その年は、いつもの冬にまして 寒さ厳しく、あまり豊かでない土地の人々の生活は、日ごとに 苦しくなるばかりでした。
それなのに、この間の季節はずれの大雨でおこった大洪水で、町や村は水浸しになり、寒くて寒くて ただでさえ くるしい生活に追い討ちを掛けるように、人々の毎日からは 食べ物が減り、綺麗な飲み水も得られず、そのため 病気がひろがったりして、散々なものになっていました。
ニコライ神父さんは、人々の暮らしが どんどん大変になっていくのを、黙ってみている人ではありませんでしたので、従者の者をつれて、毎日 人々の家を訪ねて歩きました。
白いお髭のニコライ神父さんは、緑色のマントをはおり、背中に大きな袋を担いで杖をついて歩きました。
お供の従者ふたりも、それぞれ 大きな袋を背負って、神父さんの後に ついて回りました。
それぞれの袋の中には、食べ物や着るもの、薬や小さなオモチャなどが入っていました。
ニコライ神父さんが 尋ねてくと、子供達は 大喜びでした。おいしい食べ物も 可愛いオモチャも嬉しかったけれど、なにより 優しい神父さんが楽しそうに声をかけてくれることが、なにより 嬉しかったのです。
それは 子供達の親たちも 同じでした。
厳しい生活のうえ、食べ物も満足に得られないので、両親とも病気がちだったり、子供達も やせて 元気に走り回ることも できなくなっていたのです。
ニコライ神父さんは、袋から 肉や野菜やパン、お父さんの為には ちょっとお酒、お母さんの為には こぎれいな肩掛け、子供達のためには 甘いお菓子やちょっとしたオモチャを手渡しながら、簡単に神様の話をして、もうすこし 辛抱するように と 言って歩くのでした。
三人の袋は すぐに軽くなり、そうすると 三人は 来た道を小走りで教会まで戻って、袋にあれこれ詰め込むと、また 次の家の戸をたたくのでした。

そんなある日、出かけていった先の家でのこと。
その家では、年頃の娘が 3人いたのですが、それぞれ みな とても綺麗で 良い心根の娘たちでしたので、それぞれに 結婚の話もあり、嫁ぎ先も 決まっていたのですが、でも、先の洪水で 大事な物のほとんどをなくし、生きているだけで精一杯の毎日になり、とても 結婚の話は 立ち消えてしまっていました。
それどころか、皆が飢えない為に、娘たちを身売りしなくてはならなくなりそうで・・、娘たちはもちろん、父親も 母親も 毎日泣いて暮らしていたのでした。
そこへ、ニコライ神父さんが やってきました。
「どうかね?少しは 元気にしているのかね?」
神父さんは、食べ物をテーブルの上に置きながら 言いました。
「はい、おかげさまで、こうして ニコライ神父さんが 助けてくださる御蔭で、とても助かっています。」
そういう父親の顔や そばにいるその妻や娘たちの顔を見て、神父さんは なにかあるな とおもいましたが、彼らが とくに それについて話そうとしないので、それでは また くるからね、と言い残して 家を後にしました。
その晩、ニコライ神父さんは、あの家族の様子が気になって仕方が無いので、ちょっと 出かけてくると言い残して、冷たい風の吹く中を、マントの前をかき合わせながら、町外れの家を目指して 夜道を急ぎました。
近くに来ないと それが明かりであることも わからないくらいに、おぼろげな光が、急ごしらえの扉の隙間から 漏れているその家の窓は、この寒空に きちんと閉めlきることができずに、風が入るままにされていました。
神父さんが、窓の外に立つと、家の中では 皆が泣いているのがわかりました。
「お父様、お母様。もう 泣くのはやめましょう。私は すっかり心を決めて、自分の運命を 受け入れようと決心しましたから、私を売ったお金で 妹たちには 少しでも 良い嫁ぎ先を世話してやってください。」
なんだって・・?! ニコライ神父さんは びっくりして、寒さも忘れて、聞き耳を立てました。
「いやいや、娘や。お前の気持ちは 本当にありがたい。こんなことになったのも、親の私たちがよくなかったのに、若いこれからのあるお前に そんな決心をさせてしまって、本当に 申し訳ないとおもっているのだよ。」
「そんなに尊い犠牲を払ってくれようと言うのに、あのごうつくな家主は、これまで貸した金を返すのはもちろん、立ち退きたくなければ 娘たち三人とも 売りに出せと言うのだからなぁ・・。」
家の中の者たちは また さめざめと泣き始めました。
これは ほうっておくわけには行きません。
ニコライ神父さんは、とりあえず、皮袋の中の金貨を数枚取り出して、窓の隙間から そっと差し入れ、そして そのまま 急いで教会に戻っていきました。

朝にって、あの家の娘の上の娘が 自分の靴下を履こうとして びっくりしました。なんと 靴下の中には 金貨が数枚、入っているではありませんか!
どうして こんなことが・・?!
急いで 両親と妹たちに知らせた娘は、きっと 神様が私を哀れんで お恵み下さったのでしょう といい、家の中は 喜びの涙と笑い声で いっぱいになりました。
娘たちは 毎晩、それしかない靴下を 窓の近くに吊り下げて、乾かしていたのですが、ニコライ神父さんが 金貨を投げ込んだ時、その中のひとつに 入ったのですね。
あの家の人々は 大変喜んだにも関わらず、ごうつくばりの家主は その日もまた やってきて、娘たちを はやく 売りに出すようにと すごんでいきました。
金貨数枚では 三人の娘たちの売値には 足りなかったのです。
親たちは、それでも 金貨のことは言わずに、何度も頭を下げ、家主にすがりつくようにして、もう少し待って欲しいと頼み、そうして 家主が 床を踏み鳴らし、大声で脅かし文句をいいながら、ようやく 出て行ったとき、ニコライ神父さんは 前の晩と同じところにたっていました。
そして また 皮袋から金貨を取り出すと、もう一度 窓の隙間から 金貨を滑り込ませました。
それは、真ん中の娘の靴下に すとん と 入りました。

「これはいったい、どうしたことだろう?!」
「それぞれの靴下の中には行っていたのだから、神様が お前たちのために 用意してくださったんだよ。だから これを家主への支払いにはできない。」
「いいえ、お父様、どうか この金貨を使ってください。そうでないと 私たちは 皆 飢え死にしてしまいます。私は まだ 決心を変えていませんから。」
上の娘は、自分の靴下に入っていた金貨を 下の妹に手渡して、これで お前は 幸せになりなさい といいましたが、末の娘は お姉様がひどい目にあうというのに、自分だけが幸せになど なれませんといって、金貨を姉の手に押し返しました。
家の中で、そんな 押し問答をしている時に、ニコライ神父さんは また その家の窓の外に立ちました。
中の様子を聞いて、神父さんは また 皮袋から金貨をとりだして、窓から滑り込ませました。
毎晩のこの不思議を どうにもたまらなくなっていた父親は、その晩は なんどか 出たり入ったりしながら、表の様子に気をつけていたのですが、何度目かに表に出たとき、ちょうど 扉の向こうを こちらに背を向けて 歩いていく人影を見ました。
あ、あれは・・! 星明りにわずかでも見えた緑色のマントのうしろ姿は、たしかに 教会のニコライ神父さんでした。
父親は 神父さんが出てきた路地にたってみて、はじめて、しまりきらない窓の隙間に気付き、それでは 神父さんが ここから 金貨を入れてくださったのか・・と、おもいました。
娘たちのために それぞれのためのたくさんの金貨が手元に残りました。これで それぞれ身売りせずにすみます。それどころか 三人の娘たちは それぞれ 必要なだけの支度をして、結婚することもできます。
一家は 父親の話を聞いて、改めて 神様と神父さんに感謝したのでした。

その後も ニコライ神父さんは、貧しい人、病気の人、苦しい人、さびしい人、辛い人、悲しい人たちに寄り添っては、なんども 誰に気付かれることも無いように気をつけながら、手助けしたということです。
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