王様になった三人の息子たち・・、さて、それぞれ どうなったでしょうか。
まず 長男の兵隊になった息子、名をシモンといいますが、シモンには イワンの作ってくれた 沢山の藁の兵隊がありましたが、やっぱり 藁ではなくて人間の兵隊が必要でしたので、王様になって いろいろな決まりを作った時、国に住む人々の家を10軒ずつにして、その10軒ごとに 兵隊を一人、見た目も姿も良い者と限って 出すように命じました。
そして、人々が シモンの命令や言うことを聞かなかったりすると、すぐに兵隊を差し向けて 思うようにしましたので、シモンは豊かになっても 国の人々は どんどん貧しくなり、また 兵隊が恐くて だれも 何も言うことが出来なくなってしまいました。
田舎を後にしてから その時以上に太った 次男のタラスも、やっぱり 愉快に暮らしていました。
タラスは イワンからもらったお金を無駄にすることも無く、かえってそれまで以上に増やして、お金にうずもれるように暮らしていました。
そして、沢山のおきてや決まりを作って、どんなつまらないものにも いちいち 税金をかけて、人々から お金をむしりとり、それを 金庫にしまいいれていました。国王タラスの金庫はパンパンに膨れ上がり、一方、国そのものは どんどん 貧しく、さびれていきました。
末のイワンは、イワンが病気を治したお姫様の父親の国王様がなくなったので、イワンが後を継ぐことになったのですが、お弔いがすむとすぐに、着ていたものをすっかり脱いで、しまいこんであった 粗末な麻のシャツなどを出してきて それに着替え、百姓仕事をしに出かけていきました。
王様が 汚い百姓の恰好をして 田舎の両親のところで 畑仕事をしているのを見て、人民や城の偉い人たちは、王様たるもの、そんなことをするものではありません と、イワンに意見しましたが、イワンは「何もしないで たべてばかりでいたら ぶくぶく太ってしまうばかりだ。そんなの、体にいいわけなど無い。王様だって 働かなくてはたべていけないのだ。」と言って、畑仕事をやめようとしませんでした。
大臣が来て、ある男が金を盗んだ と報告したとき、イワンは、「いいとも、いいとも。それは その男に 金が必要だったからだろう。」というばかり。 また、役人たちに 金を払えないので、仕事をしてもらえない、と 言ったときも、「いいとも、いいとも。仕事が無ければ、働く時間はたっぷりある。畑仕事を手伝ったらいい。肥やしを運んだりすることくらいは出来るさ。」といって、相変わらず 畑を耕すばかりでした。
そこで、皆は 王様のイワンは どうも 馬鹿のようだ・・といいだし、それに気付いたお嫁さんは、イワンに
「皆、あなたが馬鹿だと 言っていますよ。」と 伝えました。
イワンは やっぱり いいとも、いいとも、と 言うばかりでした。
お嫁さんのお后は どうしたものかと考えましたが、妻が夫にさからってよいものだろうか、糸は 針のあとをついていくものだわね と、自分も 綺麗な着物を脱いで、イワンの両親のところに行き、耳と口の不自由な妹に教わって、畑仕事を手伝うようになりました。
そして、イワンの国からは 頭の良い賢い人達は みんな出て行き、後に残ったのは、イワンと同じような人たちばかりになりました。
イワンの国では だれも お金を持っていません。でも、皆 実に良く働いて、お互いに 出来たものを分け合い、不自由な人たちを 皆で 補い合って、楽しく暮らしていました。
三人は それぞれ そのように暮らしていました。
ところで、地面に吸い込まれていってしまった 三人の小悪魔を送り出した 年取った悪魔は・・、いつまでたっても 小悪魔達が戻ってこないので、これは もう 自分で始末をつけなければならない ということで、地上にやってきました。
そして まず、長男のシモンのところに 有能な軍師として行き、シモンをけしかけて 国中の若い男たちを 全部兵隊にするように命令させた後、数え切れないほどの銃や一度に何十発も出せる大砲を作るように言ったりして、シモンをすっかり 戦争に夢中にさせてしまいました。
そして、隣の国をそれらの兵器で攻めたところ、すっかり隣の国をやっつけてしまえたので、シモンは大満足。悪魔の将軍の言うままに、今度こそは、と インド征伐を企てたのです。
しかし、悪魔は すぐにインド王のところに行って、まったく同じことを 言いましたので、インド王は シモンと同じものを用意し、さらに 一つ二つのシモンが持っていない武器も作ってしまいましたので、シモンが攻めてきたときには、数え切れないほどの銃や一度に何十発も打ち出す大砲などは、何の役にも立たず・・、結局 シモンは 武器も兵隊も 何もかもをなくして、命からがら、逃げ帰ってきてしまいました。
それから、年取った悪魔は 今度は 次男のタラスのところへ 商人になって行き、どんなくだらないものにも 高いお金を払って買い上げたものですから、人民は タラスの作った 掟のとおりの税金も、当たり前に払えるようになり、そのため お金持ちの商人は みんなに慕われるようになりました。
タラスが 毛皮がほしいというと、召使は買い物から戻ってきて、毛皮は すっかり あの商人が買ってしまって どこにもない、と言いました。
また、馬を買おうとしたり、他のものを買おうとしても、国中のものは ぜんぶ あの商人が買ってしまっていたので、タラスのほしいものも、必要な食べ物や着るものも、何ひとつも手に入れることが出来なくなってしまいました。
それでも 人々が税金を納めますので、お金だけは もっともっと 一杯になりました。しかし、どれほど お金が増えたところで、タラスは パンの一枚も手に入れられずにひもじく、着替えを用意することも出来ずに、着古したもので過ごすしかありませんでした。
お城にいた人々も 例の商人に心を奪われて、お城をでてしまい、気が付けば、タラスは お城に独りぼっち。お金のほかは 何も無くなってしまい、最後に 例の商人は タラス王を買う と 言い出したので、タラスは そっと 城を抜け出す始末でした。
そこへ、シモンがやってきて、二人は また お互いの有様に頭を抱えてしまいました。
最後に 年取った悪魔は イワンのところへ やってきました。
将軍の姿になった悪魔は イワンに軍隊を作らなくてはならないと言い、イワンは 例によって いいとも、いいとも。それでは 軍隊を作って、楽隊にし、歌を歌わせてくれ と言いました。
そこで 悪魔は 国中を掛けめぐって 人々に、軍隊に入れば 楽しいことばかり、酒も飲み放題 などといって 人々を集めようとしましたが、皆 毎日が楽しいし、酒だって 自分たちで作ったもので十分だから、特に軍隊に入らなくてもいい、といって 言うことを聞きません。
悪魔は うんと腹を立てて、軍隊に入らないのなら、イワン王が死刑にするぞ と 皆に 怒鳴りたてました。
人々は どうすればいいのか と イワンに相談にやってきました。
「将軍さまが 兵隊になれと言います。でも 兵隊になったら 殺されることだって ありますわな。だけど、兵隊にならなかったら 王様が死刑にすると 言うのですが、それは 本当ですか?」
イワンは 笑って言いました。
「さあ、それは、わしにもわからんな。わし一人で みんな殺すことは出来ないしなぁ。わしは 馬鹿なんで、そういうことは さっぱりわからんのじゃ。」
それを聞いて 人々は それじゃあ、兵隊にはならないと言いましたので、イワンは いいとも、いいとも。と 答えました。
年取った悪魔は この計画が失敗したことがわかったので、もう イワンや国の人々に 何かわからせることを諦めえ、隣の国に行き、その王様に取り入って、イワンの国を攻めさせることにしました。
ところが、イワンは 慌てたり おびえたりなどしないで、いつものように、いいとも いいとも。きたけりゃくればいい というので、隣の国は どんどん イワンの国に 入ってきました。
しかし、どこへいっても なにをさぐっても 何もでないし、軍隊など どこにもありません。どこの村に行っても 国民は イワンのように 兵隊のほしがるものは 何でも、馬や食べ物などでも 与えるのです。
そして、それほど 何も無いのなら、この国に来て 一緒に暮らさないか と 誘うのでした。
兵隊たちは、国王のところへ行って、あれでは 戦のしようがないと言いますと、国王は 怒って、全部 焼き払ってしまえ。逆らうと 皆殺しにするぞ と 命令しました。
そこで 兵隊たちは すべての村に行って 何もかもを焼き払ったのですが、それでも イワンの国の人々は 誰も何もはむかわず、されるままになって ただ 泣くばかりでした。
兵隊たちは つくづく 嫌になり、すっかりイワンの国をでて、皆 勝手に、他所へ逃げて行ってしまいました。
ようやく 悪魔は イワンをやっつけるのに軍隊は役に立たないと知りましたので、つぎは 立派な紳士になって、金を使うことを イワンの国の人たちに 教え始めました。
皆は、紳士の話を聞いて、なんと金貨は便利なものだろう と 自分たちの持っているものを 金に換えたりしましたが、しかし その金貨は 金貨のままでした。
つまり、金貨は 女たちの首飾りや髪飾りになり、子供たちの遊び道具になる以外、使い道が無かったのです。
だって、イワンの国の人たちは、物と物とを交換したり、分け合ったりして暮らしていましたので、特に 金貨など 必要なかったからです。
人間になっている悪魔の紳士は、人々が お金にそれほどの興味をし示さずにいることに腹が立ちましたが、そのうち、人間として イワンの国に住むための家や食べ物などをまかなえきれなくなり、ひもじい思いをするようになったので、あちこちの家々を訪ねては、金貨を出して、ほしいものを手に入れようとしました。
ところが、皆は、今持っている以上の金貨は いらない、というばかり。
それどころか、一軒の百姓家では、なにか 食べるものを恵んでくれ といったとき、「いいとも、いいとも。お前さんが キリスト様の御名によって、というのならね。」というのをきき、そんなこと 口が裂けても いえるものか と その家を後にしてしまいました。
それで 結局、悪魔の紳士は、食べ物に困って 力尽き、その場に ごろんと 道に 寝転がってしまいました。
ある者が、そのことを イワンに言うと、イワンは しばらく考えて
「それじゃあ、その紳士を 皆で養ってやればいい。羊飼いのように、毎日 一軒ずつ 回らせて、その日の食べ物をやればいい。」といいました。
そこで、悪魔の紳士は、そのようにするしかありませんでした。
そして ある日、紳士は イワンの家にやってきて 食事させてもらうことになりました。
ところが、イワンの妹は、それまで 口が利けないことなどで 沢山の怠け者たちに だまされてきたので、まず 悪魔の紳士の手を見ました。
その手は、柔らかく、一度も 鍬を手にしたことの無いことが分りました。
イワンの妹は、この男は 働かない奴だ と 分ったので、テーブルに着かせず、皆の食事が終わるまで イスに座って 待たせようとしました。
イワンの奥さんのおきさきは、口の利けない妹のかわりに、悪魔の紳士に説明しました。
「あの人は、ずっと 嫌な思いをしてきたので、働かない人には、一緒にテーブルに着かせないのです。皆の食事がすむまで、待っていなさい。あとで 残り物を 分けてあげますから。」 と いいました。
それを聞いて、悪魔の紳士は 大変 怒り、
「だから、お前たちは 馬鹿だというのだ。手を使わなければ 働いていないなど どうしていえるのか。わしなどは、手よりも頭を使って働いている。そのほうが 手を使うよりも 数倍 大変で、時には 頭が裂けそうになるほどなんだぞ。」
と イワンたちに 言いました。
すると イワンは
「ほう、そうか。そうだな、わしらが 年取ったときに 手が使えなくなっても、背中が痛くなっても 頭で働けるというのなら、それは 凄いことだ。ひとつ その方法を 教えてくれないかね。」 と 頼みました。
そこで イワンは 国の皆が 楽になるように、是非 この偉い紳士の話を聞くようにと お触れを出し、次の日、紳士を 国で 一番高い塔に連れて行って、そこで 皆に聞こえるように 話してくれるよう頼みました。
そこで 紳士は 高い塔にのぼり、演説を始めました。
悪魔の紳士は 一生懸命 繰り返し 繰り返し、体を使って働くことは どれほど つまらないことか、頭を使って働くことが どんなによいことか ということばかりを 何度も 言い方を変えて 話しつづけるばかりなので、皆は だんだんつまらなくなって、訳が分らなくなってきたりして、そのうち 少しずつ そんな話を聞くより 畑を耕したほうがいい と、そこから いなくなっていきました。
紳士は、丸一日どころか、二日目も 続けて 塔の上で しゃべり続けたので、お腹が減って 頭がくらくらしてきました。
イワンは 皆に あの紳士が 頭で働き始めたかどうか 聞きましたが、皆は まだ しゃべっているだけです と 答えました。
そのうち 悪魔の紳士は ふらふらになって 近くの柱に 頭を打ってしまったのですが、それを見ていた イワンの奥さんは、すぐに イワンのところへ 使いを出し、あの紳士が 頭で働き始めている と 言わせました。
そこで イワンは 急いで 塔に向かったのですが、イワンが到着するかしないか位のときに、ちょうど 紳士は 長い階段に 頭を打ち付けながら 落ちてくるところでした。
それをみていた イワンは、「なるほど。確かに 頭を使うのは 大変なことのようだ。あれでは こぶくらいでは すまないだろうに。」といい、様子を見に行きました。
ところが、紳士が落ちたはずのところは 地面に 少し大きな 割れ目があるだけで、イワンが見ているうちに ずずずっと しまってしまいました
それを見た イワンは、
「やれやれ、やっぱり また 悪魔か。」 と 頭をかきました。
しばらくすると また イワンのところに 何もかもをなくした 上の兄二人、シモンとタラスがやってきて 養ってくれ と 言いました。
勿論、イワンは いいとも、いいとも。といって 置いてやることにしました。「いいとも、いいとも。一しょに暮すがいいさ。この国には 何でもどっさりあるのだからね。」
今も イワンは 元気で働いています。そして イワンの国の人々も 元気に 働いていて、国は 豊かになりました。
ですから、イワンの国には よそからも 沢山の人々が集まってくるのです。
イワンは どんな人でも いいとも、いいとも、一緒に暮らすがいいさ、といって、入れてやりました。
しかし、イワンの国で暮らす人たちは、たった一つの掟を守らなくてはなりませんでした。
それは、どんな人でも 手が柔らかくてきれいな人は、人様の残り物しか食べられない、ということでした。
つまり、汗水たらして 畑を耕したり、家畜の世話をしたり、家を建てたり、子供を育てたり、針仕事をしたり、料理を作ったり、掃除や洗濯などなどの、毎日の ごく当たり前の仕事を 手と体を使ってしない者には、食事はできても、皆で一緒のテーブルで食べることは出来ない。そういう人たちが 食べ終わって 残り物があったら、それをたべなくてはならない、という そういう掟なのです。
|