11月のお話 卵ほどの麦粒
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あるとき 谷間で 子供達が 卵くらいの大きさの物を見つけました。それは 真ん中に筋目が通ってもいました。通りかかった男が 珍しいものだと思って、5カペイカで買い取り、都へ持っていくと、それが 何しろ誰も知らない珍品ということで、それでは と 王様に買っていただくことにしました。
さて お城では 王様が その珍しいものを見て、いったそれがなんなのか、とにかくえらい学者達をできるだけ集めて、きちんと調べて報告するように と申し付けました。 さぁ、学者達は 皆 持っている本やら以前の文献やらをひっくり返して、日夜 休むことなく その卵のようなものについて 調べましたが・・、結局 なんなのか 誰にも分からず、王様に「大変 残念でございますが、私どもの知っている中に、こういうものについての記載が一切ありませんので、これが いったいなんなのかをお知らせすることができません。」 その卵のようなものは 窓辺においてあったのですが、一羽のめんどりが、ふとやってきて、それをつついたので、表面が破れて中が見えました。それは 麦粒でした。 「いったい どこにこんなに大きな麦粒があるというのだ。これは 他にもあるものなのか?だれかしらないのか?」 王様の仰せに、学者達は 右往左往・・・、一人の学者が言いました。 そしてやってきたのは、一人のひどく年をとったおじいさんでした。松葉杖を2本ついて、力なく よろよろとやってきて、見えにくい目でその麦を見、手で触り、聞えの良くない耳で 王様のおっしゃることを聞き、歯の抜けた口で それに一生懸命 応えました。 「はぁ。。王様、いやはや これほどの大きな麦粒は わしは 見たことも 聞いたことも 食べたことも、買ったこともありません。これは ひとつ わしの親父さんに聞いてみないことには なりますまい。」 そこで、このおじいさんの親父さんが呼ばれました。その親父さんも やはり年をとっていましたが、松葉杖は一本きりで、目も耳も 先の息子よりも いくらかよくきくようでした。 王様は また 同じ質問を繰り返しました。 すると そのおじいさんは、その麦粒の端をかじりとって、いいました。 「それでは じいさん、ひとつ聞くが、お前さん、これをどこからか買ったのかね?」
「わしらの時代には 麦を買うなんて そんな罪なことは 誰も考えなかったですよ。それに 金なんてものも 夢にも知らなかったし、麦は 充分にありましたからね。」 「わしの畑は 神様の地面で、耕したところがわしの畑でございました。土地は自由で、だれも自分の土地だなんていうものはなかったです。自分のものというのは 自分の働き分でしたよ。」 王様は、聞きたくて仕方のなかったことを聞くことにしました。 お爺さんは いいました。 このお話はご存知でしたか? 冬近くなると どうにもロシアのものが読みたくなり、短くて何か良いお話はないかなと思っていたところ、そういえば と思い出したもののひとつです。今回の脚色は少ないだろと思いますよ。
しかし 卵ほどの麦粒というのも すごいですねー。卵ですよ、おそらく鶏卵。 トルストイは、民間の伝承をもとに 沢山のお話を書いていますが、このお話は どうやら彼のオリジナルのようだとのことです。 83歳で家出を決行、その三日後に小さな駅舎で発熱してなくなったという 類稀な強い生命力を持った世界の文豪トルストイは、大変裕福な貴族の家に生まれ、何不自由なくあったにもかかわらず、人は何のために生きるかを問い続け、おのずと知れてくる 社会の欺瞞や人生に対する疑念などから、文筆活動だけでなく 社会事業にも携わり、農民の生活の向上や教育のために(当時はほとんどが文盲だったでしょう。)熱心に尽くしたといいます。 しかし、そんなにしながら書いた彼のものは、ロシアだけでなく 全世界に広まり、沢山の彼の思想に共鳴するものたちを はぐくんでいきました。 実生活では 家族との軋轢など、(まぁ どこにでもある理想と現実のギャップというか・・自分はいいけど 家族はそれじゃ承知しない なんて・・ね、ありますよね)苦労も多く、また、自分自身 大変色々な意味で 強い人だったようで、様々な誘惑とも戦わざるをえなかったり。。やっぱり 多くのものを与えられた人は それなり苦しみも多く、応えるためには 散々な思いをしなくてはならないようです・・。 それでも やはり 彼の書いたものに惹かれるというのは、私の場合は その分かりやすさ、筆致の簡潔さ、そして 率直なものいいに触れるのが やはり心地よいからなのですね。土の匂いのする文面からは、北の広大な まだ見もしない果てしなく広がる大地を、命と人生をかけて、日々 生き抜いてきて人たちの、くっきりとした深い息遣いを感じることができるような気がするからなんですね。 麦を買うなんて 罪なことは誰もしなかった・・・、それが現実だったら、とてもすごいことじゃありませんか。そうであれば、だれも 飢えることなど ないのかもしれません・・。 そういう夢のようなことを 現実にしようとするのが、彼の そして 私達の仕事でもあるようにおもったりするのですが・・ あなたは どう思いますか?
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