9月のお話  二つの村

 

 

  昔、東の村(とうのむら)という小さな村が 信濃の国の山の東のほうにありました。
 そして、その山の反対側、つまり 西側にも 小さな村が一つあり、それを 西の村(さいのむら)と 言いました。

 二つの村は、それぞれ とくに 豊かではありませんでしたが、村の者達が 食うに困らないくらいのものは、まかなうことが出来ていました。

 東の村と西の村は、ずっと昔は たいそう仲が良くて、高い山を挟んで 時々 山を越えあっては 行き来していたものでしたが、あるとき、そう ちょうど 50年ほども昔、ほんのちょっとしたことから 仲たがいをした両の村は、それ以来 すっかり 行き来するのをやめてしまっていました。

 時々、行商の者達が 東から 散々苦労して山を越えて 西の村に行けば、西の村の連中は、行商人から 東の村の様子を聞きたがり、別の物売りが 西から 大変な思いをして山を越えて 東の村へ行けば、東の村の連中は 西の村の様子を あれこれ 聞きたがりました。

 もう 今は すっかり年をとってしまった 昔のことを覚えているものたちは、それぞれの村が まだ 仲の良かったころのことを 時々 思い出しては、あいつは元気なんだろうか、あの子はどこへ嫁に行ったのだろうか、などなどと 思うこともありました。

 ところで、そんな東の村と西の村には、それぞれ とても 賢い女の子がいて、東の村の女の子は 名前をお朝、西の村の女の子は 名前をお夕といいました。

 ふたりは 夫々の村で 小さいのに とても賢く、そして とても 心配り良くそだっていましたので、村の人たちからも ずいぶんとかわいがられていましたし、二人の話は、勿論 行商や物売りたちの話で お互いの村の者達も 知っていました。

 でも 東の村の者達は 西の村のお夕よりも 自分達の村のお朝のほうが ずーっと 賢い と 思っていましたし、西の村の連中も お夕のほうが 東の村のお朝よりも ずっとずっと かしこいのだ と 思っていました。

 

 そんなある日のこと、東の村の年寄り達が集まって、いろいろに昔話をしているうちに、年寄り連中は まだ 西の村との付き合いのあったころの 楽しかったあれこれを思い出して、急に 昔の仲間に会いたくなりました。

 ですが、この50年、以前はお互いの村を行き来するために使っていた道は もう ずいぶんと消えてしまっていたので、これから また 改めて道を作ることなどは とても 大変なこと。ソレを思って 年寄り達は ため息をついてしまいました。

 しかしその時、いつも 面白いことを思いつく男が、こんなことを言いだしました。
「どうじゃろう。東の村にも西の村にも 同じくらいに賢い子供がいるっていうんだ。だけど 本当は どっちが賢いかなんて 誰にもわかんねえ。ここはひとつ 知恵比べっちゅうのをやって、もし それに勝ったら、負けたほうが子分になって、山の道を作るって言うのは、どうだ?」

「おお、それは面白い。こっちには お朝がいるから、西の村の連中が 何人来たって まけっこない。」
「そうだ、そうだ、いいぞ。道が出来れば たまに 向こうにも いけるっちゅうもんだ。」

「だけど、負けたら?もしも 知恵比べに負けたら、オラたちが 西の村の子分ってことになるんだぞ。」
「だいじょうぶだって!お朝だぞ、あの知恵者のお朝が 西の村のお夕になんか 負けるわけないじゃないか。」

 そうだ、そうだ、ということで、話は どんどん進み、年寄り達は 若い者達を集めて 話をし、ソレを面白がった村の連中は、早速 村でいちばんの弓使いに 西の村へ 矢文を送らせました。

 西の村の広場では、いつものように 一日の仕事がおわって、皆で 休みながら楽しいときを過ごしているところへ 突然 矢文が飛んできたものですから、皆 びっくりして 大騒ぎになりました。

 ひとりの若者が その矢文を取り上げて 村長のところへ持っていき、村長はそれを みんなの前で 読み上げました。

 「東の村からの文じゃ。読むぞ。
『あさっての昼、山の天辺で知恵比べをしたいと思う。東の村からは 賢い娘をひとりだす。西の村のものは 何人やってきてもかまわない。東の村の娘と知恵比べをして 負けたほうは 勝った村の子分になり、次の正月までに お互いの村の間を行き来できる道を作ることにする。受けて立つか、返事を待つ。』ということじゃ。 みなの衆 どうするかね? 」

 もちろん 全員が知恵比べをするほうに賛成しました。皆 大変な自信です、だって 西の村には お夕という とても賢い娘がいるのですから。

「山の道を作るのは 東の村の連中に決まりだな。」「そうだ そうだ、はっはっは!」

 西の村の者達は もう すっかり 知恵比べに勝ったような気分です。
村長は 早速 返事の矢文を 東の村にむかって 打たせました。

 そして、とうとう その約束の日が来ました。

 朝早くから、お朝は 弁当と飲み物を持たされて、頑張れや、しっかりな などとといわれて、山の天辺目指して歩き始めました。

 一方、西の村のお夕も、朝早くおこされて、みんなの期待を一身に背負って、みんなが持たせてくれた お弁当と飲み物をもって 出かけていきました。

 しかし、50年もの間、あまり使われることもなかった道は、かなりの荒れようで 歩きにくいばかりか、東側の頂上にもう少し というところでは、大きな木がでーんと倒れていましたし、西側では 大きな岩が ごろんと転がっていて、お朝もお夕も やっとのおもいで ソレを乗り越え、へとへとになりながら ようやく 天辺にたどり着くことが出来たのでした。

 

 さて、光穏やかな やさしい風の吹くその日の昼。
お朝とお夕は 山のてっぺんで 目を真ん丸くして じっと お互いを見合っていました。

「ねぇ、あんた、お夕?」
「うん。・・で あんたが お朝なの?」
「うん、そうだよ。」

そして 二人は 大きな声で 同時に言いました。
「すごく似てるねー。そっくりだ。」

二人は 知恵比べのことなど どうでもよくなるほど 相手に興味津々。草の上に座ると お弁当を広げ、一緒に食べながら いろいろに話し合いました。

 「私、おいなりさん、すきなんだよね。」
「ああ、私も大好き。ほら、うちのは 中にたくさんいろんなものが入ってるんだよ。」
「あ、うちのもよ。ほら、みて。おいしいよね。」

「これも好き。」「あ、私もそれ 好き。でも これは嫌い。」「ああ、わたしも嫌い。」

 そんな風に 二人は 食べ物だけでなく、花や虫、着物の柄や色なども お互いが好きなものが同じだったり、嫌いなものがきらいだったりしましたし、そして 話しているうちに 生まれた日も同じで、お朝はその日の朝に、お夕はその日の夕方に生まれていたことも分かりました。

 二人は これは もう どうしても 仲良くしたいものだ とおもい、くだらない知恵比べなどしないで、なんとか 二つの村を 仲良くさせようと 相談しはみめました。

 そして あることを思いつき、ふたりは「また 絶対 あおうね。」と 約束して、お互いの姿が見えなくなるまで ふりかえり振り返り 手を振りあって 別れを惜しみながら 夫々の村に帰っていきました。

 その日の夕暮れ、ようやく戻ってきたお朝を 東の村の者達は走りよって 迎えました。
 「お朝や、えろう おそかったのう。どうじゃった?勝ったじゃろう?」

 お朝は みんなを見回して言いました。
「あっちもとても賢くてね、こんなになるまでやっても どっちも負けも勝ちもしなくて、引き分けになったんだよ。」

 皆は びっくりしたり、不満をいったりし始めましたが、お朝は 言いました。
「それでね、二人で 次の勝負のことを決めたんだ。
明日の朝、朝鶏の声を合図に 両方の村の山の上り口から いっせいに 峠の道を作り始める。 」

 ふん ふん。

「そしてな、一日でも早く 頂上への道を作ったほうが 勝ち。」

 うーん、なるほど。

「この東の村には 力自慢がたくさんおるじゃろ?だから こっちが勝つにきまっとる。」

 おお、なるほど! それはそうじゃ。違いない。・・

 ということで、東の村の連中は すぐに どこの家でも万端の用意を済ませ、夜明けに備えて さっさと 寝てしまいました。

 一方 西の村でも お夕が お朝と同じことをいい、村人達は すっかり その気になって しっかり 明日の支度をすると、これもさっさと寝てしまっていました。

 どっちの村の連中も 自分達が勝つと 決め込んで、相手のがっかりした様子を思い描いては おかしくて くすくす笑っていました。

 こうして 次の日の夜明けから、東の村の連中と 西の村の連中は それぞれ 山の上り口から せっせと 峠の道を作り始めることになりました。

 どちらも どうしても 勝って 相手を子分にしたいので、雨が降ろうが 風がふこうが、ちょっとくらい 調子が悪くても、実に良く働いたものですから、道作りは どんどん進みました。

 お朝とお夕は 村のみんなに知られないように ちょくちょく こっそりあっていたのですが、それは 大体の工事の様子を報せあうためでした。

「お朝ちゃん、こっちはね あの大きな岩をどけるところまできたよ。」
「こっちもだよ、お夕ちゃん。あの大木を片付けちまえば、すぐに 終いになるよ。」

「じゃあ、ほんとに 明日だね!」
「うん!明日だよ。嬉しいね。」

ふたりは 手を取り合って 喜び合いました。

 さて、次の日の夜明け。いつものように 村人達は 出来上がった山の道を殆ど走るようにして 登っていきました。なぜって こっちは今日、半日も働けば、頂上についてしまうからです。
 みんな、勇んで走りのぼり、まるで 戦のような勢いで 道作りの最後に取り掛かりました。

 そうして・・ とうとう、道が出来上がり、村人達は 頂上に駆け上ってきました。

 ところが、どうしたことでしょう! 自分達が 頂上につくちょうどそのとき、相手の村の連中も駆け上ってきたのです。

「ええっ!! なんで?! どうしてお前らが ここにおるんじゃ?」
「ああ、もう半日早ければ・・!そうすれば 自分らの勝ちだったのに!」

両方の村人達は、お互いに 悔しがり、不平不満の渦になりました。
が その時、東の村の村長が 杖にすがって やっと登ってきたと思ったら、向側で 腰を伸ばしている 西の村の村長をみて 言いました。

「おいおい、お前は あのはなたれ与平じゃあないかい? 」
「・・おお、お前は、すぐに泣きよる茂助じゃねえか!」
「やあ、なんと、ずいぶんな爺様になったもんじゃのう。」
「なにをいうか! お前こそ、杖なしでは 歩けんようになってしもうて。」

「はっはっは! まったくじゃー。」
「はっはっは! いやいや 暫くぶりじゃのう。」

村長二人は すっかり昔に戻って すぐに打ち解け、そして 言いました。
「のう、茂助よ。こうして 道が出来たんも 何かの縁じゃろう。今までのことは 水に流して また お互いに 行き来するのは どうじゃろうかな。」
「うんうん。そのとおりじゃ。わしも そう思っておった。つまらん意地の張り合いなんぞ もう やめちまって、また 仲良うやろうぞな。」

ソレを聞いていた 両方の村の者達も、ここまで 道が出来上がったのも、賢い娘二人のおかげ。やっぱり いがみ合うよりも 仲良くして お互い 助け合って暮らしていけたら ずっといい、と いうことになり、東の村の者達も西の村の者達も それぞれ その仕事振りをほめたり、苦労をねぎらったりして 仲良くし始めました。

お朝とお夕は 手をつなぎながら 顔を見合わせて にっこりしました。

それぞれの村の女達は、きっと 自分らの村が勝つと思って お祝いの食事を用意していたので、皆は それを囲んで お互いに わけあい、二つの村の仲直りの宴会が始まったということです。

 このお話は ご存知でしたか?

 私は このお話を知ったのは 少し前なのですが、また いつものように、どこのなんだったのかを書き忘れていて、ストックにはいっていた話のままになってしまいました・・。

 なんとなく 「ふたりのロッテ」を思わせますね。
ケストナーの書いた ロッテとルイーズも お互いの存在を知らずに育ち、夏のキャンプで初めて出会い、お互いが姉妹であることを知ったことから、物語は展開して行きます。

 しかし、この お朝とお夕は べつに 姉妹とか何とか そんなことは 書いていません。
ひょっとすると ほんとに 別々の存在で、本当に ただ とてもよく似ていた という そういうケースなのかもしれませんね。

よく 自分に似た人は 世の中に3人いる なんていいますけど、(自分は まだ あったことがないのですが・・)お朝もお夕も そんな二人だったのかもしれません。

 

 人のすることって ほんとにどうしようもないときがあります。

このお話のように、それがなんだったかなんて だーれもしらなくなっても、そういうものだから ということで、ずっと いがみ合ったり、避けあったり、嫌いあったりっていうこと、結構 あるように思います。

 (ひょっとすると 世の中の 争いの半分は そんな風なのかもしれないなんて・・)

思い込みって ほんとに 恐いです。

 だけど そういうことも ちょっとしたことで、あるとき いったいあれはなんだったんだ?みたいな感じで 解消してしまうことというのも あるような気がします。

 すべて、理由なく因習にこだわるのは 人のかたくなな心の故でしょう。

私達は、そういう闇を 心の中に持っています。そんなもの ないに越したことはないけれど、人には そういう部分もあるのです。

 だから・・ 気がついたら できるだけ早く、そんなところから 言われない嫌悪を引っ張り出し、それを投げ捨てて、こだわりなく 相手と向き合えるようにしなくては と、このお話を書きながら しみじみ 思っていました。

 さて あなたは どう 思いますか?

 



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