昔、あるところに 喜兵衛というお侍が 奥方と二人で 仲良く暮らしていました。
二人には 子供が無く、いつも 近所で遊びまわる子供たちを見ながら、自分たちにも 子供がいれば・・ と さびしく思っていました。
ある日、喜兵衛が 近くの茶臼山のそばの川で 魚を釣っていると、やせた小さな白い犬が 一匹、しずかに 喜兵衛のそばによってきて、おとなしく 寝そべりました。
お前、どこの犬だ? 飼い主どのは どこじゃな? きっと お前を探しているぞ、ほれ 早く 戻れよ。 と 声をかけても、犬は 聞こえているのかいないのか、耳を ぴくっと動かしただけで やっぱり 寝そべったままでいます。
喜兵衛も 動物が嫌いではありませんでしたので、静かな川原で 犬と一緒に魚釣りをするなんてことも いいなぁ・・・と 思いながら、そのうち 飼い主が探しに来るだろう と、のんびりしていました。
日が傾いて 数匹の魚をびくに入れた喜兵衛は、まだ 白い犬が そこにいるのを見て、さあ 早くお帰り、主さんが 心配しているぞ、と いって 追い立てようとしました。
すると 白い犬は、ちょっと 驚いたように とびのいて、すぐ その場に へたり込んでしまったのです。
なんだ、おまえ!どこか怪我でもしているのか?と 喜兵衛が 犬の体に手をかけると 犬は、うれしそうに尻尾を振って 喜兵衛の手を ぺろぺろとなめました。
それを見た喜兵衛は、そうか そうか 一緒にいたいか、よしよし、半日待って 誰も来ないのだ、いいだろう、よし、お前は 今日から 俺の家の犬になれ。女房殿も きっと 喜ぶぞ。 そういって 片手に魚の入ったびくと釣竿を持ち、もう一方の手で 子犬を抱いて 家に帰りました。
喜兵衛の女房は、魚と一緒に連れてこられた小さな白い犬を見て、びっくりしましたが、すぐに 犬を抱き上げて、まぁ、 うれしいこと! これから 一緒に 暮らしましょうね、そうだわ 名前は シロにしましょう と いいました。
それからは 喜兵衛夫婦とシロは まるで 本物の親子のように、にぎやかに 楽しく暮らし、たまに けんかなどをしたときなどは、二人の間にシロが入ってきて、困った顔で 二人を見上げるので、二人とも けんかが続けられなくなって 笑ってしまったり、喜兵衛が出かけると 女房殿の掃除や洗濯、水汲みにも まとわりながら ついていくのでした。
ある日、喜兵衛は 侍屋敷でのとまりの当番のために、夕方から 出かけていきました。
その日は シロが 朝から 喜兵衛のそばを離れず、まるで いつまでも 喜兵衛のそばにいたいのだ と 言うように、じーっと喜兵衛を見つめたり、喜兵衛が座れば すぐに 体を寄せてきたりしていました。
そんなシロを見て、喜兵衛は 最初は かわいいと 思いながらも、だんだん おかしいな・・ と 思ったのですが、出かける時間が迫ってきて 女房殿にせかされて 支度をしながら、すぐ戻ってくるからな、戻ってきたら 一緒に散歩に行こう、そうだ、土産を買ってきてやるぞ、だから 女房殿といっしょに おとなしく 待っておれよ、と シロの頭をなで、心ひかれながらも でかけていったのでした。
喜兵衛の後姿を じっと 眺めていたシロは、喜兵衛の姿が見えなくなると 今度は 女房殿のそばに へばりつくようにして、なにをするのも どこへ行くのにも 一緒にしようとしました。
女房殿は 妙なこともあるものだ、と 思いながらも その様子をかわいい子供を見るようなつもりで 声をかけながら過ごしました。
その晩、女房殿は 夢を見ました。
白い衣をまとった りりしく 神々しい一人の若者が、向こうから 静々とやってきたかと思うと、女房殿の前に立ち、こういうのです。
私は、あなた方に 恩を受けている者。これから 起こることを 知らせに来ました。
裏の茶臼山は 明後日、かなり大きく崩れ、このあたりいったいが 泥水で 埋まってしまいます。少しでも はやく ここを立ち退いて、安全なところへ行ってください。
目を覚ました奥方は、なんだろう いまの夢は・・と 考えていると、表の戸が 強くたたかれ、どなた?と 声をかけると 俺だ おれだ、と 夫の声。
急いであけてみれば、夫が 慌てふためいて 飛び込んできて、叫びます。
おい!シロは?! シロは どこだ?どうした? おまえ 何かあったのか?
奥方は 何がなんだかわからずに 目を白黒させてたずねました。
シロですって? シロがどうかしたんですか?そういえば シロがいない、どこへ行ったのかしら・・?
喜兵衛は 部屋に上がると どっかりと座って 奥方に話しました。
夕べ、お屋敷の外で なんだか すごい勢いで 鳴く犬がいて、あまり いつまでも ほえるものだから、いったい全体 どこの犬だ と 表に出てみたら、なんとシロじゃないか!
ええ?! シロですって?だって シロは・・
シロをお屋敷になど 一度もつれてきたことが無いというのに、なぜ シロがいるのか、それも 俺を見ると まっすぐに走ってきて、着物の端を加えて うんうん 引っ張るものだから、これは てっきり 家に何かあったにちがいないと、仲間に断って 急いで走ってきた というわけだ。
まぁ・・! なんということでしょう。。 でも 、でも あなた、そういえば・・
なんだ? 何かあったのか?
いえ、あったというか・・ 私 実は 夢を見まして。
夢? それが どうかしたのか?
ええ、
奥方の夢の話を聞いた喜兵衛は、これは ただ事ではない と 思いました。
白い犬は 神様のお使いだと 言われてはいるが・・、まさか シロか・・?
あなた! それじゃあ 一刻も早く みんなに知らせなくては!
よしっ! お前は 逃げる支度をしてくれ。
しかし、どんなに 言葉を尽くして話しても、村のみんなは 誰も 喜兵衛や女房の言うことを信じようとしません。
丸一日 話して回ったものの、だれも信じてくれなのだ、もう 仕方が無い、シロが 知らせてくれたのだ、我々だけでも はやく 逃げよう。
そして 二人は、隣の村へと にげていったのでした。
喜兵衛夫婦が 村を出てから しばらくして、茶臼山に地鳴りがして、村人たちが 茶臼山を見ると、山はがらがらと 崩れ落ち、山の裂け目からは 水が噴出して 土と交じり合い、ものすごい勢いで 村へと 押し寄せてきました。
喜兵衛がシロとであった川は 土砂で溢れ、溢れた土砂は 喜兵衛のいた家も 隣の家も どこの家も飲み込んで、次々と 壊し、押し流していきました。
たくさんの命が失われましたが 助かった人たちは、喜兵衛さんの話をきいていれば・・ と 変わり果てた村を眺めて 言い合っていたそうです。
喜兵衛も奥方も シロを探して すんでいた村にやってきましたが、だれも シロを見てないといいます。
犬は ちゃんと 戻ってくるから、シロは 賢い犬だから すぐにかえってくるさ と いう 村の人の慰めを聞きながら、喜兵衛も奥方も、シロが もう 戻ってこないだろうと 思っていました。
シロは 私たちを 救ってくれたのですね・・
そうだな、シロは 神様のお使いだったのだ、俺たちが 災難にあうのを知らせてくれたのだ。 ありがとうよ、シロ。
二人は シロがいるであろう 天に向かって 手を合わせるのでした。
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