昔、ある村に 長いこと 子供のいない 貧しい夫婦がいました。
二人は 畑仕事の行きかえりには、いつも 道の途中にある 小さなお社の神様に、どうか 子供をお授けください と お願いしてきました。
ある日、二人が いつものように 神様に子供を授けてくださるように お願いしていたとき、目の前を どこからきたのか、たにしが歩いていきました。
ふたりは それをみて いいました。
「元気ですねー。こんなところまでやってくるなんて。」
「本当だな。元気なら ほんとに あれくらい小さい子供だっていいんだ。」
「ええ、ええ、そうですよ。どんなに小さくたって 元気な子供なら、ねぇ。」
そして 二人は また いつものように 神様に どうか子供をお授けください と お願いをして 家に戻りました。
それから しばらくたって、おかみさんは ようやく子供を授かったことに気づき、夫婦は 飛び上がって喜びました。
ふたりは さっそく お社に行って 神様にお礼をいい、どうか 無事に生まれますように とお願いしました。夫婦は お互いを大事にし合って、良く働き、子供が生まれるのを 毎日 とても楽しみにしながら過ごしました。
さて、ある日、おかみさんは 急に産気づき、あっという間に 子供を産んだのですが・・、それは ちいさなちいさな・・ 本当のタニシでした。
「・・ ほんとうに タニシが生まれてきた。」
「ええ・・、でも 神様が下さった子ですよ。」
「そうだな、そうだな。うん、神様がさずけてくださった 俺たちの子だ。」
二人は とても喜んで 大事に大事に タニシの子を育てました。
それから 数年、二人とタニシの子は なかよく 暮らしていましたが、タニシの子は いっこうに 大きくならず、夫婦は 年を取っていきました。
ある日、タニシの父親は 長者様のところへ持っていくために、米俵を馬に乗せて 運ぼうとしていました。
「よいしょっ!ああ、重てぇ! 近頃は これを持ち上げるのも 精一杯になってしまった・・。」
そう痛い腰をさすりながら言った時、元気な声が 言いました。
「おっとう!それ、長者様のところへ持っていくんだろう?」
父親は びっくりして 辺りを見回しましたが、誰もいません。
そばにいるのは 何かの拍子に 踏まれないようにと棚の上に乗せた ひなたぼっこをしている 子供のタニシがいるだけです。
「やれやれ、耳まで おかしくなっちまったか。」
父親は 苦笑いしながら、また 俵を よいしょっと 馬に乗せました。
「おっとう! それ、おらが運んでいくよ。」
また 声が言います。父親は また 辺りを見回しましたが、やっぱり誰もいません。タニシの子が ぷくぷくと泡を吹きながら もぞもぞ動いているばかりです。
まさかと思いながら 父親は タニシに聞いてみました。
「ひょっとして、おまえかい?」
すると タニシは くるっと回って言いました。 「うん!おっとう、俺だよ。俺が言ったんだよ。」
びっくりして腰を抜かした父親でしたが、気を取り直して すぐに 家の中のおかみさんを呼び、タニシの子供がしゃべったことを 言いました。
もちろん、おかみさんも たいそう驚きましたが、やはり 母親です。すぐに とても喜んで、タニシの子を 掌にのせました。
すると タニシの子は言いました。
「おっとう、おっかあ。長い間 俺を育ててくれて ありがとう!これからは 俺も 少しだけでも手伝うよ。だから ちょっとでも 休んでくれよ。」
しかし、タニシがどうやって 田んぼや畑の仕事を手伝うというのでしょう。夫婦は そんなことがタニシの子に出来るとは思っていませんでしたが、それでも その言葉がうれしくて、なんども「ありがとうよ」「良い子に育ってくれて嬉しいよ」 と言うばかりでした。
そこで タニシの子は 言いました。
「おっとう。俺は 馬を引いていくことは出来ないけれど、馬を長者様のところへ連れて行くことは ちゃんとできるんだよ。だから 俺を俵の上に乗っけておくれよ。」
二人は 顔を見合わせましたが、おかみさんはいいました。
「あんた、この子のいうとおりにしてみようじゃないの。この子は 神様の子なんだよ。タニシだってのに こうやって ちゃんと あたしたちと 話までするんだから ね。きっと ちゃんと やってのけるよ。」
「そうだな、うん、きっと だいじょうぶだ。よし、おまえ、乗っけてやるから、落ちるんじゃないぞ。」
二人は タニシの子を俵の上にそっと乗せました。
すると タニシの子は 馬に声を掛け、馬は 長者様の家に向かって ぱかぱかと 歩き始めました。
「気をつけるんだよ!」「気をつけてな!」
「うん、いってくるよ!」
長者様の家までは 細い田んぼのあぜ道を通ったり、二またの道をまがったり、石がごろごろしている坂道を登ったりしなくてはなりませんでしたが、馬は タニシの言うことを良く聞いたので、一度も 道を間違えたり、立ち止まったりせずに、ちゃんと 長者様の家まで 来ることが出来ました。
長者様の家では、米俵を積んだ馬だけが やってきたので、一体どうしたことか と 使用人達が 集まってきました。
すると、馬の背から 元気な声が 言いました。
「村のはずれから おっとうのかわりに お米を運んできました。すみませんが おろしてもらえますか。」
なんと、馬の背には 小さなタニシが乗っていて、くるくる回って プクプク泡を吹きながら そういうのです。みんなは 驚いて、長者様に 報せに行きました。
長者様が 庭に出てみると、使用人たちは、元気な声の言うとおりに 米俵を運んでいるところでした。
長者様は 目を丸くして その様子を見ていましたが、お米が倉にしまわれると、どういうことか と 回りの人たちに聞きました。
皆は、声をそろえて かしこいタニシのことを ほめて話しました。
タニシは 自分の仕事が終わったので、長者様に きちんと 大人のように挨拶をし、御礼をいって 戻っていきましたが、長者様は その様子に とても 感心して、娘の婿にしたいと、タニシの両親に 頼みに行きました。
タニシのおっとうもおっかあも、突然 長者様が そんなことを言ってきたので、とても 驚いきましたが、こんな不思議も きっと 神様の子だからだ と、ありがたく 承知しました。
長者様の娘は とても やさしい人で、タニシの両親にも 親切でしたし、自分のお婿さんがタニシだというのに、ちっとも嫌な顔をせず、せっせと夫のタニシの世話をして、二人は たのしく暮らしていました。
ある日、村のはずれのタニシの両親にあいに行くために、タニシは 嫁さの懐に入れてもらって出かけました。
二人が 道の途中にある ちいさなお社の前まで来ると、嫁さんは タニシを階段の途中に そっと置いて
「ちょっと お参りしてくるから、ここで 待っていてくださいね。すぐ戻りますから。」
といって 階段を登っていきました。
しばらくして 嫁さんが戻ってみると、夫のタニシがいません。
嫁さんは 青くなって 草を分け、階段をなんども上り下りして 夫のタニシを呼んで 探しました。
いくら探しても 見つからないタニシのことが心配になって、嫁さんは とうとう泣き出してしまいましたが、その時、嫁さんの肩を 誰かが そっと たたきました。
嫁さんが顔を上げると、そこには 一人の若者が立っていて、嫁さんに言いました。
「いつも 俺を大事にしてくれて 本当に ありがとう。優しいお前の気持ちを汲んで、神様が ほれ、このとおり、俺を人間にしてくださったんだよ。」
嫁さんは たいそう驚きましたが、その若者の声や言い方が いつもの夫だということが分かると、二人で 抱き合って喜び合いました。
それからは タニシの子だった若者は、長者様の娘と いつまでも仲良く幸せに暮らし、村の人たちは 若者のことを タニシ長者 と 呼んだということです。
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