昔、あるところに ふたりの仲の良い少年たちがいました。
パウルは、代々続いた 土地の名家の息子で、活発で 勉強も良く出来たので、両親も 周りの人たちも 皆、彼の将来には 大いに期待していました。
もう一方の少年のハンスは、働き者の両親とたくさんの兄弟と一緒にくらしていて、それほど 勉強好きではなかったこともあり、将来は お金の稼げる職人になって 一家のために 働くのだ と 家のものも 近所の者たちも 思っていました。
二人は 小さい頃から、いつも 学校が終わると、一緒に 町の教会にいって、お祈りをし、神様の話をしたり 聞いたりするのが 大好きでしたし、日曜日は 必ず 二人並んで 教会のミサに与り(あずかり)ました。
パウルは もともと 賢い子供でしたし、いろいろなことを知ることが好きだったので、神父さんの日曜の説教などを真似たり、考えたことや 憶えたことを、友達のハンスに わかりやすく、丁寧に 教えることが出来ました。
ハンスは、パウルほどには いろいろなことが すぐにわかるほうでは有りませんでしたが、とても素直で 純真でしたので、なんでも うまくできるパウルの話を聞いて ようやく 勉強がわかったり、神父さんの説教の意味を理解したりしては、何でもできるパウルが友達でいることを ほこらしく思っていました。
月日が経ち、そろそろ パウルとハンスにも 将来のことを 決めなくてはならない時が きました。
回りの人達は パウルは 家の跡取りとして、一人前の名士となり、素敵なお嫁さんと結婚して 幸せな家庭を築くものだ とおもっていましたし、ハンスは 手先が器用で、素直に 人の言うことを聞けたので、ちゃんとした親方の下にはいって、お金を稼げる仕事を覚えたら きっと家族に楽をさせるだろう と 思っていました。
・・が、実は、そんな回りの人達の思いとは まったく別に、二人には 一生を 神様のために おささげしたいと いう 同じ望みがあったのでした。
しかし、パウルの家では そんなことは 決して許されるわけもなく、また ハンスのところでも 兄弟たちのことを思えば、そんなこと、やっぱり 許してくれそうにありません。
ふたりは 一生懸命 いのり、そして ついに、これまで 誰にも話したことの無い 二人だけの望みを、神父さんに 相談してみることにしました。
二人の望みを聞いた神父は とても びっくりしましたが、でも できれば そうなってくれれば と 思っていたこともあり、とにかく 家の人達に話すように言って、聖堂で 三人で どうか 神様のお望みであるならば 二人に道をお示し下さいと 祈りました。
案の定、パウルのところでも ハンスのところでも ひと悶着どころか、大騒ぎになり・・、ふたりは 散々な目にあいましたが、でも そんな風に反対されればされるほど、どうしても 神様に従う生活をしたいと 強く願うようになりました。
そして とうとう、親たちが 根負けし・・、パウルは 神父になるために 神学校へ、ハンスは 遠くの修道会へ 行くことになりました。
神学校も修道院も それぞれ 入ってしまえば、そうそう 簡単に世間に出ては来られない時代でしたから、二人の少年は たまにもらう 短い休暇以外は 会うこともなく、忙しく過ごし続けました。
長い時を経て、ようやく 二人は 再び出会うことになりました。
それは 晴れて神父となったパウルが、ハンスのいる修道院のある町の教会の主任司祭として 赴任してきたことから 始まりました。
まだ 神父になって それほどの時も経ていないパウルは、ミサの中での説教が、すこし 気億劫でした。
赴任して 最初の日曜日、町中の人達が 新しくやってきた神父さんを見ようと 集まり、それをみた パウルは いきなり 自信がなくなってしまい、頭がくらくらするほど 緊張してしまいました。
その時、ハンスが ミサの手伝いをしようと 部屋に入ってきて、パウルの様子がおかしいのに気づき、どうしたのか と たずねたので、パウルは 自分には とても あれだけの人の前で 説教をすることは 出来ない、と 叫ぶようにして いいました。
すると ハンスは、パウルの手をとり、にっこり笑っていいました。
「じゃあ 僕に 話しかけてくれよ。ミサの手伝いは 他の人にしてもらって、僕は 君の目の前の席で 君の説教を聞かせてもらうよ。子供の頃、いつも 僕に話してくれたように 話してくれよ。」
パウルは すこし 気持ちを落ち着かせて うなずきました。
最初のミサでの説教は こうして なんとか 無事にし終えましたが、町の人々は その明快な話しぶりや 適切なものいいに、とても おどろき、これほどの人が 町の主任司祭になってくれたことを 喜び合いました。
それからの日曜日は、もう 大変な騒ぎで、うわさを聞きつけた隣町や村、とおくからの参列者で ごった返すほどでした。
パウルは いつも そんな人達を 見るたびに、自信が揺らぎましたが、その度に いつも目の前の席で 自分の説教を聴いてくれているハンスに向かって 解り易く たのしく、美しい神様の愛の話を することが出来ていました。
そのうち、パウル神父の名説教のことは、あちこちに広がって、たくさんの人達が 有名な神父の話を聞きに たずねてくるようになりました。
町は にぎやかに、豊かになり、人々は これも 新しい神父さんのおかげ と ほくほくしていました。
一方、パウル神父も だんだん たくさんの人の前で 話すことに慣れてきて、いつも 目の前の席にいるハンスのことを 時々 忘れていることもあるようになりました。
そして、パウル神父の説教は ますます うまくなっていったのでした。
そんなある日、ハンスが 熱を出し、しばらく 床につくことになりました。
長い修道院での厳しい生活で ハンスは 身体を痛めてしまっていたのです。
少し休めば また 元通りになると、誰もが おもっていましたが、季節が変わっても ハンスは 床を離れることが出来ませんでした。
相変わらず パウルのミサには たくさんの人がやってきていましたが、人々は そのころから パウルの説教が だんだん つまらなくなってきたように 思いはじめました。
そして 半年もたつと パウルのミサに集まる人達は、それまでの半分になってしまいました。
パウル自身も なぜ 自分の説教が うまくできないのか わかりませんでした。
それでも だからといって すべきことを止めるわけにはいきません。
パウルは ひどく悩みましたが、病気のハンスを心配させてはいけないと思い、見舞いに行っても そんなことは ひと言も言いませんでした。
あるとき、ハンスは すこし 気分が良くなったので、久しぶりに パウルのミサに与ろうと思い、パウルには 内緒で そっと いつもの 一番前の席に座っていました。
ミサが 始まって すぐに、パウルは ハンスがいつもの席についているのに気づき 驚きました。
そして 説教の時間になったとき、パウルは 以前のように 堂々と、落ち着いて 豊かな神様の愛と恵みについて 人々の心を揺さぶる説教をすることが出来たのでした。
そして、パウルは 気づいたのです。
そうだったのだ・・、僕は 自分がうまく話しているから、皆が 喜んで聞いていると思っていたけれど、そうじゃなかったんだ。
僕は いつも ハンスに話しかけていたから、ハンスが いつも 目の前で 聞いていてくれたから、だから 僕は うまく 話せていたんだ。
ハンスは その日を境に 二度と起き上がれなくなり、苦しむこともないままに その月の終わりには 神様の御許に帰っていったのでした。
ハンスの葬儀のミサには、どこから こんなに集まったのかと思うほどたくさんの人達が やってきました。
パウルは それを見て、ハンスが どれほど みなに 愛されていたのかを 知りました。
ハンスは これといって 何をしたわけではありませんでしたが、でも いつも 皆の話を ニコニコしながら聞き、話す相手をなぐさめ 励まし、そしてともに祈っていました。
ただ それだけだったのに、たくさんの人達が ハンスを 思っていたのでした。
パウルは、もう 決してその席のハンスを見ることも無いのだ と 思うと 哀しくてたまりませんでしたが、それでも そこに ハンスが いつものように 坐って 自分の話を聞いていてくれるようなつもりで、心をこめて 説教をしました。
それは、永の友人のハンスとの出会いから 互いに 神父と修道士になったいきさつ、その後の出会いを経て、ハンスが居なくなって 初めて、いかに 自分が思い上がっていたか、思い知ったこと。それまで 皆が喜んで聞いていた説教は つまりはハンスに話しかけていたからだったことに気づいたことを 話したものでした。
「どんなにたくさんの人の心を 揺さぶるような話ができようと、たった一人の友が 聞いていてくれなければ それは 無かったことだったことを 知りました。
かたくなで 思い上がった私の話を、それでも 彼は 励ますように いつも 喜んで 聞いてくれていました。
彼が いなかったら 私の話は ただ うるさく鳴るばかりのドラのよう、きっと 何一つ だれひとりの心もとらえることはできなかったでしょう。」
パウル神父は それからも ずっと、ミサの時には どんなにたくさんの人があつまっても、一番前の前の席を開けておくようにしたそうです。
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