5月のお話  聖母様の靴

 

 昔、あるところに バイオリン弾きのおじいさんがいました。

 おじいさんは、若いころ、町や村で バイオリンを弾きながら、お祭りのときや 普段でも 街角にたって、酒場などでも 楽しい歌や ゆかいな歌を 歌っては、人々から お金をもらって暮らしていました。

 しかし、年をとった今では もう、だれも おじいさんのバイオリンなど 聞こうとしませんでしたので、おじいさんは きているものもぼろぼろのまま、いつも おなかをすかせていました。

 あるとき、おじいさんは すきっ腹を抱えたまま、バイオリンをもって のろのろと あるいて ある村のはずれにある 小さな お堂の前にやってきました。

 ありがたい、きょうは ここで 休ませてもらおう、と 思ったおじいさんは、お堂の扉を開けて、中に入りました。

 中には、小さな祭壇があり、その脇に作られた台座の上には、聖母様の像がありました。

 おじいさんは、ご像の聖母様の前にひざまづいて 祈りました。

 聖母様、今日は、こちらにいさせてください。私は もう どこにも行くあてがありません。そして おなかがすいて どうにもなりません。せめて 雨露をしのいで、今晩一晩、お邪魔させてください。 たいしたお礼はできませんが、バイオリンを 聖母様のために お弾きいたします。

 そして、だれもいない お堂の中で、おじいさんは そっと 聖母様のためのアリアを 奏でました。 それは とても 穏やかで、心地よい 祈りの音色でした。

 それから おじいさんは お堂のすみに横になって 休みました。

 朝になって おじいさんは 目を覚ましました。そして 一晩とめていただいたお礼に、と バイオリンを弾き、どうか お守りください と 祈ったあと、お堂を出ようとした そのとき、おじいさんの目の前に、ポトリ と 小さな金の靴が落ちてきました。

 びっくりしたおじいさんが、そうっと それを手にとって見ると、小さな聖母様のご像の片足が はだしになっていました。

 ああ、聖母様、ありがとうございます!ありがとうございます!

 おじいさんは その小さな靴を大事に抱えて、急いで 町に行き、それを売って、お金に換えようとしました。

 ところが、おじいさんの身なりが あまりにみすぼらしいのに、そのような 金の靴をもっているなど、どう考えても おかしい、どこから 手に入れたのか と 何度もたずねられ、そのたびに おじいさんは、お堂の聖母様から いただいたのだ と 言いました。

 そんなことをしていると、町の巡回をしていた 警察官が、なにごとかと やってきました。 そして 店の人の話と ちいさな金の靴と みすぼらしいおじいさんを見ると、これは 盗んだに違いない と、いきなり おじいさんを捕まえて 牢屋に入れてしまいました。

 教会のお堂のものを 盗むなんて、とんでもないやつだ。それを もらったなどと、なんと言う 罪深いやつだ! そうだそうだ、・・ 皆は、おじいさんのことを そう決め付けました。

 なんども なんども、おじいさんは、私は 盗んでいません。聖母様が 下さったんです、と 事情を話しながら 訴えましたが、だれも おじいさんの言うことなどに、耳を傾けませんでした。

 おじいさんは バイオリンも取り上げられて、悲しくて 悔しくて たまりませんでしたが、誰一人 おじいさんの味方になる人もなく、とうとう、罰がくだされる日が 来てしまいました。

 その日、おじいさんは たくさんの人たちの見守る中、縄で縛られて とぼとぼと つれられていきました。
 途中、あの お堂のまえを通ったとき、おじいさんは、警官に 頼みました。

 最後のお願いを聞いてもらえませんか。どうぞ 私のバイオリンで 聖母様に祈りをささげさせてください。

 警官も まぁ それくらいなら、最後の願いだし・・ と それを許しました。

 おじいさんは 縄を解かれ、渡されたバイオリンを持って、これが最後 と、心をこめて 聖母様の歌を奏でました。

 それは、長い冬をようやく越して、花々が咲き乱れる 暖かな五月の輝くような朝を思わせる、すがすがしくて 美しい、まるで 聖母様のお姿のような歌でした。

 聞いていた人々は、ああ なんて よい歌なんだろう、こんな曲を奏でることができる人が 悪いことをするだろうか・・ と 思いました。

 歌が終わって、すこし 心の痛みを感じている警察官が、また おじいさんに 縄をかけようとしたそのとき、たくさんの人の見ている前で、ご像の聖母様の衣のすそが かすかに揺れて、ちいさな金の靴が ポトリ と 下に落ち、聖母さまは はだしになりました。

 おお・・! 皆は 驚いて いっせいに ひざまづきました。

 そうだったのか、おじいさんの言うことは 本当だったのか! 聖母様が おじいさんのために、靴をおめぐみくださったのか・・。

 

 その後、おじいさんは あの小さなお堂の守り番になって、いつでも やってくる人たちと聖母様のために バイオリンで祈りをささげ、町や村の人たちからも 大切にされて 幸せに暮らしたということです。

 

 

 このお話は ご存知でしたか?

 ずいぶん 前、というか 昔々ですね、たぶん テレビの子供向けの番組かなにかで 見たような・・? というお話です。

 靴 といっても、たぶん 想像するに、今のようなものにも たまにあるかもしれませんが、いわゆる サンダルみたいなものだったろうと思います。
 あるいは 木靴のような・・かな・・などと。

 このお話を 最初に知ったときに感じたのは もどかしさ。

 なんで おじいさんが ひどい目にあうようなやり方をなさったのかな、聖母様は、ということ。

 おじいさんの祈りを聞いてくださって、助けるために、靴をくださったと思ったのに、おじいさんは かえって ひどい目にあってしまう。

 最初から わかりやすくして おじいさんが誤解されないようにすることなんか、簡単なはずなのに、なんで そうしなかったのかなー と。

 そして、今 書きながら思いました。 

 そうなんだよねー、神様って ときどき「ほんとに 困らないと助けてくれない、もう どうしようもない、これ以上 なにもできない・・というときになって 初めて、助けてくれたりする」なんてことを思っていました。

 金の靴を売って、お金に換えて、おいしいものを食べ、きれいな服を身に着けて、新しい生き方をすることも 悪くはないし、たぶん おじいさんは、、というか 人は それを望むだろうと思いますが、でも そしたら そのお金は 使ったら それっきり・・で。

 まぁ それを元手に事業でも始めれば なんて おもいもしますが、それはこの際おいといて、

 人の目には、理不尽と思えること、かえってひどいじゃないかと 思えるようなことにも、救いは 信じるものの上には必ずある・・ という、
 そう、そこまでは 人の手で何とかできるってことなんだろう・・ という、

 おそらく そういうことを知らせるための このお話のように思えたのは、まぁ 遠藤が 年を取ったから・・ とも いえるかもしれません。

 あなたは どう思いますか?

 

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