はるか昔の エジプトのお話。
あるところに、一つの島を 自分の家にするくらいのお金持ちが いました。
島の真ん中の 小高い丘に 大きくて 立派なお屋敷が建っていましたし、お屋敷の前には 日を受けて きらきら輝く 魚が泳ぐ 小さな川もありました。
お金持ちの主人は、自分と何人かの奥様方とお子様たちの世話をするための 沢山の奴隷たちを使っていましたが、ある時、遠くから戻ってくるときに、ロードピスという名の、一人の女奴隷を つれてきました。
ロードピスは 他の奴隷たちと違って 肌の色が白く、そして とても 上手に踊りを踊り、ご主人様や奥様方、お子様方の楽しみと笑顔をつくりだしましたが、一方、他の奴隷たち、とくに 女の奴隷たちからは、たいそう妬まれ、いろいろないじめを受けることになりました。
勿論、ご主人様は 良い方で、その頃の 同じような身分の人たちには無いくらいに、めずらしく良い方でしたが、それにしても あまりの 召使たちの多さに どうしても 目が行き届かず、自分が 連れて返ったロードピスが いじめられているなどとは、これっぽっちも 気づきませんでした。
ある日、お屋敷に遊びに来た ご主人様のお客様のために、にぎやかに宴会が開かれ、奥様方やお子様方は 綺麗に着飾って つつましく お客様をお迎えし、奴隷たちは 男も女も 走り回るように忙しく働きました。
しかし、ロードピスは 特別に広間に呼ばれ、踊りを披露する用に言われたので、ロードピスは 元気良く、楽しい踊りを いくつも 踊りました。
お客様はとても喜びましたが、それは 奥様方もお子様がたもおなじでしたし、もちろん、主人は 鼻高々。
皆は 口々に ロードピスの踊りをほめ、主人などは きれいなバラの飾りのついたサンダルを 褒美として与えたほどでしたが、奴隷たちは、みんなが 忙しく働いているときに、仕事もしないで、踊っているなど、来たばかりの奴隷のくせに なまいきだ と 言いあいました。
ロードピスにとって サンダルは、思いがけないほどのすばらしい贈り物でしたが、主人にとっては 特に珍しいものでもなかったので、ロードピスが エプロンのポケットに いつも入れて持ち歩くほど 大切にするサンダルだとしても、主人は すぐに すっかり 忘れてしまいました。
ロードピスは 回りの人たちにいじめられ 嫌がらせをされながらも、ほかに行くところもなく、悲しくなると サンダルの入っているポケットに手を突っ込んで、川のほとりで 一人で 泣くのでした。
それから しばらくしたころ。
エジプトの国王であるファラオが あるお祝いをすることになり、都では国を挙げてのお祭りをするので、すべてが 都に招かれました。
もちろん、ロードピスの主人や奥様方、お子様方も 出かけるしましたし、そのために 殆どの奴隷たちも、連れて行くことになりました。
皆は、精一杯のおしゃれをして、ぞろぞろと 船に乗り、にぎやかに 島を後にしました。
しかし、そのにぎやかな中に、ロードピスの姿はありませんでした。
ロードピスは、その日、朝から 沢山の用事をいいつかり、船が出るまでに それが終われば 一緒に行ってもいい、と 奴隷頭からいわれたものの、山のような洗濯物や沢山の汚れた食器を一人で洗っていたら、とても 船が出る前になど 終わりません。
仕方なしに、ロードピスは 洗濯物を入れた 大きなかごを いくつも オルモク川の洗濯場に何度も行き来して運び、ごしごしと 洗い始めました。
なかなか 減らない洗濯物を洗いながら、ロードピスは ぽろぽろ涙を流しました。
「私も行きたかったわ。きっと お祭りでは 沢山の人たちが いろいろに着飾って、いろんな踊りを踊って 楽しい事でしょうのに。
私は また 一人で、一日中 洗い物をするんだわ・・。」
そして、とうとう、エプロンを顔に押し当てて しくしく泣き始めました。
すると、エプロンのポケットに入れておいたサンダルの片方が、ぽちゃんと川の中に 落っこちてしまったので、ロードピスは 急いで、それをひろいあげ、ぬれたサンダルを 岩の上において、お日様で乾かそうとしました。
そして、涙をふいて、また 洗濯をし始めたとき、すぅっと何かが ロードピスのそばを通ったかと思ったら、一羽のハヤブサが さっとサンダルをつかんで、飛びたってしまいました。
「まって! 待って!それは 私の大事なものなのよ、返して頂戴!」
そういいながら、ロードピスは ハヤブサを追いかけましたが、ハヤブサは ものすごい速さで すぐに 見えなくなってしまいました。
お祭りにはいけないし、いっぱいの用事がまだまだ 残っているというのに、大事なサンダルの片方まで ハヤブサにもっていかれてしまうなんて! ・・ と ロードピスは 余りに悲しくて、また エプロンを顔に押し当てて 泣くばかりでした。
ところで、その頃、エジプトの国王ファラオは、にぎやかな騒ぎに 少し疲れて、バルコニーに 出てきていました。
ふと 空を見上げたファラオは、一羽のハヤブサが まっすぐにこっちに飛んでくるのを見て、何事か と かまえましたが、ハヤブサは ファラオのそばまで来ると、ぽとりと ファラオの足元に 何かを落として、来たときと同じように、さっと飛び去ってしまいました。
ファラオが 足元のものを拾い上げると、それは きれいなバラの飾りのついたサンダルの片方でした。
ファラオは 少し考えて、すぐに 大臣たちを呼び集め、ハヤブサがサンダルの片方を自分に届けたことを言うと、サンダルの持ち主を すぐに探し出すよう 命令しました。
「あのハヤブサは ホルス神だったのだ。私に このサンダルの持ち主と結婚するようにという お告げを下さったのだ。」
外では 大賑わいの祭りの真っ最中でしたが、お城の中では すっかり そんなことなど 済んだことになって、今は、えらい大臣達が、ファラオからあずけられた バラの飾りのサンダルの片方の入った 金鎖の箱をもって、持ち主を探すために 出かける用意におおわらわでした。
しかし、そのことは、すぐに お城の外に広まったので、若い娘を持つ家では、お祭りなど 後回しにして、大急ぎで 娘たちを連れて、それぞれの家に戻っていきました。
ロードピスのいる お屋敷の主人の島に、王様の船が着いたのは、それから しばらくしてからのことでした。
大臣たちは、うやうやしく 迎えられ、お屋敷の広間には、まだ嫁ぐ前の娘達や女奴隷たちが 集められました。
主人や奥様方の見守る中、一人一人の足に、サンダルが履かされましたが、残念なことに、誰一人 ぴったりなものは いませんでした。
お使いの人たちは、肩を落としながら 皆を見回したあと、「これで 全員か?もう 他には 誰もいないのか?」とたずねました。
その時、お屋敷のご主人様が、ふと 思い出したようにいいました。
「ロードピスは?ロードピスはどうした? あれは まだ 試していないじゃないか。」
ロードピスだって?なんで あんな奴隷に試させる必要があるんだ?
というのが、みんなの気持ちでしたが、あまり 気は回らないけれど、気のいい主人は そういって すぐに ロードピスを呼びにやりました。
オルモク川の洗濯場で その時も まだ 洗い物をしていたロードピスは、人声で 皆が 戻ってきたことは 分っていても、何があったのかなど、まったく知りませんでした。
そこへ 奴隷頭がはしってきて、すぐに 主人のところへ行くように と 言われたので、ロードピスは、急いで大広間に向かいました。
大広間では、大勢の人たちが集まっていて、ロードピスが入っていくと みなの目が いっせいに ロードピスに向かいました。
ロードピスは びっくりして 立ちすくんでしまいましたが、大臣たちは 息を切らして立っている 美しい娘をみると、使いのものをやって、ロードピスをイスに座らせました。
金鎖のついた箱から 取り出されたサンダルを見て、ロードピスは それが 隼に持っていかれた 自分のサンダルの片方だと すぐに気づきました。
主人は ロードピスに言いました。
「さぁ、ロードピス、そのサンダルを履いてみなさい。」
ロードピスは そっと サンダルに足を入れました。
すると どうでしょう。サンダルは 待っていたかのように ロードピスの足に ぴったりと吸い付くようにおさまったのです。
おお・・っ!!という 人々のどよめきで お屋敷の大広間は ぐらりとしたようでした。
国王様のお使いたちは、びっくりしながらも 大喜びで、すぐに 報せの馬を走らせつつ、一方では ロードピスの支度をととのえるようにと 屋敷の主人に 言いつけました。
主人は すぐに、召使たちに命じて ロードピスの支度をさせました。
ロードピスは、バラの湯で髪と体を洗い、きれいに化粧を施され、真っ白な花で飾った光のような眩い服をまとって、ご主人様が用意してくれた髪かざりや腕輪や耳輪などで 身支度を済ませました。
ロードピスは ご主人様の前で もう片方のサンダルを履き、ようやく ご主人様は、そのサンダルが 自分がロードピスに褒美としてやったものだったことを 思い出したのでした。
お城では 国王ファラオが、ロードピスのために、長い階段の上まで 出迎えておられました。
ロードピスを 初めてみた国王様は、晴れやかな笑顔の美しい娘に すっかり心を奪われ、喜んで やさしく お城に迎え入れました。
風にそよぐ花飾りのついた服の裾からは、あの きれいなバラの飾りのサンダルが ロードピスが歩くたびに ちらちらと 見えていたということです。
|