2月のお話   百枚のきもの
  『ねえ、おかあさん。今日もワンダは同じうそをついたのよ。あの子、どうしてそんなこというのかしら・・?みんな うそだってわかっているのにね。それなのに どうして 毎日 同じうそを繰り返すのかしら? だからペギーにからかわれたり 意地悪いわれたりするのに・・。』

 ワンダ・ペトロンスキーは、変わっている。
ペトロンスキーなんて苗字の人なんか、私たちの町のどこを探しても ほかにいない。
ワンダが私たちと同じクラスになったとき、はじめのうちは ワンダがそこにいるということにも気付かないくらい、ワンダは 特に目立ったところもなくて、何かのときに、ああ そういえば ワンダもいたわね、という感じだった。

 あるとき 誰かが・・ワンダが学校へ来るようになってから 一度も 別の服を着てくることがないということに気が付いた。そして みんなが気付いてしまった。
 ワンダが  いつも同じ服しか着てこない ということに・・・。

 おかあさんは、そのことを言い立ててはいけないというけれど、そして 私も ペギーのように、毎日着替えて学校にこられるほどの着物を持っていないから、もし 私が同じように言われることがあったりしたら、すごくいやだと 思うけど、それでも もうちょっとなにか気をつけたらいいのに・・なんて 思ったりもする。

 ペギーの家は お金持ちだから、ペギーも沢山の服を買ってもらえる。私のお母さんは、時々 ペギーのお下がりをもらってきては、あっちこっち工夫して作り変えて私に着せてくれる。それでも ペギーには それがペギーのお下がりだって わかってしまうし、多分 みんなもわかっていると思う。。。

 だから、ワンダがきるもののことでからかわれるのを 見たり聞いたりするのは、本当のことを言うと、自分のことを言われてるみたいで・・、すごくいや。
 でも、それをいったら きっと ペギーは、今度は私の服のことを 何か言ってくると思う。

 あるとき、ワンダは そのことでからかった子に向かって こういった。
「でも、私は 家に 100枚の着物を持っているわ。」
 そして それは すぐみんなに広まって・・、みんなのからかいの種になった。

 ペギーは言うの。「ワンダさん、あなた おうちに百枚の着物をもっているんですって?」
ワンダは答える。「ええ、持っているわ。クローゼットの中に百枚、着物がかけてあるの。」

 みんなは笑う。はやし立てて からかう。
「じゃあ、どうしていつも同じ服を着ているの?」「もっと別の服を着て見せてよ。」
  でも ワンダはそういうことに気が付かないくらい、のんびりしているように見えて・・、私には それも なんだか いやだ。

 ワンダがからかわれるのは とてもいや。次は私かもしれないし・・。
でも ペギーからもらう服がなくなったら お母さんがとても困るのはわかっている。
だから ペギーたちに いえないでいるの。そういうこというの やめましょうよ・・って。
 
  私は ずるい、ただ だまっているだけだもの。

 

 そして そのうち 長い休みに入って 私たちは 学校に来ることがなくなった。

 

 休みが明けて、再び学校へ行ったその朝。

教室の中では 先に来ていた子達が、なんだか興奮して騒いでいる。
いそいで 中に入ってみると・・! 
  教室の壁いっぱいを飾っていたのは 広告紙の裏に描かれたきれいな着物を着た私たち 一人一人の絵だった。 そして それは 百枚、

 百枚ちょうど あった・・・!

 「どうしたの?」「だれがやったのかしら?」「ねぇ、ちょっとみて。これ ペギーじゃない?」
「・・あ、そうね。これは あなたみたいよ。」「マディだわ、この絵の子。」

 先生がいらして、壁の絵をご覧になり、とても 心に感じ入ったように報せてくださった。
ワンダが遠くの町へ行ってしまった ということを。
 それから、ワンダのお父さんの手紙には、大都会では もう 名前のことなどでからかわれることもありません と書いてあったことも。

 「マディ、どうしよう・・。」 ペギーの言葉は そのまま私の言葉だった。

ワンダは 行ってしまったのだ。行ってしまって もう ここにはいないのだ。きっと 二度と会うこともないだろう。私たちには もう なにをどうすることもできないのだ。 

 どうすればいいんだろう? 私は いけないことと知っていて ワンダをからかうことを とめようとしなかった。ワンダが どんなにそれで つらい思いをしていたか、多分 私には クラスの誰よりも ちゃんとわかっていたかもしれないのに。

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 ペギーと私は、学校の帰りに ワンダの家に行ってみることにした。

 町外れに向かう さびしいぬかるんだ道。
この道を歩いて ワンダは 毎日 学校へ行き来していたのだ。
 木の切れ端を立てかけただけのようなだけの家が、ペトロンスキー一家の家だった。

 でも・・・、何度呼びかけても ワンダの返事はなかったし、勿論 誰も 出てくることはなかった。 私たちは、何も話すことができずに うつむいて、心に重いものを抱えながらあるいた。

 「私、もう 貧乏な子のことを笑ったり からかったりしないようにするわ。」
「そうね・・、私も 勇気がなかったわ。いけないことをするのは もう やめるわ。」

 

 『ねえ、おかあさん。ワンダは うそをついているつもりじゃなかったのね。
ワンダは 私たちのことをうらんでいるだろうって おもったんだけど、でも ああやって 私たち一人一人のためのきものを百枚 描いてくれたのは・・、ねえ、おかあさん、私 おもうんだけど、ワンダは きっと わたしたちとなかよくしたかったんじゃないのかな・・。

  私 わるかったわ。本当に・・・。 』

 


 このお話は ご存知でしたか?

 女の子だった(?)方なら、どこかで聞いたか 読んだかしたことがあるかもしれませんね。

 『エリナー・エステス「百枚のきもの」はワンダ・ペトロンスキーという貧しいポーランド移民の子が、百枚のきものをもっているといったことから、毎日学友にからかわれるが、この子が大都会へ移った後、百枚のきものとは、じつはすばらしい百枚のきものの絵だったことがわかり、からかった子どもたちが深く後悔するという物語で、対人関係についてのつよい教訓を前面におしだしているが、後悔する子どもの行動と心理を読者に追体験させる芸術的完成度をもつすぐれた作品である。二十年代におこった移民排斥、黒人問題などアメリカ社会がかかえる問題が年少の子ども向きの文学にいかにもふさわしく反映していて興味深い。』
 (世界児童文学案内 神宮輝夫 理論社 より)

 先日 移民について 連れ合いのタコ氏とはなすことがあり、その時 思い出した映画に 大変あいまいな記憶で申し訳ないのですが、多分 ポーランドの洗濯女 とかという邦題の映画の内容をはなしました。

 そのながれで思い出したお話を 今回書いてみよう と 思った次第ですが、どうぞ できるだけ このまま受け取られませんように!

 存分な脚色がされております。私の記憶の中を どうかしてまとめて 人にわかるような格好にしたかったので、結果 こんな風になってしまいました。 手元に元の本もありませんし。
 ですから、実際は こういう書き方では 勿論 ないとおもいます。

 でも、内容は 恐らく それほどの大間違いはないだろうな・・とは 思ってはいるのです。

是非 機会がありましたら 手にとって お読みくださいるように お勧めします。

 私事と お断りして お話しましょうか・・

 小学校の高学年のころ、おなじクラスに それこそ毎日たいした変化のない服を着てくる女の子がひとり いました。彼女の声を聞いたことはありません。
 顔は いつも薄汚れた感じで、中途半端な長さの髪は すこし赤茶けて、ほこりにまみれ、ところどころがくっついているように見えました。
 隣に座らされた男の子は 勿論、ものすごく 彼女を嫌い、口も利かず、目も合わさず、まるで そこにその子など存在しないかのようにしていました。

 私は(私たちは) その子が、あるひとにぎりの男の子たちに 毎日いじめられているのを知っていましたが、でも 誰一人 それを注意することがありませんでした。

 そのうち、私たちは 卒業し、ばらばらになっていきました。
 そして それっきり 私は 彼女について 見聞きすることがなかったのです。

それでも・・! それでも ときたま ふとした拍子に 思い出すことがあるのです。

 その時 思うのは・・、彼女の住んでいたであろうと思われる その地域の中の特殊性をもった場所と、では そういうところに住んでいた彼女は 一体 誰だったのだろう・・という、半ば わかっているはずの疑問でした。

 私の小学校時代からは もう 40年以上も時間がたってしまっていますが、きっと 聡い皆さんには それだけで なんとなく 察しが着くかもしれませんね。

 マディやペギーの味わった あの渋みのある苦さを、だから 私は より一層 強く感じられてしまうのです。

 後年、差別 というものについて考え始めたのも そのことが きっかけだったのだろうと思います。

 

 バレンタインですから・・ できたらロマンチックなお話を と おもいもしたのですがね、
私は 思ったんですよ。

 たぶん・・
ワンダは みんなに それでも嫌いじゃないよ って 言いたかったのかもしれない と。

 そうおもったのが このお話を バレンタインのある2月のお話にしようと思ったきっかけなんです。

 どうでしょうね・・? あなたは どうおもいますか?  



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