3月のお話  きき耳ずきん

 
 むかし あるところに 正直者の若者が、病気の母親と暮らしていました

若者は とても働き者でしたが、暮らしはちっとも良くなりませんでした。

 ある日、若者が仕事を言い付かって、それまで一度も行ったことのない村へ出かけていったとき、道の途中に 荒れ果てた小さな観音堂を見つけました。

 どんなにさびれていても 観音様は観音様です。
仕事に行く途中の若者は、観音様にすぐに手を合わせ、きれいな手ぬぐいで はたはたとほこりを払って 言いました。

「観音様、私は これから働きに行かなくてはなりません。帰りもここを通りますから、その時に もう少し 回りをきれいにしてさしあげましょう。
 また、日を改めて出直してまいりますので、そしたら お堂を修理させていただきます。 」

 そして、若者は もう一度手を合わせて、出かけていきました。

 それから、数日たって、若者は もう一度 あの観音堂に出向きました。
この間の帰りに、お堂回りを調べて 痛んでいるところがわかっていましたから、あちこちから使えそうな材料をあつめて、自分でできるだけでも お堂をきちんを修理したいと思って行ったのです。

 母親も そのことを聞いて、息子に、「元気だったら 自分も一緒に行って 掃除くらいはしたかったけれど。」と いいながら、若者が出かけるのを見送りました。

 お堂に着くと、若者は 手を合わせていいました。
「今日一日で どこまでできるかわかりませんが、お堂がきれいになるまで通いますので、どうか 少しでも暮らし向きが良くなって、母親が元気になるようにしてください。」

 若者は 殆ど人の通らないさびれたお堂を 一日かかって修理しましたが、まだまだ 壊れたり なくなっていたりしているところがあり、夕方、荷物をまとめて帰る支度をした後、また 手を合わせて 言いました。

 「観音様、今日はこれで失礼いたします。でも まだまだ 壊れているところがありますので、また 日を置いて参ります。どうか それまで 申し訳ありませんが、これでおしのぎください。」

 そんな風にして、若は 何回もかよって やっと お堂をきれいに仕上げることができました。

 そして 今日で お堂の修理が終わった という日、若者は 観音様に こういいました。
「もう すっかり お堂はきれいになりました。私のしたことですので、また 壊れるかもしれません。そうしたら また 直しに参りますので、これからも ちょくちょく お参りさせていただきます。お世話させていただきまして 本当に ありがとうございました。」

 若者が そういって お堂の扉を閉めようとしたとき、お堂の中から声がしました。

 「働き者の若者よ。」

若者は、びっくりして ばっと地面にひれ伏しました。

「長いこと ご苦労でした。これで 居心地も良くなりました。お礼に これを授けます。よく役立てなさい。」

 顔を上げることができず゙にいた若者は、それを聞いて おそるおそるお堂の中を覗いてみました。

 すると、観音様の足元に なにかがおいてあります。
では これを私に下さるというのかな、と思い、若者は そっと 手を伸ばしました。

 観音様の下さったのは、・・あまり新しそうにもみえない一枚のずきんでした。

 若者は、なにか特別な薬草とか、ひょっとしたらお金があるかと思ったのですが、なんのことはない、ただの古びたずきんが一枚きりだったので、正直なところ がっかりしました。 
  でも 観音様が下さったもの、おまけに よく役立てよ とおっしゃったものです。きっとなにか 特別な使い道があるのでしょう。
  若者は 一瞬でも 不満に思った自分を悪かったと思いながら、ずきんを押し頂いて 大事に懐にしまいました。

 家に帰り、観音堂がすっかりきれいになったことを母親に話した若者は、実は こういうことがあったのだ と言いながら、ずきんを出して見せました。

 母親は 観音様の下さったもの、一生大事に使わせていただくように といいて、息子に肌身離さず いつも持っているように とも 言いました。

 それで 若者は それから そのずきんをいつも懐に入れているようにしていましたが、だからといって それをかぶったりすることもなく、どう役立てるのかもわからないままでいました。

 それからひと月、若者は、すこしの修理道具を持って、お堂の様子を見に行きました。

 そして、また 気になるところを丁寧に修理した後、まだ 日は高かったのですが、家に戻ることにしました。

 その日は、とてもよい天気だったので、歩いているうちに だんだん暑くて頭がくらくらしてきてしまいました。

 そこで、そうだ あのずきんがある、と思いつき、ふところのずきんをかぶって暑さをしのぎ、ついでに 道端の木の下の石に腰掛けて 一休みすることにしました。

 すると その時、若者のそばで 誰かが話をしている声が聞こえました。

「ところで、庄屋様の娘さんは どんな具合だね?」
「それがね、あんまりよくないどころか 毎日どんどん悪くなるらしいよ。」

 若者は びっくりして 辺りを見回しましたが、見たところ 誰がいる様子もありません。一体 自分は何を聞いたのだろうと 少し怖くもなりました。
 しかし、声は 続いて聞こえます。

「そうかい。気の毒なことだねー。優しくて きれいな娘さんなのにね。」
「一体 何がいけないのかしら?」

 若者は もう一度 あちこちを見回しました。
でも やっぱり 誰の姿も見えません。
 あちこち見回した後、 声のする方と思われる 近くの木の上を見た若者は、数羽の雀たちが あれこれ話しているのだということを知りました。 

  でも なんだって すずめの言葉などがわかるのでしょう?

 若者は ふと 思いついて ずきんを脱いでみたところ、沢山のすずめは いきなり ちゅんちゅん、ぴーちく チュチュチュチュ・・としか いっていないではありませんか。

 では このずきんのせいなのか?

 「何がいけないって?きまってるじゃないか。庄屋様の家のお蔵のすぐそばにある松の木だよ。」
「松の木?」「松の木がどうしたの?」
「お蔵のそばの松の木がさ、腰が痛い 腰が痛いって 毎日 苦しんでいるんだよ。」
「じゃ、松の木の痛いのがなくなれば、」「そうか、そうすれば 娘さんは 治るんだね?」

 「庄屋様は、毎日 だいじなひとり娘さんのために、あっちこっちから お医者を呼んだり、いろいろなところから 薬を買い集めたりして、もう 見るのも気の毒なくらい 一生懸命だけど、でも そんなことしても 松の木があのままじゃ、全く何にもならないんだよねぇ。」

 だまって すずめのおしゃべりを聞いていた若者は 雀たちの話を聴いているうちに、その あったこともない庄屋様のひとり娘さんがかわいそうになってきてしまいました。
 それで、その松の木について、もっと聞こうと耳をそばだてました。

 「じゃあ、どうすればいいの?」
「うん。あの 松の木のすぐそばに あたらしいお蔵がたっただろう?それが松の木の根っこを押しつぶしているんだ。だから、そこを 楽にしてやれば、きっと 松の木も 娘さんも よくなるのさ。」

 若者は なるほど とおもいましたが、でも、今 聞いたことが ほんとうなのかどうか とにかく 庄屋様の家に行ってみようと思いました。


 はじめてみる
庄屋様の家は 大変立派で、若者はどうしたものかと門の前をうろうろしていたので、家の人が 怪しんで なにをしているのか と たずねました。

 「いえね。こちら様のお嬢様が 大変な病いで苦しまれていると聞きまして、」
「そうかい、それはそれは。では お前さんも なにか持ってきてくれたのかね?」

 庄屋様のところには 沢山の薬草や薬などが、いろいろな人たちによってもちこまれていましたが、どれも じつは 何の役にも立っていないということを その人は 若者に話してくれました。

 「でも、ご主人様も私たちも もう わらにもすがりたい気持ちなのだよ。お嬢様は 日に日にやせ衰えていかれて、きれいで愛らしいお方だっただけに、私たちも 見ているだけで辛くてたまらないのだよ。」

 若者は それを聞くと ますます何かお手伝いをしたいものだと 心から思いました。
そこで、その人に向かって言いました。

 「ところで、こちらのお屋敷では 少し前に 新しいお蔵を建てませんでしたか?」
家の人は 少し驚いて いいました。

 「・・、いや ひとつ、裏の庭のところに建てはしたが、何故それを お前さんが知ってるのだね?それが なんだというのだ?」
「そうですか。それでは もうひとつ伺いますが、その新しいお蔵のそばに 古い松の木がありませんか?」

 家の人は また 驚いて、何故 それを若者が知っているのかと思いました。娘さんの病いの原因は そのことにかかわりがあるかもしれないという若者の言葉を聞いたその人は、急いで庄屋様のところへ 事の次第を話しに行きました。

 庄屋様は すぐに若者を連れてこさせ、熱心に その話を聞きました。

 「実は、このずきんは 観音様から戴いたものなのですが、このずきんをかぶったとたん、すずめの話がすっかりわかるようになったのです。」

 それを聞いて 庄屋様も 家の人たちも そのずきんをかぶってみたくなり、若者に頼んで かぶらせてもらったのですが、だれひとり それをかぶったからといって すずめなどの話がわかるようにはなりません。

 庄屋様は ずきんが 観音様から若者にだけあたえられたということがよくわかったので、若者の言うことを聞いてみよう と思いました。

 「で、すずめはなんと?」
「はい。すずめたちは、こちらのお屋敷の新しいお蔵が、昔からこちらにある松の木の腰に乗っかっているので、松の木が痛くてたまらず、それが娘さんにたたっているのだ と言っていました。」

 庄屋様も 回りの人たちも お互いに顔を見合わせ、話の通りなのかどうか、みなで ぞろぞろと裏庭に行ってみました。

 なるほど、できたばかりのお蔵の裏には 大きな松の木があり、そういえば 地面の中の松の木のうえに 乗っかっているような位置にありました。

 庄屋様は それをみて、代々続いたこの家に ずっとあった松の木をないがしろにしてしまったことを とても後悔し、さっそく建てたばかりのお蔵を 他へ移すことに決めました。

 次の日から お蔵は 松の木のそばから離れたところに建て直されはじめ、松の木の周りが 以前のようになったころから、娘さんの顔色は 少しずつ良くなり、お蔵がすっかり 移されたころには、娘さんの頬は桃色になってきて すっかり元気になり 庄屋様や家の人たちを大喜びさせました。


 一方、
若者は、 この出来事の不思議を思い、やはり 観音様のお導きだと悟ったので、あのお堂まで お礼参りに行こうと おもいたち、すぐにしたくをし始めました。

 すると、そこへ 庄屋様のお使いの人が来て、若者にすぐに来てくれるようにと言いました。

 若者が 使いの人と一緒に 庄屋様のお屋敷に行くと、なんと、庄屋様は 若者に 大事なひとり娘を お嫁にもらってほしいというのです。
 一体 どうしてこんなことに と おもいましたが、庄屋様のそばに座って やさしくほほえんでいる かわいい娘さんを見た若者は、いっぺんで娘さんを気に入り、二人は 夫婦の約束を交わすことになりました。

 数日たって、若者は 庄屋様の娘と一緒に あの観音堂におまいりに行きました。

「観音様、本当に どうもありがとうございました。あのずきんのおかげで すずめの話がわかるようになり、そのおかげで 庄屋様の娘さんの病いを治すことができました。
  おまけに 私は その娘さんを こうしてお嫁に迎えることになりました。
  母親も 庄屋様から お薬を戴くことができるようになり、だんだん 元気になってきています。それもこれも 本当に 観音様の下さった あのずきんのおかげです。」

 二人は お堂を丁寧に掃除し、並んで手を合わせると、なかよく 戻っていきました。


 
  このお話は ご存知の方 多いことと思います。

 ひつじ小屋のあるこの建物のぐるりは 今は 花を咲かせつつある椿や 今は葉がすっかり落ちながらも もう 新しい芽が膨らみ始めている楓などが囲んでいるのですが、その 葉の落ちた楓の木が、日差しの暖かい日中、時々”すずめの木”になるのですね。
 まぁ そのにぎやかなことといったら、もう いい加減にだまりさーい!と 言いたくなるほどなんです。

 でも あれほど 熱心?に あんなに ぺちゃくちゃ話すほど 一体 何の話をしているのだろう?と思ったら、彼らが 何を言っているのか わかるといいのに、と 思ったのです。

 それで 3月は「きき耳ずきん」のお話を取り上げたというわけです。

 でも もしかしたら 若者の話ではなく おじいさんの話として 覚えておいでの方もいらっしゃるかもしれません。

 私も 今回 ここに書くに当たって どっちにしようかなーと おもったのですが、なんとなく若者の話にしてしまいました。

 若者の場合は 多分、正直で働き者なんだけれど、どうやっても貧乏なために お嫁さんをもらえない という若者が、わなに掛かったキツネを助けてやったことから きき耳ずきんを手に入れて・・ という 流れだったと思います。

 おじいさんの場合は、まずしいけれど 信心深いおじいさんが 毎月欠かさず 少し遠くの観音堂に 何年もお参りに行ったので、観音様が それに報いて、きき耳ずきんを授ける という話しになっていた・・と 記憶しています。

 ・・で、今回は まぁ いいんですけれど、そのまま書いても、でも なんとなく 両方捨てがたくて、ならば と 両方一緒くたにしたものに仕立ててしまいました。 これは・・ 乱暴かつあまりよくないことかもしれません。。 

 でも 先の二つの話し以外にも いろいろなバージョンがあって、どれが正当とは なかなか言いがたいのではないかとも思っています。

 やっぱり、信心深さと正直さは 福を呼ぶんでしょうね。 反省の必要がありそうな・・

 きき耳ずきん、あったらいいでしょうかね?

 あなたは どう おもいますか?

 

 



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