6月のお話  虹つきみ草

 

 あるとき、男が 道を歩いていると、いきなり すごい勢いで 雨が降ってきました。
男は あわてて どこかに 雨宿りできるところはないかと おろおろ走り回りながら あちこち見回しましたが、あいにく 森に近いところだったので 家や店などもありません。

 このままじゃ びしょぬれになっちまう と 思ったとき、ふと 目の前の大きな木に 人が一人入れそうなくらいのうろがあるのを見つけました。
  「やれやれ ちょうどいい。ここで しばらく 雨をしのごう。」

 男は うろに入ると ほっとして後ろ側に寄りかかりました。
すると もたれた 木のうろの後ろが ぎき〜っと動いて、ぽっかりとした空間が開いたのです。

 男は 飛び上がるほどびっくりして、声も出ません。
どうしようかと思っていると なにやら その暗い空間の向こうから やってくるような 気配!  ますます 体を硬くして 身構えている男の前に、突然、ひょっこりと ちいさなおじいさんが現れました。

 おじいさんは・・ まぁ、いったい いつからそこにいるのでしょう。そして いったい いくつなのでしょうか、それはそれは 年を取っていて、人の形をしているのが 不思議なくらいでした。

 「どっこらしょ!」とちいさいおじいさんは、男が座ろうとつくった場所の 一番気持ちよさそうなところに寄せられた 木っ端や枯葉を積んだ上に かっさりと 座り込みました。

 男は さっきから なんにもいえないし、どうにも動けず、ただ おじいさんを黙って おっかなびっくり 見つめるばかりでした。

 木っ端や枯れ草のつまれた上に座ったおじいさんは、立っていたって すごく小さいのに、座ってしまうと それがおじいさんだと知らなければ ひょっとしたら 見過ごしてしまうかもしれないような、ずんぐりしたちょっと大きめのきのこのように 見えました。

 おじいさんは 一息つくと、さっきから ずっと立ちっぱなしで 声も出せずにそこにいる男を見上げて 言いました。

 「それ、おまえさんも そこらにすらわんかい。」

 男は それを聞いて あわてて、おじいさんからみれば 大分大きな体を ギクシャク動かしながら、おじいさんとは ちょっと離れたところに しゃがみこみました。

 

 表は まだ ざんざんと雨が降っています。
おじいさんは 男を しばらく 黙って見つめていました。男は おじいさんに見られていると思うと どうにも落ち着かず、びくびくしながら これから どうしようか と 思っていました。

 その時、おじいさんが 男に向かって言いました。
「どれ、まだ しばらく雨は降ることだろうし、おまえさんともこうして向かい合っていることだし、どうだね、世間話でもしてくれんかね。」

 きけば おじいさんは この森に住んで もうどれくらいかもわからないくらい 長い時がたっているとかで、昔は よく知っていた村の者たちも 今はもう ひとり残らず死んでしまい、この森に おじいさんがいることさえ 誰も知らなくなって かなり久しいとのこと。

 男は なんだか わかったようなわからないような 妙な気分でしたが、今は そんなことを 考えているよりは、なんとか 話をして わけのわからないこのおじいさんとは あまり問題なく 別れたい と 思い、村のことを あれこれ思い出しては、このごろ見聞きした面白そうなことを 話してやりました。

 おじいさんは 男の話を 熱心に聴きながら 時々 楽しそうに笑ったり、相槌をうったり、手をたたいて喜んでいました。

 最初は 何がなんだかわからず 一体 何をされるやら と おっかなびっくりだった男でしたが 自分の話を こんなに楽しんでくれる相手が これまでなかったので、それほどに喜んでくれるなら と、あれこれ思い出しながら できるだけ おもしろく話を続けました。

 

 そのうち、雨も上がり、さわさわと木々の葉を揺らしながら さわやかな風が吹き抜けるようになったので、男はたちあがり、そろそろ かえると おじいさんに告げました。

 おじいさんは ちょっと 残念そうな顔をしましたが、すぐ にっこりするといいました。
「そうかい。じゃ そうするがいい。きょうは 久しぶりに笑った、とても 楽しかったよ。お前さんに御礼をしたいと思うが、どうかね?」

 男は それを聞いて 一体何をする気かと 心配になりましたが、すぐに 言いました。
「いいんだよ。雨宿りできたし、俺の話を 楽しんで聞いてくれたんだから、それで十分さ。」

 おじいさんは ちょっと びっくりしたような顔をしましたが、すぐに 男に言いました。
 「おまえさん、わしを信じるかね?」

 男は どう答えようかと思いましたが、おじいさんが あまりにまじめな顔でいうので、思わず こっくりと 深くうなずいてしまいました。

 おじいさんは うんうんと 首を縦に振ると、よっこらしょ と 立ち上がり、ゆっくりと出てきた暗空間の入り口近づくと、ちょっと立ち止まって いいました。 

 「帰り道に大きな虹を見るだろうよ。その虹の足元には 金貨の袋がうまっとる。虹が消える前に そこに行って掘り出せば、金貨は おまえさんのものじゃ。」

 そして おじいさんは うろの暗がりに すうっと引き込まれるように消えていってしまいました。

 

 男は うろを出ると 思いっきり伸びをして、さっぱりと晴れ上がった空を見上げて 家に戻ろうと歩き出しましたが、ふと気になって うろのあった木を振り返ると、どうでしょう、そこには 大きなうろのある木など 一本もなく、ただ こんもりと低い茂みがあるばかりでした。

 男は 何がなんだかわからずに ぼんやりしながら あるきだしましたが、ふと 見上げた空におおきく きれいな虹が掛かっているのを見て、さっきのおじいさんの言葉を思い出しました。

 でも・・、振り返ったら 木はなかったし、もちろん だから うろもなかったのです。自分は そこで雨宿りをしたと思ったけれど、でも 雨宿りできそうなところは ひとつもなかったのです。

 

  「おまえさん、わしを信じるかね?」

 男は おじいさんに そういわれたことを思い出したとたん、虹の足元に向かって 走り出していました。
 虹なんか すぐに消えてしまいます。だから 走っていったとしても とても その足元になど たどり着けるはずがないのは 男だって よくわかっていました。
 でも、おじいさんに 信じるか と聞かれたとき、思わず うなずいてしまったことを思い出して、男は 駆け出しました。

 男は 走りに走りました。村を抜け、原っぱを駆け抜け、森を走りぬけて、さらに ひろい草っぱらをかけ抜けました。どんどん どんどん 走って、一体 今どこにいるのか、そこがどこなのかも知らないところまで来ました。

 でも、不思議なことに 虹は 一向 消えません。そして 男が 走れば走るだけ、虹はすこしずつ大きく はっきりと見えてきて・・・、とうとう その立ち上がっている場所にたどり着いたのです。

 

 男は はじめて 虹の足元 というものを見ました。
そこは 軟らかな土の上に、沢山の花々が咲き乱れ、その花たちが 風に揺られるたびに、きらきら光る宝石になって それが次第に七色の虹になって空に昇っていくのでした。

 あまりのキレイさに 男は 口をあんぐり開けて 眺めていましたが、はっと我に返ると、一生懸命 虹の足元を掘り始めました。そして、ほどなく あのおじいさんが言ったように、金貨がどっさり入った布の袋を 手にすることができたのです。

 大喜びで それを肩に担いだ男は 疲れも忘れて 有頂天になって 歩き出しました。
 道々 男は、これだけの金貨があれば もう これからは 何もしなくても食べていけるし、新しい家を建てたり、きれいな着物をあつらえたり、おいしいものを いつでも食べられたり、一番良い暮らしができる と ほくほくした気分で村に向かいました。

 

 だんだん あたりが暗くなり、夜が近づいてきました。
もともと のんきなその男は まったく気が付きませんでしたが、実は 男の担いでいた袋には 小さな穴があいていて、金貨の重みで それは少しずつ広がって、男が 袋を担ぎなおすたび、また ゆっさゆっさと 揺さぶられるたびに、金貨が一枚ずつ、ぽとり ぽとり と 道端に落ちました。

 道端の金貨は 月の光を浴びると 小さな芽を出し それは小さな花になりました。
お月様の光を受け するすると育った黄色いその花は、男の歩いてきた道の端で、順々に明かりをともされたように 咲き出しました。

 

 やっとのことで家にたどり着いた男は、まず 袋の中身を確かめることにしました。
ところが、袋の中には 思ったほどの金貨はなく、どうしたことかと 調べてみれば、袋のそこに 金貨一枚がやっとと取りぬけるくらいの穴があいているではありませんか。

 では、落っことしてきてしまったのか! と思った男は、表に 落ちているかもしれない金貨を探しにいこうとして 扉を開けて びっくりしました。

 そこには 月の光を浴びて 夢見るように咲いている黄色い花が 男の来た道の端に 点々と咲いていました。

 男は あわてて 家に戻ると、金貨を確かめましたが、袋の中に残っていた分は、花にはならず、金貨のまま そこにありました。

 男は、開け放した扉の向こうに続く 暗闇を照らす 小さな月たちのような黄色い花の列を、ぼんやりと眺めるばかりでした。

 



 このお話は ごぞんじでしょうか?

 私も 大分以前、それも おそらく 3度とは 読まなかっただろうと思う話ですが、先月同様、挿絵とざっとのすじだけ覚えていたのを ぼつぼつと思い出して なんとか書いたものです。

 多分、小さいとき、それを読んでのことと思いますが、暗い夜道に ぽとり ぽとりと落ちこぼれた金貨が、月の光に当たって 一時 解けたようになった後、ぽわんと光を含みながら ゆっくり花の形になっていくイメージが 浮かび上がってきて、話そのものの内容より、そのイメージが良い記憶としてあったために 覚えていたのだろうな・・と 思い当たりました。

 私は お話というものを読むとき、どうも そのヴィジュアル化されたイメージを描くようで、話そのものは忘れてしまっても、そのイメージのために 何かのときに ちょっとした デジャブのように感じてしまったり、あるいは まさに自分の実体験のように 思われたりすることがあり、そのため 恐らく こんな年になっても あれこれ 覚えているのではないか と 思ったりしています。

 今回のお話も これまでにもなんども 思い出しては、そのイメージが さっと 通り過ぎたりしていたのですが、先日 久しぶりに 大雨のあとの虹を見て、ああ そうだ、やっぱり 書いてみよう と 思ったわけです。

 虹の足元 というのを 思わないわけではないのですが、でも 普通に学校に行っていれば、まずそういうことはない というのは、よくわかっていることですよね。

 確かにそうではありますが、それでも やっぱり こういうどんなことしても ありえない という話というのも、それはそれで 勿論 まったく 問題ないと思います。

 もしも 本当に 虹のたもとというものがあったら、そこに やっぱり お金というものがあったほうがいいのかなー と なんとなく 夢のような 夢でないような 妙な雰囲気だったことを、これまた 書きながら 改めて思ってしまいました。

 大筋はともかく 細かいところは 殆ど覚えていないので、まったく 遠藤が作ってしまっています。ちゃんとしたお話をご存知の方は、その辺 差し引いてくださいませ。

 こういう 夢物語っぽいくせに、変なところに 即物的なところのある話というのは、どこか 引っかかるところがあるようで、そんな処ばかりを やけに覚えているものなんだな・・と おかしな気がします。

あなたは どうでしょうね?



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