6月のお話  一番大切なもの

 
  昔、ある国の田舎の貧しい農家に、美しくて賢いと評判の娘が いました。

 娘は年頃になると、町に出て、自分と家族の生活のために 働きはじめたのですが、しばらくすると その賢さが噂になり、それはとうとうお城の王様の耳にも届きました。

 王様は 娘をお城に呼び、あれこれいろいろに質問したり 様子を見たりしましたが、娘が何か応えるたびに なるほど、と うなるほどの答えぶりと、それなのに ちっとも 頭の良いことを 鼻にかけない 控えめな態度に惹かれて、娘をおきさきに迎えることにしました。

 そして、娘は その国の おきさき様になりました。

 幸せな良い日々が 幾日も過ぎ、王様は おきさき様をとても大切になさいましたし、おきさき様も とても 王様を愛して大事に思っていました。

 そして ある日のこと・・。

 月の初めは いつも沢山のお城で使ういろいろなものを届ける商人達がやってくるのですが、その日も 朝から つぎつぎに 様々な荷を積んだ荷車が、お城の裏の庭にやってきては、荷物を降ろしていきました。

 最後に ひと月分の薪が運ばれ、何台もの荷車から下ろされた薪は 山のように積み上げられ、空になった荷車は 門から順番に 外に出て行きます。

 朝から なんども往復して、これが最後の薪の山だというのを下ろした男たちが、それぞれ、からになった荷車のそばで 少しの間 休憩していました。

 すると ある荷車を引いている馬が、いきなり産気づいて、とてもかわいい子馬を無事に産み落としました。

 みんなで よろこんで 馬の持ち主にお祝いを言っていましたが、何をどう思ったものか、生まれたばかりの子馬は、隣の荷車をひいていた牛を母親だと思ったようで、そのそばに座ってしまったのです。
 すると 牛飼いは手を打って喜び、子馬は自分のものだ と 言い始めました。

 何を言うか と怒った母馬の持ち主。激しい口げんかの挙句、取っ組み合いになりかけた時、ちょうどそこへおいでになられた王様が、その騒ぎをおさめようと ワケをたずねられました。

 「王様、あの子馬は たった今、ここで この私の馬が産んだものでございます。それなのに、牛飼いが 奴の牛のそばに子馬が座ったからといって、自分の子馬だ と 言い張るのです。」

 「いえいえ、王様。うちの牛が この子馬を産んだのです。ソレが証拠に、ごらんくださいまし。子馬は 一時も 母牛から離れようとしません。」

 このむちゃくちゃな牛飼いの言い分に 周りの人たちも、あきれるやら、おかしいやら・・。馬一頭が いったいどっちのものになるのか、興味深く 王様のご沙汰を聞こうと集まってきました。 

 王様は こう おっしゃいました。
「人も 馬も 牛も、子供というものは 母親を慕うものと決まっている。この子馬が母牛を慕うのなら、それは この母牛が子馬の母親だからに違いない。」

 こうして 子馬は 牛飼いのもの ということになったのですが、そんなおかしなこと、誰だって 認めることなどできません。だけど、この国を治める、国で一番偉い王様が そうおっしゃったのです。どんなに おかしな決定であっても、そのようになるしかありません。

 薪売りは くやしくて 情けなくて、いつまでも ぼろぼろと泣いていました。
その時、それまでのことを じっと見ていたおきさき様が 薪売りのそばに来て言いました。

 「これから言うことを 明日 王様の前でしなさい。でも コレを教えたのが 私だということは、絶対に 王様に教えてはいけませんよ。」

 さて、次の日の朝。王様は いつものように お散歩に出かけられ、町の広場を通りかかりました。
 すると、昨日の薪売りが 手に魚取りの網を持ち、忙しく空中を泳がせています。
ソレを見て 王様が おたずねになりました。

 「これ、お前は一体 何をしているのだ?」
「はい、王様。昨日 王様が 牛を子馬の母親とおっしゃいましたので、牛に子馬が産めるというのなら、町の中でだって 魚くらい取れるはずだとおもいまして、今 魚を取っているところでございます。」

 王様は すぐに これが 昨日の決め事の不満に対するあてつけだと分かったので、大層お怒りになって、薪売りに 厳しく、一体 誰がそんなことを教えたのか とお尋ねになりました。

 薪売りは 最初こそ 一生懸命、いえいえ だれからも教わってなどいません、と いいましたが、王様が 家来に命じて 牢屋に入れようとなさったので、あわてて、実は・・ と おきさき様のお知恵だということを しゃべってしまいました。

 

 さぁ、大変です。王様は あまりのお怒りに 顔も何も真っ赤にして 急いでお城に戻り、おきさき様のお部屋に 怒鳴り込んで いいました。

 「王であるわしをだますような、バカにするようなことをする者などは いらん!!
きさきよ、よく聞け。もう ここには お前をおいておくことはできん。おまえに 自分の一番大切なものをひとつだけ この城から持っていくことを許すので、明日、この城から出て行くのだ。 」

 そして 二人での最後のお食事のときが来ました。

 王様は おきさき様が もしかして 泣いて謝るかもしれない、そしたら 許してやってもよい などと思いましたが、同時に ちょっと 自分も怒りすぎてしまったかもしれない と思い、おきさき様が 謝ってくれれば と 心の中で期待していました。

 しかし、おきさき様は そんなことは一言も言いません。いつものように、食後のお酒を飲みはじめ、コレが終わると いよいよ お別れになるというときになり、とうとう王様はおきさき様に たずねました。

 「・・この酒を飲んだら お前は出て行くのだな。」
「はい、そういたします。大変 お世話になりました。」
「きさきよ。お前は なにか わしに言うことは 無いか・・?」
「はい、特に何もございません。」

 王様は いつもと変らずに にこやかに 微笑みながら 自分を見ているおきさき様を見て、どんどん 気持ちが沈んでいくのが 分かりました。が・・、おきさき様は そんなこと まったく気づきもしないようでした。

 王様は やけっぱちになって 最後のお酒を ぐいっと飲み干しました。

 そして 次の日の朝。
王様は 目を覚ましてから 辺りを見回して びっくりしました。
 王様の寝ていたところは、ふかふかで柔らかな暖かい布団のたくさんかかったいつものベッドではなく、また、お城では ご自分のお部屋と台所が一緒だなんて 考えられないことなのに、ベッドのすぐそばには 台所があり、あかあかと火が燃えて、大きななべでは ぐつぐつとおいしそうなスープが煮えていました。

 王様が めをぱちくりさせて起き上がると、扉を開けて 一人の女の人が 入ってきました。なんと、それは よくみると 農民の服を着たおきさき様でした。

 「お目覚めですか?おはようございます、あなた。」
おきさき様だった女の人は にっこり笑って 王様に挨拶しました。

 王様は 何がなんだか分からずに むっとして 聞きました。
「一体 なんのまねだ!ここは どこだ?なぜ わたしはここにいるのだ?!おまえは、何をたくらんでおるのだ?!はやく 申せ。」

 すると 農民の服を着たおきさき様は 言いました。

 「王様は、私に 一番大切なものを一つだけ、お城から持っていっても良い とおっしゃってくださいました。それで 私は 私の一番大切な王様を戴こうとおもい、私は 王様のお飲みになるはずのお酒に 眠り薬を少し 入れさせていただきました。

 そして、王様がお休みになっている間に、家来に言いつけて 馬車にお乗せし、私の実家に 一緒に来ていただいたのです。なぜなら、 王様は 私の「一番大切なもの」ですから・・。」

 ソレを聞いた王様は、心から感動して、自分の言った 馬鹿なことを 深く後悔し、おきさき様に 許してくれるようにと謝り頼みました。

 二人は お互いがとても大切であることを 改めて思い、あの薪売りには 10頭の子馬をやることにし、二人で 仲良くお城に戻って、末永く幸せに暮らした ということです。

 

  このお話は ご存知ですか?

 もとは 「あなたの一番 たいせつなもの」 という 題名のようです。

 頭が良い、賢い ということを こういう風にあらわせるというのは やはり グリム兄弟ならではかもしれません。

 しかし・・ ちょっと 笑ってしまいました、王様・・。
もう少しだけでいいから 素直になって ごめん といえばいいのに と。

 まぁ でも そんなものでしょうね、人なんて。。
このお話の良いところは、そんな風に意固地で 頑固であっても、お相手がとても その人を愛してくれていたので、後悔を抱えたまま 残りの人生を一人寂しく生きずにすんだ という ことなんでしょうね。

 つまり、王様は そんな風であっても おきさき様にとっては『何を置いても選ぶべき大切な価値在る人』としての なにかがあった ということですよね。
 それほどに愛されるものを 持っている人 に出会える というのは、とても幸せなことですね。  

 このお話に限らず、面目をつぶされるというのは、男の人やプライドの高い女の人には、かなり堪えますから、そう思うと あの王様の最後通牒?も さもありなん というところかもしれません。

 上手に 面子をつぶさないように 相手に分かってもらう というのは、とても難しいし、そこに 愛がなければ、やはり 単に正論で攻め立てたりしたことによる ただの仲違い、物別れになって終わることでしょう。

 愛し合うには ある種の賢さも必要 ということかもしれません。

 あなたは どう おもいますか?

 

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