11月のお話  猫の踊り場

 

 神奈川県横浜市に戸塚と言うところがあります。
 現在 沢山の商業施設が立ち並び、林のようにマンションが立ち並ぶ戸塚は、その昔も宿場町であり、人出入りも多く、商売も盛んに行われ、今に劣らず栄えた所だったそうです。

 その戸塚の中に、「踊り場」という場所があります。今月のお話は、そこが、なぜ 踊り場とよばれるようになったのか、という お話です。

 昔、戸塚の町に、代々続いた「水本屋」(みずもとや)という 醤油屋さんがありました。

 その店には、主人とおかみさんとその娘が、長年勤めている番頭と小僧をひとり置いて、毎日 せっせと忙しく働いていました。

 幸い、店はお客様のごひいきも沢山にあって、とても繁盛していました。

 ところで、その店には 一匹の黒い猫が買われていて、とてもおとなしく、人の仕事の邪魔をしないで、でも 猫好きの人のご来店には、そそっと出ていっては、頭を撫でてもらいながら お客様のお相手をするなど、これも 愛想の良い猫ではありました。

 醤油屋ですから、お客様の持ってこられた入れ物に、樽から醤油を注ぎます。手や樽の注ぎ口、入れ物などに醤油がたれ、それをふき取ってきれいにしてから、お客様にお渡しするのですが、そのとき使う手ぬぐいは、醤油を拭くものですから、見る見る汚れてしまいます。でも これは仕方のないことですよね。

 ですが、店の主人は、とてもとてもきれい好きで、見た目を気にする人だったので、いつもさっぱり洗ったきれいな手ぬぐいを使うように、毎日 必ず汚れた手ぬぐいは洗うように、と 口をすっぱくして皆に言いつけていました。

 店のものは 皆 言いつけに従って、いつもきれいなてぬぐいをつかっていましたが、そのためには、毎日 当然 汚れた手ぬぐいを洗濯しなくてはなりません。
 朝から晩まで、働きづめですから、洗濯は その日の仕事が終わった後にし、それは一晩中、庭の物干しに掛けられて 朝には すっかり乾いているようにしていました。

 ある日、いつも朝一番に起きる主人が庭に出て、手ぬぐいを取り込もうとしたところ、 主人の手ぬぐいが 見当たりません。
 やれやれ、洗い忘れたか、と 夕べ手ぬぐいを洗ったものに聞いてみましたが、ご主人様のものは一番初めに洗って干しました、といいます。おかみさんも、自分もそれをみて知っている といいましたので、それでは 手ぬぐいは 盗られでもしたのか・・?と 皆、妙な気持ちで お互いの顔を見合わせました。

 新しい手ぬぐいを下ろし、その日は、また いつものように 忙しく働きました。

 次の日、今度は おかみさんの手ぬぐいがありません。。。
 そして その次の日は、娘の手ぬぐいがなくなっているではありませんか・・・!

 たかが手ぬぐい数本、どうということはないのですが、それでも 誰も気付かないときに、誰かが来て 店のものを持っていったとなると、やはり 商売としているところですから、心配です。それより何より、なんで 手ぬぐいなんか・・と、薄気味悪い思いがしてきました。

 その晩、小僧は 寝ずの番をして、雨戸の隙間から 庭を見つめていました。
最初に、ご主人の手ぬぐいがなくなったとき、一度 お前が取ったのか?と聞かれたことがあり、その後の手ぬぐいについても、いちいち 自分のほうを見られた小僧は、なんでてぬぐいなんか ほしがるものか!と、疑われたことに腹を立てていたのです。
 今日は、どうしても その疑いを晴らして、犯人を突き止めようと思っていたわけです。

 最初こそ、一生懸命みはっていたのですが、やはり 昼間の疲れが出てくれば、真夜中すぎには うとうとしないではいられなくなってしまいます。
 しかし、 そのとき、ふと なにか気配を感じた小僧は、はっとしてあわてて隙間から庭をのぞきました。

 すると、まるで それを待っていたかのように、番頭さんの手ぬぐいが ふわりと宙に浮いたかとおもうと、す〜っと地面を這うように 動き出すではありませんか。

 小僧は、がらっと雨戸を開けると、こら、待てー!!と 怒鳴りながら飛び出したのですが、あっというまに 手ぬぐいは 暗闇の中に消えていってしまいました。

 騒ぎを聞きつけた皆がおきだし、小僧の話しを聞くと、おかみさんは、本当に怖くなって、もういいから、早く戸締りをしっかりして もうわすれておくれ、といいながら 娘と一緒に部屋に入ってしまいました。

 

 それから、しばらくたったある日の夜。
水本屋の主人は、呼ばれた席で程よく酔って、いい気分で月夜の道をあるいていました。

 丘に差し掛かったとき、主人は ふと なにやら 話し声を聞いたような気がして、足を止めました。そして、声のする方に そっと近づき、草むらを分けてのぞいたところ、そこにはなんと 沢山の猫たちが集まって にゃごにゃごやっているではありませんか。

 よく見ると、その猫のうちの何匹かは 頭に手ぬぐいを姉さんかぶりにしています。
「おや、あれは 盗まれたわたしのてぬぐいではないか。あ、あれは おかみの。。あっちの猫のは、娘のだ。なんとなんと、では うちの手ぬぐいを盗んだのは、猫だったのか。」

 猫たちは、そんなこととはつゆしらず、おしゃべりを続けています。

 「今夜は おっしょうさま、おそいねぇ。」「今日こそ、私が手ぬぐいをもらう番だよ。」「何を言っている、それはオレの言うせりふだよ。」「いやいや、あんたはまだまだ。私こそ、今日一番にうまく踊って、手ぬぐいをいただくさ。」

 ははぁ・・、さては 手ぬぐいは そのおっしょうさんが盗んで持ってきていたというわけだ。主人は すっかり酔いも吹っ飛んで、面白くなってきていました。

 やがて、猫たちが ざわざわしだし、あっちこっちで、「あ、おっしょさんだ。」「おっしょさん、こんばんわ。」という声が聞こえました。

 息せき切って遅れてきたのは、なんと、水本屋の黒い猫。
あれあれ! では、うちの猫が おっしょさんなのかい?一体 なんの?

 「やぁやぁ、おそくなってすまんね。さて、月も昇った。始めようじゃないか。」

そういって、水本屋の黒猫は、みんなの前に立って、チントンシャン、テテツツ、テンツツ、ツテテテテン・・ と 口三味線を取り出したのです。
 そして それにあわせて、集まっていた猫たちが いっせいに、踊りを踊り始めました。

 皆、一生懸命、前足を振り上げ、腰を揺らし、しっぽをたてて、うまい具合です。

 主人は、おかしいのと 面白いのとで、思わず声を出しそうになるのをこらえて、その場をそっとはなれ、道々、『なんと面白いことに出会ったものよ。それにしても、どうしてうちの猫は、踊りなんか知っているんだろう?ああ、そうか、娘のお稽古を よくじっと見ていたが、あれで憶えたか・・! はてさて、なんともおかしなことを見たものだ。』と 思い出しては、ひとり ニヤニヤしながら 戻っていきました。

 

 さて、翌朝。
 主人は皆に、手ぬぐいを取っていった犯人がわかったぞ、といいましたが、それが誰であるかは 一言も言わず、おかしそうに 笑うばかりでした。

 その日の晩、店を閉め、すっかり仕事が終わったとき、主人は言いました。

 「さ、みんな、出かけるから支度をしなさい。」「え?皆で出かけるのですか?どこへ?」

 おかみさんの聞くのにも主人はおかしそうに笑いながら「まぁ、いいからついておいで。」というばかり。皆は 不思議に思いながらも、ぞろぞろと 主人の後についていきました。

 そして、丘に着くと、主人は 皆に言いました。
「いいかい、これからは 絶対に声を出してはいけないよ。どんなものを見ても、何が起こっても、笑っても話してもいけない。そうでないと 見られなくなるぞ。」

 皆は、主人の後について、そぉっと身をかがめながら 草むらの中を進みました。

 さて、今日は満月です。あたりは 明るく照らされて、ぐるりと囲んだススキを涼しい風が揺らして、丘の上はまるで、沢山の猫たちが踊るための舞台のようでした。

 沢山の猫たちは、きょうも 何とか手ぬぐいを自分のものにしようと、一生懸命 おっしょさんについて 踊っていました。

 水本屋の皆は、自分たちの見ているものを にわかに信じることはできませんでしたが、でも 見ていると とてもおかしいし、楽しい。なにより、自分たちの猫がおっしょうさんというのが、とても 愉快でした。

 ふと、気が付くと 店の黒猫は、今日は小僧の手ぬぐいを持っています。今日、うまく踊った猫には、小僧の手ぬぐいがごほうびというわけです。

 

 皆、帰る道々、あの猫がうまかった、あの猫は まだまだ 練習しなくちゃいけないね。などといいながら、珍しい面白いものを見たことを 楽しく語り合っていました。

 最初のうちこそ、皆、黙っていましたが、誰かが話したのでしょう、そのうち、町でも 猫が踊るということが評判になり、そっと見に行く者たちが増えてきました。

 でも、そんなにすれば、猫たちは すぐに気付きます。
それで、あるときを境に、猫たちは すっかり そこには集まらなくなってしまいました。

 相変わらず、水本屋の黒猫は、店のお客の相手をしたり、娘のお稽古をじっと見つめたりしていましたが、あるとき、出かけていったっきり、とうとう帰ってきませんでした。

 店の皆は、黒猫を思って、あの丘に碑を立て、猫を偲んだということです。

 今では その碑は もうなくなってしまいましたが、ただ、猫が踊った場所ということで、猫の踊り場は、今も”踊り場”という名前で 残っているということです。


 このお話は、ご存知の方は おいでかもしれませんね。

私は 最近 知りました。といっても 一回きり ざっと 立ち読みしただけなので、どこまで 記憶が正しいかは・・・です。

 戸塚の踊り場、探してみました。ありましたよ、JR戸塚駅からも近いですが、市営地下鉄にまさに「踊り場」という駅がありました。その、どのあたりなんでしょうね。猫の踊り場って言うのは・・。

 お近くのかた、よろしかったら教えていただけないでしょうか? 行って見てみたいです。

 猫というのは、妙な不思議感がありますよね。

 ちょっと 怖い雰囲気もありますし、人の意のままにならないというのもありますが、今回のお話のように、ふらふらと踊っているようなのを見ることも たまにあり、そんなことを思うと、まんざら ないはなしでもないかな・・ なんて。

 調べてみれば、宿場町には、当時、そういうものだったのでしょう、遊びどころもいろいろあったわけで、特に 人出入りが盛んであれば、旅の途中の憂さ晴らしみたいな、そんなところも設けてはあったようです。

 猫の踊り場 というと、ファンタスティックでユーモラスですが、立ち読みした本のあとがきにもあったように、町外れで固まって暮らす中には、にぎやかな街から 出ざるを得なかった者たちの集まりのようなものだったのかもしれません。
 
 生活のための物乞いに、働けなくなった遊女たちが、踊りを踊って、日銭を稼いでいたかもしれず、たんなる 遊び場での踊りでは、人はこない、なにか 人が面白がるような踊りをと そう名づけられるようなことをしていたのかもしれないですね。

 でも、ま あれこれ 推察するよりは、話は話として 楽しむのがお約束でしょう。
素直に楽しめばよいものを、失礼いたしました。  ところで・・でも、

あなたは どう思いますか?



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