あるところに 一人の力自慢の木こりがいました。
木こりの住む村では、ときどき 隣の村との境の道で、だれが 一番 力が強いかを決める 力比べをすることがありました。
力比べのやり方は こうです。二つの木の切り株の上に、太さも大きさも 硬さもおなじ丸太を立て、それを 斧で割るのです。
もちろん 力自慢のものたちですから、丸太は すっぱりと割れるのですが、その木こりのかみそりで切ったようにきれいな切り口を見ると、だれでもが 木こりの勝ちを みとめるのでした。
何人もの力自慢たちが やってきては、この木こりと 競争するのですが、木こりは、そのたびに 勝ってきたので、今では 力比べをもうしこむものも 少なくなっていました。
しかし、ある日、久しぶりに 別の村から 力比べをしたい という申し出があり、木こりの男は、それならば、と 引き受けました。
ところが、約束の日が迫ってくると、なぜだか 男は なんとなく 落ち着かず、わけもわからいまま、ただただ 心配になってきたのでした。
その日も 男が 今度の力比べに まけてしまうのでは・・ と 思い始め、いてもたっても 居られなくなったそのとき、ふと 小さな声が こう 言いました。
「おまえは、力は強いが 頭のほうが からきしだねぇ。くっくっく・・」
「だれだ! なんだ おまえは!?」
部屋の隅の 薄暗いところに 影のように片足で突っ立ち、ぴんと上を向いた耳の後ろを 面倒くさそうに書きながら、ニヤニヤこっちを見ているのは、一匹の 小さい悪魔でした。
「まぁまぁ、落ち着いけよ。 おまえ、こんどの力くらべ、自信がないんだろう?
はっは! 馬鹿だねー。そんなこと 心配することなんか これっぽっちもないじゃないか。」
「なにだと?!なにか いい方法でもあるというのか?!」
「あるさ〜。簡単なことさ、お前の使う斧を 13倍にすればいいだけのことじゃないか。」
「13倍だと! なにをいっている、そんなもの 誰が使えるというんだ、ひとを馬鹿にするのも いいかげんにしろ!」
と いいながら、男は 悪魔めがけて 拳骨を振り上げ つかみかかろうとしました。
それを するりと交わした悪魔は、また ニヤニヤ笑って言いました。
「まぁまぁ、血の気の多い男だなぁ。 べつに 何倍だろうが 難しいことはないさ、俺が ちゃんと 助けてやるんだからな。」
男は、悪魔の言葉をきいて そうか それなら できるかも・・ と 思ってしまいました。
そして、とうとう 鍛冶屋に出向き、人の持つ一番大きい斧の13倍の斧を作るように、言いました。
「13倍だって?? だんな、いったい そんなもので どうしようってんですかい? そんなのは 悪魔の使うものでしかないでしょうに。」
そう鍛冶屋が言ったとたん、どこからか 悪魔が 現れて、鍛冶屋の唇の上下をつまんで ぐいっとひねってしまったものですから、鍛冶屋は だまって、なにがなんだかわからないまま、とうとう 男の注文どおりの斧を 作ってしまいました。
さすがに 出来上がった斧を見たとき、木こりの男も これでは とても 振り上げるなどできはしまい、と 思いましたが、悪魔が力を貸したからでしょう、大きな斧に 手をかけると、おもいがけず、斧は 当たり前のように 男の手になじみ、軽々と持ててしまったのでした。
そうして、いよいよ 力比べの日になりました。
あちこちの村から たくさんの人が 久しぶりの力比べを 見に来ていました。
相手の男は、早くから そこへやってきて、男の来るのをまっていました。
一方、力自慢の木こりは、どうせ 自分が勝つのだから と ゆっくりと家をでようとして、家の扉をあけたところ、そこに 一人のかわいい男の子が たっていました。
そして、力自慢の男に こういいました。
「おじさん、それは 人間の使う斧ではありません。おじさんの使う斧は これです。」
見ると それは いままで 自分が使っていた 斧ではありませんか。
「そんなもの、どこから出してきたんだ。もう それはいらないんだ、急いでいるから どきなさい。」
そして 斧を担いで 道を先に進むと 途中で また あの男の子がたっていました。
「おじさん、それは 人間の使う斧ではありません。おじさんが使う斧は これです。」
木こりの男は いらいらして言いました。
「うるさい、そんなものは 必要ないんだ。もう いいから 帰りなさい。」
男は 口の中で ぶつぶつ文句を言いながら、ようやく 皆が集まっているところにやってきました。
皆は、男が来たのに気づいて 道をあけましたが・・
その 巨大な 見たこともないような斧を見て、大いに驚き、口々に、あんなもの どこから持ってきたのだろう?とか あれが使えるのなら 人間じゃないな、悪魔に違いない、とか、いろいろ いいたてました。
そして 切り株のところに近づいていくと、また あの 男の子が 前に立ちふさがり いうのでした。
「おじさんの斧は これです。それは 人間がつかうものではありません。」
「うるさい!いい加減にしないか!俺の斧は これだけだ!あっちへ行け!」
男は 子供に躓きそうになって 腹も立ったこともあって 怒鳴りながら、前に進みました。
とうとう 力比べが 始まりました。
まず 別の村の男が 斧を振り上げ 一気に すぱーんと 丸太を真っ二つにしました。
見事な技に 見ていた人たちは 拍手をし 歓声を上げました。
次は 男の番です。皆 しーんとなって どんな風になるのか、緊張してみています。
男は、誰が見ても 異様な大きさの あの悪魔の斧を 軽々と振り上げ、一瞬 頭の上で 止めたかと思うと、ブーンと大きな音をさせて 風をも切り裂きながら、斧を振り下ろしました。
斧は、切り株の上の丸太を割り裂き、その下の切り株も 真っ二つにし、さらに その下の地面にまでも 深く食い込んで、ずーんと 地響きをたてながら、地面に深い 裂け目を作りました。
斧を振りおろした男も含め、周りの誰もが 声も出せずに 目の前の出来事に ただただ 驚いて、目を見開くばかりでしたが、そのとき、裂けた地面の中から なにかが 盛り上がるようにして 出てきました。
それは おおきな おおきな きのこでした。
大きなきのこは、地面の裂け目から 突き出ながら、空いっぱいにそのかさを広げて ゆっくりと 回り始めました。
みんなが あれ、あれ、と いう間に、きのこは どんどん成長し、くるくる回りながら いきおいをつけ、その勢いに、その場に居た人たちは 一人ずつ 階段を上るように きのこのかさの中に 吸い込まれていったのでした。
そして、ついには たくさんの人たちを 抱えたまま、大きのこは 空遠く 飛んでいって見えなくなってしまいました。
後に残ったのは、ざっくりと割れた地面と、あの 巨大な斧だけでした。
しばらくすると、遠くで見ていた人たちが 恐る恐る近づいてきました。
そして その どこまでも深い地面の割れ目を見、そして なによりも そこに残っている 大きな斧を どうしたものかと おもいましたが、皆で なんとか その斧を 割れ目の中に 落として、だれも 斧に触ることができないようにしたのでした。
その話は、あっというまに広がって、あろうことか そんなすごいものならば、と あの斧を取り出そうとする者たちが 現れてきたので、それなら、ここを 埋めてしまえばいい という声が上がり、人々は、毎日 時間のある限り、一握りの土であっても そこに置くようになりました。
それを伝え聞いた そこを通る旅人たちも、だれでもが 一握りの土を そこに置いていくようになりました。
そうやって、すっかり何もなくなってしまった その場所は、少しずつ 土が盛られて、とうとう 小さい丘になったのでした。
そのときから そこには 一羽の白い小鳥が 毎日やってきては 小さな花の種を 一粒ずつ 丘においていくようになりました。
雨の日も 風の日も、暑い時も 寒い時も、小鳥は 種を加えて やってきました。
そして あるとき、そこは 一面の白い花で いっぱいになりました。
物好きな人が その花の数を数えてみたところ、それは、きのこに連れ去られていなくなってしまった人たちの数だけある ということでした。
「でも 一人分 足りないんだ。きっと あの木こりの分だよ。」
「いやいや、あの木こりは あの小鳥じゃないのかな。
きっと あの男は小鳥になって いってしまった人たちの数だけ ここに 白い花を咲かせることを 引き受けたんだよ。」
本当のところは 誰にもわかりません。でも その丘では、一年中、白い花が風にそよぎ、良い香りがあたりに 漂うようになりました。
それは 遠くから見ると だれか 心優しい人が、辛い傷を隠すように そっとおいた 白い帽子のように見えました。
人々は その丘を 白い帽子の丘 と 呼ぶようになりました。
いまでも その丘は 二つの村のあいだに あるそうですよ。
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