はるか昔、まだ 神々たちと人間達が あたりまえに行き来していたころのある日。
オリンポスの12神のひとりで 豊かな作物とぶどう酒の神である ディオニッソスは、育ての親であり、また 師匠でもあった 野山の神のサーテュロスと 楽しくお酒を飲んでいました。
ずいぶん 長いことお酒を飲み続け、大分 いい気持ちになった二人は、そのうち どちらともなく 寝込んでしまいました。
そして、ディオニッソスが 目を覚ましたときには、サーテュロスは そこにいませんでした。
しばらく待ってみたものの、なかなか戻ってこないので、ディオニッソスは 心配になって 探しにでかけました。
そのころ、サーテュロスは、良い香りがいっぱいの、きれいなバラ園のなかで ようやく目を覚ましたところでした。
サーテュロスは、いったい どうして こんなところで自分が寝ていたのか、まったく わからずに、しばらく ぼうっと座り込んでいましたが、ちょうど そこへ、バラの世話をする園丁がやってきて、年取った老人が 薔薇の茂みの中に座り込んでいるのを 見つけたのした。
園丁は、それが 祝宴を開けば 何しろ楽しくて仕方が無いという お酒の神様、ディオニッソスのお師匠さんだと 知って、まだ すこし 頭がふらふらして 言っていることが よくわからないおじいさんのサーテュロスを介抱しながら、バラ園の持ち主である、その土地の王様、ミダス王のところへ 連れて行きました。
ミダス王も 楽しいことが大好きな王様で、勿論 ディオニッソスや、そのお師匠さんである サーテュロスのことも よくわかっていましたから、サーテュロスを お城に招き入れて、存分に おもてなしをしたあと、丁寧に ディオニッソスのところに 送り届けました。
ずっと 養父の行方を心配していたディオニッソスは、ミダス王の親切を養父から聞いて とても喜び、自分のほうから ミダス王のところへ出向くと、お礼にに どんなことでも 願いをかなえようと 言いました。
素晴らしく綺麗なもの 値の張るものの大好きなミダス王は、それでは!と いつも 思っていた願いを言ってみました。
「私の手が触れるものは なんでも 金に変わるようにしていただきたいのです。」
「ほう。それで よいのかな?」
「ええ! はい 結構ですとも。そうしていただけましょうか・・?」
「よし、願いをかなえよう。今から お前の手に触れるものは どんなものでも すべて 金に変わるだろう。」
ミダス王は 大喜びで、すぐに 自分のそばにあった 小枝にさわり、足元の石に触りました。 はたして、小枝も石も すぐに 光にまぶしい金に変わりました。
ミダス王は もう うれしくてうれしくて、城の中に入ると テーブルについて、祝宴を開こうと ご馳走をならべさせ、お酒を杯に注がせました。
そして、右手で葡萄を、左手で杯を持つと、喜んで 口に運んだのですが・・、勿論、葡萄もお酒も金になり・・ ミダス王は 葡萄を食べることも お酒を飲むことも 出来ませんでした。
ミダス王は、はっとして「ひょっとすると これは とんでもないことを願ったのかも・・」と 思いました。
しかし、気を取り直して、気持ちを落ち着かせるために 部屋に戻り、着替えをして ベッドで少し休もうとしたところ、脱ごうとした着物が金に、ベッドの掛け布団も、シーツも枕も 金になって・・、本当に 自分の手が触れたものは、なんでもが金になってしまいます。
こちんこちんのかたいベッドや枕によこになっても ちっとも 休まらないばかりか、目を閉じても 目の前がちかちかして 全然眠れません。
それよりなにより、お腹が減って、のども渇くし どうにもしようがありません。召使に命じて 食べ物や飲み物を持ってこさせても、やっぱり 食べ物も 飲み物も 金になってしまうので、ようやく まったく 本当にとんでもない願い事をしてしまった と 後悔するばかりでした。
ところで、ミダス王には かわいいかわいい それこそ 目に入れても痛くないほどの一人娘の王女様がいたのですが、その王女さまは お父様のミダス王の手に触れるものが どんどん 金になっていくのを見て、お父様のたべるもの、飲むものがなくなってしまうことを 心配して、おそばにやってきました。
ミダス王は 可愛い娘が自分を心配してやってきてくれたことを喜んで、辛い気持ちを聞いてもらいたくて、娘をだきしめたところ・・!
なんということでしょう! 王女様までもが 金になってしまったのです!
もう これは、どんなことをしても この力を捨ててしまわなくてはなりません。とにかく この願いが これ以上 叶わないように しなくてはなりません。
ミダス王は 大急ぎで ディオニッソスの名を呼びながら ディオニッソスの館に向かって走りだしました。
大声で自分を呼ぶ ミダス王の声に気づいたディオニッソスは、一体 どうしたのだ?と ミダス王に尋ねました。
ミダス王は、ことのしだいを おお泣きしながら話すと
「もう、こんな力はいりません! 私が間違っておりました。どうか どうか 娘を元に戻してください。お願いいたします!」
と 一生懸命に 頼みました。
ディオニッソスは、それ見たことか と 思いながらも、その慌てぶりや悲しみ方を哀れに思い、
「それならば、パクトーロス川の泉にいくがいい、そして 自分の体をよくよく 洗うのだ、そうすれば その力は消えるだろう・・」
と 教えました。
ミダス王は、地面にもぐるかと思うほどに ひれ伏した後、急いで 立ち上がって パクトーロス川に 向かいました。
そして ようやく たどり着いた川の泉の中に飛び込むと、一生懸命になって 自分の体を ごしごしと洗いました。
すると、ディオニッソスの言うとおり、泉から出てきたミダス王には、もう すっかり 触るものが金になる力など なくなっていました。
ミダス王は 大喜びで、城に戻り、金になっていたものすべてに 触れて、元に戻しました。
パンも お酒も、葡萄も シーツも 掛け布団も枕も 着物も・・! そして もちろん、かわいいかわいい 一人娘の王女も!! すっかり元に戻りました。
ああ! よかった! 良かった! 本当に良かった。もう 二度と 金など いるものか! 金なんか見たくも無い。どんなに高価だとしても 金なんか 一つもいるものか!
ミダス王は、本当に それから 一切 金をほしがらず、また お金のかかるもの、高価なものなども すっかり すててしまいました。
その頃、パクトーロス川の泉では、綺麗に澄んだ川の底が 日を受けて きらきらと輝き始めていました。
それは、ミダス王の 触ると何でも金になるという力が移って、川砂が金に変わったからなのです。
今でも パクトーロス川の底からは 砂金が出るということですよ。
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