3月のお話  冬送りの祭り  ゆきむすめ

 あれは・・、僕がまだ子供で、この世の中のあらゆるものが珍しくて 面白くて そして 毎日どんなことでも 楽しくてしょうがなかったころの、あるものすごく寒い冬の日のことだった。

 僕たちは その日も いつものように みんなで村の真ん中にある広場で遊んでいた。
このところの雪が かなり沢山だったので、地面はカチカチに凍って そり遊びをするにはうってつけだったし、そりが通った後の道には お日様のかけらが散らばっているかのように 細かい雪くずが 日に当たると きらきらして とてもきれいだった。

 大人たちが道を作るために端に寄せた雪で作った壁をよじのぼり、ぼくらは 何度も何度も 歓声を上げて、みんな自慢のそりを滑らせたり、とんだりはねたりわらったり・・を幾度も繰り返していた。

 僕の番になって、僕がそりにのり、足でけって滑り降りようとしたとき、「わたしも!」といってひとりの女の子が僕のそりの後ろに乗った。
 そりゃあ、ひとりより二人のほうが重いから、ひとりですべるよりもずっとずっと、誰よりも早く 僕のそりはゴールに着いた!

 みんなが 僕の周りに集まって ひとりですべるのに 二人でやるのは違反だ とか ずるいよ とか言い出したが、僕だって いきなりそりに乗ってきたその子がだれなのかしらなくて、なんと言っていいのかわからずに 困っていると、その子が笑いながらいった。

「どうして?みんな順番に同じことをすればいいでしょ?」

 日に透けるような薄い金色の髪と真っ白な肌に、冷たい風に当たったせいで紅くなった頬や唇や小さな鼻の先がかわいい、誰も知らない子だったけれど、彼女がそういうと 皆 そうだよな、そうすればいいんじゃないか と 口をそろえて言い合った。

 その日は その子の名前も知らないままに、僕らは 男の子も女の子も みな 順番に、その子と一緒に 何度かそりを滑らせた。

 夕食時になって、一番遠いところの子のお父さんが その子を呼びにやってきたので、みんなそれを合図に 夫々の家に戻っていった。

 「明日また遊ぼう!」「うん、また明日ね。」「じゃ、明日。」「お休みー。」「さよなら!」

 そして 僕も家に戻ろうとして、でも ふと振り返ってみた。
そしたら まだ あの子が遊んでいるので、僕は 呼びかけた。
「ねぇ、帰らないの?」「どうして?まだ 遊びたいわ。」「でも お母さんが心配するよ。」
「私を心配するようなお母さんは 居ないわ。」

 僕は 悪いことを聞いたと思った。そのまま戻っても良かったんだけど、でも なんとなく気になって こういってみた。

 「あのさ、送ってくよ。家はどこ?どこにすんでるの?」

 すると、あの子は僕を見て、赤い帽子の端からきらきらするようなうすい金髪の巻き毛を振りながら言った。
 「大丈夫よ。気にしないで。私 ひとりで居るの。あなたは 早くおうちに帰ってね。お母さんが心配してるわよ。」

 そして どうしたものかとつったっている僕のほうに近づいてくると 僕の手をとって、「ね、明日また遊びましょ。」といった。

 僕は、それ以上何をどうしていいのかわからなかったので、黙ってうなずき、家に向かって走り出した。曲がり角で 広場を振り返ると あの子は まだ 一人で遊んでいた。
 そう、彼女の手は とても冷たかった。

 その冬は 本当に 楽しかった。それは 僕だけじゃなく、みんなもそうだった。
あの子は いつも 僕らが遊んでいると いつの間にかそこにいて、一緒に いろんな遊びをした。何をやっても あの子は とてもうまくて、そして 一緒にいると みんなうれしかった。

 あるとき、一人の子が 遅れてやってきて、みんなに といって 暖かい蒸しパンを分けようとしたことがあった。そのとき あの子は 困ったような顔をして いらない といったんだ。
 「きらいなの?」と 誰かが聞き、別の誰かが 遠慮するなよ といったので、みんなが 食べるようにとさらにすすめると、彼女は 本当に 困った顔をして 突然走っていってしまった。

 みんな それがどうしてなのか まったくわからなくて、パンを差し出した子や食べるようにすすめた子に、文句を言ったりしたが、そのうち きっと やっぱり嫌いなんでしょ という女の子の言う通りなんだ とおもって、いつものように遊びだした。
 その日は あの子は もう 来なかった。

 僕は そして 多分 みんなも もう 二度とあの子が来ないんじゃないかと心配したけれど、次の日、あの子は また やってきて、いつものように楽しくみんなで遊んだ。
 もう 誰も あの子に 蒸しパンをあげることはなかったし、余計なことを聞いて あの子が行ってしまうことのないように、そのことについては 一言もしゃべらなかった。

 冬中 僕らは 毎日そうやって、いつもの冬よりもずっとずっと楽しく遊び続けた。
だれも あの子の名前を知らなかったし、あの子がどこに 誰と住んでいるのかも知らなかったけれど、でも そんなこと ほんとに どうでもよかった。
 つまらないことを聞いて また 彼女が 行ってしまわないように、みんな そう思っていたに違いなかった。


 「、何を着ていくの?」「私はね・・。」
冬送りの祭りが近づくと、女の子たちの話題は そればっかりになる。
みんなで ああだこうだと言い合っている中に でも あの子は ちっとも入らない。
 僕ら男の子たちの間では、あの子は とても気になる子だったので、誰もが あの子と一緒に祭りに行きたいと思っていた。でも だれも それを言い出せないでいた。

 明日が 祭りの日 という日の帰りに、僕は 最後まで残って あの子に聞いてみた。
「明日の冬送りの祭りは 誰と行くの?」
 すると 彼女は 僕をみて こういった。
「誰とも行かないわ。でも、あなたがいいなら 一緒に行きたいわ。」

 その晩、どうしてもなかなか眠れなくて、両親は かわるがわるやってきては 早く寝なさい、そうしないと明日の祭りには行かせないよと 言わなくてはならなかった。

 冬送りの祭りは 午後遅くなって始まる。僕ら こどもたちも 今日ばかりは 早く寝なさいと誰からも言われずに 夜遅くまでおきていられた。
 いつも一緒に遊ぶ連中も 皆 それぞれ きれいな新しい服を着て、手に灯りをもって 次々と広場に集まってきた。

 僕は ずっと 広場の入り口に立って あの子を待っていた。
すこしすると、いつもよりも もっと白い顔をして、いつもの真っ赤な帽子とその端から光がこぼれたような薄い金色の巻き毛を揺らしながら あの子がやってきた。

 僕は どきどきしながら あの子のそばに行くと、彼女は 僕の手をぎゅっと握り締めた。
「一緒に居てね。私が変なことしても 笑わないでね。」
 僕は 訳がわからないままにうなずいた。手袋をした彼女の手は 氷のように冷たかった。

 広場の真ん中には 何本もの薪が高く積まれ、祭りの始まりを告げる歌のあと、村の偉い人たちの話が終わると、消防の人の合図で 薪に火がつけられた。

 いっせいに歓声が起こると 続いて陽気な音楽が踊りのための曲を演奏し始めたので、みんな 大人も子供も 火の周りを囲んで、にぎやかに 忙しく踊り始めた。
 時々、大きく揺らめく炎が 高いところから 燃え尽きて軽くなった薪の燃えがらを、みんなの上に撒き散らし、みな そのたびに 輪を崩して逃げ惑いはするが、その火の子を浴びると 一年 病気をしない というので、少しだけ それがかかるようにもしていた。
  暗い夜空に うごめく 明るい光と炎のゆれは とても 幻想的で 美しかった。

 そのうち 僕らの踊る晩になったので、僕は あの子の手を引いて 薪のほうへ行こうとしたが、彼女は たっている場所から 動こうとしなかった。
「どうしたの?僕らも行こうよ。」「私・・ だめなのよ。いかれないの。」
彼女は 真っ白な顔を 尚 白くしながら かすれた声でそういった。

「気分でも悪いの?どこかあったかいところに座る?」
そう聞いた僕に あの子は大きな声で言った。
「だめ!絶対だめ!」

 僕は 踊りたかった。あの子が 踊ってきて というので、どうしても そこを動こうとしない彼女をそこに残して、僕は 踊りの輪に入った。そして 踊りながら 回るたびに 彼女を探して 手を振り続けた。
 しばらくすると 踊りが終わり、僕は あの子を探したが、彼女がどこにも見当たらなかったので、 広場の入り口まで戻ろうとした。

 すると いつのまにか あの子がきていて、「ごめんなさいね。私 どうしてもだめなのよ。」といった。

 待っていてくれたあの子を見て ほっとした僕は、いいんだよ といって、彼女の手を引っ張って つめたい飲み物をくれるテントに連れて行った。踊ったので のどが渇いたのだ。

 氷のようにきらきら光る透明なグラスに入った シュンシュン音を立てはじけている白い飲み物を彼女にわたし、僕らは 小さく乾杯した。

 それは とても つめたくて とても 甘かった。

 祭りもそろそろ終わるころになった。
あれほど高く積まれていた薪は もう 子供の背くらいにまでになってしまった。そうすると みんなで最後のお楽しみをする。ひとりひとり 燃えさしの薪を飛び越えて 一年の無事を祈り、冬を送るのだ。全員が飛び越えると 冬は終わり、暖かでたのしい春がやってくるのだ。

 毎年 最初に 村の偉い人たち、次に ・・次に・・ と順番に それぞれ薪を飛び越え、そのたびに 皆で歓声を上げ 手をたたいて喜んだ。大人も こどもも、小さな子供は お父さんやお母さんに抱かれて、年を取った人たちは 薪がぶすぶす言い出す最後のころに、ひとりひとりちゃんと飛び越え、最後に消防の人が すっかり火が消えたのを宣言して、冬が終わる。そして 改めて ひとしきり踊ったり唄ったりして すっかり疲れて みな それぞれの家に戻るのだ。

 僕たち いつもの遊び仲間も 皆 順番を待って 列に並び、薪を飛び越える。
そのとき 二人で手をつないで飛び超えると 二人は一緒になれると言われていたので、ぼくは できれば あの子と一緒に飛びたいと思って並んだ。

 列に並んでいる間、僕は ちらちらと彼女の顔を見ていた。あの子は 青いような白い顔をしたまま僕を見て、むりやり微笑んだようだったので、僕は 彼女が緊張しているのだと思って 強く彼女の手を握って言った。
「大丈夫だよ。絶対手を放しちゃだめだよ。ちゃんと 飛ばせてあげるから。」

 あの子は ほんのちょっとの間 泣き出しそうな顔で僕を見たが、すぐに いつものような笑顔を見せて うなずいた。僕らは しっかりと手をつなぎあって 順番を待った。
 あの子の手は 氷のように冷たかった。

 

 あの子の手を しっかり握っていたはずだった。 僕は ぎゅっと握っていたんだ。

 

 あの年の祭りの最後は よく覚えていない。
僕は 薪を飛び越える前のあの子の顔を覚えている。にっこりと、まるで早咲きの薔薇のような微笑を浮かべたので、僕は やっぱり どうしても この子と一緒にいたい と 強く思ったんだ。

 でも・・! それなのに・・・

 薪を飛び越えた後、上手に 高く飛べたのに、だれも 僕らに拍手も歓声もくれなかった。
僕の隣に居るはずの あの子は どこにも 居なかった。


 薪を飛び越えたのは 僕ひとりだけだったのだ・・・。

 周りを見ると みんな 黙って 呆然として 夜空を見上げていた。
真っ暗な夜空には 薄い煙のようなものが漂って ゆっくりと揺らめきながら 少しずつ 人のような形になっていった。

 「楽しかったわ。ありがとう。私は 「冬」の”ゆきむすめ”なの。この冬は みんなと一緒に遊べて 本当に 楽しかったわ。あまり楽しくて 冬を終わらせたくないと思っていたくらいなのよ。だから、私と一緒に飛んで、私が帰るのを勇気付けてくれたあなた、ありがとう。また どこかで会いましょう。みんな 元気でね。ありがとう。さようなら。」

 みんなにもそれが聞こえていたのかどうか・・、僕には 遠くからささやくような あの子の声が耳に届いていた。

 僕が 手をつないだあの子の手が、あの時 冷たかったのかどうか・・、僕は覚えていない。
その手を握ったはずの自分の手を 僕は 見てみた。

 僕の手袋には 氷の粒が きらきらと光っていた。
僕は それが ゆっくりと 消えて見えなくなるまで、じっと見つめていた。

 


 このお話は ご存知なのではないかと思います。

 いくつかこの話の訳文が出回っていますが、こういう話に仕立てたのは 例によって 遠藤ですから・・、どうぞ このままのものだとは 思わないでください。自分が何回か見聞きしたこの話のいくつかの夫々を、自分なりに組み上げたものです。

 恐らく 元のお話しに近いのは 子供の無い老夫婦が 子供ほしさに雪だるまを作り、それに衣装を着せて 自分たちの子供のようにかわいがったため、ある日 その本にもよりますが、女の子(あるいは男の子)になって、老夫婦と一緒に暮らすようになる。

 でも 変わった子で、暖かいものは 着る物も食べるものも嫌い、暖かい場所も嫌い。いつまでも 冬の冷たい外で 夜遅くまで遊んだりするものだから、老夫婦は 温まらなければならないとおもい、子供を暖めようと ストーブのそばに来るように と子供を誘う。

 そして 結局 消えてしまって 老夫婦は 大変悲しむ、というものだったと思います。

 かなりぼんやりした記憶なのですが、ずっと昔に この話ではないかな・・と 思えるような映画を見たように思っています。
  中でも 気持ちはっきりと記憶されているのが、お人形のようにかわいい、きれいな金髪の女の子と、ちょっといたずらっぽいけれど 戸惑い気味の表情がやけに心を惹いた少年が、祭りの夜の雪の中で お互いに見詰め合うシーンがあって、せりふも何も覚えていないのですが、とても 互いに これから起こることを知らないのに どこかで予感しているような雰囲気があり、それでも その不安な気持ちを相手に悟られまいとするようなしぐさや表情が すごくいいな・・と 思ったことがあるのです。

 何の映画だったのでしょうねぇ・・

 映画を見たから ということもあるのかもしれませんね、子供の無い老夫婦の変わりに、女の子が遊んだかもしれない、その土地の子供の一人の目を通した”ゆきむすめ”を、書いてみたくなったのです。

 春が来るためには 冬を行かせなくてはならない のですね。

 あなたは どう思いますか?

 



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