マルチンは シチューのなべを片付け、また 靴に針を通し始めました。
それでも とりたてて 珍しいことも起こらず、そんな人もとおりませんでした。
しかし、それから 少したって、マルチンの窓の前に 独りの老婆が立ち止まりました。
老婆は 口いっぱいまで入った木っ端の袋と 売っていくらも残っていないりんごの入った袋を持っていましたが、重いのと寒いのとで、ちょうど 立ち止まったところでした。
木っ端の袋が持ちにくかったのでしょう。りんごの袋を脇に置いて、老婆は 木っ端のほうをゆすって 持ち手の部分を多くしようとしていました。
すると、小さな影が近づいてきて、いきなり りんごの袋の中に手を突っ込むと、あっというまに一個つかんで、走り去ろうとしました。ところが 老婆は すばやく 子供の袖をつかんで 力いっぱい引き寄せ、その髪をむしらんばかりに 引っつかみましたので、子供は 大声で喚きあばれはじめました。
それをみて マルチンは 急いで 表に飛び出していきました。
老婆は 持っていた杖をつかんで こどもを打とうとしていましたが、マルチンは あわてて二人の間に入って いさめました。
「おばあさん、赦してやんな。」
すると 老婆は すこし ひるみましたが でも すぐに こういいました。
「赦しちゃやるけど、こんどまた 同じことをしないように、まず 骨のずいまでわからせてやらなくちゃならないよ。」
「放してやるんだよ。キリスト様のことを思ってさ。」と さらにマルチンがいうと、老婆は ふっと 手を緩めました。とたんに 子供は 逃げ出そうとしましたが、マルチンは その肩をつかんで引き止めました。
「おばあさんに謝るんだよ。これから 二度とするんじゃない。お前がりんごを取ったのは わしが見ていたんだからな。」
すると 子供は 泣き出して 一生懸命 謝り始めました。
マルチンはそれをみてりんごを子供に渡し、りんご代は 払うからと老婆に言いました。すると 老婆は いかにも不満そうに言いました。
「あんた、そんなことするのは 甘やかすばっかりじゃないか。しばらく 忘れないように 思いっきりひっぱたいてもらわなくちゃいけないよ。」
「おばあさん、りんご一個で それほど殴られなくちゃならないんなら、ここまで生きながら 罪を重ねてきたわしらは どうしたらいいね?」
おばあさんは それを聞いて だまってしまいました。
「神様は 罪を赦せ と おっしゃったんだ。でなければ わしらも 赦してもらえないんだからね。どんな人も 赦さなくちゃならないんだよ。」
「確かにそうだけれど・・、」と老婆は口ごもりながらも 「どうにも生意気でさぁ!」
「そうだ。だから わしらが教えなくちゃ。な。」
おばあさんには 7人の孫がいて、暮らし向きは大変だけれど とてもかわいくて、だから働かなくちゃならない、と 今はもう 落ち着いて しみじみと話しました。
マルチンのさっきの話とおばあさんの話を聞いていた子供は、荷物を持って立ち去ろうとしたおばあさんに向かって 「持っていくよ。ちょうど通り道だし。」
といって、おばあさんの肩から 重いほうの荷物を引き受けると、二人は並んで 歩き始めました。
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