あるとき、男が 道を歩いていると、いきなり すごい勢いで 雨が降ってきました。
男は あわてて どこかに 雨宿りできるところはないかと おろおろ走り回りながら あちこち見回しましたが、あいにく 森に近いところだったので 家や店などもありません。
このままじゃ びしょぬれになっちまう と 思ったとき、ふと 目の前の大きな木に 人が一人入れそうなくらいのうろがあるのを見つけました。
「やれやれ ちょうどいい。ここで しばらく 雨をしのごう。」
男は うろに入ると ほっとして後ろ側に寄りかかりました。
すると もたれた 木のうろの後ろが ぎき〜っと動いて、ぽっかりとした空間が開いたのです。
男は 飛び上がるほどびっくりして、声も出ません。
どうしようかと思っていると なにやら その暗い空間の向こうから やってくるような 気配! ますます 体を硬くして 身構えている男の前に、突然、ひょっこりと ちいさなおじいさんが現れました。
おじいさんは・・ まぁ、いったい いつからそこにいるのでしょう。そして いったい いくつなのでしょうか、それはそれは 年を取っていて、人の形をしているのが 不思議なくらいでした。
「どっこらしょ!」とちいさいおじいさんは、男が座ろうとつくった場所の 一番気持ちよさそうなところに寄せられた 木っ端や枯葉を積んだ上に かっさりと 座り込みました。
男は さっきから なんにもいえないし、どうにも動けず、ただ おじいさんを黙って おっかなびっくり 見つめるばかりでした。
木っ端や枯れ草のつまれた上に座ったおじいさんは、立っていたって すごく小さいのに、座ってしまうと それがおじいさんだと知らなければ ひょっとしたら 見過ごしてしまうかもしれないような、ずんぐりしたちょっと大きめのきのこのように 見えました。
おじいさんは 一息つくと、さっきから ずっと立ちっぱなしで 声も出せずにそこにいる男を見上げて 言いました。
「それ、おまえさんも そこらにすらわんかい。」
男は それを聞いて あわてて、おじいさんからみれば 大分大きな体を ギクシャク動かしながら、おじいさんとは ちょっと離れたところに しゃがみこみました。
表は まだ ざんざんと雨が降っています。
おじいさんは 男を しばらく 黙って見つめていました。男は おじいさんに見られていると思うと どうにも落ち着かず、びくびくしながら これから どうしようか と 思っていました。
その時、おじいさんが 男に向かって言いました。
「どれ、まだ しばらく雨は降ることだろうし、おまえさんともこうして向かい合っていることだし、どうだね、世間話でもしてくれんかね。」
きけば おじいさんは この森に住んで もうどれくらいかもわからないくらい 長い時がたっているとかで、昔は よく知っていた村の者たちも 今はもう ひとり残らず死んでしまい、この森に おじいさんがいることさえ 誰も知らなくなって かなり久しいとのこと。
男は なんだか わかったようなわからないような 妙な気分でしたが、今は そんなことを 考えているよりは、なんとか 話をして わけのわからないこのおじいさんとは あまり問題なく 別れたい と 思い、村のことを あれこれ思い出しては、このごろ見聞きした面白そうなことを 話してやりました。
おじいさんは 男の話を 熱心に聴きながら 時々 楽しそうに笑ったり、相槌をうったり、手をたたいて喜んでいました。
最初は 何がなんだかわからず 一体 何をされるやら と おっかなびっくりだった男でしたが 自分の話を こんなに楽しんでくれる相手が これまでなかったので、それほどに喜んでくれるなら と、あれこれ思い出しながら できるだけ おもしろく話を続けました。
そのうち、雨も上がり、さわさわと木々の葉を揺らしながら さわやかな風が吹き抜けるようになったので、男はたちあがり、そろそろ かえると おじいさんに告げました。
おじいさんは ちょっと 残念そうな顔をしましたが、すぐ にっこりするといいました。
「そうかい。じゃ そうするがいい。きょうは 久しぶりに笑った、とても 楽しかったよ。お前さんに御礼をしたいと思うが、どうかね?」
男は それを聞いて 一体何をする気かと 心配になりましたが、すぐに 言いました。
「いいんだよ。雨宿りできたし、俺の話を 楽しんで聞いてくれたんだから、それで十分さ。」
おじいさんは ちょっと びっくりしたような顔をしましたが、すぐに 男に言いました。
「おまえさん、わしを信じるかね?」
男は どう答えようかと思いましたが、おじいさんが あまりにまじめな顔でいうので、思わず こっくりと 深くうなずいてしまいました。
おじいさんは うんうんと 首を縦に振ると、よっこらしょ と 立ち上がり、ゆっくりと出てきた暗空間の入り口近づくと、ちょっと立ち止まって いいました。
「帰り道に大きな虹を見るだろうよ。その虹の足元には 金貨の袋がうまっとる。虹が消える前に そこに行って掘り出せば、金貨は おまえさんのものじゃ。」
そして おじいさんは うろの暗がりに すうっと引き込まれるように消えていってしまいました。
男は うろを出ると 思いっきり伸びをして、さっぱりと晴れ上がった空を見上げて 家に戻ろうと歩き出しましたが、ふと気になって うろのあった木を振り返ると、どうでしょう、そこには 大きなうろのある木など 一本もなく、ただ こんもりと低い茂みがあるばかりでした。
男は 何がなんだかわからずに ぼんやりしながら あるきだしましたが、ふと 見上げた空におおきく きれいな虹が掛かっているのを見て、さっきのおじいさんの言葉を思い出しました。
でも・・、振り返ったら 木はなかったし、もちろん だから うろもなかったのです。自分は そこで雨宿りをしたと思ったけれど、でも 雨宿りできそうなところは ひとつもなかったのです。
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