3月のお話  杖一本と塩一升

 

 昔、あるところに、とても 大きなお屋敷に住んでいる、たいそう、お金持ちの男がいましたが、その若いおかみさんは、そのとき ちょうど おなかに赤ん坊を身ごもっていました。

 そして、そんな大きなお屋敷ですので、たくさんの その家で働いている者たちがあったのですが、その中の一人の女中も、ちょうど みごもっておりました。

 ある日、その家のだんなである男は、遠くの町まで 仕事で出かけていました。
 二人のお産が近いので、気持ちがせいて仕方なかったのですが、そのときの仕事がちょっと 長引いて、先方を出たときは、もう すでに 日がくれてしまっていました。

 それでも せっせと山道を歩いたのですが、早く帰るつもりだったので、明りの用意もなく、仕方なく、ちょうど 通りかかった大きな木の根元で その晩は寝ることにしました。

 旅慣れているとはいえ、やはり 野宿はあまりうれしくないので、なかなか 寝付けず、ようやく うとうとし始めたか というとき、ふと、誰かが近づいてくるような気配がして、男は そっと身体を起こすと、いそいで 木の後に隠れました。

  やってきたのは、杖を突いた小柄な老人のようでしたが、木の根元に来ると 上を見上げて こう 言いました。

 「おーい、わしじゃぁ。木の神さんや、おるかえ?」

 え・・?木の神さん?

 すると 男の隠れていた木が 急にざわざわと揺れて こう 言いました。

 「おお、山の神さんかい?おるぞー」

 なんだって? なんのことだ?

 それから 山の神と 木の神は 話し始めました。

 「今夜なぁ、ふもとの村で お産があるんじゃが、おまえさんもいっしょに 赤ん坊の泣き声を聞きにいかんかね?」

 「おお、そうじゃったのう。いや、しかし、今夜は ふいの来客があっての。ちょっと出かけるわけにはいかんのじゃ。」

 「おお、それは ご苦労なこって。」

 「うんうん、でな、お前さん、今夜は一人で行って、あとで お産の様子を聞かしてはくれんかいの?」

 「ああ、いいともさ。お安い御用だ。それじゃ ちょっと いってくるで。」

 そういって、山の神は すたすたと ふもとの村を目指して 歩いて行ってしまいました。

  その一部始終を見聞きしていた男は、ひょっとして、不意の来客ってのは、自分のことかな? と おもいながら、静かになった 木の根元に横になりました。

 そして、しばらくして うとうとしかけた頃に、また ひたひたと 誰かの近づく足音が聞こえたような気がして、男は また 木の後ろに隠れました。

 「木の神さんやぁ。おきとるかぁ?」
「おお、おきとるぞー。お産は どうじゃったな?」
「いやいや、それが たいそうめでたくてなぁ。お屋敷の奥方と女中が、それぞれ 元気な赤ん坊を 無事に産んだわい。」
「おお、そうかい。それは それは めでたいこっちゃ。
で、赤ん坊は なんと泣いたな? 」

 「奥方の子は男の子での、『杖一本』と泣いておった。女中の子は 女の子での、『塩一升』とないておったわ。」
「ほう!塩一升とな? それはそれは 強い運を持った子が生まれたのう。」

 「そうじゃがのう、奥方の子は 杖一本じゃで、うまい具合に女中の子と 添えりゃあ、栄えもするが、そうでなければ、お屋敷は 息子の代でおわりじゃで。」
 「うーん・・ それは しかたのないこっちゃで。杖一本じゃのう・・」

 二人の話を聞いていた男は、お産や赤ん坊のことは 自分の家のことにちがいないと思い、夜が明けると 急いで 家に戻りました。

 すると やはり おかみさんには男の子が、女中には女の子が 生まれていました。

 (やっぱり、山の神と 木の神が 話していたのは、本当だったんだ。となると・・ この家のためにも 二人を夫婦にしなくてはならんと言うことだな。)  

 そうして、お屋敷のだんなさんは、女中の子を わが子のように可愛がって 育てたのですが、事情を知らない 同い年の息子は、その子を ひどく嫌って、大人になると、女中の子を 追い出してしまいました。

 女中の子の娘は、追い出された後、どこへ行く当てもないので、まずは 村を出ようと 歩き始めましたが、すぐに 日が暮れたので、その日は 村はずれのお堂で 夜を明かすことにしました。

 夜中、娘は だれかが ひそひそと話しをしているのを聞いたように思い、眼を覚まして 様子を伺っていました。 すると・・

 「お屋敷の息子は ほんに 馬鹿息子じゃのう。」
「まったくじゃ。運の強い娘を追い出しちまったら、もう あとは どんどん おちぶれるばかりじゃのに。」

 「しかし、おんだされた娘は どうしたらよいかのう。」
「いや、それよ、こうなったら 明日、ここを通りかかる炭焼きの若者と添えさせりゃいい。そうすれば 娘も炭焼きの若者も 達者で幸せに暮らせるじゃろ。」

 そして、声は 遠くなっていき、娘は 話の中の娘とは自分のことかしら、と思いながら 横になりました。

 朝になって、眼を覚ました娘は、昨晩のことを 思い出し、ひょっとしたら・・と 表にたって 炭焼きの若者がくるかどうか 待ってみることにしました。

 すると、声のはなしのとおり、一人の炭焼きの若者が お堂に近づいてきたので、娘は いそいで 走りよると 言いました。

 「私は、お屋敷を追い出されて、もう どこにも 行くところがありません。どうか お前さまの嫁にしてくだされ。」

 いきなり 目の前に現れて 嫁にしてくれという娘を見て、若者は おどろきましたが、なにか 悪さをするようでもないし、賢そうな娘だったので、そのまま 娘を連れ帰り、しばらくして 二人は 夫婦になりました。

 炭焼きの若者は、常からの働き者でしたが、暮らしに余裕が出来たためしはなく、時には 食べ物にことかくこともあるようでした。

 ところが、お堂から娘を連れて帰ったその日から、どういうわけか 運がまわってきたように、なにもかもがうまくいき、あれあれというまに、たちまち豊かな暮らしができるようになりました。

 どのくらい 豊かになったかと言うと、一日で 塩一升を使い切るほどで、そのあたりの人々には 長者様と呼ばれるくらいになりました。

 二人は、朝から晩まで 良く働き、回りの人たちの面倒も 良く見たので、ますます慕われ、村の皆に 頼りにされるようになりました。

 そして、それから 数年たったある日のこと。

 「奥様、裏の戸口に 物乞いがきていますが・・」 という 下働きの娘について、もう すっかり 長者の奥方におさまったあの娘が 裏へ回って行くと、そこには 一人の小汚い男が、一本の杖を付いて ひどく疲れた様子でたっていました。

 「これ、どうしました?」 と 奥方がたずねると、その男は 力のうせた 小さな声でいいました。

 「なにか 食べる物を めぐんでくだされ。もう 三日もなにも 食うておらんのです。」

 奥方は、そばの女中に 食べる物を もってくるように 言いつけながら、その男を じっと 見つめていました。

 どうも どこかで見たように 思えてならないのです。

 そして、杖一本のその男も、なんだか その奥様に、どこかで あっているような気がして、ちらちらと 見ていました。

 そして、ほんの少しの後、二人は お互いに 「あ!」 と 声を上げました。 

 「まぁ・・! あなたは、お屋敷の?!」

 そうだったのです。物乞いの男は あのお屋敷から 娘をいじめて追い出した息子だったのです。

 聞けば、息子は 娘を追い出してからは、なにをやっても 失敗し、すっかり 親から譲られた財産を使い果たしてしまって、結局 残ったのは 手にしている杖一本になってしまった。 そして、 それからは ずと 物乞いをして あちこち 歩き回ってきた、というのでした。

 娘が 主人に頼んでくれた御蔭で、杖一本の息子は、自分が追い出した 塩一升の娘の家に雇われて、なんとか 暮らせるようになったとのことです・・

 昔から、赤ん坊は 母親の胎から生まれ出るときに、その子の運命を叫びながら生まれてくるそうですが、もちろん 誰の耳にも わかるというものではありません。

 山の神や木の神などは、そうした赤ん坊の声を、今も 聞き取っているのかも しれません。

 

 さて このお話は ご存知でしょうか?

 私たちは 塩を使うことに、今は 気を遣うような生活をしていますが、それは べつに 塩が高価な物だからということではなく、健康を慮って・・というのが たいていのところでしょう。

 このお話の中で言っている 塩一升を今で言うと、一合が約180ccとして、その10倍、つまり1800ccほどとなりましょうか。

 大体、塩は ひとつの料理に 一つまみとかというほどの使い方が普通で、どっさりとなどは 漬物やらなにやらのときくらい。つまり 毎日 一升つかうなんてことは、まず 無いわけですよね。

 まぁ 量をそのまま言ったものとも おもえませんが、それほどの少ない塩をちょっとずつ つかって、一日に一升分使う・・というほど、そこにいる人の数が多い、つまり、たくさんの人を雇い入れることのできるだけの余裕のある暮らしぶりだった ということではありましょう。

 しかし、それほどの 強運を持って 生まれてきたなんて、なんだか 度外れて、ものすごいことのように思えます。 

 もしも これが現実だったら・・、いいでしょうね。

 何かができるとか、何かに恵まれている とかっていうよりも、ほんとに そういう星の元に生まれてきたなら、その生まれ持ったものをつかって、自分だったら あれもしよう、こうもしよう、、 と 考えることも、お話の世界からの楽しい空想ではあります。

 もし、あなたが それほどの強運を もっていたとしたら・・ 
あなたは 一体 なにを どうしたいですか? なぜ そう思うのでしょう・・・?

 

 

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