9月のお話   月のウサギ
  むかし インドの山の中を ひとりの行者様が旅をして歩いていました。

 行者様は だいぶ年を取っているようでしたが、長い間の修練で これほどの山道くらいは とくに困ることもなく 歩いていたのですが・・、ここ何日かは いつもよりも さらに険しい山道に、ゆっくりと体を横たえる場所もなく、ほんの少しの休息を取っては また 歩き始める・・ということの繰り返しをしていました。

 そのためでしょう、その夜、とうとうその行者様は、人など決して通らないような奥深い森の中で 疲れ果てて倒れこんでしまいました。

 どのくらいそうしていたのでしょう。
どこか遠くのほうで かちかちと 何かを打ち合わせるような音がしています。
だれか 人が近くにいるのかもしれない、と 行者様は ゆっくりと顔を上げ、あたりをみまわしました。

 見ると 一匹のウサギが 一生懸命 行者様の持っていた火打石をつかって 火をおこそうとしているところでした。

 このウサギは道に倒れてすこしも動かない人間を見つけたので、友達のサルとキツネを呼んできて、どうしたらいいか 話し合ったのです。

「いきてるの?」
「うん。いきてるとおもう。」
「きっと おなかがすいてるんだよ。」
「そうだね、きっとそうだ。」
「なにか 食べるものがあるといいね。」
「じゃ、ぼく 川に行って魚を取ってくるよ。」
「ああ それはいいね。じゃ 僕は 木の実をたくさんとってこよう。」
「ぼくは 火をおこしておくよ。この人、きっとあったかいほうがいいだろうから・・。」
「そうだね。取ってきた魚も焼けるし、木の実もおいしく食べられる。じゃ 頼んだよ。」

そんな話の後、キツネは川へ、サルは木の実を取りに森に出かけいきました。

 後に残ったウサギは、あちこちから木切れを集め、行者様の近くに積んで 行者様の持っていた火打石を一生懸命打ち合わせて 何とか火をおこそうとしていたのですが、火は ウサギにとっては 怖いもの。
 なかなか 上手にできません。

 「どれ、私がやろう。」
突然の行者様の声に ウサギはびっくりして 火打石を取り落としながら ぴょん!っと近くの草むらのむこうに 跳ねのきました。

 「この、薪は・・ おまえがつんでくれたのかね?」
行者様の優しい声がそっとウサギの耳に聞こえたので、ウサギは耳の先を草むらからちょいと除かせ、はっぱの間から その赤い目で そうっと行者様をみてみました。

 行者様は カチカチと火打石を打ち合わせて、上手に薪に火をつけていました。
そして 赤い炎が ちらちらとあがり、まきがぱちぱちいってくるころ、でかけていたサルとキツネが それぞれ たくさんの木の実や丸々した魚を持って 戻ってきました。

 「行者様、これをどうぞ。」
「 たくさん歩いて お疲れになられたのでしょう。どうぞ 召し上がってください。」

 行者様は 自分の前に差し出された いろいろなおいしそうな木の実や魚をみて、とてもびっくりしていいました。
「ああ、これは とてもありがたい。お前たちの心遣いには 本当に 感謝するよ。」

 そして 木の実を薪の隙間にいれ、魚を焼こうとしました。

 そのとき、行者様の前に さっきのウサギがやってきて いいました。
「行者様・・、申し訳ありません。私は サルさんやキツネさんのように おいしい木の実も太った魚も取ることができません。それどころか 行者様の体を温めるための 火をおこすことも とても 怖くて できませんでした。」

 ウサギの目には 透き通った涙が浮かんでいました。

「行者様、でも 私も差し上げられるものがあります。どうぞ お受け取りください。」
そう言うか言わないかのうちに、ウサギは 火の中に飛び込んだのです。

 キツネもサルも あっという間もありませんでした。それほど 突然のことだったのです。赤い炎に包まれたウサギを助けたくても もうそれはサルにもキツネにもできませんでした。

 すると そのとき 一緒にそれを見ていた行者様が火の中に手を突っ込んで、炎の中から 焼けたウサギを運び出しました。

 「ウサギよ、お前の思いは確かに受け取った。私は お前にその礼をしよう。」

 そういいながら 行者様の体は どんどん大きくなっていき、その頭や顔は もう すっかり雲の上に出てしまうほどになりました。
大きくなった行者様は かがんでひとつの山をすっかり握りとると、それをぎゅうっと押しつぶして 丸い形にしたのです。
 そして その丸いものを ぽ〜んと空に放り投げると それは 夜空にぽっかりと浮いて、とてもやさしく輝き始めました。

 行者様は 手を高く上げて 輝く丸いものの上にウサギをのせて いいました。

「お前はとても尊い行いをした。だから 私は お前を 永遠に輝く月に住まうことを その報いとして与えよう。」

 こうして、月には ウサギがいるようになったということです。


 このお話は ご存知の方 多いことと思います。
ただ 毎度のことながら 遠藤が 少々 手を入れております。

 9月ですしね、お月見もあることだし・・ と考えていたら こういう話があったことを思い出しまして、ただ この際だからと あちこち 調べてみたら 結構 これが 決まった話ではないのだ ということがわかりまして・・。

 つまり もともとというのが かなりあいまいなお話のようなのですね。
いわゆる 民間伝承というもののうちになるのだど思いますが、インドの昔話なのだ とか、行者様ではなくてお釈迦様なのだ、いやいや あれはキリスト様なのだ とか・・、三匹が 信心を起こしたというので、それを試しにやってきた天使いなのだ・・とかね。

 登場するのも ウサギは決まって出てはきますが、ほかにも リスだったりタヌキだったりの場合もあるようでした。

 まぁ、元の話がどうの と 追求するものでもありませんし、大事なことだけ、つまり
『月にウサギがいるわけ』だけがはっきりされればよいことなので、ほかのこまごましたことは 適当に遠藤が切ったり貼ったりして 今回のお話になった というものです。

 ただ 最後の行者様だかが 突然大きくなって 山を握りつぶして丸めたものが突きになって・・というところは、今回 あれこれ探してみて 初めて知り、とても 面白い発想だと思ったものですから、今月のお話は それも入れてみました。

 説教話も因縁話もするつもりはありません。
月にウサギがいるということにも とくに どうこうということはありません。

 単純に なるほどね・・と 思ったものです。
こういう シンプルな話って 心に残ります。

 あなたは いかがですか? 

 

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