ある国に、お城がありました。そのお城には 王様が住んでいましたが、その国の人たちは、お城に居る人たちのほかには、だれも 王様を見たことがありませんでした。
それは、王様が いちども お城の外の街に出かけたことがないからです。その国の人々は 王様が居るということを 自分の親達に聞いてはいましたが、その親達の中にも 王様を一度も見たことがない人たちがいたくらいです。
さて、王様は 本当に いたのでしょうか?
そうですね、実は 王様、いることはいました。
いたんですけれどね、本当に 自分が王様になる前から ずーっと 街に出て行くことなど 考えたことがなかったのです。
大分 ながいこと お城にこもりきりでしたから、街のだれも 王様が居るということを 忘れていたって 不思議はなかったのです。
王様の居る お城の高い塔の窓からは あちこちの街の様子を見ることができます。それは まるで おもちゃの国のようで、ちいさな人形達を ちょこちょこと動かして遊ぶ、いつもの遊びと余り変った様子に思えませんでしたし、小さな馬車やにぎやかな店の通りなども、わざわざ 行ってみるほどのものには 思えませんでした。
王様の持っている すばらしく 手の込んだおもちゃの方が ずっと素晴らしかったのです。
毎日 お城の中にじっとしているのは、やっぱり つまりませんが、王様には 素敵なものが 二つあったので、たいくつすると それで遊びます。
素敵なものの
一つは金のかごに入った歌う小鳥で、もう一つは ねじ巻き式の 見事なしつらえのにわとりでした。
歌う小鳥は、王様の家来が いつも持っていて、王様が手を上げると いそいで鳥かごの下のねじを回して、綺麗な声で歌を歌いました。
いろいろな難しくて面倒な話が続いた後、王様は 小鳥を歌わせましたが、それでも 楽しくないときは、手をたたいて もうひとりの家来が抱える、みごとなしつらえのにわとりのねじを回させて、床を歩かせました。
ねじ巻き式のにわとりは、こっこっこといって 数歩歩くと、こけこっこーとないて 餌をついばむしぐさをして見せ、また こっこっこといいながら 少し歩いて、また こけこっこー と鳴くのです。
王様は そのふたつの大事なもので かなり 気分良く過ごしていましたし、他にも 大きな部屋にいっぱいの おもちゃの国を持っていましたので、とくに 出かけていって 街を見たり、街の中を歩きたいとも 思わなかったのです。
ある日、お城に ひとりの商人がやってきて、王様に是非お見せしたいものがある と言いました。
王様の前にやってきた商人は、大きな箱の蓋を開け、なんと 中から 大きな馬の首から上、頭の部分の作り物をだしました。
箱は大きくて、次に商人が出したのは、馬の胴体、それから 4本の足と最後に つやつやした長くて綺麗なしっぽが出てきました。
商人は 王様の目の前でそれらを組み立てて、大きな馬をこしらえましたが、王様が 喜んだのは ほかでもありません。さっそく できあがった馬にまたがってみました。
すると 商人が言いました。
「王様、この馬は ねじで巻くやり方ではなくて、モートルというもので動きます。馬の首のところにある 三つのボタンで動かすのです。」
王様が馬の首のところを見ると、ボタンが三つ ついています。
「上のボタンを押すと、馬は動き出します。真ん中のボタンを押すと、馬は走り出しますが、下のボタンを押せば 馬は止まります。」
そうか、そうか と 王様は言いながら 上のボタンを押しました。
すると 馬は 規則正しい歩みで ぱかぱかと うごきだし、下のボタンを押すと 馬はきちんと足をそろえて とまりました。
王様は もう 面白くてたまりません。
お城の庭に 馬を持ってこさせて、自分でまたがり、動くボタンを押して、庭をいったりきたりしていましたが、やっぱり ちゃんと走ってみたくて 真ん中のボタンを押しました。
すると 馬は 勢い良く走り出し、面白がっている王様と 危ない 危ないといっている家来達との間を どんどんあけて、お城の門をくぐりぬけ どんどん 先へ進んでいってしまいました。
「大変だ!はやく 王様を追え!」「馬を止めろ!」
たくさんの兵士や家来達が 馬に乗って 王様を追いかけましたが、王様の馬は ものすごく早く走るので、どんどん 間はあくばかり。
王様の馬は どんどんスピードを上げて 風のように走ります。
王様は、これはいかん と、なんども止まるボタンを押したのですが、どういうわけか馬は全然とまりません。歩くボタンを押しても 走ったまま。
王様と馬は 街に飛び込み、大通りの真ん中を走りぬけ、店の前に並んでいるものを蹴散らしたり、道を歩いている人を脅かしたり、恐がらせたりしながら、とうとう 街の外にまで 出て行ってしまいました。
馬から落とされないように 必死にしがみついていた王様は、気が付くと 一度もきたことのない森の中を、木の枝をかわしなりながら、たった一人で 前へ 前へと 進みます。
後ろを振り返っても だれも 追いかけてこないのを知った王様は、とても 心細くなりました。
でも やっぱり どのボタンを押しても 馬はただただ走るばかりなのです。
そして とうとう くたくたになった王様が これは どこか危なくないところで 飛び降りるしかない と 思ったちょうどその時、馬は 目の前の大きな木をよけるまもなく、どっしーんとぶつかって、こなごなになり、王様は その真ん中に 放り出されました。
どのくらいたったのでしょう。ふと 目を覚ました王様は、痛い腰をさすりながら 起き上がって 周りに、作り物の馬だったもののかけらが あたり一面に散らばっているのを見ました。
ぎざぎざのねじだの、飾りだったガラスだまだの、つやつやのしっぽだの、見事なたてがみの首だの、しゅーしゅー音を立てているモートルなどが、ばらばらになっています。
「ああ、こわれてしまった。だれも追いかけてこないし、これでは どうやってお城にかえればいいのか 分からない。」
頭を抱えてしゃがみこんだ王様のそばに、そのとき 突然、数人の男達がやってきて、王様を囲んで 立たせました。
王様は やれ 助かった と 思ったのですが、実は その男達は山賊で、いきなり 王様の帽子やマント、靴や上着などをはぎ取り始めたのです。
「なにをする!わしは この国の王様だぞ。」
「何を言ってるんだ。ひとりの家来もつけずにこんなところへやってくる王様なんか あるものか。」
やめろ、よこせ、と こづかれたり、転がされたりした王様は、さんざんな目にあい、あたりが静まって 気が付いたときには、すっかり 下着だけの姿になって、そこにぽつんと立っていたのでした。
困った王様は、仕方なく とぼとぼと もと来た道をたどって 戻れるところまで 戻ろうとおもい、歩き始めました。
ところが しばらくすると 日が傾きはじめてしまいました。
なにもない草原の真ん中で 王様は あたり一面の枯れ草に囲まれて、寒いのと寂しいのとおなかがすいたので 泣きたくなってしまいました。
ちょうどその時、がさがさと草を分けて ひとりの男の子が ふいに王様の前に現れました。
誰もいないと思っていたのっぱらで、突然 出会った二人は、お互いびっくりしましたが、まず 男の子が 王様にたずねました。
「おじさん、そんな格好をして、こんなところで どうしたの?」
王様は 男の子に声を掛けられたことが とても 嬉しくて 言いました。
「私は、この国の王様だ。作り物の馬に乗ってここまで来たのだが、馬が木にぶつかって壊れて 投げ出されていたところに 山賊が来て、着ている物をみんな 持っていってしまったのだ。」
男の子は 王様を見ても 王様とは思いませんでしたが、悪い人でもなさそうだし、困っていると思ったので、自分の家に つれて帰ることにしました。
枯れ草の原っぱの終わり、すこし 街に向かっていく道の途中に、男の子の家はありました。
古びた屋根の傾いた小さな家には、男の子の帰りを待っていた、お父さんとお母さんがいて、男の子の連れてきた「ちょっと変ったかわいそうな人」を 喜んでむかえてくれました。
お父さんは、王様に 古いけれどきれいに洗濯したつぎのあたった着物をだして、王様に着せてやりました。
お母さんは おなかのすいた王様に、ほかほかのおいしい饅頭と暖かいスープを出してやったので、王様は 夢中で 物も言わずに食べました。
王様は 人の着たものなど、それも 継ぎのあたったものなど 着たことがなかったし、そしてそれはまた、王様の大きな体を 包みきることが出来なかったので、あまり 嬉しくはなかったのですが、それでも 寒くなくなりました。
また いつものような たくさんのお皿に贅沢な料理の並んでいるテーブルではなく、むき出しの木の食卓に、もわもわと湯気のたった 大皿の上の5個の饅頭と、暖かなスープだけという簡単な食事ではありましたが、スープは3回もお変わりしたりして、それで 十分に満足したのでした。
そして ようやく ほっとして 落ち着いたら、今度は すごく眠くなってきてしまったので、今日は もう遅いから 泊まっていきなさいと勧められ王様は、いつも お父さんの使っている寝台に 横になったとたん、すとんと 眠ってしまいました。
次の日、王様は こけこっこー!という 威勢の良い鶏の鳴き声で目を覚ましました。
寝台に起き上がった王様は、いつもと違うところに居る自分に気付いて、昨日の出来事を思い出し、大変な一日だった・・と 思いました。
そして、部屋を出てみると、もう テーブルには 昨日のように もわもわと湯気のたった饅頭が お皿の上にたくさん乗っていましたし、たっぷりの熱々のスープも用意されていました。
「おや、目が覚めましたね。良く眠れましたか?」 という やさしいお母さんの声に、王様は にっこりして言いました。
「ありがとう、良く眠ったようで、体の痛みも だいぶ取れたようだ。それにしても ずいぶん 早くから 食事をするのだね。」
「はい、主人が、いつも 朝早くでかけるのでね。」
「こんなに早くから どこへ行くのかね?」
「山の畑ですよ。お日様の出ている間しか 働けませんから、お日様と一緒におきて、山へ行って畑をたがやし、たくさんの作物を作るんですよ。主人の作るものは なんでも とても おいしいのですよ。」
そこへ、その家のお父さんがやってきました。
「やぁ、おはようございます。良く眠れたようですね。」
「いやいや、世話になった。ありがとう。これから 畑に行くそうだね。」
「ええ、お日様と一緒に働かせてもらっていますよ。」
「お前さんの作るものは なんでもおいしいと 奥さんが言っていたよ。」
夫婦はおかしそうに笑いながら、食卓に王様を誘いました。
ちょうど 子供も起きてきて、皆で 朝の食事をすることになりました。
饅頭もスープも 昨日の晩 王様が食べたものと対してかわりません。
「昨日も同じような食事だったな。」と 王様がいうと 子供がいいました。
「毎日、いろんなものを食べてみたいとも思うけど、僕達は 王様じゃないからね。それに かあさんの饅頭とスープは 世界中で 一番おいしいから、僕は うちの食事が大好きさ。」
王様は うんうん とうなずいて、子供の頭をなでました。
暖かな 気持ちの良い食事が終わって、お父さんは おかあさんの用意したお弁当を持って、畑に出かけていきました。男の子は まだ ちいさいので、家に残って お母さんの手伝いをします。
お母さんは 井戸から水を汲んだり、洗濯をしたり、床を掃いたり、布団を干したり、おいしいものを作るために料理したり・・と 大忙しです。
王様は そんな家族の様子を見ながら、庭の腰掛けに座っていました。 庭には 数羽の鶏がいて、こっこっこといいながら 歩き回り、そのうちの一羽のめんどりは 王様のまえで 卵を産みました。
王様は まだ暖かいその卵をそっと拾い、かごを持って卵を集めていた男の子に渡しました。
男の子は それを 台所にいるお母さんに持っていくと、お母さんは 嬉しそうに弾んだ声で 「ありがとう。」といいました。
あたりは 穏やかな光がいっぱいで明るく、ねじをまかなくても いろいろな声でおしゃべりする小鳥達が あちこち にぎやかに飛び交っています。
やわらかな風が 王様の頬をなで、馬小屋では 年取った一頭の馬がひひーんと啼きました。
「ああ、私の毎日は なんてつまらなかったのだろう。もう ずっと 長いこと こんな毎日を忘れていた。ねじを巻いて歌ったり、歩き回ったりするおもちゃや、ボタンで走り回る馬なんか、何の意味もないのに、そんなものに たくさんのお金と時間をかけて、まったく 馬鹿なことをしていた。」
王様が そうおもっていたとき、庭の木戸のまえに たくさんの兵隊が並び、木戸を開けて 家来達が やってきました。
「王様!良くご無事で!」「良かった、良かった!」「王様、ばんさーい!」
そうして、王様は きちんと王様の服を着て、ねじでまかない普通の馬に乗って、家来達と一緒に お城に戻って行きました。
お城に戻った王様は、お城にあったおもちゃを 全部 すっかり 捨ててしまいました。
そして、それからは 時々 街に出て、人々と話をしたり、店で買い物をしたり、みんながなにをよろこんで、何を困っているのかを聞こうとしました。 今では みんなが 王様を知っていましたし、王様のことを、とても良い王様だと 思うようになりました。
勿論、あの時 世話になった男の子とその両親には たくさんの御礼をし、お城にきて 暮らすようにといったのですが、あの親子は、それを とても 感謝しながら、山の畑もあることだし、やはり あの家で暮らしていきたいと 言いました。
王様は、ソレを聞いて うんうん とうなずき、時々 あの親子の家に遊びに行っては、むわむわと湯気を立てているおいしいお饅頭と熱々のスープをご馳走になるのを楽しみにしていた ということです。
|