昔 あるところに、とても 赤ちゃんの取り上げのうまい 元気な婆様がいたそうです。
お産は病気ではないものの、やはり 命を懸けての一大事であることは、今も昔も変わりません。
なにごともなく 無事にうまれてくれれば それはそれは 有り難いことではありますが、時には 難産になることもあり、そんな時には この取り上げば婆様が 大活躍したそうです。
この婆様の手にかかると どんな難産でも かならず すぐに赤ん坊は産まれるし、お母さんの身体も あまり大変にならずに 元気になるのも早いということでした。
婆様は 中村というところに住んでいたので、皆は この取り上げの上手な婆様のことを「中村の取り上げ婆様」と 呼んでいました。
ある日の夜遅く、婆様の家の戸を どんどんと 激しくたたく音がして、婆様は びっくりして 飛び起きました。
はて、今日当り 産まれる子が おったかの?と 思いながら 起き上がった婆様に、戸の向こうから 呼びかけるものがありました。
「夜分にすみません! 急なお産で 困っています、助けてください!」
それでは 旅のお人かもしれない、と 婆様は すぐに支度をして、戸を開けると、どちらさんで?と 言うまもなく、外で待っていた 身なりの良い男の人に 荷物を持たれてしまいました。
「お世話をかけます。申し訳ないことではありますが、大変なお産になってしまっています。私は ここからずっと 遠くのものですが、主人が中村の取り上げ婆様のうわさを聞き、私を使いによこしましたので、駆けつけてきました。
ご案内します、どうぞ よろしくお願いします。」
話し方も 物腰も丁寧な人なので、婆様も これはきっと ご主人と言う人の奥様が大変なんだろう と 気の毒になり、わかりました、いそぎましょう と 歩き出しました。
その晩は 月もなく、星の明かりもすくない まるで闇夜のようでしたが、なぜか 婆様の足元は ほの明るく照らされていたので、つまづくことも ころぶこともなく 歩くことが出来たのでした。
男の人は どんどん 先を急ぎます、一体何処へ行くのだろう と おもっていると、そのうち 波の音が聞こえてきました。
それでは 浜の村のだれかが 大変なことになっているのか と 思ったとたん、婆様は 気が遠くなってしまったのでした。
ふと、気づいた婆様は、周りを見回して 腰を抜かしそうになりました。
婆様は あたり一面に 金銀が敷き詰められ、きれいな 珊瑚やみたこともないような きらきらと輝く宝石などで まばゆいほどの御殿の中の 広い部屋で 目を覚ましたのでした。
おばあさんが びっくりしていると、だれかが近づいてくる気配がし、たくさんのおつきの者たちを従えた、なんとも 美々しい 立派なお方が近づいてきました。
額をたたみにこすり付けてお辞儀をする婆様に そのお方は言いました。
「わしは 海の王、この龍宮の主じゃ。」
それでは 私は龍宮城にきてしまったのか!
婆様は 驚きながらも ははぁ!と 恐れ入って 深々とお辞儀をして言いました。
「それほどに おえらい方が こんな年寄りに なんの御用でしょう?私は ただの取り上げ婆で 御座いますのに。」
「こんなところまで 相すまなんだ。そうだ、その取り上げ婆のお前に してもらいたいことがあるゆえ、夜中、それも こんな遠くまできてもらったのだ。」
「それでは どなた様かのお産で御座いますか?」
「そうだ、姫のお産が かなりひどい難産になっておる。なんとかして 助けてやってはくれまいか。」
お産と聞いては 何をためらうことがありましょう。
中村の取り上げ婆様は、むくむくと力がわいてくるのをかんじつつ、いそいで 案内される方へ 走り始めました。
姫様のお部屋では たくさんのおつきの者たちが、おろおろはらはらしながら、落ち着かず、せわしげに、姫様に声をかけたり 身体をさすったりしていましたが、当の姫様のお顔は もう 真っ青。
がんばる力もうせてきているようで、もう少しおそかったら 大変なことになっていただろうと 思われました。
「おお、おお、かわいそうに! つらかろうて。よしよし、婆に任せなさい。すぐに 楽にしてやるからの。」
そうして、竜王様はじめ 周りの者たちが みな、心配しつつも、何をどうすることも出来ずに ただ 見守るばかりだったのを、さすがに 中村の取り上げ婆さま、それほどの時を経ずに、無事に 丸々太った 玉のような男の子を 取り上げました。
姫様の真っ白だった頬にも、ようやく桜貝のような 明るい色がもどり、元気に大きな声で泣く 王子様をみながら 幸せそうに微笑んでおられました。
こまごまと 産後の手当について 侍女たちに話をした後、自分の荷物をまとめて、ようやく ほっとした婆様のところへ 龍王様が いらっしゃいました。
「婆様、よくやってくれた。本当に よくやってくれた。
これは わしの心ばかりの礼の品々じゃ。どうか もっていってくれい。」
おばあさんの目の前には 山のように 金や銀、珊瑚や真珠など、とても とても 村の誰もが 一生かかかっても 手に入れることなど出来ないほどの宝物が これでもか というほどに 積み上げられました。
・・が、おばあさんは 困った顔をしたまま、黙っています。
「どうした?婆様、これでは たりぬか?」
おばあさんは 急いで顔を上げて、手と首を大きくふって あわてて言いました。
「いえいえ、龍王様! 不足なわけが御座いません。とても ありがたくぞんじておりますが・・」
「なんだ?とくにほしいものがあったのか? よいぞ、遠慮のう言うてみい。」
「はい。それでは お言葉に甘えまして 申し上げさせていただきます。
実は、私たちの住む村には、あまり 雨が降ることがなく、そのため 田畑が干上がったり 水が少ない為に 稲もなかなか 良い具合に実らず、皆 ながいこと苦労してきました。
大変 恐れ入りますが、竜王さまのお力を拝借して、私たちの村に 雨を降らせていただくことは お願いできましょうか?」
「これは これは、婆殿! なんという よき心根じゃ。我がことを後にして、村人たちを思うとは! よし、それでは こうしよう。村に帰って 村人たちに こう申せ。
今後は わしを祭り、雨が必要な時には 豊年踊りを踊るが良い。
さすれば わしはすぐに 雨を降らそうぞ!」
婆様は 喜んで 心から何度もなんども 深いお辞儀を繰り返して 龍王様にお礼を言いました。
さて、婆様が 龍宮城で お産の介添えをしている間に、陸の上、中村では 中村の取り上げ婆様がいなくなった と、大騒ぎになっていました。
夜中の戸をたたく音をきいていた 近所のものが、海の方へ向かっていったというので、皆で 海の方まで さがしたり、ひょっとして 寝ぼけていて方向を間違えたのかも という者は、山の方や 隣の村の方まで 捜しに行ったのですが、婆様の姿は どこにも ありませんでした。
村の者たちだけでなく 婆様に世話になった家のものたちは みな、何処の村の物も 心配していたのですが、そこへ ひょっこり 婆様が あらわれたのです。
婆様のまわりに たくさんの人垣ができ、皆で 婆様の無事を喜びました。
「中村の婆様、長いこと どうしていたんだ?」「どこへいってらしたな?」「誰のお産で どこまでいっただや?」
婆様は また 村に戻って来れたことを喜びながら、まわりで 自分を心配してくれた皆にむかって これまでのことを 話しました。
聞いていた人達は みな、びっくりしましたが、婆様が 龍王様から 言われたことをきいて、声を上げ、小躍りして 大喜びしました。
「ありがたい! ありがたい!これで 村は救われる!」「もう、雨をしんぱいしなくてもええんじゃの?!」「雨で困ることは なくなるのじゃな!」「良い米ができるぞー!」
さっそく 村の男たちや近くの村の者たちで 竜王様を祭るお社が作り始められました。
そして、龍王様に言われたとおり、雨がいるときには 村人総出で 豊年踊りを踊り、約束どおり 踊りが終わる頃から いるだけの雨が降ったので、それからは そのあたり一帯は、雨で困ることが なくなったということです。
中村の取り上げ婆様は、そのことがあってからは 龍王婆様 と 呼ばれるようになったということです。
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