大きな国と小さな国の境に 国境を示す石碑が建っていて、その右と左に それぞれの国から派遣された 兵隊が 一人ずつ 国境を守っていました。
石碑の周りには 誰が植えたというのではないのに
一株の野ばらが 満開に咲いていて、その密を集めに ミツバチ達が 朝早くから ぶんぶんと羽音を立てて 飛び交っていました。
国境を守る大きな国の兵隊は老人で、小さな国の兵隊は青年でした。
はじめ 二人は お互い敵国同士ですから 口も利きませんでしたが、そこは 旅する人も ほんとうに まばらで 静かなところでしたし、二人とも それぞれ 善良で 親切な良い人でしたので、野ばらに群がるミツバチの羽音で目を覚まし、岩間から湧き出る清水へ降りて 口をすすぎ 顔を洗うときなど 朝の挨拶を交わすようになりました。
「おはよう。今日もいい天気ですね。」「そうですね。いい天気だと 気持ちも晴れ晴れします。」
その頃は まだ 二つの国に いさかいはなく、二人の警備兵も そのうち 朝に晩に 声を掛け合い、仲良く一日を過ごすようになりました。
はじめ 青年のほうは 将棋を打つことを知りませんでしたが、老人に教わって 熱心に学んだ結果、だんだん強くなって 老人に勝つこともできるようになりました。
「やぁ、これは大変だ、こうにげてばかりじゃ じっさいの戦だったら とっくの昔に 私は 負けていたよ。」
老人の言葉に 青年は 勝てる見込みのあることを知って 頬そ染め、目をキラキラさせながら 勝負に打ち込みました。
そんなところにも 冬は来ます。
寒くなると 老人は 南の故郷を恋しがりました。そこには 彼のせがれと孫がいるのです。
「ああ、はやく 家に帰れるよう ひまをねがいたいものだ・・」
すると 青年警備兵は言いました。
「そんなことを言わないでください。あなたが行ってしまったら また 新しい兵隊が来るでしょうけれど、その人が あなたのように 敵味方という 考え方を持たない人とは限りません。すぐ 春が来ますよ。だから 行かないで下さい。」
そうして 春がくるまで ふたりは また 仲良く将棋を打って 過ごしました。
そうこうしているうちに 二つの国は ちょっとした利益問題から 戦いを始めることになりました。
そのとき 老人は 青年に言いました。
「さぁ、私は こう見えても 少佐です。私の首を取って帰れば あなたの出世になりましょう。どうぞ 私を殺して くににお帰りなさい。」
「なにをいうんです?! そんなバカなこと いわないで下さい。あなたの首を取って 出世するくらいなら 私は 国に戻って 戦いますよ。」
青年は そういって 戦うために 小さな国に戻っていってしまいました。
老人は 青年が行ってしまってから ずっと 呆けたように 日々を過ごしました。
そこは それぞれの国の都から ずいぶん遠く 離れていましたから、戦をしているといっても 銃弾の音が聞こえるわけでもなし、火の手の上がる様子が見られるわけでもなしで、戦の最中といっても 静かなものでした。老人は 青年の身を案じて、たびたび ため息をつきました。
しばらくして 一人の旅人が国境を通りましたので、老人は 戦争はどうなったか と 聞きました。すると 大きな国が勝って 小さな国は負け、小さな国の兵隊は 皆殺しになった と 旅人は話しました。
老人は それでは あの青年も 死んでしまったのだろう・・と 悲しみました。
あるとき 老人が 石碑にもたれて 居眠りをしていると、むこうから 馬に乗った一隊の兵士達がやってきました。その一隊は 音もたてない静かな隊列で、先頭は 老人の良く見知った あの青年でした。
青年は 老人のそばまで来ると 老人に目礼し、野ばらの香りをかぐために 身をかがめました。
老人が声をかけようとしたとたん そこには だれもいなくなってしまいました。夢だったのです。
その冬、老人は 暇を願い、ふるさとのある南の方に 帰っていったそうです。
|