5月のお話  鉢かつぎ姫

  昔、あるところに 女とその娘が暮らしておりました。

 女は それほど暮らしに困るような家の出ではありませんでしたが、いろいろな事情から 暮らし向きが悪くなり、まだ幼い娘を育てるために 働くようになってからは なれないことばかりで、あるとき とうとう身体を壊して病気になってしまいました。

 その女は 若いころから、それはそれは熱心に観音様を信心していましたが、病気が重くなってからは 前にもまして 良くお祈りするようになりました。

 あるとき、熱に浮かされる女の枕元に 大変慈悲深げなご様子の観音様がお立ちなり、女がもうじき死ななければならないこと、小さな娘は苦労をするだろうけれど 必ず守られること、そのためには 娘に鉢をかぶせて時が来るのを待たなくてはならないことなどを お話になられました。

 目が覚めた女は 手の届くところにあった鉢をとり、娘を呼んで それを頭にかぶせて言いました。
「よいか。これから先、この鉢をかぶって過ごしなさい。そうすれば 観音様が必ず良くして下さるから。」

 それから まもなく、女は息を引き取り、回りの人たちによって 弔いが行われました。

 女の残した娘を どうしようかということになり、なんでまた みっともない鉢など担いでいるのかと、回りの人たちが 娘の頭から鉢をのけようとしましたが、どういうわけか 鉢は しっかり娘の頭にくっついて、どうにも取れなくなってしまっていました。

 娘はまだそれほど大きくはありませんでしたから、娘が歩くと 大きな鉢が勝手に動いているようで、それを見た人たちは なんとも薄気味悪く、別に娘が悪いわけではないのは分かっているものの、だんだん 鉢をかついだ娘を うとましくおもうようになりました。

 そんな娘の面倒などは 誰一人見ようとはせず、女の喪があけると、娘は鉢をかぶったまま、旅の支度をさせられ、いけるところまで行くようにと 幾ばくかのものをあてがわれ、あての無いままに 家を追い出されてしまいました。

 不恰好な鉢をかついだ娘が 歩いていると、行き会う人は 誰もがそれをよけて通り、子供たちは はやしたてながら 時に石などを投げて 娘を追ったりもしたので、娘は悲しくて 辛くて、食べ物にもこまって 泣きながら ただただ 歩くしかありませんでした。

 それでも、母親の言っていたことを思い出して、たびたび 観音様にお慈悲を願ったのですが、どんなに祈っても、娘を寄せてやろうとするものは ひとりもいませんでした。

 懐かしい母親と暮らした家をかなり遠く離れたころ、町や人を避けて歩いていた娘は 山のふもとの川辺にやってきました。疲れた足を水に浸して休もうと 川に近づくと、川面には 大きな鉢をかぶった自分のみっともない姿が映し出され、娘は これでは 誰もが嫌がるのは仕方の無いこと と 改めて 哀しい思いに、目がつぶれるほどに泣くばかりでした。

 散々泣いて、泣きつかれた娘は、「これから先も この姿でいるのなら、もう 誰も 母様が自分を大切にしてくれたように思うことなどあるまい。それなら もう いっそのこと 母様のところへ行きたい。」と思い、観音様に お許しくださいというと、そのまま ざんぶと 川に飛び込んでしまいました。

 疲れて思いつめていた娘は 川に飛び込んだものの、大きな鉢は どうしても水に浮いてしまって 沈むことがありません。娘はおぼれることもなく 川の流れのまま ゆるゆると流されていきました。

 ところで、その川は ある高い身分のお方の立派なお屋敷のそばを 流れており、ちょうど その時、川岸を散歩しておられたお屋敷の殿様は、ふと なにやら妙なものが 川を下ってくるのをごらんになりました。

 殿様が じっと一方をごらんになるので、おそばの者たちも 何かと見やれば、おかしなことに ぷかりぷかりと 大きな鉢が こちらへ流れてきます。そして、良く見ると どうやら鉢だけが流れてきているようではないようです。殿様は おつきの者たちに 鉢を掬い上げるようにといわれました。
 すくいあげてみれば 鉢の下には ひとりの娘がいるではありませんか。

 皆は 急いで 鉢をのけて 娘をたすけようとしましたが、どうにも 鉢は取れません。皆が途方にくれる中、娘を哀れに思われた殿様は、とにかく 館へ連れて行って介抱してやるように と言いつけました。

  しばらくして 娘は目を覚まし、世話を言いつけられたものが それを殿様にお知らせしますと、娘は殿様に呼ばれて、これまでのことをたずねられました。  娘の事情が知れると 殿様は 大層娘を哀れに思われて、しばらくお屋敷で休むように と おっしゃってくださいました。

 娘は 泣き出さんばかりに喜んで、コレも観音様のお慈悲のおかげと 心からお礼を申し、是非 こちらで働かせてくださいまし、どのようなことでもいたします と 言いましたが、それからは 本当に 一生懸命 良く働きました。
 
 しかし、やはり そのお屋敷でも 大きな鉢が動いているようで どうにも落ち着かない と 回りの者たちは 殿様をはばかって ひそひそと言い合うことを耳にした娘は 言われることをよく承知していたので、なるべく 人の目に付かないような仕事をすすんで行っておりました。

 朝早く、新しい水を汲みに川に行くことや、屋敷の裏手で野菜や布を洗ったり、人のいないときをみて 広い外回りの掃除をしたりして 良く働いておりました。
  殿様は 娘が懸命に働く様子をごらんになられ、ますます 娘を哀れに思われ、何かにつけて 娘が困らないようにと お心を配られたりもされました。
  そうやって 何年か過ぎ、相変わらず鉢はとれないまま、それでも 娘は 年頃になりました。

 ある日、川へ水を汲みに行って戻る途中、娘は 一人の若者に出会いました。若者は 遠くで学ぶために預けられていた殿様の息子のひとりでしたが、もどってきて なにやら 面白いものが屋敷に住み着いていることを知り、一体 どういうものなのか 見てみたいと思っていたのです。

 屋敷の者の教えてくれた朝早い水辺には、なるほど、確かに 妙なものをかぶった若い女が 川面に立つ朝霧の中で、丁寧に水を汲んでいるのを見ることができました。しかし、その姿や働く様子は とても その辺のぶしつけな娘のそれとは思えないもののように思え、若者は 少なからず娘のことを知りたいものだと 心惹かれました。
 そこで若者は、重い水桶を担いで 岸から上がって来た娘に声を掛けました。

 「精がでるな。父上は お前がよう働くといっておられる。しかし、女の身では その桶は重かろう。どれ 俺が持ってやる。よこせ。」
 娘は 突然のことに驚き 立ち尽くすばかりでしたが、桶を取られたため
「お返しくださいまし。それは 私の仕事でございます。貴方様のお手が汚れます。」と いそいで申しました。

 その涼しげな声を聞いた若者は、また さらに驚いて振り向き しげしげと鉢をかぶった娘を見やりました。
 間近で見れば、その顔の全部は見えないものの、滑らかな頬の白さやすっと通った鼻筋、品の良い口元が、それが美しい娘であろうことを告げていました。

 それからも 若者は たびたび 娘に会いに行きました。そして 少し経って、若者は 殿様に 娘と一緒になりたいとおもっていることを 申しあげました。
 殿様は 娘がとても 気立ても良く 働き者で 良い娘だとご存知でいらっしゃいましたが、しかし、一体どこのどういうものかも知れないので、どうしたものかと いろいろと 苦しく悩まれました。
  しかし、ある晩、殿様の枕辺に 神々しいお姿の観音様がお立ちになり、娘の鉢がもうじき取れること、それで 娘のことが分かるので、息子と一緒にさせるようにと おっしゃいました。

 若者は 毎日 一生懸命に 心を尽くして 娘に 一緒になってくれるようにと 頼んでいました。娘も どこの誰ともわからない おかしな格好をしている自分なのに、それほどまでに言ってくれる若者を 少しずつ慕い始めていたものの、やはり どうやっても 鉢は取れないままだし、それで一緒になったりしたら、若者がみなの笑いものになってしまうにちがいない、それではあまりに申し訳ない と、日ごとに思いは募るものの、どうしてよいやら悩み苦しみながら、ひとりになると泣いて暮らしておりました。

 その日、若者は いつものように 朝の川辺に立ち、娘の来るのを待っていました。娘は これもいつものように 水桶を担いで 水辺に下りてきました。

 水を汲み始めた娘に 若者は その手を取って言いました。
「私は、お前の顔もその素性もしらない。しかし 私は、お前が素直で美しい心をしていることを知っている。私は そういうお前と生涯をともにすごしたいと 願っているのだ。たとえ、お前と一緒になったことで 屋敷を追われ、地位を失っても、この命が終わるまで お前とともにいようと思う。」

 娘は それを聞いて どれほど嬉しく思ったことでしょう。
娘が 心底から 若者の申し出を受け入れたいと 強く望んだその時!
 みしっという音がして、娘の鉢が二つに割れ、地面に落ちました。 
 娘は あまりのことに 呆然と割れ落ちた鉢をみつめていましたが、一方 若者は それではじめてみる娘の美しさに ただただ 見とれるばかりでした。

 ふと、若者は娘を水近くに呼び、みてごらん と その顔を水に映させました。

 そこには、うつくしいひとりの娘の姿があり、それを見た娘は、取り乱して泣き出しました。なんと 長いこと 大きな鉢を担いでいたことでしょう。その鉢のために どれほど苦しい思いをしてきたことでしょう。しかし、その鉢のおかげで 今 こうして 思いを寄せる若者の近くにいることができるのです。心から 二人が一緒にいたいと 願ったとき、娘の長い苦しみの元であった鉢は割れて 落ちたのでした。

 若者は、娘を連れて殿様のところへ行こうと 割れた鉢を拾い上げました。
すると、その鉢の中には それまで 見たことも無いような すばらしい財宝がしまわれているではありませんか。

 それを見た娘は、母親が娘のために 自分が死んで 大事なものが人に奪われないよう、鉢に隠して持たせてくれたことを知り、また 新たな涙にくれました。
 若者も、娘を思う母親の思いを知って 必ず 娘を大切にしようと 強く心に思いました。

 それから しばらくして、お屋敷では 盛大な婚礼の式が執り行われました。

 鉢を担いで川から流れてきた娘は、美しく成長し、立派な若者と一緒に 末永く 幸せに暮らしたということです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



  このお話は ご存知でしょうか?

 きっと どこかで聞いたことがおありではないかと思います。
  かく言う私も、細かいことがなかなか思いだせず、実家のどこかにあったはず と 行くたびに探していたのですが、見当たらなくて、娘と話しながら こうだった ああだ とやり取りした後の 形付けの話しになりました。

 いろいろにキーワードがありますね。川から流れてやってくる というのは、そう、もも太郎さんのお話と同じですね。川というのは 御仏たちの世の向こうから 人の世のこちらへ流れてくるもの という解釈があったようですが、そこから流れてきたものは、時に そちらのお使い的な要素も含まれるようです。素性が分からないものを哀れに思って世話をすることや お告げを信じて 艱難を良くこらえ、よく生きれば 必ず 報いられるという、教えの一端のようですね。 

 その鉢がどれくらいの大きさのものか、一体 鉢をかぶるというのは どういうことなのか、どうにも見当がつかないでいますが、覚えている挿絵では、鉢は大きな茶碗風で、見た感じ だいぶ重そうだなー とか、そんなもの 女の子の頭にかぶせたりして、しょっちゅう 頭がいたかったんじゃないだろうか、これでは髪なんか 洗えないなー・・なんて 余計なことを考えたりもしましたが、今思えば 自分ではどうにもならない、自分の意にそぐわないものであっても、それも自分のうち と 受け入れることで、拓けることもある という見方も できなくは無いな と 感じているところです。

 しかし・・、やっぱり きれいである、美しい ということは、ポイント大 なんですねー。

 これ、ひょっとして きれいじゃなかったりしたら、若様 どうしたでしょうね・・?
それでも 心が美しいから 一緒になるんだろうか・・。

 さて、あなたは どう思いますか?

 

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