5月のお話  イワンのばか (1)

 

 昔、あるところに 三人の息子と一人の娘が 両親と暮らしていました。

 若者と呼ばれる頃になると、三人のうちの二人は 家を出て、上の息子は 兵隊になり、次の息子は 町に出て商人になりました。

 下の息子は、兵隊にも商人にもならず、生まれた土地と家にいて、先祖がしてきたように 畑を耕し、牛や馬を育ててくらしていました。

 一人娘の妹は、生まれたときから 耳が聞こえず 話も出来なかったので、すぐ上の兄といっしょに、年取った両親を助けて つつましく暮らしていました。

 兵隊になった息子は、王様の軍隊に入り、手柄を立てて、高い地位と領地をもらい、給金も領地からの上がりも ずいぶんと沢山 あったのですが、王様の娘と結婚したため、そのお嫁さんのひどい金遣いで、見た目はよりは ずっと お金のことで 困っていました。

 商人になった息子は、沢山のお金に埋もれて暮らすことができているのに、幾らもっていても 満足や安心などとはほど遠く、もっとお金をもって胃なければ・・と思い、実家の父の財産を分けてもらおうと思いました。

 二人の息子は 夫々 両親のところへ行き、自分たちの財産分を分けてくれるようにと 頼みました。

 父親は、今まで 出て行ったっきり、便りの一つもよこさずに、好きなことをして暮らしてきた二人は、なにも 親や兄弟のためにしてこなかったし、実際 家にあるものの 殆どは 末息子のイワンが 働いて 得てきたものなのだから、そんなことは出来ない と いいましたが、二人の息子は  それでも どうしても と言い張ります。

 そこで、父親は イワンに 事情を話し、どうしようかと相談したところ、イワンは 「ああ、いいよ。ほしいだけやればいい。おれは 働けば 何でも必要なものは 手に入れられるんだから。」 と 答えましたので、父親は、二人の息子に 夫々の財産を分けてやりました。

 二人の息子は ホクホク顔で さっさと戻っていきましたが、きがつくと 後に残されたのは、年取った雌馬が一頭だけ。
  ですから、イワンは また 次の日から それまでのように 朝から晩まで 畑で鍬や鋤を振り上げて 暮らしました。

 さて、実は、そんなあれこれを、陰で じっと見ているものがありました。

 それは、地面の奧深い、暗くじめじめと湿ったところにいて、いつも 人間たちにねたみや争いを起こして、たくさんの不幸を作り出している 一人の年取った悪魔でした。

 悪魔は、三人の息子達が もっと 醜い嫌な争いをして、イワンの家族がばらばらになることを期待したいたのですが、まったく そんなことになりもしないで、あっさり 良い具合に財産をわけあったことが どうにも面白くなくてたまりません。

 そこで、手下の三人の小悪魔に言いつけて、イワンたちの一人一人に取り付き、それぞれを 駄目にしてしまうよう 言いつけました。

 一人の小悪魔は、兵隊の息子に取り付いて、うまい具合に 息子の気に入りとなると、言葉たくみに たきつけて、隣の国に戦争を仕掛けさせ、瞬く間に 勝利に導いてしまいました。

 それに気を良くした兵隊の息子は、今度は インドを攻めるぞ と言い出し、小悪魔の企てもあって、結果、散々な目になって、命からがら 逃げ帰ってくる始末でした。

 そして、国に大きな損害をもたらした ということで、持っているものも 地位も 何もかもを取り上げられ、牢屋にぶち込まれてしまいました。 
  小悪魔の計画は うまく行ったわけです。

 商人の息子にも 小悪魔が取り付きました。そして そのせいで その息子は さらに欲深になり、見るものなんでもをほしがるようになってしまいました。

 そして、小悪魔の計画通り、すっかりお金を使い果たしても まだ 借金をして 物を買いあさり、とうとう、勘定の日には その醜く太った体だけで 逃げ出さずにはいられないようになってしまいました。

 

 しかし、三番目の 農民のイワンは、取り付いた 小悪魔が どれほど頑張っても どうしても その頑固なまでの馬鹿正直さには勝てず、とうとう イワンに 見つかって 捕まえられてしまいました。

 何でも 言うことを聞くので 助けてくれという小悪魔に、ちょうど その日一日、腹痛を我慢して働いていたいワンは、それじゃあ と 腹痛を治すように 言いつけました。

 すると 小悪魔は 三つに分かれた木の枝のような根っこを掘り出して、一つを飲むように言ったので、イワンがそのようにすると あっという間に 痛みがなくなり すっきりとしました。

 なるほど、これはいい、と言いながら、イワンは 小悪魔を 放してやろうとして、「イエス様のお恵みがおまえにあるように!」と 祈りました。

 すると 小悪魔は、その『イエス様』という名を聞きながら、まるで 水が乾いた土にしみこむように、地面の奥深くに吸い込まれてしまい、二度と 戻ってくることは ありませんでした。

 一日の仕事を終えたイワンが 家に戻ってくると、くたびれた軍服を着た兄と、ごてごてと着飾ったその嫁さんが 食事をしていました。

 何もかもが駄目になった、しばらく ここにいるから 養ってくれ という兄たちに イワンは「ああ、いいさ。いくらでも いるがいい。」といって 上着を脱いで イスに座ろうとしたのですが、嫁さんは 「ああ、くさい!こんなに汚い百姓となんか 一緒に暮らせないわ!」と言いました。

 それを聞いて 兵隊の兄は、イワンに、「家内が 嫌がっているから、お前、外で寝てくれないか。」と いいますと、イワンは「ああ、いいさ。どうせ 飼い葉の世話をしなくちゃならないし。」といって パンをもって 野原に出て行きました。

 ちょうど その頃、兵隊の息子に取り付いていた 小悪魔がやってきて、仲間を探しましたが、見当たらず、あちこち歩いているときに、地面に小さな 深い深い穴を見つけました。
 小悪魔は それで 仲間がやられたことを知りました。

 そこで、野原で 草を刈っているイワンの邪魔をすることにして、イワンのもっていた鋤が 草刈りの役に立たないようにしてしまいました。

 ところが、イワンは 新しい鋤を取って来て、草を刈り始めたので、小悪魔は 慌てて、草を水浸しにしたり、腐らせようとしたり、あれこれ手を尽くしてみましたが、イワンは そんなこととなど まったく 気付かずに、うんうん いいながら、苦労して すっかり 草刈を片付けてしまいました。

 そして、イワンが 妹と一緒に 次に刈ったライ麦の束を 一つずつを荷車に載せているとき、束の中から 二番目の小悪魔が イワンに見つかってしまいました。

 イワンに 叩き潰されそうになった小悪魔は、なんでもするので、助けてください と 言い、藁から 兵隊を作ったり、また 藁に戻したりする方法をおしえたので、イワンは 小悪魔を放してやることにして、「イエス様のお恵みがおまえにあるように!」と 祈りました。

 すると 小悪魔は、その『イエス様』という名を聞きながら、まるで 水が乾いた土にしみこむように、地面の奥深くに吸い込まれてしまい、二度と 戻ってくることは ありませんでした。

 さて、その日、仕事を終えて、イワンが家に戻ってみると、今度は でっぷり太った商人の兄と 同じくらいに肥えた嫁さんが 食事をしていました。

 商人の兄がイワンに、何もかもが駄目になった、しばらく ここにいるから 養ってくれ と言ったので、イワンは「ああ、いいさ。いくらでも いるがいい。」といって 上着を脱いで イスに座ろうとしました。
 するると  嫁さんは 「ああ、くさい!こんなに汚い百姓となんか 一緒に暮らせないわ!」と言いました。

 それを聞いて 商人の兄は、イワンに、「家内が 嫌がっているから、お前、外で寝てくれないか。」と いいますと、イワンは「ああ、いいさ。どうせ 馬の世話をしなくちゃならないし。」といって パンをもって 納屋に出て行きました。

 さて、その頃、商人の息子に取り付いていた 小悪魔がやってきて、仲間を探しましたが、見当たらず、あちこち歩いているときに、地面に小さな 深い深い穴を見つけました。
 小悪魔は それで 仲間がやられたことを知りました。

 そこで 小悪魔は イワンを探しに出かけ、森で イワンを見つけました。イワンは、二人の兄達が それぞれに 家がほしいというのを ああ、いいさ、と引き受けて、そのための 木を切っているところだったのです。

 小悪魔は それに細工をして、うまい具合に 木を切ることが出来ないようにしたのですが、イワンは、それとは まったく気付かずに、あせびっしょにりになって、うんうんいいながら とにかく 木を切ったのですが、いくらもきらないうちに くたびれて 切り株に どっかりと腰を下ろしました。

 小悪魔は イワンがくたびれて やめてしまうだろうと思っていました。
ところがイワンは 急に立ち上がると、反対側に 斧を振り下ろしたので、木はあっさりと、そんなことを考えてもいなかった小悪魔の上に倒れてきてしまいました。

 手を挟まれた小悪魔の悲鳴を聞いて、イワンは すると コレまでのことは こいつのせいか と 斧を振り上げたのですが、小悪魔が 必死に 何でもするので助けてください というので、なにをするのかを 聞きました。

 すると 小悪魔は イワンを森の奥に連れて行き、木の葉を揉んで、金貨にしてしまう方法を 教えましたので、イワンは 小悪魔を放してやることにしました。

 そして 「イエス様のお恵みがおまえにあるように!」と 小悪魔のために祈ったとたん、小悪魔は、まるで 水が乾いた土にしみこむように、地面の奥深くに吸い込まれてしまい、二度と 戻ってくることは ありませんでした。

 秋の取入れが すっかりすんだ頃、村では お祭りをすることになり、イワンは 兄たちにも声を掛けましたが、百姓の祭りなんか といって、バカにするので、イワンは 村の人たちと祝うことにしました。

 そして、みんなのために、納屋で 藁を兵隊にし、楽隊を作って 楽しい曲を いろいろに演奏させて、みんなを喜ばせたり、木の葉から 金貨を作って、村の衆にばら撒いて 面白がっていました。

 しかし、それを見た兄たちは、それぞれ 大隊の兵隊がほしい、桶に3杯の金貨がほしいといい、イワンに 調達してもらうと、それぞれ さっさと 家を出て行ってしまいました。

 しばらくすると 兵隊の長男は、たくさんの兵隊がいるのは良いけれど、それを養っていくのが 大変になってきて、また 商人の次男も お金はどんどん増えるものの、その番をすることが出来なくて 困ってしまいました。

 二人は 相談して、また、イワンのところへ行って 兵隊とお金を出してくれるように 頼みました。

 すると イワンは、二人に もう 兵隊もお金も出さない と 言ったので、二人が なぜか と聞くと、村の若いおかみさんが 泣いていたのは、亭主が兵隊に殺されたからだけど、自分が作った兵隊で 人殺しをするのは 絶対に 嫌だからだ、と 兵隊の兄に言い、乳の出る牝牛を飼っていた家の子供達が 乳をもらいにきたので、訳を尋ねたら、金貨三枚で 牛が売られてしまい、飲める乳が無い というのをきいて、人を 困らせるようなお金の使い方をするなら もう 二度と 金貨など出さないと 商人の兄に 言いました。

 二人は 頭から湯気が出るほど怒って、イワンを怒鳴りつけましたが、イワンは 聴く耳を持ちませんでした。

 そこで 二人は 相談をし、兄は 兵隊を養うだけ金をくれれば、商人の弟に自分の国を半分と、お前の金を番するのに入用なだけの兵隊をやろう といい、弟は すぐに承知したので、二人は それぞれ その土地の王様になって お金持ちになりました。

 イワンは、二人の兄が出て行った後も 相変わらず 土を相手に 両親と不自由な妹と一緒に 暮らしていましたが、ある時、国のお姫様が 病気になって 苦しんでいる。もし、お姫様の病気を治すことが出来たら、その者は お姫様と結婚できる というおふれが出され、それを知った両親は イワンに 木の根っこをもって お城に行くように言いました。

 イワンは 痛いのはかわいそうだ と、出かけることにしたのですが、すっかり支度をして さぁ 出かけよう と門のところまで来ると、そこに おばあさんが 苦しそうな顔をして立っていました。

 こんなところで どうしたね?と聞くと、手が痛くて 自分の靴下さえはけない、これでは 畑仕事も針仕事も 何も出来ない。イワンが 病気を良くすることが出来ると聞いたので、朝から ずっと 待っていた。どうか 手を治しておくれ と 言いました。

 イワンは 気の毒に思い、ああ いいよ、と言って 小悪魔からもらった最後の木の枝を おばあさんにやりました。すると 手は すぐに良くなって 痛みも消え、おばあさんは 喜んで 何度もお礼を言いながら 帰っていきました。

 それを見ていた 両親は、もう 病気を治す木の枝が無いじゃないか、お姫様が かわいそうじゃないのか と イワンに言いました。

 イワンは、そうだな、やっぱり かわいそうだな と 思ったので、何も持ってはいませんでしたが、お城に向かいました。

 べつに 何か策があるわけではありませんが、ただ お姫様が気の毒だったからです。

 しかし、お城に近づき、お姫様のところに近くなるにつれ、お姫様の病気は どんどん良くなり、しまいには、イワンが そばに来たというだけなのに すっかり 元気になってしまいました。

 それを見て、王様は 大喜び。イワンは お姫様と結婚して 王様になることになりました。

 これで 三人の息子たちは それぞれ 王様になりました。

 

 

 このお話は ご存知の方、沢山 いらっしゃると思います。トルストイの書いたものですね。

 ご承知のように 少々 長いお話で、そのため ずっと いつどうやって書いたものかと考えていましたが、今回 書き出しまして、やはり 一度に書いてしまうのは 大変かな と おもい、また 来月の分として 続きを書き足すことにいたしました。

 しかしながら、お読みになられて お気づきの通り、大分 はしょってあります。それでも これだけの長さになるのですから、童話 というより 少々 大人向きなのかもしれませんし、事実、読みながら 書きながら思うのは、やはり お話の面白さの中に、様々な教訓があって、これは 大人が読むことも考えて、作者は書いたのだろうな と 思っていました。

 「卵ほどのむぎ粒」という彼の書いたお話を ご紹介してありますが、そのあとがきとしてのコメントの中に、あの時代の農民たちの暮らしや社会の様子なども すこしだけ 書いてあります。そんなものもご参考に お読みいただくのも よろしいかと思います。

 それから、このお話の題名には 「ばか」という言葉がついています。
今は こうやって どなたがごらんになられるか分らないようなものの中に、いわゆる 差別用語といわれる言葉を書くのは よろしくないという、そんな向きもあることとは思いますが、今回ばかりは どうしようもないと 判断いたしました。

 これを 別の言葉を持ってきてしまうのは、お話を書いたり 翻訳したりした意味が、別なものになってしまいかねませんし、ちょっと お話のインデックスをご覧いただければ、他にも いわゆる その差別用語なる語のままの題名のお話が いくつかあります。

 確かに、良くないと言葉だろうな と おもいますが、このお話の最後のあとがきコメントの初めにも、そんな言葉たちへの 軽い苛立ちについて 書きました。
 難しい問題なのでしょうね。。 多分。

 まぁ それは ともかく、さて、物語は 夫々の国の王様になった 三人の息子達が、その後 どのようになっていくのか を 書いて行きます。

 このお話を読んで、皆さんが イワンを どう 思われるのか、とても それが 知りたいと 今 思っています。

 では、「イワンのばか」 続きを どうぞ!

 

イワンのばか(2)へ

お話のインデックスへ

 



お問い合わせはこちら!