3月のお話  さくら谷

 

 

 昔、さくら谷 と呼ばれる谷があり、そこに おじいさんと孫になる若者が 住んでいました。

 おじいさんは 数年前までは 元気で、孫の若者と同じくらい 働けていましたが、ちかごろは だんだん 力も出なくなり、遠くまで歩いたりするのも すこし大変になってきていました。

 それでも ふたりは 天気がよければ 毎日、谷の畑に行って、一生懸命働いていました。

 さくら谷は 名前の通り、とても きれいに桜が咲くところでしたが、おじいさんの畑のすみにも 一本の桜の木があって、おじいさんは その桜の花が咲くのを いつも とても とても楽しみにしていました。

 そして 桜が咲くと 仕事は半分くらいにして、いつまでも いつまでも ほうっとため息をつきながら その美しさに見ほれていたのでした。

 そんなおじいさんを見て、孫の若者は やれやれ、また じっちゃんの花見が始まった などといって からかったりしましたが、それで おじいさんが ちょっとでも休んでくれれば とおもい、自分は おじいさんの分まで せっせと働くのでした。

 おじいさんは その桜の花が 咲き始めてから 満開の時を経て、すっかり散ってしまうまでを 毎年 しっかりと見届け、最後には 散った桜の花びらを丁寧にあつめて、桜の木の根元に そっと埋めてやるのでした。

 そして、桜や、今年も ありがとう。また 来年、綺麗な花を咲かせておくれ。たのしみに まっておるでの。。 と 可愛い子をなでるように 桜の木に手をかけて言うのでした。

 その年は、いつになく 冬が早く来たようでした。そして そればかりか いつもの冬よりも ひどく 寒くなり、雪が降ることも たびたびでした。

 村人たちは、顔を合わせれば 寒いなぁ 今日は また 一段と寒いね などと いいあいました。

 寒い大晦日と新年が過ぎ、氷のような風の吹く、二月となりました。

 その頃、おじいさんは 風邪を引き、そのまま ねこんでしまっていました。孫の若者は 一生懸命、看病しましたが、おじいさんの具合は すこしも 良くなりません。

 だんだん 食べる物も いらないというようになったりして、若者にしてみれば どうにも気になるばかりでしたが、あるとき おじいさんに 尋ねました。

 「じっちゃん、なにか ほしいものはないか?なんでもいいぞ、俺、捜してくるから。」

 すると おじいさんは、遠くの物を見るような目をして 言いました。

 「うん、たべもんは いらん。たべもんよりも ほしいものがある。」
「なんだ?いってみろよ」
「わしゃぁ、さくら谷の あの桜の花が見たい。」

 若者は びっくりしていいました。

「何 いってんだよ、じっちゃん。今は まだ寒い冬だし、今年は 雪がつもってるくらいだぜ。桜が咲くには まだまだ だいぶあるわ。」
「うん、そうだな・・」

 そういうおじいさんの顔を見ていた 若者は はっとしました。
おじいさんの目から 涙が すーっとこぼれたのです。

 そんなに 桜が見たいのか、そう思った若者は、すこし 考えていましたが、おじいさんに ちょっと 出かけてくる といって、冷たい風のかなを 畑に向かいました。

 畑は、どこもかしこも真っ白な真綿を きれいに覆いかぶせたように 雪が積もっていましたし、畑のあの桜の木にも、重そうな雪が しっかりと積もっていました。

 ああ これじゃあ どうにもならないなぁ・・ と 思いながらも、若者は 桜の木の枝の雪を 少し払い、そして 手を合わせました。

 桜よ さくら、お前が綺麗に咲くのを 毎年楽しみにしていた 俺のじっちゃんが 今 病気で寝込んじまっている。じっちゃんは どうしても、桜が咲くのをみたいって言っているんだ。どうか 桜よ、なんとか 咲いてはくれまいか。毎年 毎年、いつもいつも お前をみて 綺麗だきれいだと いっていた じっちゃんのために、桜よ、どうか 咲いてはくれまいか・・

 そういいながらも 寒さで身体が痛くなるほどになってしまっていた若者は、一体 こんなことで 桜が咲くものだろうか という思いと、それでも どうかして 桜に咲いてもらいたい という思いに 心が ざわついて仕方がありませんでした。

 その日は また、この冬一番の特に寒い日で、谷をすっぽり覆って ちっとも動かないような 重い雪雲からは、途切れることなく たくさんの雪が降り続いていました。

 日が暮れ、雪明りだけの 暗い夜になっても 若者は、どうか どうか・・と 桜の木に願い続けていたのですが、夜更け頃、とうとう 寒さも痛みもなにもわからなくなり、木の根方にたおれかかって そのまま 眠ってしまいました。

 そのとき、だれかが そこと通りかかったら きっと 若者は 死んでいるのだ と 思われたかもしれないほど、若者は 少しも動かず、ただただ 寒さと疲れで 深い眠りについていました。

 そして、若者は 夢を見ました。

 夢の中では おじいさんが いつもの春のように、満開の桜の木の下で 綺麗にさいた桜を見上げながら、若者に 何か言っているのですが、なんと言っているのかは わかりませんでした。

 でも おじいさんは とても うれしそうで、とても幸せそうな顔をして、にこにこと笑っていました。

 よかったな、じっちゃん、今年も 綺麗に咲いて・・! と 若者が言うのと同時に、おじいさんも桜の木も 突然 吹いて来た暖かな風に舞う たくさんの花びらに包まれて 見えなくなってしまいました。

 じっちゃん! と 叫びながら、若者は目を覚ましました。

 なんだか とても 気持ちの良い朝でした。。
そして 身体を起こし、上を見た若者は びっくりしてしまいました。

 なんと、暖かな日差しを受けて 桜の木のところだけが きれいに雪が溶け、そして 桜は いつもの春のように、いえいえ いつもの春以上に、それは 見事に 美しく咲いて 温かな風に揺られていたのです。

 若者は 飛び起きて 桜の周りを ぐるぐる回りながら、なんども なんども 桜にお礼を言いました。

 それから、一生懸命早く走って 家に戻ると、寝ているおじいさんを 負ぶって、また 走り出しました。

 「なんだ?どうしたんだ?え お前よ、一体 どうしたんだよ?」
「いいから!じっちゃん、しっかり つかまってろよ。いいもの 見せてやるから。」

 

 雪の谷間を走ってたどり着いた おじいさんの畑は、どういうわけか 一面に蓮華の花が咲き、はこべや菜の花までさいて、まるで 春が来たようです。

 いったい これは・・・! と 驚いていておじいさんは、
「じっちゃん、ほら!}
という 声とともに 孫の背中から おろされました。

 なんということでしょう! いったい 何がおこったというのでしょう!

 おじいさんは 見ているものが 信じられませんでした。

 ニコニコしながら 驚いて 声も出ないおじいさんを見ていた孫の若者は、おじいさんが ぽろぽろ涙をこぼしながら、桜の木に手を当て、可愛い子をなでるように、なんどもなんども さすっているのをみて、桜の木に 手を合わせて お礼を言いました。

 桜よ、ありがとうよ! みてくれや、こんなに じっちゃんが喜んでる・・。ほんとに ほんとに ありがとうな。

 おじいさんは、もう 帰って寝なくちゃだめだ という 孫の言葉を なんども 断りながら どうにも動けなくなるまで、桜の木のそばにいました。

 それから しばらくして おじいさんは 亡くなりました。

 孫の若者は、丁寧に おじいさんのお弔いをし、村の皆に こんなことがあったのだ と、話しました。

 皆は 驚いたり 感心したりして それを聞いていましたが、おじいさんが いなくなってしまったからには、もう そんな不思議なことは おこるまいと だれでもが 思っていました。

 ところが・・、おじいさんが なくなった翌年の二月、またしても 寒い雪の降り積もる真冬に、桜の木は おじいさんの命日を おぼえていたかのように、きれいに花を咲かせたのです。

 若者は、それを見て、すぐに 村の皆に知らせ、皆 桜を見に集まってきました。そして、降り積もった雪の中に 一本だけ なぜか 見事に花を咲かせている 桜の木をみて、口々に その美しさをほめたり、おじいさんのために 咲いたのだ といったりしました。

 さくら谷のその桜は、それから 毎年 二月の十六日ころには いつも 咲くのだということです。

 

  このお話しは ご存知でしょうか?

 どうやら 愛媛県のお話しと言うことですが、みかんで有名な愛媛県としか 知識がなかった遠藤は、そんなに奥深い谷のあるところだったかな・・と 調べてしまいました。

 愛媛県では南予(愛媛県南部)のほうが、関門海峡を抜けた雪雲が南予の山にぶつかるため雪が積もりやすい との情報を見つけましたが、でも 北国のように、一度降ったら それを根にして 降り積もり、春まで溶けない と言うのではなくて、積もることは積もるけれど、風がやんで 日が照ると溶けて、また 風がふいて雪が降って積もって・・を 繰り返すのだそうです。

 このお話しのような様子は 四国ですからねぇ・・ なかなか無いのではとは思いますが、でも 昔のことですし、その頃は 今とは 天候状況も違っていたのかもしれませんね。

 桜というのは、なんとなく、言葉を解するような気が するのです・・

 以前、桜守り という新聞小説を読んだことがあって、それが とても 自分が長いこと思っていた桜のイメージに近くて、ああ やっぱり こんな風に 桜に人格のようなものを 見る人が 自分以外にもいるのだな・・と おもって 嬉しくなったことがありました。

 家を もしも 持つことがあったら・・ 桜の木は 絶対 一本でいいから 欲しいと思っています。花の咲く木が ほしいのです。そして それは 桜でなくてはいけないし、あと数本、ゆるされるのなら、ミモザと梅とみかんのなる木が欲しいんですよね・・

 子供の頃から ずっと それは 思っていました。

 実家には 梅と桃があり、ここには みかんがありますが・・、桜の木は・・ 無いのです。

 誕生日と同じように、一年中 桜の咲くのを楽しみにしている遠藤のためにも、いつか 桜は 時期が外れていたとしても 咲いてくれなtかなぁ・・ なんて、ちょっと 夢見たりもしていますが・・ 

 このお話の桜は、おじいさんの桜への思いと、孫の若者の 一心の祈りに心を動かされて きれいに咲いたのでしょうね・・

 あなたは どうおもいますか? 

 

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