9月のお話  少年とこだぬき


  山の裾を通る 川沿いの一本の白い道を 子供達が 歌いながら 歩いていきます。

  ”ゆうやけこやけの あかとんぼ おわれてみたのは いつのひか・・・

 それを いっぴきのこだぬきが ちいさなしげみのなかから 見ていました。
でも 誰も そんなことは しりません。道は 向こうからこちらへ ながくのび、途中の橋を渡って 曲がるようになっていました。

 時々 その道を 自転車やスクーターが  通っていきます。

 子だぬきは 自転車が好きでした。

 スクーターのように うるさい音も立てないで すぅーっと すべるように走っていく自転車が 太陽の光を受けて 時々 きらっきらっと 光るのを見るのが とても 好きだったのです。できたら いつか 乗ってみたいな・・と 思っていました。

 ある日 子だぬきは お母さんに 「向こうの道まで行ってくる。」と 言いました。
 お母さんは びっくりして それはいけない と 何度も反対したのですが、こだぬきが あまり熱心に頼むので、どうにも仕方なく それでは と いかせてやることにしました。

  「だけど その格好で行ったら 大変だからね。」

 そういって お母さんは 萩の花を3本とススキの穂を 持ってきてきて、「わたしも これは おばあさんから教わったんだけどね、もう ずいぶん昔のことだから うまく出来るかどうか・・・。でも 思い出しながら やってあげるね。」といい、こだぬきの頭に 萩の花を かんざしのように挿してやり、その上をススキの穂で 3回 円を描くようにして 呪文を唱えました。

 すると たちまち そこには かわいい人間の女の子が あらわれました。
でも ふさふさの尻尾だけは 消すことが出来ませんでしたので お母さんは それを 赤いスカートの中に ていねいにおしこんでやりながら いいました。

 「いいかい、尻尾は とっても大事なものだからね、決して だれにも 見せてはいけないよ。それから 夕方になって 寒くならないうちに 帰って来るんだよ。寒くなって くしゃみをすると 呪文が解けてしまうからね。」

 女の子は いそいで 山を降り、あの茂みまできましたが、今日は もっと先まで降りて、とうとう 道に出ることが出来ました。女の子は 嬉しくて 一生懸命 歩きました。

 歩いている女の子のほうに 自転車がやってきました。女の子は 立ち止まって それを見おくりました。それから また 歩き始めると こんどは スクーターが 通りました。女の子は また 立ち止まって それを見送りました。こうして 何台かの自転車やスクーターを 見送ったのですが、道の向こうへは なかなか 着きません。女の子は 何時も見ている道が ずいぶん 長くて遠いのだな と思いました。

 そのうち ようやく あの橋のところまできました。

 「どっちに行こうか・・。」 そうだ、いまから 最初に来た自転車の曲がるほうに行ってみよう。
 そして 橋のところに立って 女の子は じっと待っていました。

        
 
 しばらくすると 遠くのほうで きらっと光るものがありました。 自転車です。

 それは 女の子のたっているほうへ どんどん近づいてきます。自転車には 女の子と同じくらいの 男の子が乗っていました。

 自転車は 女の子のそばをすり抜けて 右へ曲がろうとしましたが、そのとたん 何に滑ったのか いきなり ざざーっと 音を立てて 倒れてしまったのです。

 男の子は じっとして動きません。女の子は びっくりしましたが、そっと 男のこの方へ近づいて見ました。手と膝が ひどくすりむけて 血が滲んでいました。
 
 「大変だ。どうしよう・・。」 

 女の子は はっと 思いつき、急いで 土手を降りると ふさふさの尻尾を取り出して 水を含ませ、急いで 男のこのところに戻って、先ず 手の傷を洗ってやりました。

 それから もう一度 川へ降りて 今度は 膝の傷を丁寧に 洗いました。
  砂も取れて すっかり きれいになりました。

 そのとき 男の子は そおっと 目を開けました。そして 傷を洗っているものが 尻尾だと すぐに気がつきました。
 
 女の子は きれいになった傷を見て 安心しましたが ふと 尻尾を出しっぱなしにしていることに気付いて 慌てて スカートの中に隠しました。

  男の子は 立ち上がって「優しい女の子」に なにか お礼がしたい とおもいました。
 そこで ポケットから キャラメルを取り出して 一緒に食べよう と言いました。

  女の子は とても おいしいと思いました。

 二人は 土手の上にならんですわり、いろんな話をしました。
 男の子は 町で見た 面白いものや 楽しいことを たくさん知っていました。
 女の子は お母さんと食べた 木の実の話をしました。

 それから 男の子は 「ぼく なにかうたおうか・・?」と 言いました。
「ゆうやけこやけのあかとんぼ」と 女の子は 答えました。

 男の子は 済んだ声で 一生懸命 女の子のために歌いました。
 
 男の子がうたいおわると 女の子はお礼を言って「帰らなくちゃ。」といって立ち上がりました。男の子は 「自転車で送ってあげる」と 言いました。

 女の子は「どきん!」とするほど 嬉しくなりました。

 少し 暗くなった 夕暮れの道を 男の子の自転車は すべるように走っていきます。 
 自転車の前には 男の子、後ろには 赤いスカートの可愛い女の子がすわっていました。

 男の子は やさしいこだぬきのこを ちゃんと お山に返さなくては・・ と 思っていました。
 自転車は 少し冷たくなった風を切って ほんとうに 気持ちよく すいすいと 走っていきました。

 「くしゃん!」 男の子が くしゃみをしました。
 「くしゅん!」 その後ろで くしゃみの音がしました。

 自転車の前には 男の子、後ろには 頭に萩の花を挿した かわいいこだぬきが 乗っていました。

 

 このおはなしは ご存知の方 少ないかもしれません。

 これは 今年の1月のお話しの「金の糸と虹」を書いた 佐々木たづさんの書いたお話しです。 すっかり そのまま書くのは 違法になるかもしれないので ちょっと あやふやなところは 適当に脚色してありますが 殆ど おなじようだった・・・と 自負している のですが・・・。

 このおはなしは とっても 簡単に イメージできるのでしょうね、子供達は 皆 好んでいましたし 私も何かにつけて ふっと 思い出しては いつも 口元が緩むのです。
 こんなおはなしを読むと ちょっと 外れたところに行くたびに、その辺の茂みから 熱心に こっちを見ているかもしれない ちいさな視線を探してしまったりしてしまいます。

 それにしても 出来た男の子ですよねー。まぁ 具体的な年齢は 分かりませんが、男の子 というのですから そう 大きな子ではないでしょうが、結局 やさしい ということなんでしょうね。

 相手の様子から 相手が困りそうなことに 気付かない振りが出来たり、ここは 気にしないほうがいい という事を 察することの出来る子 というのは 自分を棚に上げて言うのもなんですが、昨今 なかなか おめにかかれるものではないとおもいます・・。

 きっと この男の子は とても丁寧に 優しく 育てられたのでしょう・・。こういうことを 当たり前に出来るようになさった親御さんは すばらしいと 思います。

 うちの子供達は どうなのかナー・・。 かえって 気にしてもらってしまうばかりで もしかしたら それすらも気付かないとか・・・、あ、でも それって 私かもしれません・・・。
 ひとのことより 自分のことですね、・・・という 落ちになってしまいました・・。

 しかし、かわいらしい いいお話ですね。

 

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