12月のお話  希望の朝
  その年の冬は いつにもまして 乾いた冷たい風が痛いように吹きあれ、町から遠く離れた牧場の羊飼い達は、いくら火をたいても 少しも温まることもないという、ひどくつらい夜を 幾度も迎えていた。
  牧場は とてつもなく茫洋として、何かで風をさえぎることも なかなかできなかったので、羊飼い達は 夜になると、できるだけ焚き火に近く座り、自分達の周りを羊たちでさらに囲んで、いくらかでも暖まろうと一生懸命だったが、その中に まだ 子供のような顔をした一人の少年がいた。

 その少年は 自分の年やどこで生まれたのかもはもちろん 自分について知っていることは、まったく ごくわずかだった。彼は 気が付いた時には、いつも 羊と共に寝起きし、羊の乳を飲み、わずかばかりのパンやたまにチーズを食べていた。
  そして、町に戻った時に 支払われるすずめの涙ほどの賃金で、年に数回 好きなものを買って食べることを知っていた。

 彼は 同じ年頃の子供と遊んだり、彼らのように 親から面倒を見られたり、家の手伝いをしてほめられたり、具合が悪い時に 世話をしてもらったり、ということなど、一度もなく、目がさめてから 夜眠るまで、休む間もなく 絶えず羊のことばかりにかまけなければならなかった。
  神につかえるえらい人たちも、修行を積む日々にいそしんでいるものたちも、羊飼いの親方やひつじを任せてくれるそれぞれの家の人たちも、誰一人彼を食べさせようとか 口をきいて 様子をたずねるなどというものはなく、それはつまり、少年が そこにいようがいまいが、生きていようが死んでいようが、町の人たちにとっては たいした問題ではないということだったし、第一 そういう少年がいるということに気づいている人も あまりなかった。
 そしてまた 少年自身、自分というものについて、何の疑問も意識ももたず、また 先のことなど考えたところで、結局 羊飼いは羊飼いのまま死んでいくだけなので、そんなことを考えるよりは、次のパンをどうやって手に入れるかを考えるほうが、まったく重要な大問題という、そういうそれまでを生きてきていた。

 その日、ちょうど 年上の羊飼い達から使い走りに出されていた少年は、刺すような寒風の吹きすさぶ中、今 少し町のほうへと 歩いていた。
 昼間 丘の向こうを 町のほうへ向かって進んでいく あまりこのあたりでは見かけない立派な隊商らしき一行を見たので、一体 彼らがどこからきて、なんのために こんなところへ来たのか、また どんなものを持っているのか 見たいと思ったのだ。
 どうせ どんなに早く用事を済ませて帰ったところで、いつだって 遅いといっては 2,3発ぶたれるくらいは あたりまえだったので、少々遅れた所で たいしたことではないのだ。
 そんなことより あれが一体何なのか かれは すごく知りたかったのだ。

 町をかこっている高い壁の大門のちかくに、良い水の出る大きな井戸があった。
珍しい格好のたいそうな一行は、そこで ラクダ達に水を飲ませ、町に入るための手続きをするために しばらくの間 井戸の近くで休んでいるところだった。
  少年は これはいい!とおもい、なるべく近くへ行って、自分も水を汲むふりをしながら、ちらちらと このあたりでは見かけない不思議な格好の人々の色鮮やかな着物や身につけたきらきら輝くきれいな飾り物に気を取られていた。

 一人の大きな男が 少年に近づいてきた。少年は 男を見上げて、一体どこの国の人だろうとおもっていた。
「今日は 良い日だ。」 男は 誰に言うともなくそういうと、少年を見て にっこりと笑った。少年は 男の言う意味がわからずに なんと返事をしたものか と黙って立っていた。

 「星を見ただろう?」 男の言葉に 少年は はっとした。
そうなのだ、この何ヶ月か、みたこともない大きな星が 暗くなると昼間のように輝いて 明け方、朝の光がくるまで ずっと瞬いていたのだ、その星のことを思い出していた。
  少年が かすかにうなずくと、男は 言った。
 「私たちは あの星に導かれて この町にやってきた。私たちのための大いなる喜びの誕生を祝うために、はるかかなたの東のほうの国から、冷たい強い風と吹きつける身に痛い砂嵐の中を、何日もの長い旅をして やっと きょう ここにたどり着いたのだ。
 お生まれになる方は、男も女も、金持ちも貧乏なものも、治らない病のものも夫をなくした女も、年を取ったものも若者も子供達も、あらゆる人々を厳しくも豊かな愛で導き、貧しく弱い立場の者たちも大切にしてくださる、新しい王になられる方なのだ。」

 少年には 何の事やらさっぱりわからなかったが、どうやら この町に 長い時間をかけて、辛いこの季節に苦しい旅をしてでも祝いたいほどの、特別な誰かが生まれたらしいことだけはわかった・・、が どう考えても それほどの価値のあるような子供が生まれるような家や人が この町にいるようには思えなかった。
 ただ 男の言った『あらゆる人々を厳しくも豊かな愛で導き、貧しく弱い立場の者たちも大切にしてくださる』という言葉に、ほんの少し その中に自分も入るだろうか、入れてもらえたなら、もしかしたら、この先に なにか・・・ と言う考えが ちらっと頭を掠めた。
 そうこうしているうちに、 男は たいそう満足げな面持ちで、井戸のそばを離れると、ほかの者たちや沢山のらくだを連れて、町の大門をくぐって中に入っていった。
  少年は 先の考えに、すこしワクワクした思いを感じながら、その男達の後を追って 町の中に入っていった。

 宿の中に入ってしまった男達が この後どうするのかを知りたくて、少年は 冷たい風がますます意地悪く吹きつけるその夕暮れ、宿の裏手の風をよけられそうな くぼみに体を沈めた。そして 宿から流れてくる おいしそうな食事の匂いをかぎながら、あまりの空腹ゆえに鳴ることも忘れて痛む腹を抱えて、じっと闇に目を凝らして、耳をそばだてて、中の様子に気をつけていた。

 夜中になる少し前に・・、宿の中では ちょっとした動きがあった。
3人の東方の男達が数人の従者を従えて、それぞれ 手に何かを持って、氷のような風の中へ 出かけていったのだ。
 少年がそれを見逃すはずはなく、かれは 急いで 寒さで感覚のなくなった手足を無理やり動かしながら、決して彼らを見失うまいと、必至で後を追っていった。
  数人の群れは 風に乗るかのように すばやく先を急ぎ、まるで なんの障害もないように、初めての狭い道を 右へ左へと折れながら、ついに とある一軒の古びた宿屋にたどり着いた。 いまは もう すっかり大変な運動で温かみの感じられる体になった少年は、ほっと一息つくと ふたたび物陰に隠れて 男達の行いに見入っていた。

 古宿の主人は 突然の奇妙な出で立ちの男達の訪問を 快く思わず、さっさと追い返したい一心で、尋ねられたような高貴なお方は 自分のところのような こ汚い宿にはとまらないし、この何日か内にも そんな方のお泊りをいただいたことはないと つっけんどんに言うと、「一体なんなんだ?こんな夜中に! ここは 今 客でいっぱいだ、厩の中にだって 年取った頑丈そうな男と小柄な若い娘のような女房の夫婦を泊めてやったくらいで、あいたところなんぞ これ以上 どこもないよ。」といい、不機嫌そうに ドアをぴしゃりと閉めてしまった。
 東方の男達は それぞれ顔を見合わせると にっこりと微笑みあい、喜びに満ちて、宿の裏手に回った。そこには 宿に泊まっている客たちの馬やロバなどをいれておく粗末な厩が、吹き荒れる風に震えるようにして建っていた。

 厩の中は 薄暗く、ただ 宿で貸してくれた小さなランプの明かりが その周りをぼんやりと照らし出していた。 あたりが暗かったので、少年も 男達が中に入る時に するりと中へ入り込んで、わら束の後ろに隠れて様子を見ることにした。

 灯に目がなれてあたりを見回すと、一番明るいところには、若い女が ありったけの布でくるんだものをしっかりと腕に抱いて、静かに歌を歌っているところだった。そして すぐそばには 頑丈そうな年取った男が、女の周りに冷たい隙間風があたらないように、せっせと わらで目張りをしているところだった。
 ふたりは 闇の中から突然現れた奇妙な出で立ちの訪問者達をみて、たいそう警戒したようだったが、3人の男達が進み出て、牛やロバの糞などで臭う厩の床にひれ伏すのを見て、これは一体なんだろう?と 顔を見合わせるばかりだった。

 3人の男達は、それぞれ 手にもってきたものを取り出して、女の前に置かれた秣桶の上に置いた。黄金、没薬、乳香という 普通に生まれてきたとしても おそらく 生涯一度も目にしないかもしれないような、なんとも貴重な品々が、貧しい夫婦の前に並んだ。
  それで 夫婦は事態の深刻さを感じたように 黙って 彼らのなすことを見ていたが、その時 何に驚いのか、小さな声が元気よくあたりに響いた。

 若い女の抱きかかえていたものは、生まれたばかりの男の赤ん坊で、ぐるぐるまきにされた布の間からのぞく顔には なにやら やわらかく暖かな光が満ちているようだった。

 秣桶に寝かされた赤ん坊は つぶらな瞳をじっと来訪者達に向け、彼らは それを見て、心からその無事な成長を祈りつつ、再びひれ伏して、口々に神を褒め称えた。
 若い女は その様子を見ながら、じっと考え、その一つ一つを 理解できずとも、しっかりとその胸のうちにおさめておこうと思った。

 じき 男達は、長く辛い旅路の果てに見出した大いなる喜びに、いかにも満ち足りた様子のまま、感謝と感動のうちにその場を去っていった。
  わらの山に隠れていた少年は、男達が赤ん坊に向かって祈りをささげ、そのたびに、赤ん坊とその親達の上に、柔らかな光が穏やかに揺らめいて、厩の中を包み込むような暖かさで満たすその一部始終を見ながら、今まで味わったことのない あまりの不思議な心地よい静けさに すっかり満ち足りた思いで いつのまにか寝入ってしまっていた。

 ぐっすり眠って気持ちよく目覚めた少年は、ふとあたりを見回して、いつもの青空が頭上にないことに気づくと、あわてて、身を起こし、まだ あの夫婦と赤ん坊がいるのかどうか そっとのぞいてみた。

 果たして ふたりは旅支度をして、宿を出ようとしているところだったが、年取った頑丈な男が宿代を支払いに厩を出たあと、若い女が身支度をするために、赤ん坊を秣桶において、ほんの少しの間、厩を後にした時、少年は 急いで赤ん坊の近くに行って、すばやく その体を巻いている布の中に 自分の持っている 一番良いもの―羊を呼ぶための大切な笛を滑り込ませた。

 昨日の東方の男達が あれほどに喜び、口々に神を讃えて、満足げに恭しくこの場を去ったことを思い出していた少年は、もしも 東方の男の言ったように、本当に この赤ん坊が王だとしたら(決してそんな風には見えなかったけれど) なにか 自分も この小さな赤ん坊のために贈り物をしておいたほうが、この先の自分のためになるかもしれない とか、大体 あれほどの人たちが こんな汚くてくさいところにひれ伏してまで拝むほどの赤ん坊なのだから、きっと 贈り物をしておいたら いつか自分を思い出してくれるかもしれない・・などと考えたりしてもいた。
  でも たとえそうでなくても こんなところに生まれなければならなかったこの赤ん坊が、ほんのちょっと 自分と似たところもあるように感じられて、出来れば なにか可愛い遊び道具でも(自分もごく小さい時にほしいと思ったことがあった)やれれば、と思ったのだが、あいにく彼は たいして物を持ってもいなかったし、持っていたとしても 人々が価値を云々するようなものは 尚のこと ひとつももったこともなかった。
  それでも 彼は 自分の持っている唯一の お気に入りの 大事な笛を この赤ん坊にやることを 決意したのだった。

 この笛は 彼が自分で作ったものだった。  羊飼い仲間では 大将格の男が、あるとき 通りかかった隊商から、高い金を出して大変良い音色の笛を買い求めたのだが、そのつくりといい,周りの細工といい 本当に美しくりっぱで、羊飼いでなくてもほしいと思うような良い物だった。少年は その品物に似せて、とてもそこまでの仕上がりにはならなかったが、それでも 自分で散々に工夫して、その音色は 先の立派な笛に負けず劣らず、良い音を出すことができるようにすることができたものだった。

 そして それは 仲間内でも ちょっとした評判にもなって、何一つ良いものを持たない少年の、唯一自慢できる 心から大切にしていた大事な大事な持ち物だったのだ。

 「きっと もう二度と合わないと思うけど、決して 俺みたいになるなよ。元気で 大きくなって おとっつぁんやおっかさんを大事にしてやんな。」

 その時 扉の取っ手を握る音がしたので、少年は すばやく わらの山の向こうに隠れ、赤ん坊が母親に抱かれて、厩を出るのを見送った。

 少年は 赤ん坊が母親に抱かれる時に ふと目を見開いて、ほんの一瞬 自分を見たような気がして、なぜだか どきどきするほど うれしい思いになった。

 その後 隙を見て 厩を抜け出し、ぶらぶらと また いつものだたっぴろくて何もない、寒い牧場にいって、これまでと変わらない馬鹿にされたり 殴られたりの日常へもどっていくために 街中の雑踏を歩いている時、ふと 自分を呼び止める声を聞いてたようなきがして 少年は振り返った。
 みると 例の東方の男達がらくだに乗り、すっかり旅支度をして町を出るところだった。
  彼らは 昨晩の夢の中で 来た道を通らずに、別の道を通って国に帰るようにと告げられたといい、その道案内に 少年を頼んできたので、痛いほどの胸の動機を感じながら、少年は いそいで、快く すぐにそれを引き受けて、町を後にすることにした。

 一体 自分がいつ 誰の子として生まれたのかもしらず、自分の名前さえ、定かでない、星を読み、自然と共に生きてきた孤独な一人の少年は、こうして 東の国の三人の博士達とともに 遠い国へ旅立っていくことになった。

 一方 ゆれるロバの背に 若い妻とちいさな赤ん坊を乗せた頑丈な体つきの寡黙な年取った男は、昨夜の出来事を思い浮かべながら、この子供の行く末を思っていた。
  そして 町を後にする分かれ道にきたとき、何の気なしに 振り返ると、こちらにむかって 大きく手を振るもののいることに気がついて 立ち止まった。
 ちょうどその時、赤ん坊を抱き変えようとした母親は、子供のおくるみの間に何か挟まっているのに気がついて、取り出してみた。

 手を振っていたものは 風に乗って、懐かしくも胸を熱くする耳慣れた笛の音を聞いた。

 風は ほこりを舞い上げて、それぞれの視界をさえぎり、その存在をうやむやにしたが、耳に届くあまやかな音に、少年は 勇気と励ましを得て、勢いよく、前に進んでいった。


 今回のお話は、ずっと以前に どこだかの民間伝承集としてかかれたもの(だったと思います。)を基本にして、遠藤が 毎度の如く すっかり脚色してしまっています。

 ずっと考えていても 何の話も思い浮かばず、明日は もう とりあえず 自分の中できめた毎月のお便りの配信予定日ということに気がついたので、思い立って 書いてみようと思った次第です。

 良いとか良くないとか 分かりません。

 ある出来事というのは どんな出来事にも それに関わった人数分の解釈なり体験なりがなりたちます。伝えられた話も 角度を変えて まったく違う方面から見てみたら、ひょっとして こんなこともあるかな・・ という 軽い気持ちで書いたものです。

 過ぎたことは 誰にもその真実はわかりません。
だからこそ 想像が創造を呼び、そこに それを描いたものの思いが そっとこめられるのだろうと 思っています。

 少年が 唯一の、心から大切にしていたものを手放すことに 躊躇なかったということが、私の望みでもあるのです。 

 そういう思いで、これからの新しくなる日々を生きられたら・・と 願ってやみません。

 よい クリスマスを・・!

 

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