昔 ある国に とても お召し物の大好きな王様がいました。
王様は 朝 目が覚めると まず お食事前の服をお召しになり、朝ごはんの時には、朝ご飯用の服を、朝の食事が済むと 午前中の服を着ました。
お昼ごはんの時には また 着替えをされ、お昼がすむと 今度は 午後のお召し物に着替えられました。午後は お出かけなどもありますので、その時は また 着る物を変えてお出かけになりました。
お出かけから戻れば やっぱり 着替えをされて、今度は 夕食のためのお召し物を、それがすむと お休み前のお部屋着にお召し替えをなさり、勿論 ベッドに入られるときは、とっても素敵な夢を見られるように と 素敵なパジャマをお召しになるのでした。
ですから・・、お城には、王様のお召し物のためだけのお部屋がいくつもあるほどでした。
王様は 世界中のいろいろな美しい布地を集めて、それで新しい服を作ることが とても好きでしたので、毎週 世界中に使いに出した家来達が持って帰る 珍しい布地を見ては 大層喜び、気に入った布地で 沢山の新しい服を注文しましたし、また 気に入った布地を持って帰った家来には 沢山の褒美をやりました。
そして、王様は 新しい服ができると 必ず お召し物のお披露目として、新しい服を着て 街中を行列して 人々に見せることが大変 楽しみでお好きでもありましたし、その行列の時には 沢山の人たちが 王様とその新しいお召し物を見て、口々に「やあ、なんて素晴らしいお召し物だ!」「王様には とてもお似合いでいらっしゃる。」「王様、ばんざい!」などと言うのを聞くのが 大好きだったのです。
そんな具合ですから、この王様の国は 豊かな国・・ とは ちょっと言いにくい状態でも ありました。
この王様の噂をきいて、ある日、二人の男達がやってきました。
「とても 素晴らしい御衣をお召しの王様、ごきげんよろしゅうございます。
私どもは 世界で一番の布地を使って、それで仕立てたお衣を召されるにふさわしい方を探して、これもまた 世界中を旅してきた 超一流の仕立て屋でございます。」
「こちらのお国の王様は、お召し物を選ばれるには 大変お目が高いと評判を耳にいたしましたので、ぜひとも 一度、私どもに 王様のための世界で一番美しい、そして 世にも不思議な価値あるお召し物を 作らせていただきたく 参上いたしましてございます。」
二人の男たちは、いかにも 他の誰よりも沢山の服の仕立てを経験をしているような様子ですし、また その態度や様子も それなりに良いものでしたので、王様は これまでとは違う、「世界で一番美しくて 世にも不思議な価値のある服」というものを ぜひとも着てみたい!と お思いになりました。
「これ、仕立て屋。聞くが、何を不思議な価値 と申すか?」
「はい、王様。よくお聞きくださいました。」
「実は、私どもは 世界中を回りまして、ある国で 大変不思議な糸を手に入れたのでございます。そして、その不思議な糸で織り上げました布地は、勿論 この世に二つとない大変珍しいものとなったのです。」
王様は その珍しいものが知りたくて うずうずしました。
「して、その珍しさとは どんなものなのじゃ?早う申せ!」
「はい、ただいま申し上げます。」
「王様、お驚きになられませぬように。」
「うぬ。」 王様は ごくりとつばを飲み込み、回りの者たちも ごくりと喉を鳴らしました。
仕立て屋は申しました。
「実は、私どもの手に入れました大変貴重な糸は、これも大変不思議なことに、『愚か者の目には決して見えない』のでございます。」
「なんと!愚か者には 見えない・・!」
王様も回りの者たちも 心ざわめき 驚くばかり。
仕立て屋たちは 話し続けます。
「はい。その通りでございます。」
「勿論、王様は大変 賢くておいででございますから、私どもの織り上げます布地をごらん戴けます。しかし、王様、もしも ご家来衆やお国の人々の目に その布地が見えないとしたら・・。」
王様は ぴしゃり とひざを打ちました。
「そうか!わしの家来にもわしの国にも 愚か者はいらん!その糸で織った布で わしの着る物を作り、それを着て 国を歩けば、家来だけでなく 国中の愚か者が分かるというわけだ。」
それから お城では とても眺めの良い、広くてきれいな部屋から 毎日 機を織る機織の音が聞こえるようになりました。
しかし、その部屋の扉は 閉められたまま、食事のとき以外、二人の仕立て屋は その部屋から出てくることはなく、仕事のはかどりようを聞いても とても 疲れた様子の二人は、もうしばらくかかります、もう少しお待ちください というばかりです。
仕立て屋たちが 布を織り始めてからは、お城の中の様子が 少し変りました。
皆 なんとなく そわそわと落ち着かないのです。だれだって 自分は愚か者ではないと思っていましたから、仕立て屋たちの織る布が見えないわけは無い と 思っていました。が、心のどこかで もし、その布が見えなかったりしたら 一体 どうしようか と 気になって 気になって たまらなかったからです。
そして それは 王様も 同じことでした。
王様は これまで 自分を愚かだなどと 思ったことは 一度もありません。でも もしも!もしも あの仕立て屋たちの織った不思議な布が織りあがったときに、それが見えなかったら・・!!家来たちや国中の人々に それがわかったとしたら・・! と そんなことを思って ろくにお食事もできなくなったり、お召し替えの回数も減ってしまうほどでした。
皆が 落ち着かない毎日を過ごし始めて 7日ほど過ぎたとき。
「王様、お喜びくださいまし。ようやく布地が織りあがりました!」
と 仕立て屋が言って参りました。
「おお!できたか!」
「はい、ようやく 布地は織りあがりました。これから 王様にふさわしいお召し物に仕立て上げますので あと もう三日ほど お待ちくださいませ。」
「そうか、そうか。よし よし。あと三日の辛抱だな。楽しみなことじゃ。」
王様はじめ 回りの者たちも じわりと汗が滲むような気分になりました。
「王様、実は 大変 申し上げにくいことなのでございますが・・。」
「なんじゃ、仕立て屋よ。なんでも申してみよ。」
仕立て屋は 腰を折り、頭を下げて 言いました。
「布地はようやく出来上がりましたのですが、それを縫うための糸が 少々 足りなくなってきております。この分では 縫いあげることができないかも・・と。」
「おお、そうか。よし、わかった。これ 大臣。はよう、この者たちに 必要なだけの金を渡してやれ。」
大臣は 「ははっ。」と 応えると 急いで 沢山のお金を仕立て屋たちに 渡しました。仕立て屋たちは ずっしりと思い金貨の袋を これも急いで懐にしまいこみ、さらに 低く頭をたれながら部屋を出、再び 機織機のある部屋に閉じこもりました。
後三日、あと三日で 不思議な布が服になり、王様はじめ みなの前に現れるのです。その時 もし、自分だけが見えなかったりしたら・・!
そう思うと 王様はじめ みな、本当に 気が気ではありませんでした。
最初の日は なんとかこらえました。でも 二日目になったときには、王様は もうどうにも こらえきれなくなってしまいました。
でも どうしても 自分で仕立て屋たちの部屋に入っていく勇気がありません。
そこで、一番 正直者という大臣を呼び、布地がどこまで服に仕立てあがっているかを見てくるように 言いつけました。
正直者の大臣は、どれほどびっくりしたことでしょう!
王様の命令です、嫌とはいえません。できれば 布地を見に行くことを断りたいと 心から 思いました。
でも、大臣は どきどきしながら 手足を震わせながら 仕立て屋たちの部屋に向かいました。
「これは、これは大臣様。お役目 ご苦労様でございます。」
「ささ、どうぞ、どうぞ お入りくださいませ。そして どうか ごらんください。」
「いかがですか?これほどのもの、コレまでにごらんになられたことは おありでしょうか?」
大臣は、部屋の扉を閉めると、大きくため息をつき、どっとあふれ出てきた汗を 震える手で握り締めたハンカチで 忙しくぬぐいました。
なんということでしょう・・! なにも・・ なにも 見えなかったのです!
大臣には なにも・・、糸くずや 布の切れ端すら まるで 見えなかったのです・・。
大臣は 急いで疲れた頭を振り絞って 考えました。
「まさか、まさか この私が愚かだというのか・・!正直に生きてきたというのに、一体 どうしてこんなことに・・!」
しかし、王様には 布地や服がどんなだったかを 報告しなければなりません。
「さて・・、どうしたものか。いやいや、見えていた。みえていたんだ、私には!
そう、ちゃんと 見えていたぞ。素晴らしい、そうだ、コレまで見たことも無いほど 王様にふさわしいお召し物だったではないか・・!」
正直者の大臣が 落ち着き払って 王様の前で あれほどのものは これまで生きてきて 一度も見たことがありません と 申し上げたとき、王様も 回りの者たちも この正直者の大臣が言うのだから 確かに そうなのだ と 思いました。
しかし、では 私も見てまいりましょう という者は、一人もおりません。
王様は 次の日、そろそろ 出来上がりにかかるころだ といって、もう一度 今度は べつの大臣を 仕立て屋のところへやりました。
その大臣も 仕立て屋の部屋を出ると、”はあ〜っ!”と 大きくため息をつき、どっとあふれ出てきた冷たい汗を、震える手に持ったハンカチで ぬぐいました。
なんということだ・・! なにも・・ なにも 見えなかったぞ!
大臣には なにも、糸くずや 布の切れ端すら まるで 見えませんでした・・。 そして、大臣は 急いで 考えました。
「まさか、この私が愚かだなんてこと あるわけがない!しかし・・ 何故 何も見えなかったのだ!」
それでも、王様には 布地や服がどんなだったかを 報告しなければなりません。
その大臣も 正直者の大臣と同じように、王様の新しい 世にも珍しいお服を 口を極めて褒め上げましたので、王様も 大分落ち着いて、次は 自分が行ってみよう と 思いました。
次の日、王様が 朝のお食事を済ませるころ、例の二人の仕立て屋が、新しいお召し物が ようやく出来上がりました と 報せてきました。
お城中にざわめきがおこり、それは お城の外の街まで 広がっていきました。
「王様の新しいお召し物ができたってさ!」
「なんでも 愚か者の目には みえないという 不思議な珍しい糸で織った、素晴らしいお着物らしい。」
「では それが 見えなければ、そいつは 愚か者 ということか?」
「そうだ、そうだ、王様の着物が見えないものは 愚か者なのだ。」 ・・・
国中の人々は 口々に その見たことも無い 世にも珍しい『愚か者を見分ける服』のことを 言いたてました。
そして、いつものように、その新しいお召し物が ご披露されることになり、皆は 一目その服を見ようとして、そして 誰が愚か者なのかを知りたいと思って、こわごわ、でも ちょっと わくわくしながら 王様のお通りになる道筋に群がって待っていました。
沢山の家来たちにかしずかれ、力の強い家来たちにかつがれた御輿が、通りの向こうから 王様を乗せて近づいてきました。
皆は・・ 一瞬 しーんと押し黙ってしまいましたが、すぐに あわてて 口々に叫びました。
「なんて きれいなお召し物だ!」
「なんと 王様にお似合いなことか・・!」
「
こんなに素晴らしいお召し物は 今まで見たことが無い!」
「
王様はとても ご立派だ!」 ・・・
そして、王様は ますます 人々の声に 満足そうにうなずき胸を張って見せました。人々は 手を打ち、声を張り上げて 王様、万歳!と 繰り返しました。
その時、ずっと 王様の行列を見つめていた一人の子供が 叫びました。
「王様は、裸だよ! どうして 王様は裸なの? 王様は裸だ、裸の王様だ!」
仕立て屋たちが いよいようやうやしく 世にも珍しい 愚か者の目には見ることのできないというお服を王様にご覧に入れたとき、王様は いかにも 驚きよろこんで、仕立て屋たちの腕前を褒めちぎったものです。
そして、仕立て屋たちが 二人してお召し替えを手伝いながら、なんども
「これほどに このお召し物がお似合いになる王様は 世界中のどこの国にも おいでになりません。」
「このように王様に お召しいただけて 私たちも 大変 光栄に存じます。」
などというものですから、王様、ますます 見えない などとは いえなくて・・、じっとりと汗が滲むのにも気付かないほどになりながら、言われるままに 袖を通し(・・たふりをし)、前のボタンを占めるために あごを上げ(・・るふりをし)、ズボンをはくために足を上げ(・・るふりをし)て、ようやく お召し替えを済ませたのでした。
王冠をかぶり、宝石のついた金の杖を持ち、これも宝石を着けた靴をはいた、絹のパンツを一枚を身に着けた 鏡の中の自分を眺めながら、王様は言いました。
「うむ。余は 満足じゃ。よう仕上げてくれた。礼を申すぞ。」
そして、いそいそと お輿に乗られると、皆の拍手と歓声に見送られて 行列のために お城を出られたのでした。
そして、沢山の人々の褒めちぎる声を聞きながら、それでも なかなか 落ち着くことができずにいた王様だったのですが、そこへ、小さな子供の
「裸の王様だ!」という声がし、一瞬 ざわめきが静まったと思ったら、いきなり くすくすと笑い声が起こり、それは あっという間に 人々の間に広まって、ついには お輿をかついだ者たちも 肩を震わせ始めてしまいました。
そうだ、やっぱり そうなんだ。王様は なにもお召しになっておられない。王様は はじめから裸だったんだ。王様は なにも 着ていない・・!
裸の王様なんだ!
子供たちのはやし立てる声を聞きながら、人々のあきれたような声を聞きながら、恥ずかしさに真っ赤になった王様と それでも行列を続けているお城の人たちは、しずしずと 堂々と いつものように 街を隅々まで 練り歩きました。
そうやって、お城にやっとの思いで戻った王様は、全身が真っ赤になるほど お怒りになって、あの仕立て屋たちを捕まえるよう、すぐに命令を出しましたが、二人のペテン師たちは、とっくの昔に お城どころかその街もその国も後にして、どこかへ逃げて行ってしまったあとでした。
あれから、王様は たくさんのお召し物を みんな ひとまとめにして、捨ててしまわれ・・、ですから もうお披露目の行列もしなくなり、大臣や家来たちも 皆が質素になって、王様の国は 静かに 平和になった ということです。
|