昔、北の国のその又北の とても寒いところに 子供のない夫婦がいました。
夫婦は ずいぶん長い事 子供をほしがっていましたが、神様は 二人に子供をお授けになることは ありませんでした。
ふたりは もう大分年を取っていましたが、それでも 年を取れば取るほど ますます 子供がいればいいのになぁ・・と 思っていました。
ある日 二人は そりに乗って、町まで買い物に出かけたのですが、その帰り道の途中で おかみさんは 広い平原の向こうに 何かが置かれているのを見つけました。
二人がちかよってみると 地面も凍る冷たい土の上に たくさんの星の模様が織り込まれた きれいな布に包まった ちいさな赤ん坊が、何も知らずに すやすやと眠っていたのでした。
二人は 顔を見合わせ、
こんなところでこんな小さな赤ん坊が ずっと 表にいるなんて 死んじまうよ。
そうだ、それに きっと こんなところでわし達に気がつくようにするなんて きっと これは神様のお恵みに違いないよ、
と言い合い 赤ん坊をそっと抱き上げました。
赤ん坊は それを知ったか知らないでか ふと 微笑んだように見えました。
「ああ いい子だ!なんてきれいな子なんだろう。」
「ええ、ええ、本当に きっと 神様が私達を哀れんで この子を育てるように とくださったんだよ。ねぇ、あんた。この子を連れて帰って 私たちで育ててやりましょうよ。」
そして 二人は子供を連れて家に戻りました。それから 近所に出かけていって 事情を話し、もしかして 誰か知っている人の子供ではないか と 聞いて回ったのですが、誰一人 そんな子供を知るものはありませんでした。
そこで 二人は 役所と教会に行って、これまでのことをはなし、出来ることなら自分らが その子供を育てたいのだが・・ と 言ってみました。
役所の人たちも 八方手を尽くして いろいろに調べましたが、全く 手がかりもなく、教会の司祭様と相談して、あの夫婦に 子供を預けて 育てられるように手配しました。
二人の喜びようは 大変なものでした。そして 夫婦は お礼を言いに子供を抱いて、教会に出かけていき、司祭様にこの子のために祈りをささげてくれるように頼みました。
司祭様は「では 一緒に祈りましょう。お前達二人は この子に なにをのぞむかね?」と 訊ねました。
二人は しばらく相談していましたが、こう答えました。
「この子が 誰からも愛される子になりますように。」
子供は すくすくと育ち、元気で 愛らしく、夫婦が 最初に願ったとおり、その愛くるしい笑顔と 雪のように白い肌、明るい空のような青い目、春の野辺に咲くノバラのように きれいな薔薇色の唇を持ち、すばしっこく動き回り、良く笑い、まわりの誰からも とても 可愛がられ 愛されるようになりました。
皆が この子供が 本当に天からの贈り物で、きっと 星の子に違いない、と 言うほど、だれでもが その子供を可愛がりましたので、その子供は 大きくなるにつれて だんだんに 誰もが自分の言うことに 反対しないのをいいことに 様々に 文句を言ったり、いたずらをしてみたりするようになりました。
でも 誰かを怒らせたり、驚かせたりしても 星の子が ちょっと 顔を曇らせて、困ったような様子で 少しは悪かったな・・と 思っているようなそぶりを見せるだけで、酷い目にあった人でも すぐに 彼を許してやってしまっていたのです。
勿論、それは 今は その子の親となっている あの夫婦においても同じでした。
子供は 結局 本気で悪いと思わなくても、そういうそぶりだけで 人をだますことを覚えましたので、そのいたずら振りは、何かを起こすたびに すこしずつ 本当の悪いことへとすすんでいき、ついには 大きな町のならず者連中の仲間になって、言われるままに 人々をだましたり、酷い目にあわせたりするようになってしまいました。
とうとう 町の人々は 星の子のすることに腹を立てて、彼のいうことやすることには 一切 かかわらないようになり だれもが彼を相手にしないようにしてしまいましたので、星の子は すっかり 誰からも相手にされなくなってしまいました。
しかし、
彼の両親だけは まだ 息子のことを信じて、いつも 言われるままに お金をやったり 食べ物や着る物の世話をしたりしていました。
ところが ある日、とうとう 星の子は、人を傷つけて お金を奪う ということをしてしまい、そのために お役人のところに連れて行かれてしまいました。
夫婦は あわてて駆けつけ、散々に アレコレ 諭すようなことを言いましたが、もう 息子の耳には そんな言葉も入りません。一緒に 心配してやってきていた司祭様にも 悪態をつくなど あまりの酷い態度に みなは この子を 夫婦が拾ったところにおいてくることに決めてしまいました。
それでも 星の子は 全く反省せずに、「へん、そんなものなんでもないや。」と強がりをいい、自分から馬車に乗り込んで、町外れの さびしく広がる平原の真ん中までつれてこられました。
お役人が 泣いてたのむ両親を連れて行ってしまうと、星の子は 広くて なんにもない 寒い荒野の真ん中にぽつんと一人だけで 取り残されてしまいました。
星の子は どうせ すぐに親がやってきて、自分を連れて行くに違いない、それまでのことなんだから・・ と思い、その場所で 歌を歌ったり あちこち見回したりしていましたが、あたりがだんだん暗くなって、空に星が一つ二つ見えてくると シンとして ただ 風の音とそれにあおられる砂粒が 自分の長靴にぶつかる音だけしかしなくなると、さすがに 寒さと不安で 一杯になり、仕方なく 元もと来た方へ戻ろうと 歩き出しました。
しかし いくらも行かないうちに 日はとっぷりと暮れ、星明りだけが頼りの暗闇に包まれてしまいました。
遠くで おおかみでしょうか?遠吠えする声が聞こえたり、地平線に キラキラ瞬く明かりを見つけて 喜んで走っていっても 地表近いところで瞬いている 星の明かりだったりして、星の子は すっかり 寒さと疲れで 参ってしまい、とうとう 膝を折って その場にしゃがみこんでしまいました。
体を覆うものもなく、寒さに震えながら 星の子は ああ このまま死んじまうんだろうか・・、と思って さめざめと泣き始めましたが、そのうち あまりにくたびれていたので、とうとう 丸くなって眠り込んでしまいました。
すると それまで夜空に瞬いていた星たちが ひとつ、又一つ と 降りてきて、星の子の周りを囲みました。
そして 眠っている星の子に 様々なこれまでの出来事を 耳元に囁いたのです。
星の子は 眠っている間に ずいぶんと たくさんの夢を見ました。
美しい布に包まったちいさな自分が 今いるところに置かれ、それを ちょうど通りかかったある夫婦が 拾い上げて 連れ帰り・・・・。
そうです、星の子の これまでのことを 夢を見るように もう一度繰り返してみていたのです。
しばらくすると 星たちは また ひとつずつ 順番に天に帰り、その後しばらくして 星の子は ブルッと身震いして 目覚めました。
星の子は ちょっとの間 ぼうっとしていましたが、眠っている間に見たいろいろな出来事を 思い出して、これまで 本当に悪いことばかりをしてきてしまった、と 心から後悔しました。
そのとき、星の子の方に向かってくる一台の馬車がありました。星の子は それを見て 飛び上がって喜びました。お父さんが 自分のために 息せき切って やってくるではありませんか。
親子は 出会うとひしと抱き合って お互いの無事を喜びました。星の子は 今までのことを泣いてわび、どうか これからは お父さんとお母さんのよい子供になるから もう一度 一緒に暮らさせてはくれまいか と頼みました。
家に戻った二人は 二人を待っていた母親と三人で また いっしょに暮らしていくことを誓いました。
翌朝 三人は教会に行き、司祭様に 昨日のことを話しました。そして また 親子として仲良く暮らしていくことをつげ、どうか 自分達のために 祈りをささげてほしいと 頼みました。
司祭様は「よろしい。では これからのお前達のために なにを望むか、いいなさい。」と 言いました。
夫婦は 息子と顔を見合わせていいました。
「どうか この子が 人を愛することが出来るようになるように・・・」
それから 星の子は、出会う人たちを大切にし、親切に にこやかにするようになったので、今度は 人々も心から 星の子を愛しみ、大切にしたということです。
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