12月のお話  賢者の贈り物

 

 

 

 今日のデラは、朝から泣きっぱなしでした。

  人生なんて たまに ほほえむようなことがあるだけで、あとの殆どは しくしく泣くか、わあわあ声をあげて泣くことだけだ・・なんて簡単に思えてしまうほど、彼女にとっての今日のクリスマスは、これまでの人生の中で 一番、悲しく情けないものになりつつありました。

 町の中にあるとはいえ、そこにそんな建物があったということなど、だれの記憶にも残らないような、古くて 少々傾ぎ気味のアパートの2階の一室で、今、デラは 灰色の裏庭に面した薄いガラスの窓から、向いの灰色の塀の上を、ことさら寒そうに渡っている灰色の猫を、涙の乾かなぬ目のまま、ぼんやりと見つめていました。

 『どうしたらいいだろう・・、どうすればいいんだろう! 今日はクリスマスなのに。毎日あれほど いろいろにやりくりして、クリスマスには 必ず ジムにちゃんとしたプレゼントを用意しようと ずっと ずっと 頑張ってきたのに、
  どうして!? どうして その結果が1ドル87セントなんだろう・・?!
これじゃあ ジムに何もしてあげられない。こんなに愛しているのに、一番大切な人なのに、大事な 私の夫なのに・・!!』

 そして、デラは また さめざめと泣き始めました。悲しくて 情けなくて、その時 出来ることといったら泣くことしかなかったからです。

 でも 今度の泣き方は かなり短い時間ですみました。
デラは 涙の後の残る頬を ぬぐいながら、部屋の中にある たった一枚の鏡の前に立ち、泣いていた自分を見ました。

 それから、ふと 思いついたように 上手に纏め上げた髪を 全部下ろしてみました。

 まだ 少女の面影を少し残したままのデラの髪は、まるで日の光が溶け込んだような 輝くような褐色の、それはそれは美しいものでした。
 そして、その髪は 夫であるジムが いつも 嬉しそうにほめてくれる自慢の髪でもありました。

 静かに 少しの間、解いた髪を見つめていたデラは、突然、きゅっと顔を引き締めたかと思うと、強い決意の表情で、手早く髪を纏め上げ、涙の後を消すように おしろいをはたいたあと古い帽子をかぶり、それを着たからといって いまさら暖かさを感じることなど すっかり忘れてしまったような上着をきっちりと着こんで、足早に部屋を出て行きました。

 正面から吹き付ける北風を押すように、懸命に通りを歩いてきたデラは、わき目も降らず その店に飛び込むと、帽子をかなぐり捨てるように取って 言いました。

 「マダム、この髪を買ってもらえますか?」

 20ドル!でした。 
それからの2時間ほどは デラにとっては 本当に久しぶりの楽しく、幸せな時間でした。

 『だめだわ、これは。あの時計には なんだかうるさすぎる。あれも あまり品が良くないわ。この店には ジムの時計鎖はないわね。いいわ、べつの店にいきましょう!』

 そんなことを アッチの店でも こっちの店でもやっていました。
あなたにも 経験がおありでしょうけれど、大切な人、大事な人のためのプレゼントを選んだり 考えたりというのは、すごく幸せな時間です。そして たのしい、うれしいときでもあります。
 今のデラは まさしくそのとおりだったのです。

 ずいぶん あれもこれも じっくりと ためつすがめつ眺め回した後、とうとう、デラは これだ!という 鎖を見つけました。それには 21ドルという値札がついていました。

 『だいじょうぶだわ。やりくりして作った1ドル87セントがある。その1ドルを足せば21ドルだもの。よかった!ジムのプレゼントを買えるわ!』

 このかわいらしくもいじらしい若い妻の夫であるジムは、祖父から受け継いだ金時計を大切に、そして 誇らしく思いながら 持っていました。そして、その時計は 大変良いものだったので、時計としての仕事を、しっかりと果たし、よく働いていました。

 けれど、長い長い年月の間に、時計についていた鎖は、あるとき古い皮ひもに変ってしまい・・、それ以来、ジムは 人前では 注意深く 皮ひもが見えないようにして 時計を見るようにしていることを、デラは 知っていました。

 ジムが 誰の前でも恥ずかしがることなく、自慢の時計を 誇らしく見られるようにしてあげたい、それが デラの望みでした。

 そして、神様は デラの望みを 今日 かなえてくださいました。
今 デラが 大切に 手の中に持っているのは、ジムの金時計に相応しい、シンプルで上品なプラチナの時計鎖でした。

 まるで 雲の上を歩いているような足取りで、うきうきと弾むような気持ちで、デラは 我が家に戻ってきました。貧しいけれど、こざっぱりと整えられたその部屋のテーブルの上に、たった一枚しかないテーブルクロスをかけて、デラは 鎖をおいてみました。

 『ああ・・!なんて 素敵なんでしょう!やっぱり この鎖を選んでよかったわ。これなら ジムの時計を邪魔しない。品があるし、なにより 美しいわ。良かった・・!』

 それから ふと 目を上げて、鏡の自分を見てみました。

 短く刈られた小さな頭に残った 以前に比べると余りに短くなった髪を見て、デラは 小さなため息をつきました・・が、こんなことで めげていてはいけません。

 温めたコテを髪に当てながら、全体に小さな巻き毛をいくつも作り、ふわふわにしました。
 そして それを 手で上手に形作り、耳をだして 撫で付けてみました。

 『思ったよりも いいわ。だいじょうぶよ、上手に出来てるし、きっと ジムは このヘアスタイルを気に入るわ。』

 そして また小さなため息を ひとつ つきました。

 外が暗くなり、デラは コーヒーを入れました。ストーブにはフライパンをおき、クリスマスのご馳走のチョップを焼く準備も出来ました。ジムが帰ってくる時間です。

 いつも デラは 毎日のちょっとしたことについて、短い祈りを捧げる習慣があったのですが、この時も ドアに向かって イスに座り、こう 静かに 祈りました。

 『神様、どうか ジムが 私のことを かわいいと思ってくれますように!』

 

 ドアが開いて、デラの夫で この家の主人である 若干22歳のジェームス・ヤング氏が 戻ってきました。

 反射的に デラは 立ち上がり、・・ 二人は お互いを 暫くの間 だまって 見つめていました。

  ジムの表情は なんとも 名状しがたいもので、どういったらいいのでしょうね、戸惑っているようでもあり、途方にくれているようでもあり、怒っているわけではないけれど、問いつめたいような気持ちが一杯になっているようでもありました。

 そんな顔の夫を見たのが初めてだった妻は、テーブルの向こうから 突っ立っている夫のほうへやってくると、早口に言いました。

 「ねぇ、そんな顔して 私を見ないでちょうだい。あのね、髪は 売ってしまったの。だって 今日はクリスマスなのに、あなたにプレゼントできないなんて 私には とても耐えられなかったんですもの。
 心配しないで、私の髪は すごく早く伸びるし、私は どうしても こうしなきゃいけなかったのよ。
 ね、ジム、メリークリスマスって言ってよ。今日は 特別な日なんだもの、一緒に楽しく過ごしましょうよ、ね。」

 今度は ジムの番です。

 「髪を売ったって・・?」 
「そうよ、売っちゃったのよ。」

 まじまじと 妻の顔を見ながら、そして 部屋のあちこちに目をやりながら ジムは言いました。

 「髪を・・ 売っちゃったんだって?」 
「そうよ、もう この髪の毛以外 ないのよ、探さないで。」

 デラは いそいでまじめな顔をして いいました。

 「ジム、ねえ ジム、髪が短くなったって 私は私よ。あなたを 世界で一番愛している あなたの妻のデラだわ。私の髪がなくなっても あなたは、やさしくしてくれるわね?」

 ジムは 狭い部屋の中を歩き回って、床と妻の顔(正確には 妻の髪の毛)を交互に見ながら、うろうろした後、どすんと落ち込むように イスに座りました。

 「デラ!いいかい、勘違いしないでくれよ。僕は 君がどんなになろうとも 君だから、愛しているんだよ。髪の毛のことは 思いがけなかったけど、その髪を見たときから、やっぱり 僕は 君が君だから愛しているんだって、あらためて思っているよ。

 ただね・・、これ。君へのプレゼントだよ。クリスマス おめでとう、デラ。
しかし、これを見てくれれば、僕が何故 あんなふうになったか、すぐに分かるさ。」

 デラは 大急ぎで テーブルの上におかれた 包みのリボンをほどき、蓋を開けて、一瞬おいた後、短い悲鳴のような声を上げました。

 それは いつか、ふたりで出かけたときに見た、鼈甲の美しい櫛のセットでした。
 繊細な彫りのあるその櫛は 大小の対になっていて、それぞれの縁には 小さな宝石が並んでついていました。 デラは ソレを見たとたん、まるで 全部を目で吸い取ってしまいそうな勢いで 長いこと 見つめていたのです。 しかし それが かなり高価なものだったので、何も言わずに 必死に見ることだけで 潔く諦めた櫛でした。

 ジムは 一生懸命、興奮して 涙をぽろぽろ流し続ける妻を慰めなくてはなりませんでした。

 しかし、デラは 夫の贈り物を しっかりと胸に抱きしめて、涙をぬぐいながら、晴れ晴れとした笑顔になって言いました。

 「ありがとう!ジム。だいじょうぶよ。ほんとうに この櫛のプレゼントは 嬉しいわ!だって すごくほしかったんですもの。ありがとう!
  私の髪は 本当に 早く伸びるのよ。だから すぐに この櫛を使えるようになるわ。今は あなたの気持ちが嬉しいわ、だけど この櫛を使えるようになったら、また もっと嬉しくなれるわ。ありがとう!ジム。」

 そして、元気に立ち上がると、出窓においた鎖もってきて ジムに手渡しました。
 「メリークリスマス、ジム!これが 私からのプレゼントよ。あなたの時計、貸して。つけてみましょう。きっと 素敵よ。そして あなたが時計を見るところを 見せてね。」

  ジムは 再び どっかりとイスに腰を下ろすと、両手を頭の後ろにくんで、愛しい妻を見て、微笑みました。

 「ねぇ、デラ。僕たちの贈り物は、暫く しまっておくことにしよう。
君の櫛を買うために、僕は あの時計を売っちゃったんだよ。

 さ、コーヒーを入れておくれ。二人でクリスマスのお祝いをしよう。」

 


 

 ここから先は 書きません。原作でも この先の二人のことは 特には書いてなかったと・・記憶していますが。。

 ですから、この後の二人の様子や会話を、その後の展開を、どうぞ 皆様が それぞれにお考えになってください。

 (あ それから・・、毎度のことではありますが、原作は こんな適当なものではありません。例によって 遠藤が まったく個人的なイメージで 書きましたので、ご了承ください。)

 ・・まぁ 正直を言いますとね、ちょっと この先を 書く気になれなかったというのもあります。なんだか あまりに かわいい二人で・・、かわいくて ちょっと、なんというのでしょうね、あまりに ちょっと おばかさんな感じで ね・・。

 鼈甲の櫛にプラチナの時計鎖。
これが このお話の中の 具体的な贈り物、プレゼントですが、それぞれのプレゼントには、お互いの心(思い)や時、そして行いが含まれたために、ただの美しい鼈甲の櫛や、ただの上品な時計鎖 ではなくなってしまっていました。

 そのプレゼントを用意するために使われた、時間、労力、深い思いやりと見事な愛に満ちた行いは、それぞれのプレゼントを very special なものにしてしまいました。

 東方から、命を賭して 長い旅の果てに見出した 何も持たない 頼りなげな小さな子供に 博士たちは、何も知らずに ただ驚くばかりの両親の前で、それはそれは立派な贈り物を 捧げました。

 本来のクリスマスプレゼントは、それを模して始まったものであり、つまり、その人に一番相応しいものを捧げることではあります。

 だから、このお話のように 相手を思って 本当に まったく夫々に相応しい贈り物ができたら、たとえ その贈り物を その時すぐ使うことが出来ないとしても、それは 本当に 相手に嬉しいものと 言えるでしょう。

 そんな贈り物を 今年はできると いいですね。。 

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