10月のお話 笛吹き岩


 昔、海辺の村に 貧しい親子が住んでいました。


 母親は 漁に出たまま帰らない夫を待ち続けて ずっと独り息子を育ててきましたが、その息子も 大きくなり、そろそろお嫁さんを迎えたいころになりはしたものの、あまりに貧しくて 誰も相手にしてくれませんでした。

 ただ、息子は 昔から とても笛を吹くのが上手で、表で売っているような ちゃんとした笛ではなく、自分で竹を切って作った笛でしたが、息子であるその若者が吹くと それはそれは美しい音色になって あたりのものは 皆 うっとり聞き入ってしまうのでした。

 今は 遠出をすることの無くなった母親の代わりに、天気の良い日には 船で沖まで出て漁をする若者でしたが、一休みするときは 必ず懐から笛を取り出し、波の音や海面を吹きすぎる風にあわせて、思うまま、心のままに 曲を奏でておりました。

 若者の笛の音は、それを聞く人々は勿論、海の魚や空飛ぶ鳥さえも 思わず聞き入ってしまうほど、心に染みるものでもありました。

 そんなある日、若者は いつものように 漁に出るために浜辺を歩いていますと、ひとりのおじいさんが浜辺に倒れているのを見つけました。
 一晩中 浜辺に倒れていたのかもしれないおじいさんの服は ずぶぬれで 身体は冷え、顔色も青く 息も絶え絶えの様子です。若者は すぐにおじいさんを助け起こし、抱えるようにして 自分の家に連れて行きました。

 母親は 息子の連れてきたおじいさんを見て びっくりしたものの、その様子を気の毒に思って、濡れた服を着替えさせ、身体を拭いて温めてやり、わずかに残った大事な米でおかゆを作って食べさせてやりました。

 若者は その日も漁に出かけなくてはなりませんでしたので、おじいさんを母親に頼んで 出かけました。それでも おじいさんのことが気になって 早めに仕事を切り上げて 戻ってくると、おじいさんは 驚くほど元気になっていました。

 「お二方、大変お世話になり申した。この年になって このような難儀にあおうとは つゆほども思わぬことでしたが、これほどのあたたかい心遣いは 今まで受けたことも無いほど。言葉に尽くせぬほど 感謝しておりますぞ。」

 そういっておじいさんは どこに持っていたのか 一本のたけのこを取り出して 息子に言いました。
 「これを植えなさい。すぐに大きゅうなるから、そしたら それで魚を取るかごをひとつ、笛を二本作るがよい。」

 息子が 不思議に思いながらも、そのたけのこを受け取ると同時に、おじいさんは すーっと 見えなくなってしまいました。

 ふたりは 何がなんだかわからずにいましたが、言われたとおり とにかく すぐに 家の裏にたけのこを植えました。

 翌日、目を覚ました息子は 昨日植えたたけのこを見て びっくり!
なんと 先が見えないくらいに 竹は大きく成長していたのです。

 息子は 早速に 竹を切り、まずは 魚を取るかごを編みました。
そして 残った竹で おじいさんに言われたとおり 二本の笛を作りました。それは 勿論それぞれに とても 良い音色を奏でる笛になりました。

 それから 息子は、竹のかごを持って 船に乗り、良いところで かごを海に沈めましたが、 どういうわけか かごをつっているひもはすぐに重い手ごたえになり、何事かと 一生懸命引き上げてみると なんとなんと、かごの中には たくさんの魚がはいっているではありませんか!

 息子は 漁師としては 特に優れたほうではなく、一回の漁で これほどの魚を獲ったことがなかったので、本当に とても 驚きました。
 船が沈むかと思われるほどの魚を乗せて、息子は 早々と 漁から戻ってきました。

 大量の魚のうち、自分たちで食べるだけのものをよけたあと、母親は 魚を売りに出かけ、息子は 昨日からのことを思いながら、いつものように 月の出てきた浜辺の岩場で 笛を吹き始めました。

 あたりには すぐに 笛の音が満ちて、いつものように 若者の吹く笛の音をまっていた海は穏やかに、波はひそやかに、魚は海面近くまで寄ってきて、月も柔らかな光を やさしく若者に注ぎました。

 笛の音に耳傾けるもの すべてのものの心が しっとりと 穏やかに 温かなもので満たされていくようでした。

 二人の暮らしは あの竹篭のおかげで 沢山の魚が取れるので、どんどんよくなっていき 母親は ようやく楽になった と 思いました。


 そうして しばらくたったある日、いつものように若者は 海に竹篭を沈めましたが、どうしたことか その日は なんにもかごに入りません。なんどやっても 一匹の魚も取れないのです。まぁ 毎日 あきれるほど魚が取れていたのですから、今日 一匹も獲れなくても別に特に困ることもありませんでしたので、若者は 最後に一回だけ 籠を沈めて、コレでだめなら 諦めて帰ることにしました。

 そして かごを沈めたのですが、どういうわけか それを引き上げてみると 大きな貝がひとつだけ入っているのです。

 「おっかあ、今日は 何も獲れなかったよ。だけど、ほら こんな大きな貝が一個だけ。」
 そういいながら 息子が貝を取り出すと、突然 貝の口が ぱかりと開いて、中から ひとりの美しい娘が現れました。

 窮屈な小さな貝の中から ようやく出られた娘は、大きく伸びをし、はぁ〜っと ため息をつくと、驚いて 腰を抜かしている二人を見て にっこりと微笑み、いいました。

 「驚かせて 大変 申し訳ありません。私は この海の底にすむ海王の娘でございます。私は 笛を吹くのがとても好きなのですが、海の底では だれも私に笛を教えてくれるものがありません。いつも ひとりでいろいろ工夫しながら 笛を吹いていたのですが、あるとき 水面の向こうから とても美しい笛の音が聞こえてきましたので、回りのものに聞きましたところ、貴方様のお笛と言うことをしりました。
  是非間近でと 父に内緒で 伴のものにつれてきてもらったのです。そして それから たびたび 夕暮れには 海から上がって 貴方様のお笛を聞かせていただいておりました。」

 若者は そんなことがあったなど 思いもよらず、ただ だまってお姫様の話を聴くだけでした。

 「貴方様の笛を聞きに水から上がり、岩陰から 貴方様を拝見していたのですが、どうしても おそば近くで お教え戴きたく思い、とうとう 伯母に相談いたしましたところ、伯母は この貝をみせて、私に中に入れと申しました。そして 貴方様のかごに投げ入れてくれたので、こうしてお会いすることができたのです。」

 若者も母親も お姫様の話を聴いて 大層喜んで、その海王の娘を迎え入れました。

 そして・・ 一夜明けた翌日。
その日は なぜか早朝から海が荒れ、波も風もどんどん激しさを増し、ついには 稲光や大きな雷鳴がとどろくほどになりました。

 浜辺に出て 様子を伺っていた若者と今は若者の妻となった海王の娘は、小山のような波の谷間に 大きなさめの姿を見つけました。

 若者の妻は はっとして 夫に言いました。
「早く!はやく あのかごを岸辺においてください!」

 笛吹きは 急いでかごを取りに戻り、走ってきて妻の言うところにかごを置きました。

 すぐに 大きなさめが波と風の勢いを借りて、たかく跳ね上がって岸辺に這い上がって来ましたが、その時 あの竹篭がぱっと跳ね上がったと思うと、わぁーっと大きくなり ぱくっと大ざめを飲み込んでしまいました。
 さめは 閉じ込められ 散々に暴れましたが、そのうち力尽きてしずかになってしまいました。

 竹篭は さめを飲み込んで おおきくなったまま、やがて黄色い岩となってしまい、嵐も そのとたんに ふっと つき物が落ちたように 鎮まりました。

 二人は ほっとして顔を見合わせ、身を寄せ合いながら 家に戻りました。

 しかし、その翌日、海は またしても 荒れ始め、昨日の小山のような波よりも もっと大きな波が 次々と押し寄せてくるではありませんか。

 その様子を青い顔をしてじっと見ていた笛吹きの妻は 突然 夫に言いました。

 「大変です!津波が来ます。父が大波を どんどん送ってきます。このままでは 村の人たちが危険です。」

 そういわれた笛吹きも 様子のただ事でないことにおもいいたりました。
その時 ふっと いつか浜辺に倒れていたおじいさんが現れて、笛吹きに言いました。

 「あの竹で作った笛を吹くんじゃ。一時たりとも休まずに吹き続けるのだ。」

 笛吹きは すぐさま あのときの竹で作った笛を吹き始めました。

 笛の音は 笛を離れたとたんに風に打ち消され、波しぶきを受けて 音色もさだかでなくなってしまいましたが、笛吹きは それに負けることなく、岩場にたって 心をこめ、力を込めて 吹き続けました。

 でも、波も風も それ以上にはならないものの、一向 弱まる気配を見せません。

 浜に近い 笛吹きの家は もう 半分ほども 海水に浸ってしまっていました。

 笛吹きは 妻を見て、自分の懐に目をやりました。
笛吹きの懐には もう一本 笛が見えています。なにもいわなくても 妻には 夫の思いが分かりましたので、すぐに 夫のそばに立ち、夫とともに笛を吹き始めました。

 すると 波がすこし 引き始めたのです。

 笛吹きは 岩場を降りて 一歩 前にすすんでみましたが、そうすると 波も少し引きます。笛吹きの妻も 岩場を降りて 一歩 水の中に足を踏み入れて笛を吹きました。
 すると 波は さらに むこうへ引いていきます。

 二人は 顔を見合わせて うなづきあい、身体をよせ、肩を並べて 笛を吹き続けました。波も風も 二人の笛の音に押されるように 海に戻っていくようでしたので、二人は ほっとして 笛を唇から離し、微笑みあいました。

 ・・が そのとたん また 波と風は強くなって 二人のほうへ 押し寄せてきます。

 二人は また 笛を唇に当て、心と力を込め、全身全霊を持って笛を吹き始めました。
二人が休むと 波が押し寄せてくるので、二人は 疲れて、唇や手が痛くなり、喉が乾きもしましたが、それでも休まずに、押し寄せてくる波と戦い続けました。

 こうして 二人は 数日、数夜の間 笛を吹き続けました。

 そして・・、しばらくたったある朝、大分 静かにはなったけれども まだ 風の吹く浜辺に 少しずつ 人々が集まり始めました。皆は 笛の音が 途絶えずに聞こえ続けることを不思議に思って、笛吹きの夫婦の様子が心配になって見にきたのです。

 皆は 笛吹きの夫婦の立っている近くに行って 声を掛けようとしました。
が、その時 村の人々が見たものは 笛吹きとその妻の姿ではなく、沢山の穴の開いた二つの岩が 連なっている様でした。
  二つの岩のそれぞれの穴が 笛の役をして、通り抜ける風に笛の音を託していたのです。

 皆は 大急ぎで 笛吹きの家を目指しましたが、あの嵐で 家は すっかり跡形もなくなってしまっていました。

 村の者たちは 笛吹きの夫婦が 死んで姿を変えてでも 村を守ってくれたことを知って、涙を流さずにはいられませんでした。

 二人がどうしてしまったのか 皆には 何も分かりませんが、そのうち 「あの笛吹きの夫婦とおっかさんが どこかのおじいさんと一緒に 白い雲に乗って 天に昇って行ったのを見たものがいる。」という噂が流れ、皆は 本当はしらないけれど きっと そうに違いない と 思うようになりました。

 今でも 風のある日には あの夫婦岩から 笛を吹く音が聞こえ、村と村人たちをを守っている ということです。 

 

 このお話は ご存知でしょうか?

私も 何かのときの調べものの時に 知ったお話なのですが、言い伝えというのでしょうね、海南島に 実際 この話しにある『笛ふき岩』という 穴の開いた岩があって、そこを風が通り抜けるときに ぴゅーぴゅーと笛のような音がするということです。

 聞いてみたいものです。

 偶然見つけたお話は、できるだけ記憶が新しいうちに メモ書きしておいて、書こうと思ったときに 読み直して書くようにしているのですが、同じお話にも いくつか展開の仕方の違うものがあったりするときは、話として通りやすいとか、面白い方を 取り上げるようにしています。

 今回のお話も、殆どあるサイトのものに近くできていると思いますが、コレも別に、例えば、若者の笛の音を聞いた魚が 水面近くまであがってくるので、他の漁師達が そこへ網を投げて、沢山の魚を取るということを続けていたので、海の王様が怒ってしまった。

 王様の娘は、魚が聞きほれるほどの笛の音を一度聴いてみたい と思い、父王に内緒で 海面近くまで魚に乗って行った。そして 岩に隠れて聴いたところ、とても心を打たれ、とうとう若者に近づいて声を掛けた。すぐさま二人は互いに好きになって・・ という そんな話もありました

 異世界の者同士の交流を描いたお話は ほかに、「菊の化身」「少年とこだぬき」「にんぎょひめ」「ナイチンゲールと紅いバラ」「金のまり」(これはちょっと違うかな?)など もっといくつもあります。

 こうしたお話では、主人公が人であれば、それに関わるものが「人以外のもの」というシチュエーションになっていますが、それには ひとつの夢―ありえそうに無いことへの”そうなったらいいだろうなー”的な憧れ―を描いているのではないかと思ったりもしています。

 もうひとつ、(主人公である)人と関わる相手は、例えばそれが同じ”人”であっても、自分とは感じ方も考え方も、バックグラウンドも生活も違う存在、だから 心した言動を と 促しているようにも 考えたりしています。

 お話を読んでいて、あんなこというから、そんなことするから、せっかくの出会いが壊れてしまったんだ と 思えるオチが 大体 ありますよね。

 ・・でも まぁ、それも かんがえすぎでしょうかしらね?

 あなたは どうおもいますか?



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