あるところに、ハンスという少年が 母親と二人で暮らしていました。
ふたりは、貧しいながらも 贅沢さえしなければ ようやく 日に2度の食事くらいは なんとか たべられるという そんな暮らしぶりでした。
あるとき、ハンスは、お母さんに パンを焼く為の粉を もってきておくれ と 頼まれたので、小屋から 表へ出て、ちいさな箱のような食糧庫から 大切な粉が 袋のそこの方に 少し残っているような そんな小麦粉を取り出しました。
そして 小屋の扉を開けようとして 片手をドアのとってに かけたとき、そこに 強い北風が ぴゅーーーっと 吹いて、粉の入った袋を飛ばしてしまいました。
ハンスは あわてて、袋を追いかけ ようやく拾い上げましたが、中にあった小麦粉は すっかり 吹き飛ばされていてしまっていました。
そこで ハンスは お母さんに 粉を取り返してくる といって、走って 北風の後を追いかけました。
ずいぶんと走ったころ、寒い寒い北の原っぱの向こうに 氷の城が見えてきました。
「あそこだな。」 ハンスは 吹き付けてくる冷たい風に 身体を斜めにしながら 必死で 北風の住むお城に 近づいていきました。
そして ようやく 氷の門のまえにたつと、ハンスは 声を大にして 叫びました。「うちの大事な小麦粉を吹き飛ばした 北風よ!粉をかえせー!」
すると ごおーっという地響きのように 空気を震わせて 北風が 中から答えました。
「お前の家の小麦粉を吹き飛ばしただと?うーん・・、まぁ 覚えはないが、なにしろ わしのさっきの勢いなら そういうこともしたかも知れんなぁ。
そうか、それなら 粉を返さねばならないが・・、しかし ここに 小麦粉などは ないのだ。」
「おいおい、それじゃあ 困るんだよ。うちは 貧しくて あの小麦粉が 今月最後のパンになるはずだったんだ。どうしてくれるんだよ。」
「そうか・・、ま 粉は無いが、それでは これはどうだ?」
そういって 氷の高い城壁をこえて 北風のなげてよこしたのは、一枚のテーブルかけでした。
「おーい、北風や。テーブルかけがあったって 食べる物が無いんじゃ しょうがないじゃないか。」
ハンスがそういうと、北風は いいました。
「まぁ、そういうな。このテーブルかけは ただのテーブルかけじゃない。テーブルに このテーブルかけをかけて、こう言え。『テーブルかけよ、おいしい食事を出してくれ。』」
「なんだって?そういうと どうなるんだ?」 と ハンス。
「やってみるがいい。うまいご馳走が 山のように出てくるぞ。」
ハンスは大喜びで テーブルかけを拾い、大声で 北風に お礼を言うと、いそいで 家を目指して 走り始めました。
ところが、昼から走ってきたので、あたりは もう すっかり 暗くなり、ハンスは くたびれていたこともあって 近くの宿屋に泊まることにしました。
宿屋の主人は 貧しそうなハンスを見て ただ 泊まるだけなのか、食事はいるか と 聞いてきたので、おなかがすいていたハンスは 食事をしたいと思いながらも 持ち合わせのお金を使いたくなかったことと、テーブルかけを試したかったので、食事はいらない と いいました。
そして 部屋にはいり、まず テーブルの上に 北風からもらったテーブルかけをかけると、いすにすわって 言いました。
「テーブルかけよ、おいしいご馳走をだしてくれ!」
すると、テーブルの上には ハンスがこれまで食べたことも無いような 素晴らしいご馳走が たくさん並べられました。
ハンスは 大喜びで おなかいっぱい 食べて、大満足したのです。・・が、
その様子を ドアの隙間から 見ていたものがありました。
宿屋の主人のおかみさんです。
「まぁ!! あのテーブルかけがあれば、料理しなくてもいいし、なにしろ 材料を買わなくてもいいんだ。そしたら 食事代をもらっても 買い物をしなくていいから その分 おおもうけだわー!」
おかみさんは 早速 主人にこのことを話し、ハンスが つかれてぐっすり眠っている間に 同じようなテーブルかけと 北風のくれたテーブルかけを すりかえてしまいました。
翌日、家に帰ったハンスは すぐに テーブルかけをテーブルの上に広げ、不思議がっているお母さんを前に、テーブルかけに ご馳走を出すように 言いました。
でも、テーブルの上には 昨日の晩、ハンスが 食べたような ご馳走どころか、パンの一枚も 出てきません。
なんどやっても 何も出てこないテーブルかけを ひっつかんで、ハンスは また 北風のところへやってきました。
「おおい!北風や! このテーブルかけは 役に立たない。これを 返すから やっぱり 小麦粉をかえしてくれ!」
すると ごおーっという地響きのように 空気を震わせて 北風が 中から答えました。
「テーブルかけでは 駄目か。だが ここには 小麦粉など ないのだ。
うーん、困ったな。よし、それでは これをやろう。」
北風が そういい終わると、おおきな氷の門が ぎぎーっと開いて、一頭の羊がとことこと 出てきました。
「おいおい、おれは 粉を返してほしいんだ。羊じゃないんだよ。」
「まぁまぁ ハンス。羊をつれてかえって 羊にこういってみろ。『羊よ ひつじ。金貨を たくさん 出してくれ。』 そうすると お前の目の前に 金貨の山ができるぞ。」
ハンスは 大喜びで 羊といっしょに 家に 戻ることにしました。
しかし、やっぱり 帰りの途中で 暗くなったので、また あの宿屋に 泊まることにしました。
宿屋の主人は、羊と一緒に泊まりたいという ハンスの言葉に、また ハンスをじろじろと眺めながら、ただ 泊まるだけなのか、食事はいるか と 聞いてきたので、おなかがすいていたハンスは 自分は 泊まるし、食事もいる と答えました。
宿屋の主人とおかみさんは、あの ハンスが お金を持っているようでもないのに、食事をするといったので、お金はあるのだろうか と 心配になりましたが、このあいだ ハンスから盗んだ 北風のテーブルかけでだした ご馳走を ハンスの部屋にもって行き、しばらく 様子を見ていました。
たっぷりとおいしい食事をしたハンスは、羊にむかって こういいました。
「羊よ ひつじ、金貨をたくさん 出してくれ。」
すると 北風のくれた羊は メエっとないたとたん、ばらばらと 金貨を吐き出しはじめました。
見る間に金貨の小山が ハンスの前に出来たのをみて、宿屋の主人とおかみさんは、すぐさま ハンスが連れてきた羊と同じような格好の羊を連れてきて、ハンスが連れてきた羊と 入れ替えてしまいました。
翌日、家に戻ったハンスは、お母さんをよんで、羊に 命令しました。
「羊よ ひつじ、金貨を いっぱい出しておくれ。」
・・ でも、羊は めえ めえ となくだけで、金貨など 一枚も 出しはしません。
怒ったハンスは 羊を連れて 急いで、北風の城に 行きました。
「おおい!北風や! この羊は 役に立たないぞ。羊は返すから、はやく 僕の小麦粉を返してくれ!」
すると ごおーっという地響きのように 空気を震わせて 北風が 中から答えました。
「羊も 駄目か。だが ここには 小麦粉など ないのだ。 うーん、困ったな。よし、それでは これは どうだ?」
北風が そういい終わると同時に、氷の門の上から 一本の杖が 落っこちてきました。
危うく 杖にあたりそうになったハンスは、むっとして 叫びました。
「おい!危ないじゃないか! それに 俺には まだ 杖は必要ないぞ。いいから 粉を返してくれ。」
「まぁまぁ ハンス。この杖は 魔法の杖なのだぞ。この杖にむかって こう言ってみろ。『杖よ つえ。悪い奴を ぶん殴れ。』 そうすると そのとおりになるのだ。」
ハンスは 杖をもらったところで おなかいっぱいにはならない と 思いながらも、悪い奴をぶん殴る杖 というのを 見たいこともあって、しぶしぶ 杖をひろって 家に戻りました。
あまり 賢いとはいえないハンスではありましたが、それほど ばかなわけでもありません。北風にもらったものが いちいち 家では つかいものにならなくなっていることに 気づいたハンスは、今度も あの宿屋に泊まると、その日は 杖を抱いて ベッドに入りました。
その日も 夜中に、宿屋の主人とおかみさんがやってきて、そうっと ハンスの泊まっている部屋に忍び込むと、ハンスが 抱えている杖を しずかに抜きとって、持ってきた杖とすりかえようとしたのですが・・
ずっと 気をつけていたハンスは ぱっと 目を覚まして 叫びました。
「杖よ つえ!悪い奴らを ぶんなぐれ!」
すると 杖は 飛び上がり、息つくまもなく 宿屋の主人とおかみさんを ビシバシと たたき始めました。
「わあ!痛い!いたい!」「きゃあー いたいー!痛いよー!」
二人は 逃げることも出来ずに うずくまって なきながら ハンスに言いました。
「悪かった!悪かったよ、返すから。テーブルかけも 羊も 返すから、頼むから もう 止めてくれ。あ 痛い!いたたたた!勘弁してくれー!」
ハンスは やっと 家に戻ると、テーブルにテーブルかけをかけて、今まで食べたことも無い おいしい素晴らしい食事を お母さんと一緒に食べ、羊の出した金貨を 山ほど お母さんに上げて、言いました。
「さぁ これからは この杖もあるから、悪い奴らも 怖くない。おかあさん、僕たち 小麦粉を吹き飛ばされた代わりに 北風から もらった 三つの宝物で、ずっと 幸せに暮らせるよ、よかったね!」
|