11月○日 曇り
今日、授業中に、先生が「君たちは、どういうときに、お父さんやお母さんのことを ありがたいなぁ、と 思いますか?」という 質問をなさった。
みんな 手を上げたけれど、まず 竹内君がさされて、こういうことを言った。
「まえに 僕が熱を出したとき、いつも 夕飯のときに 晩酌をするお父さんが その日はお酒を飲まずにいらしたり、お母さんは いつも枕元にいてくださいました。お母さんが氷を コツ コツ と砕く音を聞いていたとき、ああ、本当に ありがたいなぁ・・と おもいました。」
先生は うんうん とうなづかれた。別の人も 手を上げて 自分のことを言ったけれど、次に 先生は 僕をさしたので、しぶしぶ立って、僕のお母さんが、お金が無いときに、自分の大事なものや着物を売って、ぼくのために いろいろなものを用意してくれるけれど、そういうときは ありがたいけれど、いつも申し訳ない気持ちになる、と 言った。
そうしたら 先生は、いろいろなものとは どういうものか と お尋ねになった。
僕は どうしようかと思ったけれど、やっぱり 言ったほうがいいと思って、月謝とか、無くした帽子とかです、と 言った。
そうしたら 少しの間、教室がしんとなったけれど、すぐに 何人かがくすくす笑ったので、先生は そいつらを お叱りになった。僕は 耳が熱くなって、鼻が少し痛くなった。
でも、横を見たら、ひとつとなりの北川君は 全然笑ってなかった。ありがたかった。
11月○日 曇り
今日、学校の授業中、先生が小田君に質問なさった。そのとき 小田君は ゆっくり立ち上がって 少し困った様子で 話した。
それは 小田君のお母さんが、ご自分のものをお売りになって、小田君の月謝や 無くした帽子を用意してくださるということで、小田君は お母さんがそうしてくださることを ありがたいと思いながらも 申し訳なく思う というものだったが、それを聞いた時、くすくす笑った人たちがいたので、それを 先生はお叱りになった。
小田君は 真っ赤になってうつむいていた。
小田君の家は お父さんが亡くなられて、お母さんが 縫い物をして暮らしておいでなのだということを 僕は お母さんから聞いたことがある。
そういうことを知らない連中は、小田君の服が つんつるてんで ひじのところが薄くなっていたり、ひざが抜けて穴が開いていたり、また 一年中、靴下をはかないでいることなどを 馬鹿にして 笑ったりする。
それで 小田君が 時々 乱暴をするけれど、それは いやだし 困るけど、でも たぶん 小田君は 悔しいのだろう。
11月○日 曇り の続き
今日の授業中のことを さっき お母さんにお話した。
そうしたら お母さんは あんまり 正直に言うから みんなが笑ったんですよ と 困った顔で おっしゃったので、僕は どうして 僕のために お母さんが大事なものを売ってまでして 僕のためにしてくれることをありがたく思っていると いってはいけないのか と 聞いてみた。
お母さんは、正直は 少しも悪いことではないけれどね といって 下を向いてしまわれた。泣いていらしたのかもしれない。
だから 僕は 明日 学校に言ったら 笑ったやつらを殴ってやる といったら、お母さんは そうやって お前が乱暴者だから みんなが こういうときに 笑うんですよ。どちらが正しいか、そのうちわかるときがくるでしょうから、そういう乱暴なことはしないのよ、と おっしゃった。
少し 気まずい感じがしたので、僕は お母さんに 北川君のことを言ってみた。
みんなが笑っても 北川君だけは 笑わなかったといったら、お母さんは 北川君のことを ものの良くわかるできたお子さんだわね と 笑い泣きのようなお顔でおっしゃった。
11月△日 晴れ
今日、学校に行くとき、北川君と一緒になった。北川君は 今年 一年生になった弟と一緒だったので 三人で学校に行った。
学校について、北川君の弟が自分の教室に行くとき、北川君は 弟に パンを自分で買えるか と 聞いていた。弟が うん といったら、北川君は もしも お金を無くしたら 兄さんのところにくるんだよ と 言っていた。
二人の仲が良くて 少しうらやましかった。僕には 弟も妹もいないし、兄さんや姉さんもいない。
教室に向かいながら、北川君は、昨日から お母さんが熱を出されてふせっておられるので、今日は 弁当を持ってきていないのだ と 言った。
それをきいて 僕は 自分のお母さんのことを思い出した。お母さんは いまだって 一生懸命 働いておいでだろう と 思ったら、涙がでそうになった。
昼の弁当の前の休み時間に、僕は 北川君の弟が 教室の入り口にきて 中をのぞいているのを見たので、北川君に知らせたら、北川君は すぐに走っていった。
北川君が「だから 気をつけるように言ったじゃないか。」というのが聞こえたので、そっちを見ると 北川君の弟が しくしく泣き出したので、僕は 弟が パンを買うお金を落としたんだな と 思った。
それなら北川君が怒って当然だと思っていたら、北川君は 弟の頭をなでながら「泣かなくてもいいんだよ。」 といって、自分のポケットから お金を渡した。
弟はにっこり笑って 元気良く 走って行った。それを見て、僕は 兄弟がいるって 本当に いいなぁ、と 思った。
そして 昼休み、弁当の時間になったので、席に着いて ふと 向こうを見ると、北川君は 一人で 宿題をやっていた。
僕は 北川君が 自分の分のお金を弟にやって、自分は食べずにいるんだと わかった。
そういう北側君だったから、この間も 僕の話をわらわなかったのだ。
僕は、これが 本当の同情というものなんだな と 思った。
僕も
北川君のように 本当に正しい 強い人間になろうと 思う。
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