聖フランシスコ |
それは 静かな夜更けのことでした。 あたりは 星明りをまとった美しい闇が 木々を渡る風の音と戯れながら そっと そこに眠る人々の夢を紡いでいました。 ふと フランシスコは 何かを耳にしたような気がして ぼんやりと目を覚ましました。いっしょに眠っている仲間たちは みな 昼間の労働に疲れて 寝返りを打つこともなく ぐっすりと眠っていました。しかし また 何かの気配を感じて フランシスコは 起き上がり あたりを見回しました。 そして みんなを起こさないように 気をつけながら 部屋を横切り、とびらをあけてかすかに音のしたほうへ ゆっくり近づいていきました。 暗い中で ごそごそと人の気配がしていましたので、フランシスコは 泥棒かと思い、胸の上で十字を切って そっと 中へ入っていきました。 それは ほんの数日前に ここへやってきて みんなの仲間に入れてほしいといった子供のような顔をした若者でした。 フランシスコは かれが とてもおなかがすいているのが良くわかりましたし、この若者が まだ 子供で とても 自分たちの約束を守りきりながら いっしょに生活するのは 大変なことなのだ ということを すぐに 理解しました。そして かれに心から同情し、かれをおどろかさないように そっと その肩に手を置きました。 「ぅわぁっ!」と 若者は声をあげました。 フランシスコの後についてきた若者は もう 半分ないていました。 「すみません、ブラザー。わかっているんです。みんなの食べ物を 一人で食べるなんて ほんとに いけないことをしてしまいました。でも ブラザー・フランシスコ、私は とても くるしいほど おなかがすいていたんです。」 フランシスコは 闇の中で微笑むと 若者の手をとり 持ってきたパンと果物を持たせました。 「さぁ、少ないけど 食べたまえ。」フランシスコは言いました。 そして 自分が 今のような暮らしをし始めたころ、なかなか 食べ物にありつけず フランシスコは やさしくそう話しながら 闇に慣れた目で 若者に微笑みかけましたが、若者が まだ あれ以来 何も口にしていないのを見て、ちょっと 考えて言いました。 若者は はっとして 抱きしめていたパンと果物を フランシスコに差し出しました。 若者は 食べながら また 涙が出てきました。 若者は それ以上 物が言えませんでした。 「よくわかったようだね。君のその思いは きっと 君を 君の願ったように 強くしてくれることだろう。 ふたりが その場で食後と感謝の祈りをささげ、ゆっくり立ちあがって歩き始めると、二人を祝福するかのように 星の瞬きは増し、木々を渡る風も 涼やかに、やわらかな 漆黒の闇のなかに とけこんでいきました。
このお話は ごぞんじでしょうか? この話の主人公は アッシジの聖フランシスコ という 12世紀の始めころ イタリアに生まれた聖人で、裕福な商人の家庭に生まれながら さまざまな若者らしい 好き放題を繰り返し、一般人でありながら 騎士になることを夢見て ペルージアの牢獄に一年半も投獄され 親に 保釈金を払ってもらって でてきたものの、やはり騎士への夢捨て切れず、再び 戦に向かおうとしていたときに「ほかになすべきことがある」という 不思議な声に導かれ、アッシジに引き返します。 戦で壊れた教会で祈っているときに 彼は「私の家を建て直せ」という 十字架からの声を聞き、ハンセン病患者などとの出会いもあって、それまでのめちゃくちゃな生活を すっかり改め、すべてを捨てて 無一物となり、彼の意思に賛同し思いをともにする若者たちといっしょに、祈りと労働の修道会なる「小さき兄弟会」(後 全世界に広がる 聖フランシスコ修道会の基盤)を 作ります。 なかなか 波乱に富んだ生涯ですが、44歳で 帰天するまで あの衝撃的な声との出会いを核とした 傍目には 苦しくつらい日々ではあっても、心楽しく 豊かにして 幸いな時々を すごしていたという・・・ とても 考えてしまう 彼の人生ではあります。 このお話の中の星夜に起こったことは それが本当なのかどうかは 知りません。ただ 以前「ひつじ小屋」に書いた 養老孟司氏の「人の心がわかる人が 教養のある人だ」という言葉が 私は この場面で腑に落ちてしまったのですね。 こんなことどもを 考えることと縁遠い生活をしていると 多分 いわんとしていることが
いささか わかりにくいかともおもいます。 昨今の なんでも 良い悪い できるできない で決めてしまうやりかたや そうすることが正しく また 望ましいあり方だ な〜んて 思っているレベルで生きていけてしまっている人たちには およそ 考えるにも 思いつかないような お話ではある と 遠藤は おもうのです。 あなたは どう おもいますか? |