4月のお話   にんぎょひめ
 

 16の誕生日に  深い海の底から 生まれて初めて 海上に顔を出し、これもまた 生まれて初めて見た にぎやかな船上にたたずむ美しい男の人を 突然の嵐の中から救い出し、それからずっと 忘れがたく思って、なんとしてでも 彼のそばにいたいと願ったがために、海の王様の6人の娘の中で 一番若い可愛いにんぎょひめは その謳えば誰でもが 聞きほれずにいられないという 美しい声と引き換えに 二本の人間の足を 手に入れました。

 それも もしも彼女の思いが届かなければ 死んでしまう という条件付きで・・・。

 

 船上の若い男は ある国の王子で いきなりの嵐で 海に投げ出されたあと、人魚姫に助けれらたのも知らないまま、気がつくと 朝の浜辺に流れ着いていました。
  それを 女官達を連れて散歩中だった その国の王女がみつけて介抱し、二人は 瞬く間に 恋に陥ってしまったのです。

 そんなこととは つゆ知らず、にんぎょひめは かの人の後を追って、歩くということを知らないままに やっとたどり着いた浜辺を歩こうとして、そのあまりの痛みに 気を失って倒れてしまいました。
 それを またしても 散歩していたその国の王女が 助けあげたのですが・・、王女は 口の利けない でも なんとも不可思議な愛らしさを湛えた 無邪気なにんぎょひめを 自分づきの召使としてそばに置き、妹のように アレコレ世話を焼きながら、世間のことなど 何も知らないその娘を お城にいるにふさわしいようにと 教育しました。

 にんぎょひめも 王女の優しく 聡明なことに 心引かれ、その あかつきのような笑顔で答えながら 一生懸命 お城にいる女性として 恥ずかしくないように いろいろと学び 努力しました。

 でも 本当に 歩くということは 彼女にとって 苦痛以外の何ものでもなく、靴をはいて あちこち動かなくてはならないときは まさに 針の上を歩いているような思いで、いたさのあまり 気が遠くなるほどでした。

 それなのに にんぎょひめは 歌を謳えない代わりに 耳に聞こえる綺麗な音楽をきいていると どうしても 体が自然に動き出して・・・、痛い足も忘れて しばし 踊ることさえ いといませんでした。そして それは また 周りの誰もが出来ないほどに 軽やかに 楽しく 上手なものでもありました。

 にんぎょひめは もうこれ以上 踊れない というくらいになると 急いで駆け出して、海辺に行き、岩場に腰掛けて 冷たい海水で 熱く痛む足を 冷やして鎮めるのでした。

 そんなとき 人魚のお姉さまたちが現れては、にんぎょひめにむかって 散々に 早く戻っておいでと 説得するのですが・・ そして にんぎょひめも 誰にもわかってもらえない痛みや口の利けないさびしさをおもって お姉さまがたのそばに帰りたいとも思うのですが・・、でも やっぱり 愛しく思う人に会いたくて、いつか きっと こうして人間として暮らしていれば 必ず あの王子様に会えると信じることのほうが 思いとしては強かったので、泣く泣く その場を離れては 王女がそのふさぎように 心を痛めるほど気落ちするのでした。

 

 そんなある日 王女様の婚約パーティーがひらかれることになり、宮殿の中は 美々しく飾られ 見事な飾り物やたくさんの花やご馳走で 溢れかえるほどでした。

 お集まりは にぎやかで 立派な方たちが 次々と お城に到着いたします。
にんぎょひめも 王女様のそばに立ち お越しのお客様方に 丁寧に 愛想よく 微笑とお辞儀を繰り返していました。

 にんぎょひめのずっと思いつめていた あの王子様が、晴れやかな笑顔で こちらに向かってやってきたのは そのときでした。
  にんぎょひめは もう 心臓が止まるかと思うほど 宙に舞うかと思うほど うれしくて 嬉しくて 思わず駆け出しそうになりました。



  でも! 王子様の笑顔は にんぎょひめには向けられていなかったのです。
王子様が近づくとともに 王女様は立ち上がって前に進みいで、二人は 本当に 幸福そうに そっと 抱き合ったのです・・・!!

 もう にんぎょひめには 何がなんだかわかりませんでした。

 呆然としているにんぎょひめのほうをむいて 王女様は その手を取り、王子様の近くにつれてくると 王子様ににんぎょひめを紹介したのです。
 王子様は ちょうどそのとき 鳴り出した音楽にあわせて 踊るために、まず 王女様の手を取っておどり、暫くすると にんぎょひめにもお誘いを下さいました。

 にんぎょひめは 嬉しさと哀しみで 心が嵐のように波立つまま、王子様のために 一生懸命 かろやかに うるわしく 踊りました。それは 本当にすばらしい踊りでした。

 王子様も とても 楽しそうに ニコニコしながら 人魚姫と踊っておられましたが、たびたび注がれる その暖かな眼差しが、そんな二人を 優しく見守っている王女の柔らかな笑顔の上に注がれているのを にんぎょひめは だまって 見ているしかありませんでした。

 

 その夜、にんぎょひめは 痛む足を冷やすために、そして もう これ以上は 笑顔でいられないと思い、岩場にきて 足を海の水にひたして ひとり 休んでおりました。

 そのとき 波の中から お姉さまがたが現れて、にんぎょひめにいいました。
「ここに短刀があるわ。これは 海の魔女からもらってきたものよ。あなたが この剣で 彼を刺し殺さなければ、あなたは 人魚にも人にもなれずに 死んでしまうのよ。彼の思いが あなたに与えられなかったんだもの、もし 願いが叶わない時は 死んでしまう約束だったでしょう?」
「さぁ、はやく この剣を持って 彼の胸に突き刺しなさい。そして また 人魚になって わたしたちと なかよく たのしく 暮らしましょう。」

 

 にんぎょひめは 足音を忍ばせ、そっと 王子と王女のいる部屋へやってきました。 そして 二人が 幸せな寝息を立てているそばに立ち、じっと 見つめておりました。

 心から愛してやまない王子様と、本当に自分を大事に可愛がってくれた王女様の穏やかな寝顔を見ているうちに にんぎょひめは もう 何も考えられなくなって 涙に目を曇らせたまま、しずかに 部屋を出て行きました。

 おりから 水平線に 朝日の輝きが 立ち上り始めました。
あかるく きよらかな 美しい夜明けでした。

 にんぎょひめは 近づいてきたお姉さまがたにむかって 優しく微笑むと、思い切り良く あの短刀で 自分の胸を突いたのです。

 おねえさま方の叫びが薄れゆく中・・ にんぎょひめは たちのぼる海の泡となって 太陽に導かれながら 天に昇っていったということです。

 みなさん よく ご存じのお話ですね。殆ど まちがいはないと思うのですが・・ ちがっていたら ご免なさい。私は こう 覚えているんですね。

 それにしても なんという 悲恋でしょうねぇ・・。

 あれもこれも ささげ尽くして あれもこれも 相手のために 身に付けた、なのに そんな物は 何の価値ももたなかった・・・、どうします? あなただったら・・。

 まだ 16になったばかりですものねー、思いつめても仕方ないかもしれないですね。
う〜ん ほんとに かわいそうだ・・。なんとかできるなら してやりたいけど どうにもならないですね。

 だけど どうでしょうね・・ もしも 彼女が口を利くことが出来て 心のうちを 王女に打ち明けたり 誰か 親しくなった友人に告げていたら・・、すこしは 何かが変わっていたんじゃないでしょうか・・?
 それに・・ おもうんですけど、彼女の死の意味を分からずに残された 彼女を愛した人々は・・・いったい どんなに驚き 哀しみ そして 自分達を責めることでしょう・・?

 ね 駄目なんだよ。 勝手に一人で 結末をつけようなんて ちょっとした 思い上がりかもしれないよね。 だから 気持ちを伝えるように やってごらん。相手に分かるように 自分の気持ちを話してご覧。 言いながら きっと 自分も 自分の気持ちが良く見えてくると思うよ。 そしてね わかろうとしてごらん、あなたを好きでいる人たちのこと。その人たちの あなたを失った時の 哀しみや驚き 長く引きずるかもしれない 苦しみを 思いやってあげてご覧。 もう一回 一緒に考えよう。 今度は いっしょにかんがえさせてね。

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 と・・、なぜ この話を今月持ってきたかといいますと、たんに 樹に花が咲いているのを見て なんですね。

  でも この樹の花というのが すごくよくって・・、何の樹なのか分かりませんが、下から上に向かって 本当に あわ立つように 空に向かって 真っ白な花が咲きあがっていくんですねー。
 それを見ていたら そうだ にんぎょひめのお話にしよう と 思ってしまったんです。

 書きながら なんともいえない気分になりましたね。もう こんな気持ち 二度とあじわうこともないんだろうなー なんて思ったら ため息なんか出ちゃったりして。

 ずっと 以前に見た 人魚姫の絵本の最後のページは とても 明るくて すごくきれいでした。そのせいか 結末から考えるよりは 何の理由もなく 救いのあるような そんなおもいがあるのですが・・  
                   あなたは いかがですか・・?

 

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