何も預からずに 森の奥にきえていきました。
それから 何日たっても あの男は現われませんでした。
村人達は あの男のことを いつまでも忘れずに、男のつくろってくれたものを身に付けるたびに 懐かしがって口にしあいました。

あるとき 村に ものすごい土砂降りの雨が降りました。それこそ 天が破けたかと思うほどの ひどい降りでしたが、そんな雨が 降ってきたと同じように、いきなりやんだものですから、人々は ぞろぞろと表に出てきて 空を見上げました。
すると きれいに さっぱりと洗いあがった青い空に、お日様の光を受けて キラキラ輝く大きな虹が 空イッパイに かかっていました。
虹を見上げた村人達の 誰というともなしに、話は あの男のことになりました。
”あの男は きっと 虹になったに違いない。だって 虹を見ていると あの男の直してくれたものを身に付けたときのように たのしくなるんだもの・・。”
それから人々は 虹を見るたびに あの男のことを思い出して、心楽しく 暮らしていったということです。
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