昔、中国のあるところに 馬子才という とても 菊を上手に咲かせることの出来る男がおりました。
子才は、菊の花なら 大概の物は 立派に咲かせることが出来ましたし、大好きな菊の花のためなら どんなに遠くまででも出かけていって 買ってくるということなども 楽しいばかりで 何の苦労でもありませんでした。
あるとき 子才が例によって 菊の買い付けにでかけて戻ってくる途中、大層上品な若い男が ロバに乗ってほろのついた馬車の後ろについていくのに出会いました。
旅は道連れ と その若い男に声を掛けた子才は 男が自分よりももっといろいろなことについて 菊の花のことを良く知っているので 大変驚きました。
そこで 子才はその男に訊ねました。
「あなたは 一体どこへ向かっておいでなのですか?」
すると 男は
「私は ずっと姉と二人で暮らしてきたのですが、今までいたところには いられなくなり、住みよいところを探し求めて 旅しているところなのです。」
と 答えました。
子才は それを聞くと それなら・・と 一つ提案をしました。
「そういうことなら 私の家の庭のはずれなど いかがですか?小さな家ですが、ずっと 空いていて 日当たりもよく 静かに暮らせます。」
若い男は 姉と相談します といって 馬車の中に向かって声を掛けました。
子才は そのときチラッと見た 若い女を見て その美しさに 息を呑んでしまいました。
そして 二人は子才の勧めに従って 子才の家の近くで暮らすことになりました。
若い男は名を陶、姉は黄英
といい、二人は 菊の花を愛でる 優しい心のおとなしい姉弟でした。
陶は、子才のところで働きながら 菊の花作りにも精を出しましたので、子才の畑の菊の花は いつにもまして 美しく華やかになり、子才は 大変 満足でした。
陶はまた、子才のところで だめになった菊を持ち帰り、自分の庭で 育てていましたが、それは とても 立派に咲いたので 近所でも評判になりました。
子才も それを聞いて見に行くと、それは見事に たくさんの菊の花が咲き誇っていました。
「あんなに弱っていたり だめになってしまったものを こんなに元気にきれいに咲かすとは・・!まったく あなたは たいしたものですね。」
すると 陶は 「私たちは あなたのお世話になるばかりで とても 申しわけないと思っているのです。ですから この菊を売って お金に換えて 暮らしを立てようと思っています。」 といいました。
それを聞いて 子才は 「それはいけない。花を売ってお金にするなんて 菊を大事にするもののすることではない。」と とめましたが、陶の庭には 毎日 たくさんの人がきては 菊の花を売ってくれと頼みますので、ついに 子才も 何もいわなくなってしまいました。
姉弟の暮らしは 少しずつ良くなっていき 二人で暮らすには 充分になってきました。その頃 子才は 黄英に 一緒に暮らしてほしいと 申し込み、二人は 夫婦になりました。
ところが しばらくすると 陶の様子が どうもおかしい。
毎日 仕事が終わると 浴びるようにお酒を飲み、あれほど よく花の世話をしていたのに それも だんだんと手を抜くようになってしまったのです。
長い事 姉と二人で暮らしてきたので 黄英のいない寂しさに 耐えられなくなってしまったのでしょう。
あるとき 陶は 大変な深酒をして そのまま 何も分からなくなって 眠ってしまいました。
翌日 時間になっても 陶がやってこないのを心配して 姉の黄英が 庭のはずれの小さな家に言ってみると、なんと そこには 美しい大きな白い菊の花が しおれて横たわっていました。
後からきた 子才は それを見ると 腰を抜かして驚き、黄英に尋ねました。
「これは!いったいどうしたことだ・・?!」
黄英はなきながら、自分達は 菊の精で 二人で仲良く暮らしていたのだが、住んでいた土地を追われていくところがなく、こまっていたところを 子才に助けられ、出来れば 子才の助けを借りて 二人でずっと暮らしていこうとした。
ところが 自分が子才の女房になったために 陶は 寂しさのあまり 深酒が過ぎて酔いつぶれ、人の姿を保てずに とうとう 菊に戻ってしまった。一度 こうなったら もう 元には戻れない。自分も正体を知られたからには 人のままではいられない。と 語りました。
子才は 美しく大切な黄英を失いたくなくて 決して 口外はしないから と いったのですが、そういうさなかにも 黄英のすがたは 人の形を失って、見る見るうちに あでやかな黄色い菊に 変わっていきました。
子才は 目の前にしおれている二本の菊の花を見つめたまま、悲しみにくれていましたが、じきに気を取り直すと、楽しい日々を一緒に暮らしてくれた二人のために、その菊を 自分の畑の一番良いところに 丁寧に埋めてやりました。
後に 陶と黄英の埋められたところは 季節になると どの国のどの菊よりも 大きくて美しい 立派な花を咲かせて 子才を慰め続けた ということです。
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