あるところに 一人のおじいさんが いました。
年をとって、そんなに たくさんのことができるわけではありませんでしたが、人々が 建物や橋や細工物をつくるために、切り採ってしまって 土や下草のむき出しになった山の斜面に、毎日 すこしずつ、木の苗木を植えては そのひとつひとつに、
「ここは 日当たりもいいし、水はけもいい。元気に育って 早く立派な木になるんだぞ。」
と 話しかけながら、大切にそだてていました。
あるとき、いつものように おじいさんが 木の苗木を植えているそばを、三人の若者が通りかかり、おじいさんが 木にむかって 話しかけているのを耳にして、大きな声で笑い出しました。
「おいおい、じいさん。お前さんはいったい 今 いくつなんだい?」
「一本の木が 大きくなるまでには この先何十年も必要だってことは、じいさんのほうが、良く知ってるだろうに。」
「その木が 大きくなるころは、じいさん、とっくに あの世に行ってるぜ。」
三人は おなかを抱えて 大笑いしました。
すると、おじいさんは、ちょっと だまりましたが、すぐに 若者たちに微笑みかけると こう いいました。
「わしは、子どものころから 働くことにはなれてるんじゃ。この年になっても 働くことは楽しいし、働けることを喜んでいるし、感謝しているのさ。
それにな、人は 自分のためだけに働くってわけでもない。
そうさ、お前たちの言うとおり、この苗木が 立派な木になるころには、わしはもう kの世には おらんじゃろうが、でもなぁ、わしの孫たちは わしが植えたこの木の下で 楽しく遊ぶだろうし、それをおもうとな、わしは 幸せなんじゃよ。」
そして おじいさんは、若者たちに背を向けて、そばの包みから またひとつ 小さな苗木を出して、それを 地面にあけた穴に 丁寧に入れながら 言うのでした。
「お前さんたちは、そうさ、本当に まだ若い。だから この先が ずっと元気で 今までのように続いていくと思うのは、それは 当然だろう。
でもな、死というものは、人の思いなんぞ 一向 気にかけてなんぞくれないのさ。」
若者たちは、ちょっとだまって、でも まだ 顔の上には 小ばかにしたような笑みを浮かべて、おじいさんが 何を言うのかと お互い顔を見合わせていました。
「わしが これほどに年を取る間には、いろんな人間とかかわりがあったけれどな、その中には、お前さんたちみたいに、若い者も たくさんおったわ。
若くてきれいな娘たちや 元気でたくましい青年たちもいたが、そのなかにも、すでに何人かが 墓場に行ってしまった者たちもあった。
人が 年の順に死ぬなんてことは、きまってやしない。そうだろう?
だれが先か、だれが長生きするかなんてことは、だれにもわからんじゃないか。」
おじいさんの話を聞いていた若者たちは、確かにそうだな、とおもったり、でも 自分は違う と おもったりしていました。
「だからな、お前たち、年寄りだろうが 若者だろうが、毎日を、今を 一生懸命生きなくてはならんのだよ。 働けるうちは、せっせと働くものだ。それが、人間にとって 一番大事なことだと、わしは 思っているよ。」
それから しばらくして、おじいさんは、村の連中が 町で聞いてきたうわさを耳にしました。
あの時、おじいさんを からかって笑った三人の若者のうちの一人が、商売のために船に乗って出かけたところ、嵐にあい、船もろとも 沈んでしまった というのです。
おじいさんは、かわいそうにと思い、死んだ若者のために苗木を植えて 祈りました。
そしてまた、数年の後、おじいさんは、残りの二人若者のうちの一人も、外国での仕事の成功に気を良くして 散々贅沢な暮らしをした挙句、体を壊してなくなってしまった話を 聞いたのでした。
おじいさんは、気の毒な その若者のために 小さな苗木を植えて祈りました。
おじいさんの毎日は、でも 相変わらずでしたが、すこしずつ 動くのが さらに辛くなってきたころ、あの三人の若者の最後の一人のうわさを 聞いたのでした。
その若者は、夏の暑い日に 冷たいものをがぶがぶ飲みすぎて、それがもとで 病気になってしまったのですが、運の悪いことに、かかったお医者の腕がひどくて、本当なら助かる命を落としてしまった、ということでした。
あの若い者たち三人が皆、逝ってしまった・・ なんということだろう。
おじいさんは 彼らを思い出しながら、目に涙を浮かべて 言うのでした。
「かわいそうな若者たち。わしにできることは 祈ることと 木を植えることだけだ。
せめて、お前の分も 植えてやろうな。」
そして、おじいさんも その後、天国に旅立っていきました。
おじいさんが 毎日通った山には、人の腰の丈ほどの若い木や、子供の背丈ほどにも成った木が 緑の葉を茂らせ、風を受けて さやさやと歌を歌うようになりました。
おじいさんのためには だれも 木を植えませんでしたが、昔、おじいさんが いったとおり、おじいさんの孫たちは、おじいさんの杉の木林に出かけていっては、日がな一日 たのしく遊びました。
孫たちは、木に寄りかかって 休むとき、おじいさんの声を聞くのです。
若いうちから 働くことを喜びとしなさい。人は いつ死ぬか 誰にもわからないのだから、若いから まだいいとおもって だらしない生活をせずに、毎日を 精一杯 生きるように するんだよ。
そうすれば、しあわせに 生きられるのだからね。
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